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track07. 嵐は秋に巻き起こる-The Storm Rises in Autumn-(1)
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思えば――嵐の気配は、すぐそこまで来ていた。
track07. 嵐は秋に巻き起こる-The Storm Rises in Autumn-
夏休みが明けて、気付けばもう水曜日だ。月末の文化祭公演までは、残すところ三週間半となった。
去年の今頃は何をしていたっけ――席で昼食のパンを齧りながら、夏野は一人思いを馳せる。当時帰宅部だった夏野は、仲の良いクラスメート達とたまにプールに遊びに行ったり、単発のアルバイトをしたりしていたと思う。しかし何とも記憶は朧気だ。
それだけ、この高校二年生の夏休みは色濃いものだった。
鬼崎に着いてスタジオに行った帰り道で、春原とプロのミュージシャンをめざすことを決めた。それから、練習以外の日も春原と逢っては、曲作りに励んだ。曲は春原が沢山のストックを持っていたが、歌詞がないので誰かが書かなくてはならない。勿論夏野は作詞などしたことはなかったが、「歌うひとが歌詞を書いた方が思いが伝わると思う」と春原が言うので、見様見真似で詞を書き始めた。
LAST BULLETSの練習も順調で、合宿には行かなかったものの、日々のスタジオ練習のお蔭で完成度はかなり高くなってきている。残りの期間で仕上げていけば、当日は十分なパフォーマンスができるだろう。
音楽漬けの夏だった。それが、夏野にとってはとても幸せだった。
一度喪った音楽が自分の手に戻ってきたことが――それも、心が通じ合える素晴らしい仲間と共に。こんな日が来るなんて、あの頃の自分には想像もできなかった。
イヤホンからはシャッフルで曲が流れている。新しい曲が始まった。『Bite the Bullet』――春原と初めてセッションした曲だ。夏野は満たされた気持ちで、静かに目を閉じる。
――その時、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。
取り出してみると、着信は春原からだった。イヤホンを外し、電話に出る。
「もしもし?」
「あ、夏野さん。お昼休み中にすみません」
春原の少しくぐもった声がした。
「ちょっと、物理室まで来てもらえませんか?」
物理室のドアは閉まっていた。中から、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
そういえば、今日は文化祭公演のタイムテーブルを決めると春原から聞いていた。特に演奏順にこだわりもないので、他バンドとの話し合いは春原に任せている。しかし、電話の先の春原の声からは、少し困惑の色が感じられた。何かあったのだろうか。
ノックをしても、議論が白熱しているのか特に反応はない。仕方がないので夏野は物理室のドアを開けた。瞬間――室内の目が全てこちらに向けられる。
中には、春原と部長の三条、一年生バンド鈍色idiotsの御堂、Cloudy then Sunnyの香織、そして一年生の時夏野のクラスメートだった同級生吉永と――三年生の鬼崎がいた。
「夏野さん、急に呼んですみません」
春原が夏野に駆け寄り、小さく耳打ちをする。
「(何だか面倒なことになっています)」
夏野は頷いて、春原と共に机に向かった。席に座ると三条が咳払いをする。
「話を戻すよ。今日は文化祭公演のバンドのタイムテーブルを決める為に、昼休みにも関わらず各バンドの代表メンバーに集まってもらったわけ。今軽音楽部に所属するバンドは、鬼崎のソロも含めると六バンド――三年生の私達『takoyaki』と鬼崎のソロ、二年生の『ペリドット』、一年生の『鈍色idiots』と『Cloudy then Sunny』、そして複数学年構成の『LAST BULLETS』。私達が使えるのは視聴覚室だけだから、文化祭が行われる十時から十七時の間でタイムテーブルを組まなきゃいけない。だけど――」
「――さっきも言った通りだよ。僕は軽音楽部では出ない。その分皆が僕の枠を使えばいいよ」
鬼崎がきっぱりと言った。三条が頭を掻きながら再度口を開く。
「だから何で? 鬼崎は軽音楽部所属でしょ。これまでもソロで出ていたし、口惜しいけどそれで集客できていた一面もある。君も知っているはずだけど、文化祭は来年の新人へのPRにもなるし、そもそも集客数が少ないと部費の予算だって削られるんだよ」
夏野にとっては初めて知る事実だ。隣を見ると、春原も神妙な顔をしている。確かに周囲のクラスメート達も、かなり文化祭準備には熱が入っているようだった。夏野はそれを、単純に二年生は各部の中枢を担う役割が多いからだと思っていた。まさか、文化祭の出来が部費に直結していたとは。軽音楽部の収支状況はよく知らないが、学校側で持っている楽器(ドラム・キーボード・アンプ等)のメンテナンスにも当然費用はかかっているであろうし、現在は楽譜の購入にも補助が出ている。それらが削られるとなると、夏野達にとっても死活問題だ。
「軽音楽部は全部活の中で集客数は下から数えた方が早くて、昔は予算も全然もらえなかった。それが、君が入部してからは一気に順位を上げて、一昨年は五位、去年は三位に入った。辞めたメンバーも多いけど、才能豊かな後輩達も入ってくれてる。それなのに、何でいきなり出ないなんて話になるのさ」
視線が鬼崎に集まる。鬼崎は顔色一つ変えることなく、黙っていた。暫く無音の時が流れたが、それを終わらせたのは夏野だった。
「――もう、決まったことですか?」
鬼崎が夏野を見る。その表情から、彼の思いを読み取ることはできなかったが、夏野は続けた。
「鬼崎さんも、さすがに何の理由もなくそんなことしないですよね。でも、もう決まったことなら、どうしようもない」
また沈黙が場を支配する。次にそれを打ち破ったのは、鬼崎の小さな笑い声だった。
「ははっ、夏野クン――『さすがに』は余計」
鬼崎は立ち上がる。
「まぁ、そういうこと。ちょっとまだ理由は言えないんだけど、とにかく僕は出られないから」
そのまま物理室を出て行こうとして――最後に鬼崎は振り向いた。
「僕がいなくたって、大丈夫でしょ? 少なくとも五位くらいは死守してよね」
***
「本当あいつは勝手なんだから……」
三条がぐったりと項垂れる。
「そんなの今更だろ。あの野郎に何期待してるんだ」
冬島がパックのコーヒー牛乳を啜りながら言った。他の三年生達も頷いている。
鬼崎が出ないという話を受けて、軽音楽部のメンバー達は放課後視聴覚室に集められた。昼の話だと、三年生のバンドが一つ、二年生のバンドが一つ、一年生のバンドが二つ――そして、夏野達で計五つのバンドがあるようだ。全員集まっているかはわからないが、夏野が初めて見る顔もいる。LAST BULLETSも、今日学校を休んでいる亜季を除き、全員が揃っていた。
「夏野くん」
不意に声をかけられ振り向くと、そこには吉永がいた。彼は一年生の頃のクラスメートだったので、顔は知っている。昼の話し合いの時にもいたが、夏野はそれまで彼が軽音楽部に所属していたことを全く知らなかった。どちらかというとクラスでも目立つ方ではなく、休み時間も一人で本を読んでいる。会話をするのも初めてだ。
「夏野くん、あんなに歌上手かったんだね。全然知らなかったから、六月公演の時驚いたよ」
眼鏡の下で優しそうに目が細められる。見た目通り、穏やかでおとなしい人柄のように思えた。
「ありがとう。吉永も軽音楽部だったんだな」
そう返すと、香織が驚いたように目を見開いた。
「夏野さん、吉永さんのこと知らないんですか?」
「え? どういうこと?」
「吉永さん、去年の文化祭の写真ないですか?」
香織が促すと、吉永がおずおずと写真を差し出す。受け取ると、隣に座っていた春原も覗き込んできたので、二人で目を落とし――そして、絶句した。
「――これ……吉永?」
「うん……変かな?」
そこには、厚めのメイクが施された、金髪碧眼の眉目秀麗な男性が写っていた。目の前の吉永と何度も見比べるが、とても同一人物とは思えない。まるで漫画やゲームの世界から飛び出してきたようだ。
「いや、変じゃない。すごいよ。見せてくれてありがとう」
礼を言って写真を返すと、吉永は照れくさそうにそれを財布にしまいこんだ。
「さて、じゃあ気を取り直して――どうしようか。ひとまずタイムテーブル決める?」
三条がそう言うと、三年生らしき男性が黒板にタイムテーブルを書き出した。事前に三条から説明があった通り、十時から十七時まで、各バンドの持ち時間は一時間だ。ステージの合間に十分間の休憩を入れると、全部で六つのコマができた。
「皆どこがいいとかある?」
「――昼の時間は避けた方がいいんじゃないすか」
御堂が言った。香織が頷く。
「確かにお昼時はお客さん来なさそうですよね。鬼崎さんが出ないんだったら、お昼を空けて、他の五つのコマを皆で埋めたらいいと思います」
「いや、そりゃ勿体ねぇだろ」
冬島が飲み終わったコーヒー牛乳のパックを置いた。
「少しでも客集めなきゃいけねぇのに、一コマ無駄にしてどうすんだ」
三条が頷く。
「確かにね。私達が上位を狙うには、少しでも多くの公演をやった方がいい。同じ公演系だと、オーケストラ部にミュージカル部、演劇部とかはメンバーも多いから家族の組織票だって強いし、招待試合をやる運動系の部活や、文化系の展示も地味に集客数を稼いでくる。鬼崎のやつを見返してやりたいけど、五位死守は正直厳しいかも」
ああでもないこうでもないと話し合い、ひとまず昼の一コマ以外のコマに全バンドを割り当てる。残る一コマの使い方について、どこのバンドが二公演するかを話している最中――ふと、夏野の中で一つのアイデアが閃いた。
「――コラボとかは? いつもと違うメンバーで組んだら、なんか新しい発見ありそうな気が」
「それ採用!」
三条が即座に食い付く。そのままメンバー構成などで話が盛り上がったが、既に練習期間は残り一ヶ月を切っている。よって、各バンドの進捗状況を踏まえながら、どのメンバーなら対応できるか、翌日の昼休みにまた代表者達で話し合うこととなった。
「色々あるけど、楽しそうだな」
話し合いを終え、夏野、春原、冬島はスタジオにいた。水曜日の放課後は貴重な練習時間だ。時刻は十六時十五分。まだまだ練習できる。
「そうですね。俺は夏野さんが歌うなら、コラボ出てもいいです」
「お前、それコラボでも何でもねぇだろ……」
春原の言葉に、冬島が顔を顰め――そしてふと気付いたように続ける。
「そういえば、今日高梨いないな。どうした?」
「あぁ、今日休みみたいです。朝からいなくて」
夏バテだろうか。亜季が体調を崩すのは珍しい。夏野も少し気にはなっていた。
帰りにメールでもしてみるかと思ったその時――スタジオのドアがトントンと鳴った。今日の別スタジオの練習バンドはCloudy then Sunnyだ。何かあったのだろうか。入口の近くにいた春原がギターを置いて、ドアを開ける。
「あれ、今日お休みじゃ……えっ!?」
春原の声が室内に響く。夏野は春原の大きな声を初めて聴いた。思わずドアの方を振り返る。
春原の前に立っていたのは、亜季だった。一日振りに見る幼馴染みの顔に、夏野はほっと胸を撫で下ろす。
――そして
その左腕が、包帯でぐるぐる巻きにされ、肩から吊られていることに気付いた。
track07. 嵐は秋に巻き起こる-The Storm Rises in Autumn-
夏休みが明けて、気付けばもう水曜日だ。月末の文化祭公演までは、残すところ三週間半となった。
去年の今頃は何をしていたっけ――席で昼食のパンを齧りながら、夏野は一人思いを馳せる。当時帰宅部だった夏野は、仲の良いクラスメート達とたまにプールに遊びに行ったり、単発のアルバイトをしたりしていたと思う。しかし何とも記憶は朧気だ。
それだけ、この高校二年生の夏休みは色濃いものだった。
鬼崎に着いてスタジオに行った帰り道で、春原とプロのミュージシャンをめざすことを決めた。それから、練習以外の日も春原と逢っては、曲作りに励んだ。曲は春原が沢山のストックを持っていたが、歌詞がないので誰かが書かなくてはならない。勿論夏野は作詞などしたことはなかったが、「歌うひとが歌詞を書いた方が思いが伝わると思う」と春原が言うので、見様見真似で詞を書き始めた。
LAST BULLETSの練習も順調で、合宿には行かなかったものの、日々のスタジオ練習のお蔭で完成度はかなり高くなってきている。残りの期間で仕上げていけば、当日は十分なパフォーマンスができるだろう。
音楽漬けの夏だった。それが、夏野にとってはとても幸せだった。
一度喪った音楽が自分の手に戻ってきたことが――それも、心が通じ合える素晴らしい仲間と共に。こんな日が来るなんて、あの頃の自分には想像もできなかった。
イヤホンからはシャッフルで曲が流れている。新しい曲が始まった。『Bite the Bullet』――春原と初めてセッションした曲だ。夏野は満たされた気持ちで、静かに目を閉じる。
――その時、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。
取り出してみると、着信は春原からだった。イヤホンを外し、電話に出る。
「もしもし?」
「あ、夏野さん。お昼休み中にすみません」
春原の少しくぐもった声がした。
「ちょっと、物理室まで来てもらえませんか?」
物理室のドアは閉まっていた。中から、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
そういえば、今日は文化祭公演のタイムテーブルを決めると春原から聞いていた。特に演奏順にこだわりもないので、他バンドとの話し合いは春原に任せている。しかし、電話の先の春原の声からは、少し困惑の色が感じられた。何かあったのだろうか。
ノックをしても、議論が白熱しているのか特に反応はない。仕方がないので夏野は物理室のドアを開けた。瞬間――室内の目が全てこちらに向けられる。
中には、春原と部長の三条、一年生バンド鈍色idiotsの御堂、Cloudy then Sunnyの香織、そして一年生の時夏野のクラスメートだった同級生吉永と――三年生の鬼崎がいた。
「夏野さん、急に呼んですみません」
春原が夏野に駆け寄り、小さく耳打ちをする。
「(何だか面倒なことになっています)」
夏野は頷いて、春原と共に机に向かった。席に座ると三条が咳払いをする。
「話を戻すよ。今日は文化祭公演のバンドのタイムテーブルを決める為に、昼休みにも関わらず各バンドの代表メンバーに集まってもらったわけ。今軽音楽部に所属するバンドは、鬼崎のソロも含めると六バンド――三年生の私達『takoyaki』と鬼崎のソロ、二年生の『ペリドット』、一年生の『鈍色idiots』と『Cloudy then Sunny』、そして複数学年構成の『LAST BULLETS』。私達が使えるのは視聴覚室だけだから、文化祭が行われる十時から十七時の間でタイムテーブルを組まなきゃいけない。だけど――」
「――さっきも言った通りだよ。僕は軽音楽部では出ない。その分皆が僕の枠を使えばいいよ」
鬼崎がきっぱりと言った。三条が頭を掻きながら再度口を開く。
「だから何で? 鬼崎は軽音楽部所属でしょ。これまでもソロで出ていたし、口惜しいけどそれで集客できていた一面もある。君も知っているはずだけど、文化祭は来年の新人へのPRにもなるし、そもそも集客数が少ないと部費の予算だって削られるんだよ」
夏野にとっては初めて知る事実だ。隣を見ると、春原も神妙な顔をしている。確かに周囲のクラスメート達も、かなり文化祭準備には熱が入っているようだった。夏野はそれを、単純に二年生は各部の中枢を担う役割が多いからだと思っていた。まさか、文化祭の出来が部費に直結していたとは。軽音楽部の収支状況はよく知らないが、学校側で持っている楽器(ドラム・キーボード・アンプ等)のメンテナンスにも当然費用はかかっているであろうし、現在は楽譜の購入にも補助が出ている。それらが削られるとなると、夏野達にとっても死活問題だ。
「軽音楽部は全部活の中で集客数は下から数えた方が早くて、昔は予算も全然もらえなかった。それが、君が入部してからは一気に順位を上げて、一昨年は五位、去年は三位に入った。辞めたメンバーも多いけど、才能豊かな後輩達も入ってくれてる。それなのに、何でいきなり出ないなんて話になるのさ」
視線が鬼崎に集まる。鬼崎は顔色一つ変えることなく、黙っていた。暫く無音の時が流れたが、それを終わらせたのは夏野だった。
「――もう、決まったことですか?」
鬼崎が夏野を見る。その表情から、彼の思いを読み取ることはできなかったが、夏野は続けた。
「鬼崎さんも、さすがに何の理由もなくそんなことしないですよね。でも、もう決まったことなら、どうしようもない」
また沈黙が場を支配する。次にそれを打ち破ったのは、鬼崎の小さな笑い声だった。
「ははっ、夏野クン――『さすがに』は余計」
鬼崎は立ち上がる。
「まぁ、そういうこと。ちょっとまだ理由は言えないんだけど、とにかく僕は出られないから」
そのまま物理室を出て行こうとして――最後に鬼崎は振り向いた。
「僕がいなくたって、大丈夫でしょ? 少なくとも五位くらいは死守してよね」
***
「本当あいつは勝手なんだから……」
三条がぐったりと項垂れる。
「そんなの今更だろ。あの野郎に何期待してるんだ」
冬島がパックのコーヒー牛乳を啜りながら言った。他の三年生達も頷いている。
鬼崎が出ないという話を受けて、軽音楽部のメンバー達は放課後視聴覚室に集められた。昼の話だと、三年生のバンドが一つ、二年生のバンドが一つ、一年生のバンドが二つ――そして、夏野達で計五つのバンドがあるようだ。全員集まっているかはわからないが、夏野が初めて見る顔もいる。LAST BULLETSも、今日学校を休んでいる亜季を除き、全員が揃っていた。
「夏野くん」
不意に声をかけられ振り向くと、そこには吉永がいた。彼は一年生の頃のクラスメートだったので、顔は知っている。昼の話し合いの時にもいたが、夏野はそれまで彼が軽音楽部に所属していたことを全く知らなかった。どちらかというとクラスでも目立つ方ではなく、休み時間も一人で本を読んでいる。会話をするのも初めてだ。
「夏野くん、あんなに歌上手かったんだね。全然知らなかったから、六月公演の時驚いたよ」
眼鏡の下で優しそうに目が細められる。見た目通り、穏やかでおとなしい人柄のように思えた。
「ありがとう。吉永も軽音楽部だったんだな」
そう返すと、香織が驚いたように目を見開いた。
「夏野さん、吉永さんのこと知らないんですか?」
「え? どういうこと?」
「吉永さん、去年の文化祭の写真ないですか?」
香織が促すと、吉永がおずおずと写真を差し出す。受け取ると、隣に座っていた春原も覗き込んできたので、二人で目を落とし――そして、絶句した。
「――これ……吉永?」
「うん……変かな?」
そこには、厚めのメイクが施された、金髪碧眼の眉目秀麗な男性が写っていた。目の前の吉永と何度も見比べるが、とても同一人物とは思えない。まるで漫画やゲームの世界から飛び出してきたようだ。
「いや、変じゃない。すごいよ。見せてくれてありがとう」
礼を言って写真を返すと、吉永は照れくさそうにそれを財布にしまいこんだ。
「さて、じゃあ気を取り直して――どうしようか。ひとまずタイムテーブル決める?」
三条がそう言うと、三年生らしき男性が黒板にタイムテーブルを書き出した。事前に三条から説明があった通り、十時から十七時まで、各バンドの持ち時間は一時間だ。ステージの合間に十分間の休憩を入れると、全部で六つのコマができた。
「皆どこがいいとかある?」
「――昼の時間は避けた方がいいんじゃないすか」
御堂が言った。香織が頷く。
「確かにお昼時はお客さん来なさそうですよね。鬼崎さんが出ないんだったら、お昼を空けて、他の五つのコマを皆で埋めたらいいと思います」
「いや、そりゃ勿体ねぇだろ」
冬島が飲み終わったコーヒー牛乳のパックを置いた。
「少しでも客集めなきゃいけねぇのに、一コマ無駄にしてどうすんだ」
三条が頷く。
「確かにね。私達が上位を狙うには、少しでも多くの公演をやった方がいい。同じ公演系だと、オーケストラ部にミュージカル部、演劇部とかはメンバーも多いから家族の組織票だって強いし、招待試合をやる運動系の部活や、文化系の展示も地味に集客数を稼いでくる。鬼崎のやつを見返してやりたいけど、五位死守は正直厳しいかも」
ああでもないこうでもないと話し合い、ひとまず昼の一コマ以外のコマに全バンドを割り当てる。残る一コマの使い方について、どこのバンドが二公演するかを話している最中――ふと、夏野の中で一つのアイデアが閃いた。
「――コラボとかは? いつもと違うメンバーで組んだら、なんか新しい発見ありそうな気が」
「それ採用!」
三条が即座に食い付く。そのままメンバー構成などで話が盛り上がったが、既に練習期間は残り一ヶ月を切っている。よって、各バンドの進捗状況を踏まえながら、どのメンバーなら対応できるか、翌日の昼休みにまた代表者達で話し合うこととなった。
「色々あるけど、楽しそうだな」
話し合いを終え、夏野、春原、冬島はスタジオにいた。水曜日の放課後は貴重な練習時間だ。時刻は十六時十五分。まだまだ練習できる。
「そうですね。俺は夏野さんが歌うなら、コラボ出てもいいです」
「お前、それコラボでも何でもねぇだろ……」
春原の言葉に、冬島が顔を顰め――そしてふと気付いたように続ける。
「そういえば、今日高梨いないな。どうした?」
「あぁ、今日休みみたいです。朝からいなくて」
夏バテだろうか。亜季が体調を崩すのは珍しい。夏野も少し気にはなっていた。
帰りにメールでもしてみるかと思ったその時――スタジオのドアがトントンと鳴った。今日の別スタジオの練習バンドはCloudy then Sunnyだ。何かあったのだろうか。入口の近くにいた春原がギターを置いて、ドアを開ける。
「あれ、今日お休みじゃ……えっ!?」
春原の声が室内に響く。夏野は春原の大きな声を初めて聴いた。思わずドアの方を振り返る。
春原の前に立っていたのは、亜季だった。一日振りに見る幼馴染みの顔に、夏野はほっと胸を撫で下ろす。
――そして
その左腕が、包帯でぐるぐる巻きにされ、肩から吊られていることに気付いた。
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