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track05. そして彼は『女王』になった-Thus He Became the "Queen"-(1)
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その男は他者の理解を求めず
ただ、理想だけを追い求めた
track05.
もしも音楽が天才を愛すなら、僕は音楽を憎んでいたに違いない。
音楽は平等だ。
一部の才能のある者や、音楽以外の全てを捨てる者の為だけに存在するものであってはならない。
多くの人々の記憶に残る作品を作ること。
それこそが自分の使命だと信じている。
***
「――さて、一体どういうことなのか説明してもらいましょうか」
三条が仁王立ちでこちらを見下ろし、口を開いた。口角は辛うじて上がっているが、その眼差しは明らかに怒りを含んでいる。粗末なパイプ椅子に座らされたまま、鬼崎達哉は無感情に彼女を見上げた。
演奏を終え、視聴覚室をボーカルの王小鈴と出ようとしたところ、三条に隣の控室に閉じ込められたのだ。小鈴は顧問の坂本が学外まで送っていったらしく、先程携帯電話にその旨の報告と「また来週」というメッセージが入ってきた。
「さっき君が見たまんまの状況だけど。――逆に、何を説明すれば?」
達哉が問い返すと、三条は溜め息を吐く。
「……まず、何で王さんを呼んだの。部外者でしょ?」
「坂本先生には事前に話を通してる。正式手続きを踏んで呼ぶ分には問題ないということだけど?」
それを聞いて、三条が先程より深い溜め息を吐いた。
「――私は聞いてなかったよ」
「君に言う必要あった?」
「……もう良い、わかった。これ以上君と会話していると、こちらがバカみたいに思えてくる」
目の前で苦虫を噛み潰したような表情をする三条を、達哉は心の底から不思議に思った。
六月公演のラスト、一年生のギタリスト春原が組んだロックバンドLAST BULLETSの後を引き取り、達哉はKing & Queenのパフォーマンスを即興で行った。そもそもTV出演等のメディア露出が決して多くなく、学内では一度も演奏をしたことがないKing & Queenの生パフォーマンスに、聴衆の学生達は熱狂した。
――それの何が悪いのか。
「何が問題? 皆喜んでたし、いいでしょ。君だって前から、『生で小鈴の歌を聴きたい』って言ってたじゃない」
「確かに言ったよ。King & Queenが文化祭にでも出たら、すごい話題になるしね。王小鈴のボーカルにも圧倒されたよ。鬼崎の演奏もだけど、あまりにも正確で、まるで――CDを聴いてるみたいだった」
だけど、と三条は続ける。
「今日行われた六月公演の趣旨は、『新人のお披露目会』だよ。歴代の先輩方もそうやってきた。私達だってそう。それなのに――今年の六月公演は、King & Queenのサプライズライブになっちゃったんだよ。ここまで言えばわかる?」
三条の言葉を聞き流しながら、達哉は先程のLAST BULLETSの演奏を思い返していた。
ギターの春原は仮入部の時から際立っていた。だからこそ早々に達哉から声をかけた訳で、実際にバンドで演奏する所を見ても、達哉の目に狂いはなかったようだ。一曲目も二曲目も高い技術が求められるロックチューンだったが、かなり正確に弾きこなしていた。スピードも素人とは思えない。
ドラムの冬島は何かと突っかかってくる同級生だ。実力はあると思うが、自分の技術をこれでもかと見せ付けてくるようなドラミングは、達哉の好みではない。もっと思い切ってメリハリを付けた方が、冬島の器用さが伝わって良いと思うのだが、自分のアドバイスは頑として受け入れないだろう。
シンセベースの女子は初めて見た。かなりテクニカル寄りの選曲だったので、ベーシストもかなりの技量が求められるところを、シンセで代替するというのは英断だと感じた。恐らく原曲よりはかなり音数も減らしているだろうが、そこまで違和感はなく、何より彼女には華があり、ステージのアクセントにもなっていた。
そして――
「――ちょっと。鬼崎、聞いてる?」
三条の言葉で現実に引き戻される。達哉は「聞いてるよ」と反射的に答えた。
「だから、今日は新人達が主役だったのに、最後King & Queenが全部持って行っちゃったってわけ。そういう所だよ。大体君はいつもさぁ――」
そのままくどくどと説教が続きそうだったので、達哉は再度記憶の海に潜る。
その瞼の裏には、夏野の顔が浮かんでいた。
「――別に、主役を奪った気なんて、さらさらないけど」
小さな達哉の呟きは、そのまま三条の言葉にかき消され、空間に溶け込んでいった。
***
翌週の月曜日、達哉は学校帰りに電車を乗り継ぎ、都心にあるスタジオを訪れた。
コントロールルームに入ると、複数のスタッフが窓の中を見つめている。達哉が入ってきたことに気付いたスタッフに会釈を返しながら、部屋の端に鞄を置く。近付いてきたマネージャーの越智を手で制し、達哉も皆の視線の先に目を向けた。
そこには、ヘッドホンを付け、マイクの前に立つ小鈴の姿があった。
「(小鈴ちゃん、今日もいい感じだよ)」
小声でひそひそと越智が話しかけてくる。
「(――わかったから、ちょっと静かにしてて)」
達哉がそう返すと、越智は「(ごめん)」と困ったような笑みを浮かべながら後ずさりし、そのまま携帯電話を片手に部屋を出ていった。見た目は少し頼りない男だが、若くして多くの仕事を捌いているようだ。少し世話を焼き過ぎる点を除けば、特に不満はない。
そうこうしている内に、レコーディングが始まる。音は既に達哉が入れており、今日は小鈴の歌パートだけだ。
しかし、達哉は必ず小鈴のレコーディングに立ち会うことにしている。自分が制作した楽曲のイメージと、小鈴のボーカルがマッチしているのかを確かめる為だ。今はまだ作詞・作曲だけだが、最終的には全体プロデュースを行う為にも、できる限りの時間をKing & Queenの為に割いている。
真剣な表情でマイクを見つめる小鈴を眺めながら、達哉は初めて彼女の歌を聴いた時のことを思い出していた。
ただ、理想だけを追い求めた
track05.
もしも音楽が天才を愛すなら、僕は音楽を憎んでいたに違いない。
音楽は平等だ。
一部の才能のある者や、音楽以外の全てを捨てる者の為だけに存在するものであってはならない。
多くの人々の記憶に残る作品を作ること。
それこそが自分の使命だと信じている。
***
「――さて、一体どういうことなのか説明してもらいましょうか」
三条が仁王立ちでこちらを見下ろし、口を開いた。口角は辛うじて上がっているが、その眼差しは明らかに怒りを含んでいる。粗末なパイプ椅子に座らされたまま、鬼崎達哉は無感情に彼女を見上げた。
演奏を終え、視聴覚室をボーカルの王小鈴と出ようとしたところ、三条に隣の控室に閉じ込められたのだ。小鈴は顧問の坂本が学外まで送っていったらしく、先程携帯電話にその旨の報告と「また来週」というメッセージが入ってきた。
「さっき君が見たまんまの状況だけど。――逆に、何を説明すれば?」
達哉が問い返すと、三条は溜め息を吐く。
「……まず、何で王さんを呼んだの。部外者でしょ?」
「坂本先生には事前に話を通してる。正式手続きを踏んで呼ぶ分には問題ないということだけど?」
それを聞いて、三条が先程より深い溜め息を吐いた。
「――私は聞いてなかったよ」
「君に言う必要あった?」
「……もう良い、わかった。これ以上君と会話していると、こちらがバカみたいに思えてくる」
目の前で苦虫を噛み潰したような表情をする三条を、達哉は心の底から不思議に思った。
六月公演のラスト、一年生のギタリスト春原が組んだロックバンドLAST BULLETSの後を引き取り、達哉はKing & Queenのパフォーマンスを即興で行った。そもそもTV出演等のメディア露出が決して多くなく、学内では一度も演奏をしたことがないKing & Queenの生パフォーマンスに、聴衆の学生達は熱狂した。
――それの何が悪いのか。
「何が問題? 皆喜んでたし、いいでしょ。君だって前から、『生で小鈴の歌を聴きたい』って言ってたじゃない」
「確かに言ったよ。King & Queenが文化祭にでも出たら、すごい話題になるしね。王小鈴のボーカルにも圧倒されたよ。鬼崎の演奏もだけど、あまりにも正確で、まるで――CDを聴いてるみたいだった」
だけど、と三条は続ける。
「今日行われた六月公演の趣旨は、『新人のお披露目会』だよ。歴代の先輩方もそうやってきた。私達だってそう。それなのに――今年の六月公演は、King & Queenのサプライズライブになっちゃったんだよ。ここまで言えばわかる?」
三条の言葉を聞き流しながら、達哉は先程のLAST BULLETSの演奏を思い返していた。
ギターの春原は仮入部の時から際立っていた。だからこそ早々に達哉から声をかけた訳で、実際にバンドで演奏する所を見ても、達哉の目に狂いはなかったようだ。一曲目も二曲目も高い技術が求められるロックチューンだったが、かなり正確に弾きこなしていた。スピードも素人とは思えない。
ドラムの冬島は何かと突っかかってくる同級生だ。実力はあると思うが、自分の技術をこれでもかと見せ付けてくるようなドラミングは、達哉の好みではない。もっと思い切ってメリハリを付けた方が、冬島の器用さが伝わって良いと思うのだが、自分のアドバイスは頑として受け入れないだろう。
シンセベースの女子は初めて見た。かなりテクニカル寄りの選曲だったので、ベーシストもかなりの技量が求められるところを、シンセで代替するというのは英断だと感じた。恐らく原曲よりはかなり音数も減らしているだろうが、そこまで違和感はなく、何より彼女には華があり、ステージのアクセントにもなっていた。
そして――
「――ちょっと。鬼崎、聞いてる?」
三条の言葉で現実に引き戻される。達哉は「聞いてるよ」と反射的に答えた。
「だから、今日は新人達が主役だったのに、最後King & Queenが全部持って行っちゃったってわけ。そういう所だよ。大体君はいつもさぁ――」
そのままくどくどと説教が続きそうだったので、達哉は再度記憶の海に潜る。
その瞼の裏には、夏野の顔が浮かんでいた。
「――別に、主役を奪った気なんて、さらさらないけど」
小さな達哉の呟きは、そのまま三条の言葉にかき消され、空間に溶け込んでいった。
***
翌週の月曜日、達哉は学校帰りに電車を乗り継ぎ、都心にあるスタジオを訪れた。
コントロールルームに入ると、複数のスタッフが窓の中を見つめている。達哉が入ってきたことに気付いたスタッフに会釈を返しながら、部屋の端に鞄を置く。近付いてきたマネージャーの越智を手で制し、達哉も皆の視線の先に目を向けた。
そこには、ヘッドホンを付け、マイクの前に立つ小鈴の姿があった。
「(小鈴ちゃん、今日もいい感じだよ)」
小声でひそひそと越智が話しかけてくる。
「(――わかったから、ちょっと静かにしてて)」
達哉がそう返すと、越智は「(ごめん)」と困ったような笑みを浮かべながら後ずさりし、そのまま携帯電話を片手に部屋を出ていった。見た目は少し頼りない男だが、若くして多くの仕事を捌いているようだ。少し世話を焼き過ぎる点を除けば、特に不満はない。
そうこうしている内に、レコーディングが始まる。音は既に達哉が入れており、今日は小鈴の歌パートだけだ。
しかし、達哉は必ず小鈴のレコーディングに立ち会うことにしている。自分が制作した楽曲のイメージと、小鈴のボーカルがマッチしているのかを確かめる為だ。今はまだ作詞・作曲だけだが、最終的には全体プロデュースを行う為にも、できる限りの時間をKing & Queenの為に割いている。
真剣な表情でマイクを見つめる小鈴を眺めながら、達哉は初めて彼女の歌を聴いた時のことを思い出していた。
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