上 下
158 / 892

優勝候補

しおりを挟む
「いやっっっっったー!」

 ルカの勝利に安鶴沙は両手を天に突きあげる。そして、隣に座るレームの体を抱きしめ髪に顔を埋めようとして…ハッと手を止める。

「す、すみません…つい、ルカ君と勘違いしちゃって…」

「え…?お姉さん、あの子にいつもそんな事してるのかい?ううーむ、ひょっとしてあの子とお姉さん達はアヤシイ関係なのかな?」

「も、もうっ…何言ってるんですか、違いますよう!」

 そんなやり取りをする安鶴沙とレームの横で、アレクシアは口元に僅かに笑みを浮かべる。彼女は、少年の勝利を心の中で静かに祝福していた。



「ふう…」

 ザビノとの戦いを終えたルカは観客席へと戻っていく。少年の胸中に、喜びは少ない。まだ一回戦を勝ち抜いただけ。トーナメントは始まったばかりなのだ。

 参加者用の通用口を抜け、観客席へと通じる階段の前まで来たその時、前方に立ち塞がる男の姿があった。見た事のない人物。いかにもゴロツキ風で、手には剣。

「へへ、通さねえよ」

 男はニタリと笑う。

そして、

「よくも恥かかせてくれやがったなあ!」

 背後から聞こえる憎悪の叫び。振り向けば、そこにはザビノが立っていた。やはり彼も手には剣を持っている。

 すぐさまルカは理解する。これは、トーナメントで負けた事に対する報復だ。ここは試合場の外。自動回復の魔術の範囲外。そして前と後ろから挟み撃ちにされている状況。

 しかし、ルカは動揺する事なく剣を抜く。こういう戦いの基本は、各個撃破だ。まずは階段前に立つ男を魅力化して――。そう判断したその時、

「な、何もんだてめ…ぐえっ」

 突如、階段前に立つ男がその場に倒れ伏した。さらに続けて、疾風の如き勢いで何者かが少年の横を駆け抜ける。アルトゥース流修伝体技、『雷足らいそく』。

 そしてその人物は、ザビノの眼前まで迫るとその鳩尾に刀の柄を叩き込む。アルトゥース流初伝剣技『つか撃ち』。

「おっ…おごっ…ぐ…おごぉっ」

 ザビノは腹を抑えその場でのたうち回る。

「クズが!貴様のようなクズ共がいるから俺たちの仕事が無くならない…!」

 忌々し気にそう吐き捨てた後、瞬く間に二人の男を制圧した人物…まだ20代の中盤と思われる青年は振り返る。

「大丈夫か?確か君の名は…ルカ・ハークレイだったか」

 純白の騎士服サーコートに身を包み、その顔には眼鏡。やや神経質そうな顔立ち。

 彼の名は、ヴェルナー・ライヒハウゼン。アルトゥース流修伝剣士にして準1級修道騎士。ティネン新人ルーキートーナメント参加者であり…優勝候補筆頭と目される人物である。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

フェンリル娘と異世界無双!!~ダメ神の誤算で生まれたデミゴッド~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,398pt お気に入り:586

深紅の仮面は誰がために

BL / 連載中 24h.ポイント:518pt お気に入り:13

100のキスをあなたに

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,349pt お気に入り:69

全マシ。チートを貰った俺の領地経営勇者伝 -いつかはもふもふの国-

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:397pt お気に入り:4,225

容疑者たち

ミステリー / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:0

キスから始まる恋心

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:568pt お気に入り:3

誰かが彼にキスをした

青春 / 連載中 24h.ポイント:2,443pt お気に入り:1

処理中です...