【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-

未来屋 環

文字の大きさ
上 下
17 / 51

第9話 ダブル・トップ・シークレット(前篇)

しおりを挟む
 ――勿論、いつか訪れるその日を、知らずにいたわけではありませんでした。


第9話 ダブル・トップ・シークレット


「大人2名様、こちらへどうぞ」
 係員の案内に従い、雪花せつかはマークと共に館内を進んでいく。

 そもそも雪花にとっては、久々の映画館だった。
 前回行ったのは、確か半年程前――妹の花菜かなと新宿のシネコンまで新作映画を観に行った記憶がよみがえる。「シリーズ追ってなくても絶対面白いから!」というアメコミ映画好きである妹の熱意ある説得に負けた形だった。確かに根強いファンが世界中に居るだけあり、初見でもまぁまぁ面白かったが、上映後の彼女の盛り上がりとの温度差は如何いかんともし難かったのを覚えている。
 子どもの頃から、冷めていると言われることが多かった。雪花は雪花なりに楽しんでいるのだが、あまり周囲にはそれが伝わらないらしい。

 足を踏み入れると、そこは雪花が想定していたよりも一回り小さい劇場だった。花菜と行ったスクリーンは見るからに大箱で300席を優に超えていたように思うが、ここは恐らく100席程度しかないだろう。そのこぢんまりとした雰囲気に、雪花は逆に親近感を覚える。
 シートには既に先客が数名座っていた。雪花とマークも指定の席に座り、開演を待つ。その後もちらほらと客が訪れ、それぞれ間をあけつつも全体の4割程度が埋まった。
 皆声を発さず静かにしているので、雪花とマークも顔を見合わせた後で、それにならう。

 ――やがて、場内はその静けさの中、闇に沈み込んでいった。

 画面上に時代を感じる映像が映し出される。
 無理もない、雪花が生まれるよりも随分前の作品だ。それでも、当時はきっと最新の技術が注ぎ込まれたものだったに違いない。

 スクリーンの中で、少年が謎の生物と出くわした。お世辞にも可愛いと言えないような造形をした『彼』は、惑星の探査中に地球に置いていかれてしまった宇宙人――そう、雪花とマークは宇宙人と地球人の交流を描いたSF映画を観に来たのだった。

 少年は宇宙人を自宅にかくまい、大人達にその存在を内緒にしつつ、共に時間を過ごしていく。不思議な能力を持つ宇宙人と少年達の触れ合いに、段々と雪花は惹き込まれていった。
 最初は奇妙に見えたその宇宙人も次第に愛らしく感じてくる。それは、『彼』も自我を持つ一つの生命体であるからだろう。
 度重なるトラブルを潜り抜け、自分の故郷に帰りたいと願う『彼』を何とかして帰してやろうと奮闘する少年達の行動に胸が熱くなり――そして、それと同時に、雪花の心にすっと冷たい感情が差し込まれた。


 ――そう、宇宙人はいつの日か、自分の故郷に帰っていくのだ。


 スクリーン上では、いよいよ『彼』が母星に帰ろうとしている。
 その『彼』の姿が、雪花の中で――マークと重なって見えた。

 不意に目頭が熱くなり、雪花は慌てて手元のスプライトを啜る。口の中に広がる爽やかな炭酸は、一時いっとき頭と心の温度を落ち着かせてくれた。
 雪花はラストシーンを見守りながら、何故自分がこんなに感情移入しているのか、不思議でならない。
 マークが火星に帰るのは、当然のことなのに。実習が終われば、マークが地球に残る必要性など、どこにもないのだ。

 それなのに――何故、それがこんなにも寂しく思えるのだろう。

 スタッフロールが終わると共に、場内が明るさを取り戻し始める。その中で、雪花の感情も少しずつ現実世界に引き寄せられていった。
 ふと隣のマークを見ると、彼は真剣な表情でまだスクリーンを見つめている。

 どう声をかけようかと思った時――マークと反対側の席の方から、嗚咽するような声がした。

 驚いて振り返ると、雪花の隣――空席を挟んでまた更に隣の席に座っている男性が、俯いて泣いている。ジャケットを羽織ったその男性は一人客のようだ。他の客達も少し奇妙なものを見るような目で、彼の横の通路を通り過ぎ、劇場を出て行く。

「あ、あの――大丈夫ですか?」

 男性が泣き止む様子がないので、戸惑いつつも雪花は彼に声をかけた。すると、彼は涙を拭いながら顔を上げようとする。

「すみません……つい、気持ちが入ってしまって――」


 そして、二人の目が合った瞬間――雪花と彼の時間が止まった。


 雪花が口をぱくぱくさせている間に、男性は素早く荷物をまとめ、足早に立ち去っていく。
 背後からマークの「セツカさん?」という声がして、雪花は慌てて振り向いた。マークが少し心配そうな表情でこちらを見ている。

「どうかしましたか?」
「――いえ……あ、そろそろ出ましょうか!」

 気付けば周囲には誰も残っていなかった。雪花とマークはそそくさと準備をして、劇場を後にする。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...