上 下
7 / 1,076

旅立ち

しおりを挟む
 宿を出たルカは、まずは市場へ向かった。街を出立する前に買い込んでおくべきものがあるからだ。

 朝の市場は人でごったがえしていた。今朝川で取れたばかりの魚を売る魚売り、生みたての卵を売る卵売りに取れたての野菜を売る野菜売り、それらを買い求める人々。

 しかし、ルカはそういった新鮮な食料を入手するつもりはない。彼が買ったのは、燻製肉、乾燥果実ドライフルーツ、ナッツ、堅パンなどの保存食だ。

「残ったお金は…2万Krクローナとちょっとか…」

 Krクローナというのはこの地域で用いられる通過単位である。安宿に宿泊するのが一泊千Krクローナ、食堂での食事が500Krクローナというのが相場だ。食費を切りつめて一日2千Krクローナで暮らしたとして、十日間ほど生活できる計算になる。あまり懐に余裕がある状況とはいえない。

 もっとも、ルカは冒険者だ。依頼を達成すればすぐに現金が手に入るし、いざとなれば狩りや採取で自分の食べ物くらいは調達できる。野垂れ死ぬ事はまずないだろう。

(とはいえ、倹約しておくに越した事はないはず…)

 現在のルカは、単独ソロ冒険者だ。何かあってもパーティメンバーに頼る事はできない。いざという時のために現金を持っておいた方がいい。

「よし、それじゃあ節約していく方向で…次は商隊キャラバンを見つけよう」

 ルカは方針を決め、街の入り口へ向けて歩き出した。

 冒険者が街から街へと移動する際の方法は主に二通りある。冒険者同士でパーティを組んで移動する方法と、商隊キャラバンに随行するという方法だ。

 現在ソロで行動しているルカに、パーティを組んで移動するという方法は使えない。必然的に商隊キャラバンに随行する方法を取る事になる。

 商隊キャラバンとは、街と街を渡り歩いて交易を行う商人の集まりだ。その規模は数人程度から時には数百人にも及ぶ。彼らは商人であるため、自衛の手段は持っていない。魔物モンスターや盗賊に襲われてしまっても、戦う事ができないのだ。それゆえ、冒険者を護衛として雇い入れて街と街の間の移動を行う。ちなみに、巡礼者や旅人の集団も、商人ではないにも関わらず商隊キャラバンと呼称される事が多い。

 どこかの街へ行く商隊キャラバンの護衛に雇ってもらう事ができれば、他の護衛と共に移動できるため安全が確保でき、その上護衛代金まで得る事ができる。一石二鳥という訳だ。もっとも、今回ルカは護衛代金まで得られるとは思ってはいない。

 捕捉すると、街から街への移動方法は他にも存在しない訳ではない。例えば、単独ソロで移動するという方法だ。しかし、よほど自分の能力に自信がない限りそれは危険度が高すぎる。寝込みを襲われた際に対処するのが難しいからだ。街から街への移動にしても迷宮ダンジョン攻略にしても、最低二人。通常は三人以上で行うというのが冒険者の鉄則だ。

 商隊キャラバンはすぐ見つかった。街外れで、3人程の行商人が荷馬車に乗せる積み荷のチェックをしている。

「こんにちは」

 ルカは、荷馬車の近くに腰かけているキャラバンのリーダーらしき男に声をかけた。少し腹の出ている初老の男性だ。

「ん?なんだい、坊や」

「この商隊キャラバンはどこへ行くんですか?」

「ああ、ルフェールの街だよ」

 ルフェール。ここから一週間程度で移動できる距離にある街だ。近すぎず遠すぎず…心機一転を図るにはちょうどいい場所と言える。

「あの、良ければ僕も同行させてもらえませんか?」

「ん?坊やをかい?」

 老人は訝し気にルカを見た。

「はい、一応これでも冒険者なんで…警護のお役に立てると思うんです」

 ルカは左手にはめた腕輪ブレスレットを差し出す。これは冒険者の証だ。冒険者ギルドから支給されるもので、名称はそのまま『冒険者の腕輪』という。

「ほう、冒険者かね」

 老人は驚いた。ルカと同年代の冒険者というのはそれなりに見た経験がある。だが、基本は年上のパーティメンバーと行動を共にしている。ルカの年齢で単独ソロの冒険者というのは出会った事がなかった。

「護衛の代金はいりません」

 ルカはそう言った。護衛代金が目当てではない。とにかく移動できればいいのだ。さらに言葉を続ける。

「それに、野営の際の炊事なんかもお手伝いできると思います。もし良かったら…」

「そんな奴を同行させんのはやめとけよ、ジイさん」

 ルカの言葉を遮るように、声が聞こえた。そちらへ顔を向ければ、褐色の肌をした男女の二人連れがこちらへ近付いてきていた。声は、男の方から発せられたものだ。

「こんな弱そうな奴を同行させて何になるんだよ」

 男は、ルカを見下すように言い捨てた。

「護衛は俺たちだけで十分だ。…おい、お前」

 男の視線がルカに向かう。

「冒険者って事だが、ランクは?」

「…Fランクです」

 そう。ルカの冒険者ランクは、最低のF。かつて所属していたパーティ、『グレイウォルフ』のパーティランクはBだったが、ルカ本人はFランクでしかないのだ。その理由は、『貢献度』という冒険者ギルドのシステムが深く関わってくる。

「はっ!Fランク冒険者如きが護衛に加わった所で役に立つかよ!一応聞いとくが、剣術と魔術のランクは?」

「剣術はアルトゥース流の初伝、魔術は攻撃、回復、補助が初伝レベル1です」

「やっぱ初伝かよ、使えねえな。てめえの出る幕はねえよ!」

「しかしのう…」

 と、商隊の老人が会話に割って入る。

「タダでいいと言っとるんだし、ワシとしては同行してもらって差し支えないと思うんだがのう」

 老人は、男とルカを交互に見比べながら言った。

「ワシは商人だ、それゆえに物事は損得で考える。この子が同行した所で損はないなら…拒む理由はない」

「おいおいジイさん、本気か?こんな奴……あー、いや、まあいい」

 男は承服しかねた様子だったが、突然引き下がった。

 この男は護衛、老人は雇い主という立場のはずだ。あまり雇い主の意向に逆らって機嫌を損ねるのも良くないと判断したのだろう。

「なんにしても、俺らの邪魔だけはすんじゃねえぞ、ガキ」

 そう言い捨てて男は離れていった。男の隣にいた女は、黙ったまま一言も声を発する事はなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

催眠アプリで恋人を寝取られて「労働奴隷」にされたけど、仕事の才能が開花したことで成り上がり、人生逆転しました

フーラー
ファンタジー
「催眠アプリで女性を寝取り、ハーレムを形成するクソ野郎」が ざまぁ展開に陥る、異色の異世界ファンタジー。 舞台は異世界。 売れないイラストレーターをやっている獣人の男性「イグニス」はある日、 チートスキル「催眠アプリ」を持つ異世界転移者「リマ」に恋人を寝取られる。 もともとイグニスは収入が少なく、ほぼ恋人に養ってもらっていたヒモ状態だったのだが、 リマに「これからはボクらを養うための労働奴隷になれ」と催眠をかけられ、 彼らを養うために働くことになる。 しかし、今のイグニスの収入を差し出してもらっても、生活が出来ないと感じたリマは、 イグニスに「仕事が楽しくてたまらなくなる」ように催眠をかける。 これによってイグニスは仕事にまじめに取り組むようになる。 そして努力を重ねたことでイラストレーターとしての才能が開花、 大劇団のパンフレット作製など、大きな仕事が舞い込むようになっていく。 更にリマはほかの男からも催眠で妻や片思いの相手を寝取っていくが、 その「寝取られ男」達も皆、その時にかけられた催眠が良い方に作用する。 これによって彼ら「寝取られ男」達は、 ・ゲーム会社を立ち上げる ・シナリオライターになる ・営業で大きな成績を上げる など次々に大成功を収めていき、その中で精神的にも大きな成長を遂げていく。 リマは、そんな『労働奴隷』達の成長を目の当たりにする一方で、 自身は自堕落に生活し、なにも人間的に成長できていないことに焦りを感じるようになる。 そして、ついにリマは嫉妬と焦りによって、 「ボクをお前の会社の社長にしろ」 と『労働奴隷』に催眠をかけて社長に就任する。 そして「現代のゲームに関する知識」を活かしてゲーム業界での無双を試みるが、 その浅はかな考えが、本格的な破滅の引き金となっていく。 小説家になろう・カクヨムでも掲載しています!

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...