そして兄は猫になる

Ete

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それはある日突然に

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「おぉーい!大変だ‼︎警察から電話があって 事故したって!」

脚の悪い母が 大きな声を張りあげながら私の家にやってきた。
実家と私の家はスープの冷めない距離にある。
電話してくればいいのに、よほど慌てていたのだろう。

「誰が事故?」
私が不思議そうに聞くと「お兄だ!」と顔面が強張っている。
「はぁあ⁉︎」
びっくりし過ぎて言葉が出ない。

「今からお父さんと一緒に現場に行くから!」そう言ってまた慌てて家に戻ろうとする。
夕焼け空が広がる17時過ぎ。
それは、私が兄の姿を見てから、わずか20分後の出来事だった。

20分前。
私は翌日 京都への家族旅行を控えていた。
この日は休みで、早く荷物の用意をしなければ…と思いつつ、なぜか夕方になっても 準備をする気になれずにいた。

居間でぼんやりテレビを観ていたら、ミラーカーテン越しに 母と兄が、外で立ち話をしているのが見えた。
兄は職場の近くにアパートを借り、義姉と2人で住んでいた。
今日は何か用事があって、実家に帰ってきたようだ。
脇にヘルメットを抱えている。
バイクが好きで、ああ、今日も乗ってきたんだ…なんて思いながらその光景を見ていた。

兄とは3歳違い。
正直仲は良くなかった。
ストレートに言えばものすごく嫌いだった。
母は兄が可愛くて仕方なく、何かにつけて兄の肩を持ち、甘やかして育てた。

欲しいと言えばなんでも買ってやり、やりたいと言えば何でも好きにさせていた。
夜遅く帰ってこようが、朝帰りであろうが怒ることもなく、口の上手い兄に うまく丸め込まれていた。
兄の言うことは絶対。兄に私が口ごたえしようものなら、母も一緒になって私を攻撃してくる。

今思えば 長男は後取りだから、大事にしてただけなのかもしれないけど。

自転車やテニスのラケット、習字道具や裁縫セットなど、兼用できるものは全て兄のお下がりだった。新しいものなど買ってはもらえなかった。
今は自由でいいなぁ。

当時は男は黒、女は赤、男子はカッコよく、女子は可愛いが基本だった。
女子が赤い習字箱を持っているのに、私だけは黒だった。

裁縫セットの箱も、男子は兜、女子は鞠がついていたが、もちろん私は兜が付いていた。だからみんなに冷やかされたし、学校に行くのが嫌で仕方なかった。
3歳差だと授業が被らず、兄の学年が上がれば要らなくなり、私に下がって来るという仕組み。

母は買い換えるとお金が勿体ないからと、あえてこれを私に使わせていたのだ。
私の気持ちなど知りもせずに。

兄は意地悪だった。

私のお気に入りの人形を取り上げて壊したり、大事にしていたクリスマスツリーを勝手に持ち出して戻さず、可愛いビーバーのマスコットを「他の人に見せて作ってもらうから貸して」と言ったきり返してはくれず…妹と言うだけで、無理難題を命令し、かなりパシリをさせられた。怒られるのはいつも私になるように。

「お前は要領が悪いんだ」
と笑っていたのを思い出すと、今でも凄く腹が立つ。

そんな兄だが、音楽や声には特別な才能を持っていた。
ひょうきんで誰とでも仲良くなる素質もあって、トークも上手いから たくさんの知り合いに囲まれていた。

ベースが得意で、オールディーズの曲を歌えば、老若男女問わず人が寄ってくる。
それが羨ましくもあり、妬ましくもあり…
多少…鼻が高くもあった。
ほんとに多少。

話が逸れたが…
そんな兄なので、声をかけようと思ったが、話したところで要らぬ喧嘩を吹っ掛けられたり 説教されるのも嫌だったから 少し躊躇って、知らん顔を決め込んだ。
まぁ またいつか帰ってくるだろうし…。

後にすごく後悔する事になるとは
    この時の私はまだ知らなかった。

「待って!うちの車で行こう!危ないから!」
丁度 夫が仕事から帰って来たので、慌てる母を引き留めた。
二重事故になっても困る。
辺りはすっかり暗くなっていた。
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