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track08. ジャッジメント・デイ-The Judgement Day-(1)

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 ――そして、運命の日が訪れた。


track08. ジャッジメント・デイ-The Judgement Day-


「たっくん、来てくれてありがとう!」

 ライブが終わった後、客席にいた俺に香織が駆け寄ってくる。
 今日は従妹の香織がライブをやるというので、彼女の学校の文化祭に来ていた。開場時間は九時半だったので、十時スタートの香織のライブまで少しぶらぶらと校内を回っていたのだが、校内に貼られたポスターや学生達の配布するビラなど、所々俺の学校の雰囲気とは違う。高校の文化祭なんてどこも同じような感じだと思っていたが、意外と今のところ楽しめていた。
 香織は昔から歌うのが好きだったと思う。親戚で正月に集まってカラオケに行った時は、いつもトップバッターで歌っていたものだ。しかしまさかバンドのボーカルをやるようになるとは。それも、香織のバンドCloudy then Sunnyは、楽器隊も含めてなかなか上手だった。J-POPの有名曲を女子達が楽しそうに演奏する姿はとても華やかで、観ている側も思わず口ずさんでしまう。文化祭でもクラス展示くらいしか参加していない俺にとって、彼女達は何だか眩しく見えた。

「香織、もしかして彼氏?」
「違うってば、従兄のお兄ちゃん!」
 慌てる香織を見てどっとメンバー達が笑い、その流れで香織が俺に彼女達を紹介する。皆とてもいい子そうだ。特に香織と仲が良いというキーボードの子は、ステージメイクも様になっていて大人びている。童顔の香織と好対照だと思った。

「折角だし、喫茶店行かない? 割引券もらったでしょ」
 香織に言われてライブ会場に入る前にもらったビラを見返すと、一番下に割引券が付いていた。喫茶店で五十円引き、茶道部でお茶菓子サービス、生物部で押し花の栞プレゼント……どういうセレクトかはわからないが、お得なようではある。折角の割引券だし、活用することにしよう。
 メンバー達に冷やかされながら香織と会場を出て廊下を歩いていると、前から明るい茶髪の男が歩いてきた。

「あ、春原はるはらくん」
 香織が話しかける。何だ、友達か。まぁ、あの鬼崎きさき達哉がいる学校だ。あの金髪も地毛という話だし、校則も随分緩いんだろう。
「これから行くの?」「うん」「そっか、頑張ってね!」
 春原と呼ばれた彼は俺の方をちらりと見て、軽く頭を下げ、通り過ぎていった。見た目の割にきちんと挨拶はできるんだな。
「今の子、すごくギター上手なんだよ。プロみたいなの。夕方にライブがあるから、一緒に聴きに行かない?」
 そんな風に言われると、ちょっと聴いてみたくなる。俺は「いいよ」と快諾して、そのまま香織と一緒に下の階の喫茶店に向かった。

 喫茶店は大盛況だった。やけにフリフリした格好の女子がドリンクを運んでくる。「お待たせしました、ご主人様」と言われた時はどうしようかと思ったが、正直なところ満更でもない。隣で無邪気に喜ぶ香織に「何ここ、演劇部?」と耳打ちすると、「え、バレー部」とあっさり返された。
「メイド喫茶って言うんだって。なんか最近流行ってるみたい」
 成る程、あの格好はメイドをイメージしていたのか。たまたま俺達の所に来たのは女子だったが、隣のテーブルには同じくフリフリしたワンピースを身に纏った男がケーキを運んでいた。さすがバレー部。身長が高く、迫力がある。

「それより、見て。このコースター、うちのロゴだよ!」
 香織が自慢げにコースターを見せてくる。そこには雲の前で笑顔を浮かべた太陽のイラストが描かれていた。「たっくんは?」と促されて見てみると、俺のコースターにはたこ焼きの絵が描いてある。そういえばビラにtakoyakiというバンドが載っていた。全く捻りのないロゴに思わず笑ってしまう。
「このロゴも、他の部とのコラボも、仲の良い先輩が考えてくれたんだよ」
 そう言われて店内をよく見渡してみると、可愛らしい内装の合間を縫うように軽音楽部のポスターが貼ってあった。成る程。軽音楽部にライブを観に行けば、喫茶店の割引券が手に入る。喫茶店に休憩しに行けば、そこかしこで軽音楽部のPRがされている。色々考えるものだ。

 コーラを飲みながら近くの壁に目を向けると、銃弾の絵が描かれたポスターが目に入った。
「あ、それLAST BULLETS。さっき廊下で会ったギターの子がいるバンドだよ」
 そのバンドのポスターは、他のバンドのものとは少し趣が異なっている。香織達Cloudy then Sunnyのものも含め、他のバンドは演奏する曲のミュージシャン名が書かれていた。しかし、LAST BULLETSのポスターにはそれらしき記載が一切ない。また、バンド名の右下に小さく「+Secret Guest」と書かれている。
 一体どんなバンドなのだろう。俺の中で、好奇心が小さく疼いた。


 ***


 文化祭なんて来るのは何年振りだろう。自分の高校の文化祭ですら、ほぼ記憶にない。本当に高校生活に興味がなかったんだなぁと、私は胸の内で自分を笑った。
 勢いでわたあめを買ってしまったので、校庭に用意されたイベント席に腰掛けた。少しずつつまんでいると、ステージ上では男子と女子の二人組が、様々な部から宣伝に訪れた学生達の紹介をしている。皆楽しそうで、見ていて何だか羨ましく思えてきた。文化祭の賑やかさは、見ているこちら側にも高揚感をくれる。

「はい、では次の部活どうぞ!」
 そして次にステージに上がってきた二人を見て、私は思わず笑ってしまった。
 ――とことん、私はあの二人に縁があるらしい。

「こんにちは、軽音楽部です。軽音では五個のバンドがライブを行っていますが、お昼の十二時ニ十分から十四時までは、カラオケ大会を開催します。僕達生バンドの演奏で歌ってみたいという方は、是非五階の視聴覚室までお越し下さい」

「えー、生バンドですか!? 私行こうかなぁ」
 司会の女子はノリが良い。
「でも本当にその場で演奏できるんですか? 曲目リストの数やばいんですけど」
 司会の男子が意地悪そうな表情で言った。
 それに、説明者――夏野くんがにっこりと笑って答える。
「えぇ、このビラに書いてある曲なら何でも、ここにいる彼がギターで弾いてくれます」
 そして、彼はアコースティックギターを持って立っている春原くんを見た。

「――例えば、こんな風に」

 夏野くんがそう振って、マイクをギターに向けると春原くんが弾き始める。いきなり始まった演奏に、校庭を行き交う人々が足を止めて、ステージを見た――瞬間、夏野くんが司会者から受け取ったマイクで歌い出す。
 夏野くんの歌声がハイトーンで校庭に響き渡った。あいかわらず芯のある良い声だ。最近リリースされた曲のカバーなので、一般のお客さんにも聴きなじみがあるだろう。原曲を歌うミュージシャンの声質とは似ていないが、それが意外にもしっくりきていて心地良い。春原くんはおとなしく黒子役に徹していた。まぁ、カラオケの告知なので、それが正解だと思う。一番を歌い終わったところで、二人は演奏を止めた。

「――とまぁ、こんな感じで、気持ち良く歌えます。実際はここにドラムとキーボードも入るので、もっと本格的です。是非遊びに来て下さい」

 そして二人はマイクを司会者に渡して、さっさとステージを降りてしまう。そこでようやく、周囲にも喧騒が戻ってきた。
 「今の子歌上手かったね」「カラオケ行ってみる?」「でもキンクイと時間かぶってるんだよなぁ」――わたあめを半分残して袋にしまい、私は席を立った。
 ――彼らはいつも、私の中の何かにを点ける。
 私はキャップを深くかぶり直し、来た道を戻り始めた。


 ***


小鈴シャオリンちゃんどこ行ったのかなぁ、達哉くん知ってる?」

 控室として用意された応接室の中で、越智さんが困ったように問いかけてくる。僕はそれに気付かない振りをして、キーボードを弾いていた。気まぐれな彼女のことだ、きっと校内のどこかをほっつき歩いているんだろうが、それでも時間までには帰ってくるだろう。
 ステージのセッティングは既に済んでいて、音響チェックも問題ない。ライブの時間は四十五分間。決して長くはない時間だ。

 ――今回の話は、元々高校一年生の頃に学校側から打診されていたものだ。しかし、僕はそれをずっと断っていた。ライブをやるにはまだ持ち曲が十分ではないと判断したからだ。多少売れたシングル曲だけを引っ提げたお披露目会なら、TVの尺で十分だ。わざわざライブをやる必要はない。
 ライブをやるのであれば、頭から終わりまで――ずっと観客のテンションを保てるだけの実力を付けてから――そう考えていた。現在King & Queenで発表しているのは四枚のシングルと二枚のアルバム。来月には五枚目のシングルが出る。当初は三枚アルバムを出してからライブをやろうと考えていた。

 しかし、少し気が変わったのは――先日の六月公演で一回演奏してからだ。

 あの日、LAST BULLETSの演奏に焚き付けられるように、僕達はその場の勢いで演奏をした。そして――柄にもなく、僕はそれを「楽しい」と感じてしまった。
 それまでだって客前で演奏したことなど幾らでもある。コンテストにも出ていたし、TVにだって多くはないが出てきた。しかし、あの日小鈴とKing & Queenとして迎えたあの瞬間の熱は――いまだ僕の中で燻ったままでいる。

 ――ライブで得た熱は、ライブでしか解消できない。それは、僕の中で何故だか確信めいたものとして、そこに在った。

 そんな僕達にとって、この文化祭のステージは願ったり叶ったりだ。King & Queenのオフィシャルなライブとしては初。その舞台がリーダーの母校の文化祭。周囲の人間にどう思われているかは知らないが、或る程度集客が見込めてホームに近い場所であることは間違いない。更に来月発売のNEWシングルの宣伝もできる。良いこと尽くめだ。

「ただいまー」
 応接室のドアが開いて、小鈴が帰ってくる。越智さんが「戻ってきた!」と歓びの声を上げた。
「どこ行ってたの、小鈴ちゃん。メイク崩れてない?」
「さっきメイクさんの所で直してもらったから大丈夫ー。ハイこれ越智さんにお土産」
 手に持っていた袋を越智さんに押し付けて、彼女は僕の方に歩み寄る。

「ねぇ達哉、さっき夏野くんと春原くんがステージ出てたよ。何か生バンドでカラオケ大会やるんだってさ」
「ふーん、そう」
 僕は小鈴の報告を軽く流して、キーボードの電源を落とす。僕の枠をそういう風に使ったのか。例年通りのやり方では軽音楽部のランキングは落ちる一方だろうから、色々テコ入れが必要だろう。
 ――まぁ、僕には関係のないことだけど。
 僕の興味のなさそうなリアクションに、小鈴が笑う。

「二人とも、本番十五分前だからもう出るよ」
 越智さんがどこからかかかってきた電話を受けながら、応接室のドアを開けた。僕はステージ用の靴の紐を結び直し、小鈴と一緒に部屋を出る。見慣れた校内の廊下もこの格好で小鈴と歩くと何だか新鮮に感じた。

「――ねぇ、柄にもなく緊張してたりする?」

 隣を歩く小鈴が小声で訊いてくる。
「まさか。何で?」
 問い返すと、小鈴は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「何か――いつもよりちょっと怖い顔してる」
 そんなつもりは全くなかったが、それはまずい。僕は意図的に表情を崩してみせる。小鈴が「そうそう、その調子」と明るく笑って、そのまま続けた。

「それにしても夏野くんはあいかわらず歌上手いよね。聴き惚れちゃった」
 前から思っていたが、小鈴は随分と夏野クンにご執心だ。同じボーカリストとして何か感じるものがあるのかも知れない。僕は彼女の言葉を鼻で笑った。
「何言ってるの。小鈴の方が上手いでしょ」

 すると、小鈴の表情が――すっと、ステージ用のものに変わる。
 いつ見ても、このスイッチが入る瞬間は――リーダーの僕ですら、ぞくりとさせられる。

「まぁ――当然?」

 小鈴はそう呟き、あでやかに微笑んでみせた。
「……頼もしい限りだね」
 僕も顔に笑みを浮かべ、前を向く。
 今日という日がKing & Queenにとって運命の一日になることを確信しながら。
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