【完結】優しき世界にゼロ点を 〜Sランクヒーラーだった俺、美少女を蘇生した代償に回復能力を失いました〜

七星点灯

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最終章 故に世界はゼロ点を望む

第四十五話 殺し合いは騙し合い

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「アストとつがい? あの女、なに言ってるのかしら?」エレナは呆れている。

 正妻の余裕、誰かにそう揶揄されても文句は言えまい。いや、どちらかと言うと、飼い主の余裕か。

俺は首輪に触れ、エレナの強い独占欲を噛み締める。

「まぁいいわ、アストを奪おうってんなら、私に殺される覚悟があるのよね?」

「そうですよ、きっとそうです。あの人は殺されたいんですよ」

 マリオン先輩の声に優しさはなかった。彼女はいつの間にか大きな鎌を両手で持っていて、黒いローブを着ている。

マリオン先輩はいつの日か見た、死神の姿だった。

「お前ら邪魔だ!!!!」突進してきた美女はそう叫ぶと、二人に飛びついた。

 美女は鋭い爪でエレナ、マリオン先輩を切り裂く。その動作は一瞬、俺達は誰一人として動けなかった。

ブッッッシィィ!!

 逆光に照らされた二人のシルエットは、真っ赤な血と共に崩れ落ちる。俺の瞳孔は大きく広がる。

シュルルル……

 今度は逆再生のように、飛び出した二人の血が二人に戻ってゆく。そして全て元通りとなった瞬間……。

「ひゅっ、ぁぁ」俺の腹に傷が二つ刻まれる。

 どちらも内蔵まで達して、片方は肺、もう片方は腸の辺りを横に一閃。俺は痛みより先に死を覚悟した。

「ふふっ、回復……するね」遠のく意識に反響する、見知らぬ女の声。

 しかし俺は抵抗など不可能で、危険な女のヒールを受け取るしか出来なかった。

──ヒール

 なにも起こらない、努めて何も起こらない。苦痛は相変わらず、癒しは受け取れず。だが、確実に魔力を注がれている様な感覚が、俺の中では物凄く不快だった。

「……もうすぐだ。もうすぐ、あと少し」興奮した声色で女はそう言う。

 しかし俺の体に何か変化があったわけでもなく、明らかに見当違いな発言だ。

──ヒール!!

「うぐぅっ、あがっ」突如、俺の体に流れるヒール。

 回復、修正などの全てが同時にやってきて、大量の魔力が俺の全身を駆け回る。確かに全身の傷はなくなった。

「ちょっとアンタ! アストに何してんのよ!」エレナの声はいつも通り。

 制約によって、傷が交換されたのだ。俺はホッとするのと同時に、このヒールの目的を知ることとなる。

カシャン

音を立てて何かが落ちる。俺は上半身を起こして、落ちた物を視界に入れる。

「これは……」俺は確認のため、自分の首に触れる。

なんと俺の首輪が外れていた。

「アストに首輪はいらない。それに、これは私の力だ。返してもらおう」

 美女はエレナにそう言い捨てると、俺の唇に触れる。彼女と目が合う。これからする事は、大体どういうことか理解できた。

美女の顔が迫る、唇が触れ合う。

「んんっ、ちゅぅ、んふっ」

──ヒール

「やめろ! アストから離れろ!」エレナの声は必死だった。

 それでもやっぱり、美女とのキスは止まらない。唾液と共に流れ込んでくる、彼女の魔力が俺を惑わす。俺は快楽に抗えない。

「やめろやめろやめろ!!!!」段々と狂気に変わるエレナの声。

それでも、それでも。

 呼吸も忘れて唇を求める。既に正の領域を突破しているだろう。敏感になった五感から俺は理解している。

オーバー:ワン、ツー、スリー……

「んちゅう……。はぁ、はぁ、これくらいか?」天照様は唇を離す。

 すると俺に孤独感が巻き起こる。寂しさ、空虚さ、空いた穴を埋めるように、俺は彼女に懇願する。

「アマテラスさまぁ、もっと、もっと。ほら、もっと」まるで赤子。

「ダメだ。今日はやる事がたくさんある。……だが、それを全てこなしたのなら、ね?」

 天照様は俺にそうおっしゃると、とある方向を指差した。指の先には二人組の男。片方は高身長で、もう片方は低身長。

「アイツらは私の命を狙っている。私はそれが心配で仕方ないんだ……。それで、お前に頼みたいんだがね」

「なんなりとお申し付け下さい」俺はこうべを垂れ、天照様に差し出す。

「アイツらを殺してこい。そしたら、接吻なんかよりももっと凄い事をしてやる」天照様がそうおっしゃったので、俺はアイツらを殺すしかない。

「はい、かしこまりました……」

 恨みも、そもそも名も知らない男達。天照様の命を狙っているのなら、俺も心置きなく能力を使える。

俺は立ち上がり、二人を視認した。

「アスト、なにやってんのよ! 早く目を覚ませ!」

「エレナちゃん! アストくんじゃない、あの時の人だよ! 早く皆んなを呼ばないと……」

「違います! アストはまだ、まだ意識がある! だって見てください!」

「ああっ、アストくん……」

 なんだか、今日はよく小鳥が囀るし、バタフライもよく飛んでいる。でも、そんなことは殺害の支障にすらならない。

「にいちゃん! アマテラスの野郎、裏切りやがった!!!!」

「はぁ、全く、全く。だから茶番は嫌いなんだ」

 ターゲットの会話はしっかり聞こえる。世界も細部まで、魔力の流れやベクトルから、手にとるように分かる。

「重力はこの世の摂理。全ての物質を繋ぎ止め、全ての事象を飲み込む力……」

俺は詠唱を開始する。

「にいちゃんヤベェ!! アイツの魔力、人間の力じゃなくなってるぜ!!」

「ならいいじゃないか? これでフェアだ、私達も全力で戦える」

 ターゲットは二名、まずは背の低い、頭の悪そうな方から……。

 俺は地面を蹴り出し、ガキの目の前に移動する。一瞬にも満たない速度、ガキは反応すらできていない。

──黒点・壱

ガキの腹に質量の塊を押し当てる。物理的破壊の連続により、無論相手は死ぬ。

「……まずは一人」俺は勝利を確信して、背の高い男を視認。

だから、背後からの声は意外だった。

「にいちゃん、確かにそうだな! 手加減しなくていいや!」

──リフレクト・事象反転

「なに?」俺の腹に黒点が突き刺さる。

ぐちゃぐちゃになるのは瞬く間、俺はすぐさま腹に手を伸ばす。

──ヒール

──リフレクト・事象反転

「バーカ!!」ガキはまたもや反射してきた。

この時点で、俺はガキの魔法を察する。

迷っている暇はない。あえて黒点を解除しない選択をする。

俺は黒点のついた腹を手でちぎり取り、代わりに『攻撃らしき回復』を行う。

 ガキの腹にもう一度手を当て、あたかも『最後の足掻き』をしているように演出する。

「……っ!!」魔力を右手に込め、殺意をむき出しにする。

──改造・展開

──リフレクト・事象反転

 よし、予想通り俺の腹が展開される。そしてこの機を逃さずに、ちぎり取った部位を取り付ける。その部位に黒点はついていない。

「はあっ、はあっ……」俺はこれで不完全ながら出血を止めた。

「で!? 何もしないとでも!?」ガキは俺の背後から言い放つ。

しかし俺の方が速い。

──アイス・ウォール

──アイス・ウォール

 俺は背後からの攻撃に備えて、即席の氷の壁を創り出す。一枚は男の頭上、もう一枚はガキの頭上。そして俺は地面に引力を放つ。

──超重力

──リフレクト・事象反転

「待てユウ、重力を反射するな……」正面の男は勘がいい。

しかしながら、ガキの技は自動発動だ。もう止まらない。

 俺はアイス・ウォールの形状を変化させ、ターゲットのいる側面に針山を形成する。そして重力の方向を九十度ずらす。

もちろん反転されるため、針山と逆の方向だ。

「クソッ! にいちゃん!」ガキの悔しがる声と共に、俺達の体は浮き上がる。

「はぁ、全く。もっと戦闘を理解しろ」

──ガード

 俺の針山は男のガードによってシンプルに防御された。しかし俺は攻撃を解除することなく、俺達は空へと落ちてゆく。

「……いい防御だな、まさか俺の魔法を防ぎ切るとは」

空への自由落下は暇になった。俺は隣の二人に声をかける。

「私は防御の始祖だ、そんなこと造作もない」男はタバコに火をつける。

「オイオイ!? どこまで飛ばすんだよ!? さっさと解除しろ!」

「逆だ、お前がリフレクトを解除しないと、永遠にこのままだぞ?」

「なんでだよ!? 自分の魔法くらい、自分で解除しろっての!」

「解除できるんなら、さっきの黒点も変なことしないで解除してたよ。自分で解除できないから、俺はあんなに回りくどかったんだぜ?」

「たしかにそうだ!! たしかに! なら分かった、俺が解除すればいいんだな!?」

「ああ、たったそれだけのことだ」俺は二人に見えない位置で黒点を用意する。

 俺の発言、行動、全てがブラフ。リフレクトを知った時には、ここまで作戦を練り上げていた。

「ゆう、待て──」

「分かったぜ!!」

──リフレクト、解除

空中で俺たちは止まる。そして今度は地面に落ち始めた。

俺は素早くガキの腹に手を伸ばし、再度魔力をこめる。

──黒点・弐

 俺は破壊ではなく、発散する黒点をガキに忍ばせた。要所で発散させ、二人もろともあの世行きにさせるプランを練り直す。

俺達は地面に近づくにつれ、各々の魔法で着地を試みる。
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