ハンナと先生 南の国へ行く

マツノポンティ さくら

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エアポート

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ペリカーノ卿が先生の病院にやって来た日の夜、私は気合いを高めて家に帰りました。何としてでもお父さんとお母さんを説得しなければなりません。
説得には苦労するものと思っていました。ところが私が今日あったことを話し、ジョン先生と一緒にパロ王国に行きたいと言うと、すぐにOKの返事がもらえました。特にお父さんは、ジョン先生のことを完全に信頼しきっている様子でした。お父さんは先生に電話をかけ、私のことをよろしくお願いすると頼んでいました。
説得については拍子ひょうし抜けではあったものの、私は南の国に行けることが、嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。出発の日までの1週間、ワクワクしながら荷物のパッキングをしました。

パロ王国へ向かって出発する日、私はもの凄く早起きをしました。オーブ共和国行きの飛行機は便利なシティー空港からはなく、都心からかなり離れたサバーバン空港からしか飛んでいなかったからです。
実はパロ王国への直行便はありません。パロへ行くためにはまずオーブ共和国へ入国し、そこからトランジットでパロに向かう必要がありました。
先生は夜明けより前に車で家の前まで来てくれました。かなり年季の入ったステーションワゴンです。後部座席にはメティスとピッコロが乗っていました。私は助手席に座りました。

しばらく車を走らせると、街で一番大きな駅に着きました。先生は駐車場に車を停めました。
「サバーバン空港は遠いから、ここからエアポートエクスプレスに乗ろう」
そう言うと先生は、仕事用のショルダーバッグを斜めに掛け、大きなスーツケースを転がしながら駅に向かって歩き始めました。私はリュックサックと、着替えが入ったボストンバッグを持って、その後を追いかけました。

エアポートエクスプレスに乗り込むと、先生はスーツケースを荷物台に置き、私の荷物は座席の上の荷物棚に上げてくれました。そして電車に乗る前に買ったコーヒーをすすり始めました。
「やっぱり電車は楽でいいね。それにサバーバン空港行きのときは、空港に近づいていくワクワク感を長く味わうことができる。シティー空港行きだと乗ったと思ったら降りなきゃいけないし、とてもこんなふうに物思いにふける時間がない」
と先生が言いました。
私は「確かにそうかも」と思いながら、ずっと窓から外の風景を眺めていました。ピッコロも窓枠のところにとまって、私と同じように外の風景が変化していくのをじっと見つめていました。

空港に着いた後、私たちは搭乗するエアラインのカウンターに行きました。先生はスーツケースを預けました。私はお父さんから「全部の荷物を持ち込みなさい」と言われていたので、特に預けるものはありません。
先生はカウンターのスタッフに尋ねました。
「パロに行くフライトでは本当に鳥をキャビンに乗せていいんですね?」
「パロ? あぁ、オーブタウンからトランジットでいらっしゃるんですね。その場合は構いません。なんといってもパロは鳥の王国ですから」
と、スタッフは答えました。
私はそれを聞いてホッとしました。メティスとピッコロを本当に連れて行けるのか、最後まで心配していたからです。
「オーブタウンで入国手続きは必要ですか?」
先生はまた尋ねました。
「はい、パロはオーブ共和国の中にある国です。そのため一度オーブ共和国で入国手続きをする必要があります。けど心配要りません。オーブからパロに入るときは何の手続きも要りませんから」

カウンターで搭乗チケットを受け取った後、私たちは荷物検査の列に並びました。早い時間でしたが荷物検査場はこの時間でも混んでいます。
しばらく待って、ようやく私たちの順番が回ってきました。
先生はショルダーバッグを、私はリュックサックとボストンバッグをX線検査機につながるベルトコンベアーに置きました。
「あのー、鳥は?」
私の問いに、ベルトコンベアー係の人が答えました。
「鳥? 搭乗チケットを見せていただけますか。ふむふむ、パロまで行かれるんですね。それでしたら、人間の方と一緒にお通りください」
私はメティスとピッコロを肩の上に載せ、そのまま人間用の検査ゲートをくぐり抜けました。ブザーは鳴りませんでした。大丈夫だと分かってはいたのですが、ちゃんと通り抜けられてホッとしました。
そのときX線検査機のブザーが鳴りました。見ると先生の荷物が検査機を通り抜けようしているところでした。先生のバッグの中から何か検知けんちしたようです。
「申し訳ありません、こちらのバッグを開けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
荷物検査の担当官が先生に話しかけました。
「ええ、どうぞ」
と先生が答えました。
「一体何が反応したんだろう?」
検査官がバッグを開けると、そこには金属製の器具がぎっしり詰まっていました。
「これは何ですか?」
「医療器具です。精密なものですので、預け荷物にするわけにはいきません」
「それは分かります。ただずいぶんと小さいようですが」
聴診器ちょうしんきやハサミ、ピンセットなどが入っていました。中には一見しても何に使うのか分からないものもありました。そしてそのどれもが通常のものより遥かに小さいのです。
「これはですね、鳥用の医療器具なんです」
検査官はますます怪訝けげんな顔をしました。
「ちょっとチケットを拝見できますか?」
検査官が先生の搭乗チケットを見ると、たちまち表情がやわらぎました。
「あぁ、パロに行かれるんですね。でしたら結構です。お医者様でしたか」

その後の出国ゲートでは何も言われませんでした。検査官は先生と私のパスポートを一瞥いちべつすると、機械的にスタンプを押して、すぐに返してくれました。
出国ゲートを過ぎた後、先生は案内板に描かれたターミナルの地図をじっくり眺めていました。そして腕時計を見て時間を確認してから、
「ハンナくん、少し時間があるから本屋さんにでも寄っていこうか?」
と言いました。
私たちはターミナルの中にある小さな書店に行きました。
「飛行機の中で読みたい本があったら買ってあげるよ」
と先生が言ってくれたので、私はガイドブックがほしいなと思い、探してみることにしました。
各国のガイドブックが並べられた棚はすぐに見つかりました。棚の端から端まで順に探していきましたが、パロ王国の名前は見つかりません。先生にそのことを言うと、すぐに店員さんに確認してくれました。店員さんはパロの名前を聞いて「え?」と驚いた顔をしていましたが、カウンターの後ろの棚をガサガサと探り、一冊の本を取り出しました。
「これがパロ王国のガイドブックです」
本には『パロの飛び方』と書いてありました。
「飛び方? 歩き方じゃないんだ」
と私は言いました。
「パロは鳥の国ですから、これでいいんですよ」
と店員さんは答えました。
結局私はそのガイドブックを買ってもらいました。先生はパロとは関係のないネイチャー雑誌を買いました。

ターミナルで飛行機を待つ間、メティスは先生の肩にとまっていました。建物の中には吹き抜けになっているところがあったので、時々退屈したように吹き抜けの上の方まで飛んでいき、高いところにある天井まで到達するとパタパタと下りてきて、今度は私の肩の上にとまったりしました。
空港の中で生きた鳥を見たことがある人はまずいないと思います。ところがメティスが飛び回るさまを見ても、誰も何も言いません。無視というより、皆関心がないようでした。
ピッコロもそれを見て近くを飛び回り始めました。
「あんまり遠くに行っちゃダメだよ」
と私は声を掛けました。

機内への案内が始まりましたので、私たちは飛行機に乗り込みました。私は外の景色が見たかったので窓際の席に座らせてもらいました。
ピッコロは先生のジャケットに付いたポケットに収まりました。
メティスは差し当たり私の膝の上に座らせました。
飛行機の安全装置についてのムービーが始まると、ピッコロは先生のジャケットのえりから顔をぴょこんと出して、興味深そうに眺めていました。メティスも初めは真剣に見ていましたが、途中から声を出して笑い始めました。
「ハ、ハ、飛行機が墜落ついらくするというのに、ハ、ハ、椅子につかまってじっとしていろ? そんなことしなくてもハッチを開けてくれたらすぐに脱出できますよ」
「メティス、みんながあなたのように空を自由に飛べるわけではないんだからね」
さすがに私もメティスに言い返しました。
そして遂に離陸の時間を迎えました。私は滑走路を加速していくときの、シートに身体を押し付けられる感じが好きでした。メティスはというと、私の胸に押し付けられて、目を真ん丸に大きく見開いていました。
「さっきまでの元気はどうしたの?」
と、私は笑いながらメティスに声を掛けました。

ベルト着用サインが消えた後、私はリュックサックの中から先ほど買ってもらったパロのガイドブックを取り出しました。
早速ページを開き、パロの気候や国の生い立ちを学びました。
しかしあるパートまで来たとき、私はパタッとガイドブックを閉じました。
「どうしたの?」
と先生が私に尋ねました。
「先生、これは本当に鳥用のガイドブックなんですね」
「どういうことだい?」
「自然や観光スポットの説明は良いんですけど、レストランのページが……」
私は適当にレストランのページを開いて先生に見せました。
「ほら、虫料理しかない。パロに私たちが食べられるもの、あるのかなぁ?」
「大丈夫だよ。虫以外のものを食べる鳥だってたくさんいるんだから」
先生はそう言って、私をなぐさめてくれました。
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