掌 ~過去、今日、この先~

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五章 表

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―――――― 

―――はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・。
目が覚めた。
―――はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・。
汗がひどい。背中がシャツとくっついて、額からは汗が滝のように流れてくる。シーツも美shびしょだ。
それに、
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
息をするのが苦しい。
  なっ、何なのよ・・・今回の、夢は・・・それに、さいごは?
のどがカラカラで、息をするとズキズキとのどが痛くなる。
「はぁっ、はぁっ、みっ、水・・・」
乾いてひからびてしまいそう。
  死にそうだわ・・・はやく台所に行かなきゃ。
と思ったけど、
「―――どこ、ここ?」
ベッドの周りがカーテンで仕切られている。ほかにも同じようなベッドがたくさんある。静かな場所。この前も見たことがある気がする。
・・・思い出した。病院だ。何日か前にお世話になったとこだ。
「久礼さん、目が覚めたんですね!?」
部屋に入ってきた看護師さんが私に気づいた。
「体調はどうですか!?」
看護師さんは目を丸くして私のところへ来た。
「大丈夫、では・・・」
  またあの看護師さんだ。なんかやだなぁ・・・。
「ちょっと待ってて、先生呼んでくるわね!」
そう言って、ダッシュで行ってしまった。
「あっ・・・」
できれば水を持ってきてほしかったんだけど・・・。
―――あの後、恵理がお前を病院へ運んでくれたようだぞ。助かったな。
ケンジの声だ。
「そうね。でも、傷ひとつないんだけどね」
―――ナイフを持った放火魔とやりあって無傷じゃあ、誰でも驚くだろうな。
「そりゃそうよ、普通ならありえないわ」
―――そうだな。
「この前もこの病院にお世話になったんだけど。そのときもこんな感じだったのよ」
―――この前も?
「うん、そのときは死んでもおかしくないほどの重傷だったんだけど、なぜか助かって病院の人みんながすんごい驚いてたわ」
今日もそんな風に言われるんだと思う。
―――それは本当か?
「うそつく必要がないでしょ」
―――どれほどの重傷だったんだ?
「そうね・・・胸になにかが刺さったって言ってたっけ」
―――それでもお前は生きていると?
「うん。奇跡だって言われたわ」
―――奇跡、か・・・。
「奇跡は信じないの?」
―――・・・さあな。
「福原さん!」
「!」
またか・・・驚かせないでよ。
びしっと白衣を着た主治医と、さっきの看護師が私の横に来た。この前と同じ。
「眠っている間に診察させてもらったが。また、異常なしだ」
主治医は、こいつは人間なのか、という感じで苦笑いする。
「え、ああ、どうもいつもありがとうございます」
ペコッと頭をさげる私。
「いちおう聞くけど、体調はどう?」
「特になんともないです。でも、のどがすごく渇いたし、汗がびっしょりでシャワーを浴びたいんですけど」
「本当だ!」主治医は驚き「体温大丈夫か!?」
看護師に確認する。
今、汗のこと気づいたのね。
「特に異常ないのか・・・」
不思議そうな顔をするが、すぐに元に戻った。
「とりあえず、水分をとろうか」
そう言って、主治医と看護師は部屋を出て行った。
  はぁ、やっと水が飲める。
もう限界、なにか飲まないと声が出ない。
―――たしかに汗がひどいな。なにか怖い夢でも見たのか?
  怖い夢?怖いというか最悪な夢を見たわ。
―――どんな夢だ?
そりゃもう変な生き物に腹は刺されるわ、腕は斬られるわ―――
「あっ!」
ふと思い出し、左腕と腹を触ってみる。
「・・・よかった。なんともない」
ほっとため息をつく。
―――どうした?
  もしかしたら私の腕も切れちゃったかと思って。そんなことよりあんた、本当の名前・・・。
―――本当の名前?
  想真っていうんじゃあ?
夢の中では、みんな私に向かって想真って呼んでた。ってことは、いま私の中にいるのがケンジだから、夢の中では逆で私が彼、想真の中にいるってことになるはず。
っと思うけどケンジは、
―――想真?何度も言わせるな、俺に名前などない。
ケンジは一蹴する。
  本当に名前がないの?
―――そもそも俺は人間じゃない。
「えっ?」
―――お前らの言う幽霊みたいなもんだ。
  幽霊?
「福原さん、おまたせ」
さっきの看護師さんがコップに入ったお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
「あとシャワーは一階にあるから自由に使っていいわよ。かわりの服は昨日あなたが着てた制服でいいかしら?あんまり汚れてなかったし」
「いいですよ、帰るときもそれ着ますから」
「そっか」
と言って、看護師は私の服をおいて部屋から出て行った。それと同時にお茶を一気にのみほす私。
  それで、どいゆう意味なの?
―――簡単に言えば、存在しないってことだ。
  存在していないのに、私の中にいる・・・いるじゃん。
なんだか、ケンジの言ってることがわかんない。
  もう、あんたと話してても、あんたがなんなのかどんどんわかんなくなってくわ。
ベットから出て、シャワー室へと向かう。
―――死んでいるのであるから、存在しないと言ってよいだろ。
  死んだって、本当に幽霊なの!?
―――厳密にいうと幽霊ではない。ただ、そういったほうがわかりやすい。
「・・・なんだかよくわかんないわねぇ」
―――俺にも説明ができん。
  ちょっとは理解できるように努力しなさいよ。
―――無理だ。
  はやいわよ、返事が。
―――無理なものは無理だ。
・・・そう、ならしかたがないわ。でも、ひとつ聞かせて。
―――なんだ?
  私を呪ったりはしないでしょうね?
―――できるわけないだろ。
ちょっと怒ったみたい。

「ふぅ、さっぱりした」
病院でシャワーを浴びさせてもらうなんて不思議な感じ。しかも、今は制服姿。
  やっと体にへばりついた汗をながせたわ。
今は午後二時。病院の中はまったりとしてる。ほかの病人の人も私のようにベンチに座ってたり、外でタバコを吸ってたりしてる。
―――いつまでここにいるつもりだ?
  夕方ごろに恵理が来てくれるらしいから、それまでここにいなきゃいけないの。
―――そうか、暇だな。
  そうね。でも、昨日の疲れがまだ残ってるから休むにはちょうどいいかも。
売店に行って、風呂あがりのジュースを買う。幸いお金はポケットの中に財布がはいってた。
―――お前、いま何歳だ?
ケンジが聞いてきた。
  十八よ。
―――若いな。
ホールの広場のベンチに座る。
―――まだまだ未来があるな。
「?」
  どうしたの?急に年老いたおっさんみたいなこと言っちゃって。
―――お前、未来というものを考えたことはあるか?
  どうしちゃったのよ、ちょっと気持ちわる―――
―――答えろ。
ケンジは本気だ。なんだかよくわかんないけど。
「未来・・・」
  そんなこと考えたことないわ。
―――そうか、気にしないでくれ。
また気にするなだ。
  まぁ、いいわ。でも、お前って呼ぶのやめてくれない?私には福原虹っていう名前があるんだから。
―――悪かった。では、なんて呼べばいい?
  そうね、虹でいいわよ。ほかに呼び方なんてないし。
―――わかった。これからは虹と呼ぶ。これでいいんだな?
  うん、そうして。
「失礼だが、君が福原さんかな?」
横を向くと、知らないおっさんがいた。背広にコートを着ていて、普通の人とは違った雰囲気だ。
「ええ、そうですけど」
―――誰だ?
  知らないわよ。
「私はこうゆうものなんだが・・・」
コートの内ポケットからなにやらキラキラした星のような紋章が入った手帳を出してきた。
  けい、さつ!?
頭の中にいままでにした悪いことをさがし始めた。
  なんかやったっけ!?
「今いいかね?」
「あっ、はっはい!」
刑事さんが隣に座る。
  そいやあ、この前どっかの家の柿木から面白半分でとっちゃったっけ。誰かに通報された!?
心の中で何をしでかしたんだろうと考えていると、
「ありがとう!」
と、いきなりガシッと握手された。
・・・は?
「犯人を捕まえてくれて、本当に感謝する!」
  はんにん・・・ってなに?
「えっ、ああ、たいしたことないですよ」
反射的になんとなく答えてしまった。
―――おいおい、昨日放火魔を捕まえただろ。
えっ、ああ、それのこと。
ほっとした。
「ケガはないのかね?」
私の全身を見る刑事さん。
「はい」
顔をしかめ、不思議そうに見る。納得していない様子。
  そりゃそうだわ。
「しかし、よく刃物を持った相手に無傷で倒せたね?」
本当か、とそんな感じで言ってくる刑事さん。
「いえ、それはその・・・」
  どうしよう、回し蹴り決めたなんて言ってもなぁ・・・。
―――適当にごまかせばいいだろう。
  簡単に言ってくれるわね。
「・・・実は、私は何もやってないんです」
「何もやってない?」
「はい、私が刃物を持った男を倒せるはずがありません」
刑事さんは眉をひそめた。
「じゃあ、誰が?」
「それが、私が放火魔と遭遇して、ただ立ちつくしていた時、突然男の人が現れて放火魔を一瞬にして倒して行ったんです。で、私はほっとしてその場で気絶しちゃったんです」
シーンと沈黙。
  変かしら?
「そうだったのか」刑事さんが口を開いた。「そうだね。刃物を持った男に立ち向かうなんて無理な話だったね」
ははは、と笑う刑事さん。
「そんな勇気ありませんよ」
  たしかに一人じゃ無理だったわ。
「ありがとう。その男性にお礼を言わないとね。何か特徴はなかったかい?」
「すいません。とっさのことだったので覚えていません」
「そうだね。覚えてないよね」
そして、刑事さんは立ち上がって、
「次はその男性を探すとするか」
そう意気込む。
  ごめんなさい、刑事さん。
「時間とって悪かったね。では、お大事に」
そうして刑事さんは去っていった。
「はぁ、緊張した」
―――そんなに刑事とやらが苦手なのか?
  そりゃそうよ、苦手じゃない人のほうがおかしいわ。
―――お前がやっつけたのだから、堂々としてればよいのに。
  そうだけど、やっぱなんかいやだわ。
去っていく刑事さんを見る。
  あんた、存在しないって言ってるけど、この世界のことは知っているの?
―――ああ、ある程度はな。
  ある程度?
―――ある程度だ。しかし、今の世界はあんまり知らないな。
  またわけの分からないことを言うわね。あんた、どっからきたの?
―――どこからでもない。
  じゃあ、どうやって生まれたのよ?
―――気づいたらいたんだ。お前の中にな。
「・・・・・」
話しても正体はわかりそうにない。
―――それより、あんたって呼ぶのはやめてくれないか?
  だめなの?
―――気にいらん。昨日、俺の呼び方を決めただろう。
  あっ、そういやあそうね。
昨日、眠る前になんて呼べばいい、って聞いたっけな。
  ケンジって呼べばいいんでしょ?
―――ああ、それでいい。
  なんか抵抗あるけど・・・まぁ、いいか。
ぐいっと残りのジュースを飲みほした。
「さっ、そろそろ戻ろうかしら」
と、立ち上がったとき、ふと外にいる人のライターに目についた。
タバコに火をつける。 別に気にすることでもないのに。
「・・・火」
―――どうした?
  火・・・

パチパチパチパチ―――赤い炎があたりをおおいつくす。
もう火は下の階から階段まで火の手がまわっている。
  逃げられない・・・。
パチパチと燃える炎。その中、ゆっくりと階段を下りていく。
―――おいっ、なにボーっとしてんだ?
足が踏み外れて、階段から転げ落ちた。
・・・ゴホッ、ゴホッ!!
口に煙が入ってくる。
暑い、苦しい、頭がおかしくなりそう。出口はあと少しなのに。
・・・あれ、出口のほうから人っぽい影が・・・何かしら?
暑さのせいかもしれない。こんなとこに人が入ってくるはずがない。
でも、人影はこっちに向かってくる―――なんか、怖い。
助けに来てくれた?いえ、そんな早く来なかったはず。
―――おいっ!
人影はすぐそこまでやってきた。炎がすごくて顔とか全然見えない。
「うっ!」
胸のあたりから激痛が走った。
「うっ、いたっ・・・」
声にならないほど痛い。ガクッと腕に力が抜けて、また倒れこんだ。
  なん・・・なの?
のどのおくから熱いものがこみ上げてきた。
人影は私のそばにいるだけ。
そっと、胸の痛いところを触ってみる。
  なんか、ささって、る。
口の中に血の味が広がってきた。呼吸できない。
  なに・・・これっ?
かたくて、太い木のようなものの感触がする。
  わたし、死ぬんだ・・・。
頭がもうろうとしてきたし、目の前が真っ白になってきた。
その時、人影が私の首をそっと触った。
動けないし、呼吸もできない。それに炎がすぐそこまできてる。
目がかすんできた。
かすかに最後だけ、その人影が炎の中に消えていくのが見えた・・・。

―――・・・・・!!

―――・・・・ぃ!
  う・・・ん
―――・・・おいっ!
  う・・・。
―――起きろ!
「はっ!」
バチッと目が覚めた。
「あれ?」
病院だ。朝とおんなじ。
「虹、大丈夫?」
「・・・恵理」
制服姿の恵理が横に座っている。
「ホールで急に倒れたそうじゃない」
「そうなの?」
―――急に気絶したんだ。
「そうよ。また心配したわよ・・・まったく、虹にはヒヤヒヤされっぱなしだわ」
「ははっ、そうね」
「笑い事じゃないわよ。昨日なんて無茶しすぎよ」
恵理はずいっと、前に出てきた。
「・・・それは反省してる」
  ケンジがいなかったら死んでたわね。
―――ああ、まったくだ。
「まぁ、でも放火魔を倒しちゃうなんてすごいわ。マンガのヒーローみたい!」
ぱあっと明るい表情になり、いきなり感激し始める恵理。
「ははは・・・」
  こりゃ否定できない感じだわね・・・。
「どうやって倒したの?」
ずいっと、ベットのとこまで前に出てきた。
  うっ!恵理が興味津々だ。
「ねえねえ」
こうなるともう逃げられない。
「えーっと、あの、回し蹴りを・・・」
「回し蹴り!?」
「うっ、うん」
恵理、なんか変。
「すっ、すごいわね、虹って。実は格闘技とかってけっこうできるタイプ?」
「そんなことないわよ。格闘技なんて一度も習ったこともないわ」
「それなのに、土壇場になって出せたんだ」
すごいわ、という半分尊敬しているような表情でこっちを見てくる。
「そんなことより恵理」
「なに?」
「私の家が火事になったとき、消防の方が来る前に、誰か中に入って助けに来てくれた?」
恵理はガラッと変わり、まじめな表情へと変わっていった。
「誰も入っていないと思う。私が見た感じ、入るのは無謀だったと思う。火が強すぎて、入ってたら焼け死ぬっていうのがわかるくらいだったわ」
「・・・そうよね」
  じゃあ、あの人影はいったい、ただの見間違い?
「どうしたの、なにか気になることでもあるの?」
「ちょっとね。たぶん私の見間違いだと思うんだけど・・・」
「見間違い?」
「うん、最初恵理が通報してくれたんだよね?」
「そうだけど」
「その時、私の家の周りに誰かいなかった?」
首をかしげる恵理。
「誰もいなかったわ。まだ野次馬も来てなかったし」
  じゃあ、見間違いかしら?
「で、なにか思い出したの?」
「うん、あの時ね、私の胸に木が刺さる前に誰かが私のそばにいたような気がしたのよ」
「あの炎の中で?」
「そう、信じられないと思うけど」
「うーん・・・」
考えこむ恵理。
「うっすらとしか覚えてないし、ただの見間違いね」
「普通に考えたらそうね。あの炎の中で人が入ったら絶対に焼け死ぬに決まってるわ・・・まぁ、人間じゃなければ大丈夫かもね」
「ははは、そりゃないって」
「でも、虹はそうかも。だって、普通なら死んでるほどの重症を負っても生きてるじゃない」
「うっ!確かに・・・」
  そう言われると何も言い返せないわ。
「そうだね。だけど、福原さんを化け物あつかいしてはいけないよ」
「あっ、先生」
いつのまにか主治医が恵理の後ろに現れた。
「ちょっと君、席をはずしてもらっていいかな?」
主治医は恵理に向かって言った。
  席をはずす?
「あっ、はい」
席を立つ恵理。
「ごめんね、すぐ終わるから」
  私にしか言えないってことは、あんまりよくないことだわ、きっと。
恵理が部屋を出て行くのを確認すると、主治医はそっと口を開いた。
「さっき警察の人が来ただろう?」
「ああ、はい」
「実はね、事件のことをいろいろと教えてもらったんだ。いや、実際僕が君の治療してるときにうすうす気がついていたんだが・・・」
「なにかあったんですか?」
主治医はうなずき、
「君の負ってたあのありえない傷なんだが、どうも不自然なんだ」
「―――不自然?」
「ああ」恵理が座ってたいすに座る主治医。「よく考えてみてくれ、君の家の天井にあの槍のような木はあったかい?」
「・・・柱が折れて、そんな形になったとか?」
「まぁ、あったとしよう。でも、君への刺さり方がどう考えてもおかしいんだ」
「刺さり方?」
そこらへんは見えなかったから全然わかんない。
「警察はあの木が落ちてきて君に刺さった、と最初はそう推測してたんだ。だから、僕もそう説明した。だけど、あとで調査した結果、どうも違うらしいんだ」
「えっ、違うって・・・」
「僕は治療してて気づいたんだが、木の槍が君の身体を貫くなんてありえない。警察もこう言ってた。君が木に刺さったと思われる場所なんだけど、天井にそのような木材はない。もしあたとしても、あんなに先端が鋭利にはならないはずだし、まっすぐ落ちるというのもなかなかない。という話を聞いたんだ」
ありえないという話ということは分かった。
「でも、それじゃあ、私を刺したものは?」
「だから考えにくいんだが、第三者によるものかもしれない、という説もあるみたいなんだが・・・」
主治医は首をかしげながら言う。
「第三者?」
  あの炎の中に入ってきたの?
「放火魔は外から君の家を燃やしたと言って、君の家の中には入ってない、と言ってるらしいんだ」
「家の中には入っていないの?」
確かに、よく考えてみればそんなリスクを冒す必要はない。
「放火魔じゃない?」
「うむ、だからもうひとり犯人がいるようなんだ。だが、あの炎の中に入って生きて出られるはずがない。そもそも、危険すぎる。それでもやるっていうのならことは、そうとう頭がイカレてる」
・・・そうよね。あの中に入るなんて考えられないし、入る理由がないわ。
少し心のもやもやが取れた。
「大丈夫?」主治医が心配そうに言う。「不安にさせちゃったかな?あんまり話す気はなかったんだが、やっぱり話しておいたほうがいいと思って」
「いえ、聞けて良かったです。話してくれてありがとうございます」
「そう言ってくれると助かるよ。けど、もし真犯人がいるとしたら、次いつ現れるかわからない。気を付けるんだよ」
「はい」
  可能性はゼロじゃない、か。


「なんか食べながら帰ろっか」
帰り道、恵理と一緒に繁華街を歩く。
「いいね。昨日の夜から何も食べてないから、おなかすいちゃった」
学校に行ってないのに制服着てるからなんか、変な気分。
「やっぱ、たこ焼き?」
「そうね。あったかいものがいいし、そこまでおなかにたまらないし」
「帰ったら夕飯もできてるし、うちの母さんも心配して待ってるわよ」
「おばさんには昨日のこと言ったの?」
「言ったわ。黙ってはいられなかったし。いちおう、うちの家族だからね」
にこっと、こっちを向く恵理。
「そっか・・・そうよね」
  おばさんにも心配させちゃったわね。
「実は虹がぐっすりと寝てるとき、見舞いに来てたのよ。それで、具合を聞いたら安心して帰っちゃったけどね」
結局、昨日と同じたこ焼き屋についた。
「帰ったら謝らなきゃね」
「大丈夫よ。いいことしたんだから許してくれるわ」
昨日のように、アツアツのたこ焼きを買ってベンチに座る。
「今日は良一君がいないから平和だわ」
恵理はすがすがしい顔をして言う。
・・・そんなにいやなのかしら?
ちょっと良一がかわいそうに思えてきた。
「それで、虹」こっちを向く恵理。「お医者さんに何を聞かれたの?」
たこ焼きを口に入れる手が止まる。
「あっ、別に無理して言わなくてもいいのよ」
気を使う恵理。
  恵理には言ったほうがいいのかしら・・・?
―――これ以上心配かけさせないほうがいいんじゃないか?
急にケンジが話しかけてきた。
  めずらしく、アドバイスしてきたわね。
「特にたいしたこと言われなかったわ。ちょっとケガのこと言われただけ」
ケンジの言うとおり、恵理には本当のことは言わなかった。たしかに心配はさせられない。
「そっか、それならいいんだけど」
恵理はホッとする。ちょっと罪悪感がある。
「でも、本当に体は大丈夫なの?このごろ無理しすぎていると思うけど」
「大丈夫よ。なんかよくわかんないけど私の体は丈夫だから」
たこ焼きを口の中に放りこむ。
「うーん、そうだけど・・・大ケガをしたんだからもっと安静にしたほうがいいと思うわよ」
「大丈夫、大丈夫!」
―――確かに、無理をしすぎているな。
「おいっ、市原に福原じゃねぇか。なに寄り道してんだ」
「あっ、先生!」
  ゲッ、担任だ!
横を向くとうちの担任がすぐそこの通りにいた。それに、
「おや、あなたのクラスの生徒さんですか?」
どっかで見たことのある人もいた。
「福原、お前今日学校に来ないでこんなとこでなにやってんだ?」
こっちに来る担任。
「?」
  まだ、担任には昨日のことは伝わってないみたい。
「虹はですね、昨日事件に巻き込まれていろいろとあって大変だったんですよ」
恵理がかわりに答えてくれた。
「事件?」
しわを寄せる担任。
「放火魔を捕まえたんですよ。虹が」
そう恵理が言うと、
「何だって、本当か!?」
担任は目を丸くした。
「―――はい、さっきまで病院にいました」
私が言う。ここからは自分で言ったほうがよさそう。
「ケガはないのか?」
「かすり傷ひとつないですよ」
「何だって、それはすごいな。でも、どうやって捕まえたんだ?その前に、なんでそんな危険なことをしたんだ?」
疑問だらけで、どんどん近づいてくる担任。
「それが逃げられなかった状況だったんですよ。だから、がんばって抵抗して、そしたら誰かが助けてくれたようで・・・その後のことははっきりと覚えてないんです」
  さすがに回し蹴りでぶっ倒しました、なんて言えないわ。
「大変だったな。ほんとケガがなくてよかった。ただ、結果よかったものの、抵抗なんて危ないことするなよ」
「わかってますよ。わたしもまだ死にたくないですからね」
先生の言うとおりだと思う。今思えば。
逃げられたんだけど、私が追っかけちゃったのよね。
ケンジがいなかったらと思うとぞっとする。
「ということで、虹は今日学校休んだんです」
恵理が言う。
「事情は分かった。それは仕方ない」
ふぅと、息をつく担任。
「先生、このことは学校にはあまり広めないでね。学校で周りの人からいろいろと言われると、けっこうやっかいだから」
私はパンッと手を合わせて担任に頼む。
「ああ、お前がそう言うんなら黙っとくよ。でもすぐに広まると思うけどな」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「でも、ここにももう一人先生がいるけどな」
横に指さす担任。さっきから、担任の横にいる人だ。
「あっ、もしかして」
恵理がなにか気づいたみたい。
「政治経済の先生」
ふと、私ももう一度担任の横にいる人を見てみる。
「あっ!」
  そうだこの人、政治経済担当の先生だ!すっかり忘れてた・・・。
「大丈夫だよ、僕も黙っててあげるよ」
先生は優しくそう言ってくれた。
「すいません、ありがとうございます!」
ペコッと頭を下げる。
「そんな、頭なんか下げなくてもいいんだよ」
「お前ら、先生の名前ちゃんとわかってるか?」
担任が言ってきた。
「えーとたしか・・・」
「横井だよ。影薄いからね。まぁ、よかったら覚えててね」
先に、先生が名乗った。多分私たち表情で察したのだろう。
  横井先生かぁ、初めて聞いたかも?
恵理も初めて聞いたような顔をしている。
「俺より何倍も優しい先生だからな。だからって、甘く見ないほうがいいぞ」
「そんなことないですよ」
ふっ、と笑みを浮かべ否定する横井先生。
「まぁ、いいや。さっさと飲みに行くとするか」
  飲みに行くんだ、二人で。
「福原、学校は無理せず来なくてもいいからな」
「はい、わかってます」
「それじゃあな」

家に帰るとおばさんがもう夕食を作って待っていた。
なんとなく気が重い。それは恵理も分かってると思う。
実際、おばさんからなんて言われるのかわからない。それがすごく怖い。
と思ってたけど、
「おかえり、もうご飯できてるわよ」
おばさんはいつもどおりのセリフで迎えてくれた。
  私の気にしすぎ?
「ただいま、じゃあすぐ夕飯食べようかな」
そうね、と恵理もうなずいた。
さっさとかばんを置いてきて、テーブルに着いた。
さっきたこ焼きを食べたけど、昨日から何も食べてないからおなかがペコペコだ。
「虹ちゃん、昨日の夜から何も食べてないでしょ?」
おばさんはやさしく聞いてくる。
「うん。おなかがグーグー鳴ってる」
お腹がすいてるから何でもおいしそうに見えてしまう。
「・・・虹、飢えてる目をしてるわよ」
恵理のつっこみを無視して、
「それじゃあ、いただきます」
がつがつと食べ始める。
―――はしたないな。
  うるさいわね。おなかペコペコなのよ。
「よほどおなかすいてたのね」
「・・・さっきたこ焼き食べたのに」
ボソッと恵理が言う。
「今日のご飯、いつもより何十倍もおいしいわ!」
お世辞とかじゃなくて、本当においしい。おなかがすいてるのもあると思うけど。
「ありがとう」
おばさんは笑って言ってきた。
「おかわり!」
「えっ!?」
びっくりする恵理。
「あら、はやいわね」
「まだまだ私の胃は満たされないわ」
ははっ、と笑うおばさん。
―――太るぞ。
悪魔の声が聞こえてきた。
  失礼ね!
「どうしたの虹?手が止まってるわよ」
「ううん、なんでもない」
  ちょっとあんたは黙ってて。
「よく食べるわね・・・」
恵理は驚きからあきれてきたみたい。
いつのまにか二人とも食べ終わってて、私の食べっぷりを見ていた。
そして、数十分後・・・やっと、
「ごちそうさま。もう食べれないわ」
明日の朝の分も食べた気分。
おばさんたちはもう食器を片付けはじめている。
「虹、食後のお茶でもどう?」
おばさんがすすめてきた。
「いただきます!」
私も食器を洗い場に持っていって、またテーブルの席に座った。
「このお茶、私のお気に入りなの」
恵理がうれしそうな顔で言ってくる。
「恵理のお気に入りって言うんなら、間違いないわね」
入れたてで、湯気が出てるお茶をちょっとすすってみる。
「あっ、おいしい」まだ熱いけど。「恵理のお気に入りって言うのがすごく分かるわ」
いつも飲んでいるパックのお茶なんかと全然違う。
  というか、私もお気に入りになりそう。
「虹、ちょっといいかしら?」
おばさんが言ってきた。
「うん?」
「昨日のことなんだけど」
おばさんは真剣に言ってくる。もう話してこないものだと完全に油断していた。
「放火魔を捕まえたのはいいけど、危ないことしちゃだめよ・・・心配したわ」
「・・・ごめんなさい」
みんなから言われてる、私。
はぁと、ため息をつく。と、落ちこんでいると、
「でも、よく立ち向かったわ。そこはほめてあげる」
にこっとおばさんはやさしく言ってくれた。
「えっ?」
「普通だったら怖くて逃げちゃうでしょ。でも、そこで立ち向かうなんて勇気があってすごいわ。女の子なのに」
ガシッと私の手を握るおばさん。目が輝いてる。
  恵理に似てるような気が・・・。
「でしょでしょ!」
恵理が同調する。
「でも居候してる身だということは忘れないでね。そもそも両親も心配するわ。なにかあってからじゃ遅いからね」
「はい。ごめんなさい」
たしかに何かあったらおばさんにも影響が及ぶ・・・。
「まぁ、無事でよかったわ」
「そうそう、無事だったんだからいいじゃない。ほら、虹、なにヘコんでんのよ」
元気出して、と恵理が言ってくる。
「迷惑かけちゃったから。確かに、ちょっと軽率すぎた行動だったかな」
「ふふっ、そうかもね」恵理が微笑んで言う。「でもね、そこが虹のいいとこなんじゃないかな?」
「そうかな?」
「そうよ、危険だと分かっててもつっこんでいく。そんなことだれもできないわよ」
おばさんも、うんうんとうなづいている。
「ありがと」

ひさしぶりの家のベッド・・・のような気がする。
  最近、病院のベッドで寝てた記憶が多いからかな?
このシーンと静まった部屋。そして、机とベッド以外何もないこの空間。
一日いなかっただけで久しぶりに思える。
  っていうか、この部屋に来たのってまだこれで二回だったわね。
ベッドに横になっても、眠気が全然でてこない。
  病院でいっぱい寝てたからなぁ。
このまま寝ずに、夜を明かせそう。
・・・けど、そうすればあの夢は見なくてすむのかしら?
―――夢?
ケンジが反応した。
  うん、毎回寝るたびに同じ夢を見るの。しかも、いつも続いてる感じだし。
―――ほお、ドラマみたいだな。
あの世界はいったい何なのかしら、妙に現実感あるし。でも、実際あんな自然災害にあっ
たら私たちの世界でも―――
―――待て、今のイメージは何だ?
  イメージ?
―――頭の中で想像したことだ。
ああ、そうだ、ケンジには私の頭の中が見えるんだ。
  夢の中の世界よ。どうかした?
―――・・・・・・。
ケンジは何も答えない。
  教えてくれてもいいのに。
―――もう一度、想像してみてくれ。
  だから、何なのよ?
―――いいからやれ。
言われたとおり、もう一度あの夢の世界を想像してみる。
―――これは・・・。
なんか見覚えでもあるの?
―――夢、だと?
ケンジの様子がおかしい。
「どうしたの?」
―――そんなばかな。本当に夢で見たことなのか?
それが何か?
―――確かに、それ以外で見ることなどありえないか。
ケンジはなにか驚きみたいなあせりを感じる。
  場面は毎回変わったりするけど。何か知っているのなら教えてよ。
―――・・・・・。
急に黙ってしまうケンジ。。
  ねぇ、何か知っているみたいね。教えてよ。
―――・・・・・・。
  ねぇ!
―――これはだいぶ昔の世界だ。
そっとケンジは口を開いた。
「えっ?」
  昔の世界?
―――ああ、いつかはわからない。遠い遠い昔だ。
「冗談でしょ!?」
ガバッとベッドから起きる。
―――冗談ではない。俺が実際に見た世界だ。
だってあんた、そんな昔のこと、どうやって知っているの?
そもそも存在できるはずがない。
―――俺は、地球が生まれたときからいる。だから、知っている。だが、これがいつのものか
   はわからん。何万年前かもしれない。
「はっ!?」
また思わず声が出てしまった。
じゃあ、あんた何歳なの?それに何万年も前って人間がいたの?
疑問だらけ。
―――前にも言ったが俺は人間ではない。歳などない。昔も人間は存在していた。
・・・ますますあんたの存在がわかんなくなってきたわ。
地球が生まれたときから存在してるって意味が分からない。
  あんたは神様なの?
―――神?そんなもの人間がつくった想像上の生き物だ。
  あっ、そう。
あっさりと否定する。
―――夢にしてはできすぎだ。一体なぜ?
  そんなの知らないわよ。
―――たしか、これは自然災害が重なり、しかも人間どもがいざこざしていた時の世界にそっくりだ。
「えっ!」
また声が出てしまった。
  そのとおりよ・・・。
―――やはりそうなのか。しかしなぜ?
  私の見ている夢の世界は本当にあったのね?
―――ああ、だが夢として片づけられん。しかも、毎回見るのだろう?
  そう。夢っていうか、もう現実みたいよ。五感がはっきりとしてるの。でも私はうごけないし、しゃべれないし、いつものその人にのりうつっているだけ。
―――五感がはっきりしているだと?
  変でしょ。私もケンジの言うとおり、夢ではかたづけられないと思うわ。だから、なんか心当たりはないの?
―――心当たりだと、あるはずないだろ。
  ありそうなんだけどな、あなたかなり謎めいてるから。
―――・・・・・・。
黙るケンジ。言葉に困ったみたい。
  ところで、聞きたいんだけど?
―――なんだ?
  私の知っている歴史だと何万年も昔って、まだ人類が存在していないと思うんだけど、そのときから人類は存在してたの?
―――ああ、お前の知っている歴史、いやこの世で知っている歴史以前から人類は存在していた。
  でも、それならなんでその昔の歴史は残ってないの?
ケンジは一回だけふぅと、息をついた。
―――一度、人類は滅んだからだ。
「!」
一瞬意味が分からなかった。
  滅んだ!?
―――そうだ。だから今のお前らが知るはずもないし、この時代までに伝える物もなにもない。跡形もなく滅んだ。
「・・・うそ、でしょ?」
そんな話、映画でしかないと思っていた。
―――昔の人間が滅んだなんて想像もしなかっただろ。しかも、今のお前らとあまり変わってない。技術や文化レベル、そして人の中身も。違うとしたら、昔は言語は一つで、共通言語だった。それと国が世界中に散らばってるのではなく、広い土地の島が3つで、国も3つしかなかった。そしてその一つ一つの国の中に何十個もの地域があって、おたがいに今のような国境みたいなものを作っていたんだ。
  言語が一緒で、3つしか国がない?
想像してみる。言語が一緒ということもあり、仲良くやっているイメージがある。
―――そんな平和なわけがない。いつの時代も人間と言うものは変わっていない。同じように争いは尽きない。資源を取り合い、価値観の相違で国境ができる。結局は同じ人間だ。根本的なことはいつも同じだ。
「・・・・・・」
たしかに歴史では同じように争いが起き、今でも起こっている。
  そのとおりね。でも、反省して、争いが起きないようにルールを決めたりしているわ。
―――たしかにな。だがしかし、決まりを破るのも人間だ。月日が経つと以前起きたことも忘れてしまい、また繰り返す。
  歴史は繰り返す、か。
ケンジの言ったことに対して、何も言い返せない。というより、ケンジの言葉には普通の人では言えない重みを持っている。
―――まぁ、気にするな。お前に言っても仕方ない。
ため息をつくように言ってくるケンジ。
  たしかに私は凡人で何もわからないけど・・・
―――なんだ?
  まだ、この時代の人々がこの先やっていくことはわかんないんじゃないの?
―――ああ、確かにお前ら人間は何をするかわからない。だが、昔のやつらと全くと言っていいほど一緒の行動をとっている。だから、この先も昔のやつらと一緒の運命をたどっていくのが目に見えている。
ケンジの言葉は迷いがない。未来がもう目に見えているような言い方だ。
  結局また人類は昔のように滅んでしまうの?
―――そうだろうな。昔のように自然災害によってこの世をきれいに洗い流すだろうな。
どうしても冗談としては聞こえない。本当にそうなるような気がするし、それが私の生きているうちに起こりそうな、そんな感じがする。
  また大地震とか大津波がくるの?
―――さぁな、それはまだわからん。だが、同じようなことか、それ以上のことが起きる。それにお前ら人間が分かってつくりだした自然災害もある。そして事態が深刻になったときにお前らは気づき始め、対策を練ろうとする。だが、その時にはもう遅い。対策を立てても無駄なレベルになっている。昔のやつらもそれで結局気づいたときにやれることはやったが、結局手遅れだった。
「手遅れ・・・」
今も最近話題になっている環境問題。やっと環境にやさしい物ができてきたり法律で規制したりと、環境を意識するようになってきた。でも、テレビとか授業ではこのままでは危ないと言っているし、あるとこではもう手遅れとも言っている。これから良い方向へ向かっていくと思っていたけど、昔の人たちと同じ道をたどってしまう。つまり、もう手遅れ。
「っ!」
ふと、頭の中で夢で見た大地震、津波の映像が流れた。
今まで意識なんてしたこともなかったし、自分には関係ないものだと思っていた。でも、私はあのリアルな夢の中で結末を味わっている。
  私は一体・・・。
いまさら危機感がわいてきた。ただ、問題が大きすぎて漠然としている。
―――その通りだ。お前に何ができる?お前一人でこの世界を救えるのか?
ケンジは容赦なく言ってくる。言い方に少し頭にくるが、何も言い返せない。その通りだ。
私一人で解決出来たらもう誰かが何とかしている。そもそも何にも知識もないし。でも・・・。
―――なんだ?
  私にはまだ時間があるわ。それに、あの夢のおかげで危機を伝えられるわ。
そう、これしかない。
―――時間?
  そうよ、私には死ぬまでにまだまだ時間が残されている。だから、知識を身に付ける時間があるし、解決方法を考える時間もある。
そう頭の中できっぱりと言うと、ケンジは一瞬黙り、
―――なかなか面白いことを言うじゃないか。お前のようなやつは初めてかもしれない。
心なしか今の言葉に温かみを感じた。
―――ふふっ、もしかするとはずれではないのかもしれんな。
ぼそっとつぶやくケンジ。
「はずれ?」
―――こっちの話だ、気にするな。
「・・・またそれだ」
そんなことばっかりだから、ますます謎めいてく。
  隠さなくてもよくない?
―――隠し事ではない。言ってもわからないからだ。
  ごめんなさいね。頭悪くて。
―――それより、お前の言うその夢の世界が気になる。今日も見るのか?
  そうね、また昨日の続きだと思うけど。ケンジも私の頭の中をのぞけるんだから、見れるんじゃないの?
―――俺はお前が意識があるときにしか頭の中をのぞけないようだ。寝てるときなどの意識がない時は俺も意識がないんだ。
  さすがに無理なのね。まぁ、夢の中までのぞかれちゃ気味が悪いけど。
でも頭の中をのぞかれるって、ストーカーにつきまとわれるよりたちが悪いかも。
―――いつからその夢を見るようになったんだ?
  いつからかしら・・・五日前?
―――最近だな。火事があった日からか?
  そうだ、火事にあったときからだわ。
―――そうか。
そう言うと、少しの間沈黙が続く。ケンジは一生懸命なにかを思い出しているように見える。
  なんか心当たりでもある?
―――ない。
即答。
  あっそ。気にしすぎたわ。頭の良い人はよくわからないわ。
―――一つ言っておくが、俺は長年いろいろなことを見てきただけだ。全知全能であるわけではない。そもそも、全知全能のやつなどいるはずがない。すべてを知るなど不可能だ。
  そうなの?。
―――お前は知らないことしかないがな。
  悪かったわね!
―――そう怒るな。無知もとらえ方を変えれば一つの強みだ。
「?」
ケンジの言っていることがよくわからなかった。
―――人間の寿命なんて短いものだ。それに、年をとるたびに脳が萎縮していく。時間は限られているが、それだけ情熱を一気に燃やすこともできる。
  情熱か・・・。
ケンジが情熱という言葉を言うのに少し違和感があったが、妙に納得してしまった。
―――まぁいい。そろそろ寝たらどうだ?。
そうだ、明日学校あるんだ・・・早く寝なきゃ。
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