ハンナと先生 南の国へ行く

マツノポンティ さくら

文字の大きさ
上 下
3 / 11

パロ王国からの使者

しおりを挟む
その日は雨が降っていました。病院に着いたときは小降りでしたが、雨脚あまあしはどんどん強くなり、私はお父さんに車で迎えにきてもらおうかと考え始めました。
普段は庭で遊んでいる動物たちも、この日は病院の中でじっとしています。
ネコのメルは私の膝の上で寝ていました。
「あれ? さっきからモモを見ていない気がするけど、どこへ行ったんだろう」
メルがこうやって寝ているときは大抵たいていモモがやってきて、身体をくっつけて一緒に寝ようとします。メルはそれを嫌がって別のところに行ってしまうこともよくありました。
今日はモモが現れません。どこに行ってしまったのでしょうか?
アレクサンダーが近付いてきたので、私は声を掛けました。
「アレクサンダー、モモちゃんを見なかった?」
「見ないよ。それよりも背中のウェイトを一つ増やしてくれない? 昨日食べ過ぎちゃった」
私は病院の棚からウェイトを一つ取り出し、アレクサンダーの背中にくくりつけてやりました。アレクサンダーは満足したようにピョコピョコと大股で歩いていきました。

窓の外はもう暗く、強い雨音が家の中にも響いてきます。窓ガラスの表面を流れる水がハッキリと見えるほどです。
以前モモはこのような雨の中遊びにいってしまい、ずぶ濡れになって帰ってきたことがありました。その後あんじょう風邪をひき、しばらく寝込んでいました。サクラが心配して、モモのそばから離れなかったのを覚えています。
私は外に出てモモを探しに行こうかと考えました。けどこんな薄暗い雨の日に茶色い色をしたタヌキを見つけ出す自信はありません。

そのとき目の前の窓に白い物体のかげがくっきりと映りました。ここは1階ですが、この窓は庭に面していて、誰かが訪れるようなところではありません。私は驚いて身体からだが固まってしまいました。
窓の向こうの白い物体はゆらゆらと揺れていましたが、やがてコツコツコツと何か硬いもので窓を叩く音が聞こえました。金属で叩いたようなキンキンいう音ではありません。もう少し柔らかい、プラスチックとゴムの中間くらいの硬さのもので叩いた音のような気がしました。

しばらくすると、今度は小さな声が聞こえてきました。
「開けてください」
窓の外のぬしが言っているようでした。鳥語でした。私はハッとして立ち上がると、そっと窓に近づき、勇気を出してその窓を開けました。
開いた窓から入ってきたのは大きな鳥でした。一見して水鳥と分かりました。身体の形はアレクサンダーに似ていましたが、大きさはこの鳥の方が遥かに大きく、そしてくちばしの形が全然違いました。体長とほぼ同じくらいの長さがあり、嘴の下の部分が袋のように大きく膨らんでいました。

その鳥はずぶ濡れの身体を揺すりながら病院の中に入ってきました。
先生のお母さんが、
「あらあらあら」
と言いながら、大量のバスタオルを持ってきて、その鳥と周りの床をき始めました。
一通り身体を拭いてもらった後、その鳥がこちらを振り返りました。そして嘴を大きく開きました。嘴の中にはキョトンとした顔のタヌキが入っていました。
「モモちゃん!」
私が声を掛けると、モモは「どうしたの?」といった表情で首をかしげました。
「どうしたの、じゃないよ! 心配していたのに!」
私は嘴の中からモモを取り出しました。モモの身体はびしょ濡れでした。これは雨で濡れたもの? それともこの鳥のよだれ?
先生のお母さんもさすがに目を丸くしていましたが、すぐに乾いたバスタオルをもう一枚持ってきて、モモの濡れた身体を拭いてやりました。

「道でずぶ濡れになっているこの方を見つけました。話を聞くとジョン先生の家にお住まいとのこと。なんたる偶然ぐうぜんでしょう。まさにジョン先生にお目にかかるために、私はこの国にまいったのです。それで道案内をお願いするがてら、私の嘴でお運びしました」
と、その鳥が事情を説明してくれました。
私はその鳥に訊きました。
「あなたはペリカンですね?」
「さようです。申し遅れました。私はパロ王国国王プリンス・パラキートよりつかわされれたバロン・ペリカーノと申します。かの高名こうめいなるジョン先生にお願いのあって、遙か南の国から参りました。ジョン先生、お目にかかれて光栄です」
ペリカンは私に向かって頭を下げました。明らかに人違いをしています。
「私はジョン先生ではありません! ほら、こんな子どもだし」
私はあわててそのペリカンに返答しました。
ペリカンは嘴を私の顔に近付けてよく見ようとしました。
「そうですか。私は人間の顔を見分けるのがどうも苦手で」

診察室から患者さんが出てきました。この日最後の患者さんです。ペリカンを見てさすがにギョッとした表情を浮かべましたが、ここがジョン先生の病院であることを思い出したのか、何も言わずに支払いを済ませて出ていきました。
私は先生を呼びにいきました。
「先生、お客様ですよ。遠くの南の国から来たというペリカンさんです」
先生はすぐに部屋から出てきました。
「初めまして。私がジョンです」
「おぉ、ジョン先生。私はパロ王国の使者、バロン・ペリカーノと申す者。我が主君プリンス・パラキートより親書しんしょを預かって参りました」
そう言うとペリカンは自分の身体にくくりつけた紙入れから、分厚い紙に封蝋ふうろうほどこされた手紙を取り出しました。
「えーと、こちらが表紙で、いやこれは裏か。いや上下が逆さまだった。いやどうだったかな」
ペリカンはその大きな嘴で手紙をグルグル回し始めました。
私もほかの動物たちも呆れながら見ていました。
しかしその様子をじっと観察していた先生は、ハッと何か気付いたような顔をすると、
「ペリカーノ卿、少々お待ちいただけますか」
と言い置いて部屋に戻ってしまいました。しかし先生はすぐに部屋から戻ると、
「ちょっとこれをお使いください」
と言って、手に持った器具のようなものを差し出しました。
それはとても小さな丸いレンズが二つ付いた眼鏡でした。眼鏡のツルはまる湾曲わんきょくし、見たことのない形の金属パーツで留められていました。
「ちょっと失礼」
先生はそう言って、その小さな眼鏡をペリカン、いえ、ここから先は私も「ペリカーノ卿」と呼ぶことにします、その小さな眼鏡をペリカーノ卿の顔にずれないようセットしました。
ペリカーノ卿は初め首を左右に振っていましたが、やがて驚嘆きょうたんの声をあげました。
「見える! これはどうしたことだ、ものがよく見える。おぉ、あなたはどなたですか? え? あなたがジョン先生? これは大変失礼しました」

その頃には先生は、手紙を一通り読み終えていました。
「なるほど、すると王子がご病気と」
「はい、プリンス・パラキートの第一の王子、プリンス・オ・パラキートは、原因不明のご病気で、ずっとせっておられます。
「パロ王国というのはどのような国なんですか?」
「パロ王国は、お隣のオーブ共和国に隣接りんせつした小さな国です。小さな国ではありますが、パロは鳥の国。国民全てが鳥です」
国民が全て鳥の国! 私はそんな国が現実に存在することにびっくりしました。

ペリカーノ卿は姿勢を正し、あらためて先生にお願いしました。
「先生、どうかパロ王国にお越しいただき、王子の診察をしていただけないでしょうか?」
先生は少し考えてから答えました。
「分かりました。参りましょう」
そしてメティスの方を向くと、
「メティス、お前も行くかい?」
と声をかけました。メティスは、
「先生がいらっしゃるところならどこへでもおともします」
と答えました。
「構いませんか?」
と、先生はペリカーノ卿に確認しました。
「はい、全く問題ありません。パロ行きのフライトには、鳥と、飛行機を作った人間だけが乗ることができます」
「先生!」
不意に声を出した者がいました。振り返るとピッコロが棚の上にいました。
「あらピッコロ、来てたの?」
と私は言いました。
ピッコロはパタパタと羽ばたきながら降りてきました。先生が指を差し出すと、その先にとまりました。
「先生、お願いです。私も連れていってください。南の国の鳥だけの国。それはひょっとすると私のご先祖さまがやって来た国かもしれない。私、一度見てみたいんです」

ピッコロの言葉を聞いた私はあせりました。
私も南の国に行きたいと思いました。けどここで何もしなければ私がメンバーに選ばれる可能性はゼロです。
ピッコロだって何も言わなければ可能性はゼロでした。けどピッコロは自分の思いをそのままぶつけたので、先生に連れていってもらえる可能性が大きく高まりました。
「先生、私も!」
私は思いがけず大きな声を出してしまいました。
「ピッコロは私の友達だし、私も南の国へ行きたいです。先生のお手伝いもします!」
私は理由にならない理由を並び立てました。私が先生のお手伝い? そんなことができるとは思えません。けどこのチャンスを逃したくないと思ったから、思い付いたことをとにかく言葉にしました。

「ペリカーノ卿、確か人間もフライトに乗ることはできるんですね? そもそも私が乗れるくらいですから」
「その通りです。鳥と人間であればどなたでも結構です」
「分かりました。それでは私とメティス、それにピッコロで参ります」
先生は私の方に振り向きました。
「ハンナくんについては、もしお父さんとお母さんが了解なさるなら一緒にいくのは構わないよ」
私は黙って頷きました。
先生は再びペリカーノ卿に向かい、
「準備がありますので、1週間後に出発します。それまでしばらくお待ちくださるよう、王様にお伝えください」
と言いました。
ペリカーノ卿は使者の目的が果たせたことに安堵あんどしたのか、ふぅーっとめ息をつきました。
「ジョン先生、お引き受けくださりまことにありがとうございます。それでは明朝みょうちょう雨が上がりましたら、私は一足先にパロへ帰り、王様に先生方の来訪を伝えましょう」

ペリカーノ卿はその晩、先生の家でたくさんの魚をご馳走ちそうになり、翌朝パロ王国に向けて飛び立ちました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

少年王と時空の扉

みっち~6画
児童書・童話
エジプト展を訪れた帰り道。エレベーターを抜けると、そこは砂の海。不思議なメダルをめぐる隼斗の冒険は、小学5年のかけがえのない夏の日に。

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ

三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』  ――それは、ちょっと変わった不思議なお店。  おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。  ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。  お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。  そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。  彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎  いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。

鎌倉西小学校ミステリー倶楽部

澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】 https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230 【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】 市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。 学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。 案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。 ……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。 ※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。 ※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

処理中です...