【完結】優しき世界にゼロ点を 〜Sランクヒーラーだった俺、美少女を蘇生した代償に回復能力を失いました〜

七星点灯

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最終章 故に世界はゼロ点を望む

第四十二話 境界犯して子を愛でる

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 俺が玄関に両足を踏み入れ、その瞬間にマリオン先輩は鍵を閉める。俺は背後でガチャリと聞こえた時点で絶望していた。

「アストくん、いきましょうか」マリオン先輩はそう言って俺の背中を押す。

「嫌ですよ! エレナに殺されますって!」

 俺はその場に留まるように努力する。足で踏ん張り、両手で廊下の壁につっかえる。しかしながら無力。マリオン先輩は一呼吸も乱さず、淡々と俺をエレナの居るであろうリビングへと押し込む。

「アストくんなら、エレナちゃんに殺されても大丈夫ですよ」

 ズルズルとリビングのドアが近づいてくる。後ろから壁が迫ってきてような感覚だった。

──キィィィ

 ゆっくり、俺の視界の先でドアが開く。ドアを開けたのは俺でない。それなら当然、ドア付近にはエレナが立っている。薄い下着姿の彼女は目を擦って、邪気のない寝起きの少女だった。

「……おはよう」エレナの背後から光が差す。

 それは延長線上にある大きな窓のおかげだ。今日も変わらず日光が顔を覗かせ、皆は平等に朝を迎える。俺達も例外ではない。

「それおいしい?」エレナはテーブルに頬杖をついて呟く。

「うん、美味しい」俺は再度パン粉を口に運ぶ。

 俺は数日間『死んでいた』らしい。俺は有り余る空腹と疲労感、妙に覚醒している意識という要素も存在し、死についても抵抗なく受け入れた。エレナに殺された記憶がしっかりと残っている点も受け入れた要因だ。

 チャカ、チャカと食器洗いの音だけが暫し流れる。マリオン先輩は約束を破った罰としてキッチンにて作業中だ。

「アストは生き返るって信じてた」雑音響く静寂の中、エレナは突然語り出す。

「……殺してまで確かめたかったの?」俺はパン粉を食べる手を止める。

「そうよ」とエレナはうなづいて続ける。

「私ね、好きな人を殺したいの。傷つけて、殺して、彼の一生を私が奪って……。それこそが、目指すべき永遠の愛だと思わない?」

 エレナは自分の思想に陶酔している。何かにうっとりと恋焦がれる彼女の瞳に、俺の姿形は存在しない。愛と彼女は宣うがあくまで俺は手段の一つなのだ。

「殺人を正当化する言い訳だよ。悪人を殺すのと変わりない、いや、悪人を殺す方がまだ許せる」パン粉を食べる手は依然として止まったまま。

「許すとか、許されないとか、そんな領域じゃないのよ。世界から否定されたって関係ないわ。これは私の人生なんだから」

 エレナの瞳に俺が映る。俺を真っ直ぐ見つめるエレナは今日初めてだ。以前のような澄んだ言葉ではないが、彼女の個性は失っていない。

「どこにだって倫理はある。悪いけど、エレナの意見は少数派で、どのみち多面的な観点からでも理解できないよ」

「倫理が邪魔してるだけよ。型にはまった方法でしか人を愛せないくせに。……教えてあげる」

 エレナは最後の方を呟くように吐き捨てた後、俺の座っている方へと回り込んできた。至近距離、下着姿の異性。たとえ相手がサイコキラーだとしても俺の精神は乱れてしまう。

「アスト見て──」エレナはおもむろに上の薄い下着の裾をたくし上げた。

「は? どうなって」俺は目を疑った。しかし何度見ても事象は変化しない。

 エレナの腹部に真っ黒な穴が空いている。それは『正の領域』へ踏み込んだ者の証。だがもっとおかしな点がある。

「アスト、この魔力、誰のか分かるよね?」

 いつから? さっきからこの魔力を漏らし続けていたのか? 俺はどうして気づかなかった?

「俺の、魔力?」エレナのお腹をさする。

 すると彼女の腹から漏れ出した魔力が、ちょうど俺が触れている掌に吸収される。無論、第三者の魔力を勝手に吸収するわけないので、エレナは俺の魔力で『正の領域』へと踏み込んでいる。

「えへへ、アストを体に刻んじゃった」エレナは自身でもお腹をさする。

 その時、彼女はまるでお腹の子を愛でるように、そこへ慈愛の目を向けていたのが印象的だった。

「それでね、こんな能力も手に入れちゃった」彼女はそう言って右手を広げる。

カシャン

 次の瞬間、エレナの手に手錠が乗る。それはギラギラと照明を反射し、いかにも破壊できないような感覚を覚える。

「もしかして、俺の首輪もそれで?」俺は首輪を触る。相変わらず冷たかった。

「そうよ、アストの言う通り。首輪は私の能力、気に入った?」

「最悪なつけ心地だよ。冷たいし、さっさと外して欲しいくらい」

「外すわけないじゃん」エレナは呆れた様子で首を傾げる。

 何故に能力を手に入れたかは知らない。正の領域がトリガーなら、俺にも能力が備わっているかもな。だが生憎、そんな感覚も素振りも体は示してくれない。

「アスト、これってもう既成事実なのよ。私以外に選択肢は……そうね、大体ないって言ってるの」

「えっ、エレナちゃん、話が違う──」キッチンの方からマリオン先輩の嘆き。

「誘拐犯は罪を償ってから意見するように。でも、まぁ、アストが私を選ぶんだから仕方ないわよ」

「選ばねぇよサイコキラー」俺は吐き捨てる。

「そのセリフもあと何回聞けるか楽しみね。せいぜい理性の時間を謳歌しなさい」

 カッ、カッ、カッ。時計の音がやけに大きく感じる今日この頃。それもそのはず、彼は出発までもうそろそろと言った時間を指しているのである。

 自然と俺とエレナの視線は壁にかけてある時計まで誘導される。するとエレナは「ほら、さっさと準備しなさい」パンと手を叩いて立ち上がる。

「はい、アストの制服。洗濯しといたから」

「えっと、俺も行っていいの?」理解できない。監禁するんじゃないのか?

「当たり前よ。いくらアストでも監禁するつもりはないし、あと、この能力があるからね」エレナは俺の首を指差す。

「つけて学園に行くのか……」喜んだ方がいいのか、沈んだ方が良いのか。

 俺はリビングの真ん中、複雑な気持ちを抱えて着替える。何をされたかなんて自明、貞操を奪った相手にパンツを恥ずかしがることなんてしない。

「いいね、似合ってる」エレナは両手でねっとりと首輪に触れる。

「似合ってたまるか」

 俺はエレナから一歩離れる。何から何まで抵抗が心もとない。もはや精神的な部分だけで成立している拒絶。何かのキッカケで崩れて仕舞えばそれまで、エレナの言ったことが現実になってしまう。

「わっ、私もお供しますので……」と言って、マリオン先輩も制服姿でキッチンから出てくる。

「恋人繋ぎ? それとも腕組んじゃう? アストが決めていいよ?」

 エレナは俺の右手をねちっこく触り、どうでもいいことを聞いてくる。手を繋ぐか否かより、首輪を外していただきたい。しかしそんな本音は言わないことが長生きのコツ。

「どっちもいいよ、エレナの好きな方で」

「またそう言うのね……。お母さんになった気分だわ」

なんとなく、こんな会話に既視感を感じる。

「……変わらない人間関係も永遠だと思うなぁ」俺は小さく、小さく呟く。

「え? なんか言った?」

「いや、なんでもない」

 奇妙な愛を注ぐエレナ。愛を真っ当に受け取らない俺。果たして、狂っているのは前者か後者か。



──「わっ、私もいますよ?」
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