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track04. 王が来たりて-King's Coming-(2)

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 その挨拶が終わると同時に曲のイントロが始まる。最近ヒットチャートに出てきた若手バンドの人気曲だ。小鈴は観ていないが、ドラマともタイアップしていると聞いたことがある。高校生達もよく知っているのか、皆それぞれに音に合わせて身体を揺らしたりし始めた。一番後ろの席は観客のリアクションがよく見える。全体を俯瞰するようなポジションは、前方の席の臨場感とはまた違う楽しみ方ができて良いな、と小鈴は漠然と思った。
 先程挨拶をした黒髪の少年が歌い出す。提げたギターもお飾りではなくきちんと弾いていて、小鈴は感心した。ギターボーカルはなかなかに難しい。新人と言っていたから恐らく一年生だと思うが、きっと昔からギターの練習をしていたのだろう。一方で周りのメンバーは一生懸命彼についていこうと必死で演奏している。皆自分の楽器を見るばかりで、あまり余裕がなさそうだ。ギターボーカルの彼だけが観客の方を向き、歌う姿が様になっていた。
 続く二曲目でその傾向は顕著になった。二曲目は一昔前にシングルで発売された中堅ロックバンドの曲だが、原曲はギターもベースもかなり動きがある。コード演奏が主体だった一曲目に比べるとかなり難易度が高く、楽器隊もいよいよ演奏が辛くなってきた。
 しかしギターボーカルがそれに構わず堂々と歌っているので、全体が崩れずに済んでいる。カラオケと違ってメロディーラインのサポートがある訳ではないので、歌い慣れていない人間にとってはなかなか難しいと思うが、彼は一曲目と変わらず前を見据えて最後まで歌いきった。

 二曲終わり、四人が楽器を下ろして頭を下げると、観客達があたたかい拍手を送る。高校生達からすれば、バンドを組み、観客達の前で歌い演奏するというその行為自体に憧れと賛辞の念があるのだろう。自分の通っていた高校に軽音楽部があったかどうかすら小鈴は覚えていないが(小鈴はアルバイトの都合上、帰宅部だった)、何となく理解はできるような気がした。ましてやギターボーカルの彼は遠目に見ても雰囲気があり、先程の堂々とした振舞いもあって、人気が出そうだ。
 ただ、あくまでそれだけだ。小鈴の求めていたものではない。

「鈍色idiotsのみなさん、おつかれさまー」
 拍手と共に、三条の呑気な声が室内に響いた。
「さて、次のバンドのみなさんがセッティングしている間に、講評でもしましょうか。King & Queenの鬼崎さん、どうですか?」
 その振りに、観客達が一斉に後ろを振り返る。小鈴もマスクに手を当てながら、中央列の方に視線を送った。鬼崎が溜め息を吐いて、席の上に置かれたハンドマイクを手に取る。
「……三条クン、ユニット名連呼するのやめてくれない? 今日はその立場でここに居るんじゃないし」
 そしてじろりと横目で三条を睨んだが、彼女はそれに全く動じる様子もなく、ごめんごめんと軽く謝った。その様子に改めて溜め息を吐き、鬼崎は「一言だけ」と前置きをする。
「ボーカル以外は初心者だよね。頑張ったと思うけど、人前で演奏するんだからもうちょっとクオリティ上げないと。で、ボーカルの君――名前何だっけ」
御堂みどうです」
 御堂と名乗った少年が、演奏時と同様、動じずに鬼崎に名乗った。そんな彼に、鬼崎は冷ややかに続ける。
「御堂クン、経験者だったら曲の選び方とか考えないと。自分の好きな曲ばっかりだとメンバーついて来なくなっちゃうよ。気を付けた方がいいんじゃない」
 そして興味を失ったようにマイクを机の上に置いた。教室内が静まり返る。
 御堂は少し沈黙した後に、小さく「――うす」とだけ答えた。
「うーん、あいかわらず鬼崎は辛口だね~……」
 三条が苦々しげな笑みを浮かべながら、口を開く。
「私は良かったと思うけどなぁ。御堂くんは経験者だけあってさすがの貫禄だし、選曲もキャッチーで良かったよ! メンバーのみんなもよく頑張ったね。格好良い曲をやりたい気持ちはすごくわかるから、次の文化祭公演は難易度も踏まえて決めていこう。難しすぎないけど格好良い曲って世の中に沢山あるからねー」
 ペラペラと話す彼女を見ながら、小鈴は三条のことを見直していた。さすが部長を務めているだけあり、しっかりと後輩達にフォローを入れつつ場を和ませている。一方鬼崎は会場の空気感もへったくれもなく、純粋に彼が感じた意見を言ったのだろう。音楽バカというか、なんというか。

 そんな中、次のバンドの準備が整ったようだ。一組目と打って変わって女子だらけだ。鬼崎の発言で凍った場をあたためようとしたのか、「頑張るぞ、おー!」と五人で声を上げており、何だか微笑ましい。
 ポニーテールで爽やかな雰囲気の少女が緊張した面持ちでマイクの前に立つ。深呼吸をした後、彼女は笑顔で高らかに宣言した。
「こんにちは、『Cloudy then Sunny』です、よろしくお願いします!」
 ドラムがカウントをした後、イントロが始まる。ギター・ベース・キーボード・ドラムと四枚揃っているのでサウンドが重厚で、テンポもゆったりしていて聴きやすい。数年前に男性バンドがリリースした楽曲だと思うが(記憶が曖昧だ)、キーが高いので女性が歌ってもあまり違和感がない。
 歌パートになると楽器の音数が減り、そこまで難しいテクニックを要求されない構成となっていて、間奏のギターソロもシンプル故に危なげなく聴ける。楽器隊も余裕があるのかお互いにアイコンタクトをしながら弾いている一方で、彼女達からは懸命さと初々しさが感じられ、小鈴はマスクの下で微笑んだ。
 二曲目は近年ヒットしたガールズバンドのバラードだった。マイク自体はボーカルの前に立つスタンドにしかセットされていないが、他のメンバーも口々に歌いながら演奏している。それに合わせて、観客の女子達もサビを口ずさみながら揺れていた。

 演奏が終わり、彼女達が五人で揃ってお辞儀をすると、会場中が先程よりも大きな拍手で包まれる。小鈴の前の席に座っていた女子二人組が「せーの、香織サイコー!」と掛け声を上げた。ボーカルの少女が驚いたように彼女達の方を見て、はにかみながら頭を掻く。
「はーい、Cloudy then Sunnyのみなさん、おつかれさまでした! いやー良かったよー! 癒された癒された。選曲もいいし、会場が一体になってたね~。ね、鬼崎、良かったよね!?」
 先程の鬼崎の発言を踏まえてか、三条が鬼崎に圧をかけるように話を振った。先程まではにかんでいた香織と呼ばれた少女の表情が、緊張感を持ったものに変わる。会場内の空気もどことなく固いものになった。そんな雰囲気を感じ取ってか、鬼崎はまたもや溜め息を吐く。
「――まぁいいんじゃない。無難で」
 褒めているのかどうかは微妙だが、ひとまず厳しい指摘ではなかった。Cloudy then Sunnyの面々は明らかに胸を撫で下ろすようなほっとした表情になる。
「そうそう! 皆初心者なのに、初ステージが無難に済むなんてすごいすごい。私なんて初めての六月公演の時にギターの弦切れちゃってさー、最悪だったよ」

 三条の講評という名の後輩へのフォロー&アドバイスを聞きながら、小鈴はここに来たことを少し後悔していた。確かに二バンドとも良い点はある。最初のバンドのギターボーカルは上手かったし、二つ目のバンドは初心者としては手堅くまとまっていて、いずれも聴き応えはあった。
 しかし、あくまで高校生のアマチュアバンドとして、の話だ。

 ――まぁ、あんな出逢い、そうそうないか。

 小鈴は視聴覚室の喧騒の中で、一ヶ月程前の記憶を辿る。
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