掌 ~過去、今日、この先~

ののの

文字の大きさ
上 下
11 / 17

七章 裏

しおりを挟む

「今日から君たちの新しいクラスメイトだ。なかよくな」
  そんな言葉、よしてくれ。
みんなの目は冷たい。
  しかたないよな。この地域じゃ、俺が住んでたところとは仲が悪かったからな。
おとなしく席につく。隣の席にいる女はきびしそうで、話しかけるなというオーラが出ている。
でも、ここの地域はよかった。
兵役もないし、くだらない抗争もない。俺が住んでいたところとは正反対だ。ただ、経済が発展しているせいか、空や空気が汚さすぎる。水もだ。
平和、これをはじめて知った。クラスでは冷たい目をされてたけど。こんなこと全然痛くもない。
・・・そう、ちょっとむなしいだけ。いままでの生活とくらべればいいもんだ。
でも、なんかさみしかった。
そんなとき―――
「な、なぁ、大丈夫?クラス長やってて」
いかにも影のうすそうなやつだったけど、うれしかった。トスカ。
最初あいつには、俺にかかわると良くないって言ったのに、関係ないって突っぱねてたっけ。影薄いやつだからナヨナヨしたやつかと思えば、芯はしっかりとしてたな。
あいつのおかげでガーベラとも友達になれた。最初、舞い上がってガーベラにはあんなこと言っちゃったけど。
まぁその後、クラスになじめていったのはガーベラのおかげと言っても過言じゃない。
あいつは影響力やリーダー的なものをもっていたからすぐに友達ができた。
だからガーベラには頭があがらないし、命の恩人だと思ってる。

だけど・・・

ザンッ!!――――首がはね飛ぶ。
円をかき、重力にひきよせられて地面に落ちる。
そしてガーゴイルは砂になって消えていく。
  これで何匹目なんだか・・・。
カチンと、刀をおさめる。
最初のほうはなんとなく数えてたけど、もう数えられない。
―――強い。私は逃げることしかできなかったのに。
  ガーゴイル・・・おまえらもしつこいな。でも、俺のほうがもっとしつこいか。
「想真」
ガーベラだ。
「おつかれ。大丈夫だった?」
そっと水筒をさしだしてくる。
「ああ、もうなれたよ」
うけとって、がぶ飲みする。
「想真がいなかったらこの村は破壊されてたわ」
「・・・・・」
「だから、これからもよろしくね。あなただけが頼りなのよ」
  俺だけが、か・・・。
「なぁ、ガーベラ」
「なあに?」
想真は一息おいて、
「俺は、これでいいのか?」
と、投げ捨てるように言った。
「?」
ガーベラは全然言葉の意味がわかってないみたい。
「ガーベラは、ガーゴイルがなぜ生まれたか知ってるよな?」
想真が聞く。
「知ってるわよ」
「じゃあ、ガーベラは俺がガーゴイルを殺すことになんの疑問ももたないのか?」
「疑問?」
ガーベラは首をかしげる。
「そんなのもつはずないでしょ。あいつらは、なにも悪くない私たちを虐殺しにきているのよ。なにもしなきゃこっちが殺されるじゃない」
「そりゃそうだけど、俺たちは地球をダメにしてきたじゃないか。その結果ガーゴイルがこれ以上地球を汚したり、キズをつけさせないためにガーゴイルが生まれてきてるんだろ。だったら地球に住む俺たちにガーゴイルたちを殺す権利、地球に住む権利はあるのか?」
―――地球に住む権利・・・。
ガーベラはちょっとの間あっけにとられたが、すぐに眉を寄せ怒りの表情になった。
「何言ってるのよ、じゃあ私たちは生きる資格がないって言いたいの?」
「いや、そうじゃない、そうじゃないんだけど・・・」
今の想真の心は、迷いに満ちあふれてる。
「たしかに想真の言ってることは間違ってはないかもしれない。でもね、私たちが生きるためにはガーゴイルたちを殺さなきゃいけない。たとえ地球に住む権利がなくたってね」
「・・・・・」
「あんただってまだ死にたくないでしょ?だからあんたはこの町を守ってくれればいいのよ」
「なっ!」
「あんた、ガーゴイルにこの村の人が何人やられたと思ってるの?その人たちは罪もないのにガーゴイルに殺されたのよ。そんなのが許せるの!?」
強く言うガーベラ。
「・・・・っ!」
なにも言いかえせない。それに、思い出すだけで怒りがこみ上げる。
「私はガーゴイルたちが許せない。たとえエゴイストといわれても」
そして立ち去っていくガーベラ。
  ガーベラ・・・。お前の言ってることは正しい、と思いたい。それにお前は俺にとって命の恩人だ。お前が友達になってくれなかったら、今どうなっていたことか。だからお前だけは絶対に守ってみせる。
そう思いつつ、想真も歩き出す。
見わたせばこの前より村が修復して、活気を取りもどしているように見える。
―――みんな、がんばってるのね。
  おれは、たしかに、おれがやらないとこの光景がなくなる。
想真の思いがいろいろと頭の中をよぎる。
なんだかやるせない気持ちが伝わってくる。
「・・・このままでいいのかもしんないな」
そうつぶやき、家へと帰っていく。

「想真、おかえり」
帰り道、子供連れの女性に声を掛けられる。
「ミラさん」
―――この人、以前も見たけど、杖なんて使ってたかしら?
「今日もありがとう。ケガはない?」
ミラさんが心配そうな顔で言ってくる。
「ああ、なんともないよ。それよりもミラさん、足の具合は変わりないか?」
「ええ、今のところ変わりないわ。けどなんとか歩けているわ」
少し歩いてみせるミラさん。左足が棒のようになって引きずっている。
「そうか・・・」
うつむく想真。
「でもいいのよ。この子が奇跡的に無事だったから・・・ゴホッ、ゴホッ!」
相変わらず苦しそうなせきだ。
「ミラさん・・・」
うつむいた先にはにこっと笑う子供がいた。
「そーま!」
以前見た時と打って変わって想真の膝くらいまで身長があり、もう一人で立っている。
「ソラ、相変わらず元気だね」
―――ソラっていうんだ。2,3才くらいかな。
「そーま!」
想真のズボンを引っ張る。
「こらこら、想真は疲れているんだから休ませてあげて」
ミラさんがソラの頭をなでる。
「うー」
しょんぼりとするソラ。
「また時間できたら遊ぼうな」
そう言って想真も頭をなでる。

部屋につくと刀を机の上に置き、ドサッとふとんに横になる。
ここはコスモスの家のようだ。特に壊された雰囲気はなく、以前の襲撃から被害をまぬがれたようだ。
「想真、おかえり」
「・・・ただいま、コスモス」
「よかった。今日も想真が帰ってきて」
「・・・・・」
「いつも心配なんだよ。あんな強いガーゴイルに相手にしているから」
「それは大丈夫だよ。もう何体も倒してるんだから」
ちらっとコスモスを見ると、
「その油断がこわいんだよ」
コスモスはなにか机で作業をしていた。
「慣れってのは怖いんだよ。それで少しの油断で死に至るかもしれないんだからね」
こっちを向かずに怒ってくるかのような口調で言ってくるコスモス。
「ガーゴイルだって、そこまでバカじゃないだろうし」
「・・・・・」
「って、想真」ガタッと席から立ち上がる。「聞いてるの!?」
「ああ、聞いてるさ」
「心配なんだよ、こっちは」
「・・・・・」
さっきから黙りこむ想真。
―――なにかしら、想真の頭の中・・・こんがらがってるというか、ごちゃごちゃだわ。
複雑な迷路の中でさまよっているような感じだ。
「俺の心配はいいよ。それより、この村のほうを心配してくれ」
「村のことはなんとなるよ。みんな必死だもん」
コスモスは近寄ってきて、こう言った。
「でもね、この村は君を必要としてるんだよ。君なしじゃやってけないんだ」
「それは、俺がこの村をガーゴイルから守ってるからか?」
「それもあるけど、それだけじゃない。想真は、この村のリーダーじゃないか」
リーダー、か・・・。
「リーダーならガーベラでもできるじゃないか」
「ガーベラでもいいけど、彼女はやろうとはしないだろうね。そもそも、二人そろってないとだめなんだ」
「・・・・・」
―――想真・・・。
「どうしたの?」コスモスは顔をくもらせる。「なんか悩んでいるようだね」
―――コスモス、鋭いわね。
想真は体を起きあがらせて、テーブルの近くのいすに座る。
コスモスもつられて、向かいの席に座った。真剣な空気が流れる。
―――想真の頭の中・・・どんどんくもっていってる。
コスモスはじっとしてる。しゃべり始めるのを待ってるみたい。
  コスモス、たしかにお前は不思議な奴で頼りになる。でも、今回はお前に言っちゃいけない気がする。
テーブルに片腕しかない腕でひじをつく想真。
―――想真、一人で抱えこんじゃダメ。
私がこんなこと言っても、聞こえるはずがない。
  やっぱり自分で解決しなきゃいけないのか?
「想真、ひとつ言っておくけど」
コスモスが話す。
「?」
「自分で悩みを抱えるのはいいけど、大きくなってからじゃ手遅れになるかもしれないからね」
―――コスモス・・・。
「だからといって、誰かに打ち明ければいいわけじゃない。打ち明けて良くなることもあれば、そうでもないことだってあるし。そこは想真にまかせるよ」
そう言ってコスモスは立ち上がり、コップを二つテーブルに置き、水筒の水をついだ。
  コスモス、お前をあのガレキの中から助けたとき、なんか他のやつとは違う感じがした。もしかしたらお前は特  別な奴なのかもな・・・。
―――想真?
「・・・コスモス。やっぱりお前には隠さないほうがいいな」
  お前には、言うべきだな。
想真の頭の中の雲から光が差した。
コスモスは一瞬だけニコッと笑った。そしてすぐに真剣な表情になった。
「ちょっとこれは考えていいことなのか自分でもわからないんだ。だから、俺はあえてみんなに言わなかった」
静かに頷くコスモス。
「俺はずっとこの村の人たちを守りたいがためガーゴイルと戦ってきた。だけど、最近気づいたんだ」
「?」
「俺は今までどおり、この町を守ってていいのか?」
―――!?
「ガーゴイルは自然から生み出された生き物で、俺たちが自然を破壊しすぎるからでてきた生物なんだろ?だったら俺はそんなガーゴイルたちを殺す権利なんてないんじゃないか」
―――想真・・・。
コスモスは想真の言葉に特に動じなかった。
「確かに権利なんてないよ。でも、なにもしないと僕たちの村、それにみんながガーゴイルたちにつぶされるよ」
それでいいのかい、という感じでいってくるコスモス。
「・・・俺たちが今まで好き放題自然を破壊して、この地球を怒らせ、大地震とか大津波にあった。それでも怒りが収まらないから、ガーゴイルが出てきたんだろ。あいつらだって俺たちが憎いはずだ」
「・・・・・」
「俺たち人間は、地球に住んでいるのに、この地球を怒らせている。それなのにこんな俺たちが住んでていいのか?・・・って最近思うんだ」
目を閉じる想真。
―――たしかに想真の言っていることに間違いはないわ。
想真の頭の中はいろんなことがぶつかりあってる。
今までしてきたこと、これからのこと、それらが本当に正しかったのか、とか・・・。
「それはこれからを生きる僕たちが考えて、決めることだと思うよ」
一言でかえすコスモス。
「・・・俺たちが?」
目を開ける。
「うん。僕たちが地球を汚して、この地球からしっぺ返しされて、もう人間が住むのはよくないのかもしれない。けど、まだ大丈夫。これからしっかり反省して、この地球と寄り添っていこうと思って行動すれば、いずれガーゴイルもいなくなるじゃないかなって思うよ」
「まだ大丈夫か、この外の風景を見てそう言えるのか?」
バッと、窓に指をさす。
町の外は以前と変わらない荒れ果てた大地、緑がなく向こう側にはがれきの山。
「想真。確かに今はこんなかもしれない。けど、村を見てよ。必死に再建しているじゃないか。少しづつ前に進んでいっている」
「少しづつだ。それにまたほかの地域のやつが来て戦争になったら、また振出しに戻る。結局俺たち人間は同じことの繰り返しだ」
想真はぎゅっと手を握る。
「そう繰り返す可能性はある。だけど、まったく同じように繰り返すことはないよ。特に今はガーゴイルがいるから戦争なんてしていられなくなってる」
「そうだといいが、どうしても先のことに希望が持てない。そもそも持っていいのかもわからない。地球に寄り添うたって今更だろ」
「想真。今は信じて行動するしかないよ。希望をもって。希望を持たないと何も始まらないし、君がそんなんじゃ村のみんなの士気にもかかわるよ」
「みんな立派じゃないか。別に俺がいなくてもやっていける。俺はただ村を守っていればいい」
「違う!」コスモスが強く首を振る。「確かに今は想真が守ってくれていることは心強いかもしれない。けど、それよりも今あるのは想真のリーダーシップのおかげだよ!」
コスモスが声を上げる。
「ありがとな、コスモス。確かに村の人も大事だ。だが、やはりガーゴイルたちのほうが正しい気がしてならないんだ。俺があいつらを殺すたび、迷いが出るんだ」
―――ぐずぐずしてライラするわね。
この場に私がいたらコスモスと一緒になって喝を入れるのに。
「そうだね。寄り添っていくと言っているのにガーゴイルを殺している。矛盾しているね。ただ、相手は話が通じない。行動で示して、地球が許してくれるまでは確かにガーゴイルたちとやりあうしかないか」
コスモスが下を向く。
「それまで俺はずっと疑問とも戦い続けなければならない。持たない気がする」
「想真だけに重荷を背負わせるつもりはないよ。村のみんなだって、想真を一人にさせる気は絶対ないよ」
「うん。みんな優しいからな」
想真はそう言って、席を立った。そして、刀を持つ。
「想真?」
「これからもみんなを守り抜く・・・か」
刀に向かってしゃべりかける。
たしかにコスモスの言う通りだ。村のみんなをなくしたくはない。だが、いつまでやればいい?
本当に許される日が来るのか?
ガーゴイルを殺し続けて許されるのか?
じっと刀を見ながら考え続ける。
―――想真?
心の中に雲が覆われてきた。それに洗濯機の中にいるようにぐるぐると考えが流れ込んでくる。
破滅への道は簡単だ。ただ俺がこの村を守らなきゃいいだけだ。でも、村の人は・・・。そしたら俺は人殺し   だ。でも、それもしかたがないんじゃないのか?俺たちは地球を破壊し、気づかずに動物たちも殺してきた。   いま生きている動物なんて、数えられるくらいの種類しかいない。そんな俺たちに生きている権利があるの    か?住む権利なんてあるのか?
徐々に雲が厚くなってきた。
―――ダメ、想真!
・・・ないよな。利己的すぎる。どう考えても滅びたほうがいい。この地球という俺たちの家主が怒こってるんだ。それなのに住もうとするなんてずうずうしすぎる。俺はそんな奴らを守ってたんだ。なんで今まで気づかなかったんだ。俺たちがいなくなればこの地球もきれいになるし、残された動物たちも気持ちよく暮らせるじゃないか。ははは・・・なんて俺はバカだったんだ。
―――想真!
「はは、はははははは」
「想真!?」
コスモスががたんと立ち上がる。
「だめだ、コスモス、おれは・・・」
そう想真が言った瞬間、頭の中が真っ暗になった。
がたん!
「想真!?」
想真が床に倒れたようだ。
「しっかりして!」
駆け寄るコスモス。
私の目の前は真っ暗。さっきまでの混沌は消え、今は無になった。
「息も脈もある・・・生きてはいるけど」
「コスモス!!」
ドアをドカンと開けてガーベラが入ってきた。
「なんか大きな音が――想真!?」
目を見開くガーベラ。
「どうしたの!?」
ガーベラが想真を揺さぶる。
「ちょっと想真、しっかりして!」
―――ガーベラ。想真は今・・・。
バシバシとほっぺたをたたいてくるけど、反応がない。
「コスモス、何があったの!?」
「想真と話していただけだよ」
「話していただけで何で倒れているのよ!?」
コスモスはなにも答えない。
「ねぇ!?」
「とりあえず、寝かせよう」
そう言って、コスモスは想真をベッドに寝かせた。
―――想真、気絶しているかのように意識がない。きっと頭がパンクしちゃったのよ。背負い
   すぎだわ。
「コスモス、説明して」
ガーベラは怒っているかのような口調で言う。
「説明するも何も、話していただけだよ」
コスモスはしぶしぶと答えた。
「じゃあ何を話していたの?」
「想真の悩みについてだよ。いろいろと考えこんでいたようだから」
「悩み、それってもしかして!?」
ハッとするガーベラ。
「俺はこのままでいいのかって感じの悩みだよ。ガーベラも知ってるのかい?」
「今朝聞いたわ。けど、ここまで深刻に悩んでいたの?」
「かなり悩んでいたようだよ。結局急に倒れちゃって、マイナスのまま話が終わってしまってたよ」
はぁとコスモスがため息をつく。
「大丈夫かしら、生きてはいるわよね?」
「生きてるよ。ただ、いつ目を覚ますか・・・」
「なんか、この顔、このままずっと目を覚まさないような顔・・・」
ガーベラが泣きそうな声で言う。
―――想真、起きなさーーーーい!
暗闇の中、思い切り叫ぶが届くわけがない。
バチンッ!
頬に痛みが走る。
「ガーベラ!」
「起きなさいよ!」
また、バチンと頬をたたかれる。
「やめなよ!」
コスモスがガーベラをガシッと手をつかんだようだ。
「離して!たたき起こせばいいのよ」
「気持ちはわかるけど、そんなんじゃ起きないよ!」
「じゃあ待ってるしかないの!?」
ドンとお腹をたたかれる。
―――痛い。けど、想真には届いていないわ。
「精神面の問題だから、僕たちには何もできない。待つしかないんだ」
ガーベラはそれでもあきらめようとはしない。
「いや・・・うそよ、こんなの」
「僕だってそう思いたい」
はぁ、とため息をつくコスモス。
「想真!!」
ガーベラが思い切り叫ぶ。
「・・・・・」
ドン!!!!
「!」
なにか大きな音がここまで響き渡った。
「なんの音!?」
タタタっと、急いで外に出るコスモス。
「まさか・・・」
ガーベラは動かずそうささやいた。
―――想真!?
今の音でうっすらと目が開く。
―――想真、起きて!
そう叫ぶがやはり想真の意識は変わらず、気絶した状態だ。
目の前は天井しか見えない。視界のはじっこにガーベラの顔が少し見える程度だ。
「大変だガーベラ!」
コスモスが血相を変えて戻ってきた。
「ガーゴイル、でしょ?」
ガーベラはコスモスが話す前に言う。
「!」
驚き言葉を失ったようだが、すぐに真顔になり頷くコスモス。
「やっぱり来た。このタイミングで・・・」
ガーベラはやけに落ち着いている。
「ガーベラ?」
ガーベラがこちらに来て、のぞきこむ。
「今、この村には戦える人がいない」
―――このままじゃ、この村が!
「確かに、想真しかもともと戦える人がいない」
コスモスが椅子に座り、頭を抱える。
「どうする、コスモス?」
ガーベラは想真の頬をそっとなでる。
「・・・わからない。いざという時のための地下室もあるが、あの距離じゃ全員は助からない。それにあいつらの気をそらさないと」
コスモスは首を横に振る。
「そうよね」ガーベラはそう言って「じゃあ、やるしかないのね」
ガーベラは一瞬だけ想真に微笑み、机にある刀を手に取った。
「ガーベラ!」
驚くコスモス。ガーベラは外に出ようとする。
「何を!?」
―――ガーベラ!?
「やるしかないでしょ!」
「だめだ、殺されちゃうよ!」
コスモスはガーベラの手をつかむ。
「わかってる!・・・わかってるわよ」
グッと刀をにぎる。その手はかすかにふるえている。
「でも想真がいない今、誰がやるの!?」
コスモスの手を振り払う。
「ガーベラ!!」
バタン!
コスモスの制止を振り切り、行ってしまった。
「が、ガーベラ・・・」
ガーベラは死ぬ気だ。
―――想真、起きて!ガーベラが死んじゃう!
頭の中で何度も叫ぶが、私の声はとどかない。
「・・・・・」
コスモスは立ちつくしている。
―――想真!
外から叫び声が聞こえてくる。想真に助けを求める声が。
「それにしても、この感じは・・・」
ぼそっとつぶやくコスモス。そっと窓の外を見る。
―――起きて!
このままじゃガーベラどころか、村も壊されちゃう!
「青い目のガーゴイル、ついにきたか」
グッと手をにぎるコスモス。
―――青い目のガーゴイル?
「やるしか、ないか・・・?」
―――コスモスも行っちゃダメ!
コスモスはしばらく立ちつくした後、こちらに来る。
―――想真、みんなが死んじゃう!
外の叫び声が大きくなる。かすかにガーベラの声も聞こえる。
「想真、君は・・・」
―――想真、お願いだから起きて・・・。
コスモスは想真の頬を触り、ドアに向かって歩きだした。
―――コスモス!?
外に出ていく気だ。
―――死ににいくだけよ!
どうしても私の声は聞こえない。
「君は、僕が守る」
―――えっ?
そしてドアを静かに開け、行ってしまった。
―――コスモスまで・・・。
部屋に静寂が訪れる。私だけなにもできない。それがとても歯がゆい。
外は叫び声と、ガーベラがガーゴイルを引き付けているのか、こっちに来なさいと叫んでいる。
―――想真、お願いだから、起きて、大変なことになっちゃうよ・・・。

・・・・・・・・・・・・・・

あれからどのくらい時がたったかわからない。私の感覚としては5時間くらいたっている気がする。

・・・・・・・・・・

一度静かになり、また破壊音などが響き始める。

・・・・・・

外が静かになった。終わったのかしら。
ガーベラ、コスモス、どうか生きていて。

・・・

ずいぶんと時間がたったはず。もう10時間くらいたっている気がする。
でも、だれも帰ってこない。
―――帰ってくる、帰ってくるわよ!
私は祈ることしかできない。なんて無力。
外はもう静まりかえった。だけど素直に喜べない。
―――だけど、ここは攻撃されていない。それなら・・・。
かすかな希望をもつ。

キィィ・・・

―――!?
静かにドアが開く音。
―――だれ!?
そっちを向くに向けない。
カツ、カツ、カツ・・・
ゆっくりとした足音がこっちに近づいてくる。
「・・・・・・・」
なにかつぶやいてる。
―――ガーベラ、コスモス!?
カツ、カツ、カツ・・・足音はとても小さくゆっくりで、力が入ってない。
少しづつ近づいてくるが、すごく時間的には短い気がする。
―――だれ、なの?
カツ、カツ・・・足音が止まった。もうすぐそこにいる。
「そう・・ま・・・・」
―――その声は!?
そっと、私の視界に姿をあらわした。
「そう・・・ま」
―――!?
声を聞かなければ誰だかわからないくらいだった。体は血だらけで、顔はあざだらけだ。
「ううっ・・・」
―――ガー、ベラ?
左手は腹部から出る出血をおさえていて、右手はだらりと下にたれながらあの刀を引きずっている。それによく見ると、両足もあざだらけで、血がだらだらとでてる。
―――ひ、ひどい・・・。
床が血の水たまりができる。さっきのガーベラの面影がない。
「そう、ま・・・ごめん、ね」
カランと、刀を床に落とした。
「もう・・・だめ、みた・・・い」
ガクンとひざが地面についた。
―――だめよ、ガーベラ!!
「・・・血、とまら、ない」
腹部を押さえていた手をどけた。
―――!!
どくどくと血が流れはじめた。
「もう・・たすか、ら・・・ない、わ」
腹部にこぶし一個分の穴が開いてる。ガーゴイルの爪に刺されたようだ。
「わたし・・死ぬのなんて、こわくないって、ずっと・・おもってた」
ガーベラは必死に話す。
「でも、やっぱ・・・やだよ」
―――ガーベラ・・・。
手がふるえてる。
「死ぬの、なんて・・・やだ」
血じゃない液体が目から流れ出てきた。
ドンっと大きな音とともに、家が揺れる。ガーゴイルが家を壊しに来たのかもしれない。
「・・・そうま、ごめん、ね・・・いろいろ、と」
血と涙が、想真の体に降りそそぐ。
―――あやまることなんて、ないのに。
「そとは・・コスモス、が・・・なんとか、してくれた、から・・・しんぱい、しない、で・・ゴホッ、ゴホッ!」
口から血がとびでた。
―――ガーベラ、もういいよ!もうしゃべらないで!
「・・・ねぇ、わたし、おもうの・・こんなせかいに、なっても・・・けっこうたのし、かった・・ゴホッ、ゴホッ・・・むかしの、へいわな、ときも、よかったけど・・・いまの、せかい・・・も、みんなひっし、でいきて、わたしも・・ひっしになれた」
ガーベラの血と涙が、想真の体をそめていく。
「だか、ら・・・ひっしで・・いきれ、て・・たのし、かった、わ・・・そうまと・・いっ、しょで・・」
―――ガーベラ!
バタンと、ガーベラは想真の胸にあずけるような形で体に倒れこんだ。
想真の体が生あたたかいものによって、赤くそまっていく。
―――体が、冷たい・・・。
「ねぇ・・・そうま・・も、そう・・・おもわ、ない・・・?」
ガーベラが必死に想真の顔を覗きこむ。
―――・・・・・・・・。
心が締め付けられる。
「・・・でも、もう、ちょっ・・・・・と、いっしょ・・・にくらし・・たかっ、た・・」
ガーベラが重くなっていく。
「・・・・・・・・・・」
―――ガーベラ!
想真の体が、ガーベラの血で足まで染まった。
「・・・そうま・・・・・・あな・・・た・・・は」
なにも、できない。
「・・いき・・・・・・て」
ガーベラが冷たくなってきた。
「・・・・・・そ・・・・う・・ま・・・」
―――ダメ、死なないで!
私の目にもあついものがこみ上げてくる。
「・・・い・・・き・・・・て」
でも、泣けない。本当だったらおお泣きしてるのに。
「・・・・・・・・・・」
―――ガー、ベラ・・・。
呼吸が止まった。ガーベラの顔は心なしか穏やかに見える。涙は想真の首をつたっていく。
―――こうしてみると寝ているだけのように見えるのに。
ガーベラの涙は悲しさだけではなく、楽しかった思い出のを懐かしむ涙にも見えた。私にはそんな気がした。
しおりを挟む

処理中です...