【完結】優しき世界にゼロ点を 〜Sランクヒーラーだった俺、美少女を蘇生した代償に回復能力を失いました〜

七星点灯

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最終章 故に世界はゼロ点を望む

第四十一話 愛に燃やされ、愛に溺れて

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 ふわり、ふわり、水中を彷徨う。水底には死体が溜まり、骸と化した瞳の穴はジッと俺を見つめている。されど動くことなく、ただジッと。

「綺麗な死体だ……」俺が水中でポカリと呟いても、息は苦しくならない。

 肺に溜まっているのは罪悪感がほとんどで、それが俺の動力源であることはなんとなく理解した。
 青々とした水中たる所以は、水面から差してくるこの光。筋となって所々に降り注ぐ。それらがより顕著に死体を美しく彩っているのである。

パチュ、パチュン、パチュン……

 何処からか水の小さな破裂音が響く。俺の脳内を容易く貫通し、それによって快楽の波が形成される。

「そうか……。俺、死んだんだ」さっき、殺された事実をようやく理解する。

 いわゆる三途の川。想像していたよりも美しく、悦楽に塗れている空間だ。

パチュン、パチュン、パチュン……

 この音が響くと、快楽が全身を駆け巡る。電流が流れるような感覚とも形容できる。それを享受すれば死体のことを忘れられ、それが止まれば死体を見るしかやる事がなくなる。

「もっと、もっと……」俺はもはや、この快楽の虜になっていた。

 水中に差し込む光もだんだんと強くなってゆく。照らす範囲は広がり、光自体の白さも確実に増加している。

パチュ! パチュ! パチュ!

 破裂音のペースも早くなる。音も一段と大きくなる。快楽もそれに乗じて跳ね上がっている。

「あっ、あっ、くぅぅ」脳が絞られる感覚は初めてのものだった。

 それが本当に気持ち良く、水底の死体に対して気遣う精神すらも削って感じていた。突然、呼吸が苦しくて仕方がなくなる。

「がぼぼっ、がっぼぼっ──」肺に溜まっている物がスルスルと俺から抜ける。

 それが生命線なのに、肺はどんどん空虚な状態に近づき、それに伴って苦しみの度合いも満ち溢れる。でもそれ以上に受け止めたい、罪悪感から解き放たれたい。

──パン! パン! パン!

 白んだ光が水中を隈なく、隙間なく照らす。光は、俺が目を閉じても明るい空間を創り出し、俺を絶頂へと軽くのし上げる。

 息はできない、頭は回らない。あるのは本能、快楽を味わうといった短絡的な思考。それに縋り付く。

──パンッ!!!!

 今までで一番の音が、最高に大きな波を生み出す。無論、俺は飲み込まれる。水中は真っ白、死体も水面も等しく見えなくなっていた。




「……すぅ、すぅ、すぅ」耳元に寝息が吹きかけられる。

 俺は寝ていたらしい。真っ暗な部屋、寝転んでいた地面はふかふかで、ベットの上であることは確か。それ以外はまだ分からない。

 俺はバサリと上半身だけ起こして周りを見渡す。遠いところは真っ暗だが、少し目が慣れてきている。隣の人物くらいは認識できる。

「──エレナ?」寝息の主は突き止められた。

 俺の隣で寝ている少女、無防備な寝顔と身体。俺と同じ掛け布団で寝ていたため、必然的に上半身が露わとなっている。

──蕾が二つ

 たったそれだけで、コトの顛末と事情はパズルのように組み合わさる。俺はそれ以上の詮索、及び妄想の類いをシャットダウンした。

「はぁぁあ、やられちゃったぁぁ」闇中、俺は呟きながら頭を抱える。

 そしてようやく気がつく。シャランと首元で金属音が聞こえた。俺の首周りを取り囲む冷たい金属は非常に単純な造り。

 「……首輪」俺の頭より円周は小さく、そして金属につなぎ目らしきものは存在しない。

 鎖が繋がれて、俺が動く度にジャラジャラと無機質な音を奏でる部分は存在した。また金属にはネームプレートがあり、そこに『アスト』と深く刻まれている。

 目が暗闇に適応してきた。勉強机、本棚、ドレッサー。机には小物が散らばって、可愛い動物のぬいぐるみも置かれている。エレナの部屋と言われれば、誰であっても納得する内装。

女の子の部屋として模範的な形をしている。

「でも、そうじゃないんだよなぁ……」

 俺の写真は貼ってある。壁一面に、びっしりと。全て直近数日間の写真で、俺が授業を受けている写真、食堂で昼食を取っている写真。また、寮でテレビを見ている写真や、風呂に入っている写真まで。

「ストーカー、変質者。こんなのエレナじゃない」俺は冷や汗をかく。

 特筆すべきは、全ての画角において俺が中心であること。また、俺以外に写り込んだ『ジャンゴ』や『ガンス』といった男友達、カトレア先輩やマリオン先輩の顔が真っ黒に塗りつぶされている点。

(逃げなきゃ、逃げなきゃ)思考の中でそう決定し、俺はベッドから出る。

 エレナ部屋には、ベッドと対角線上にドアが設置されている。俺は一直線にそこを目指した。

 ガチャ、となんの抵抗もなくドアは開く。部屋の外はリビング。また対角線を結ぶようにドアが設置されている。テーブルが直線上にあるため、俺は少し迂回してドアまで辿り着く。

──ガチャ

 やはり抵抗もない。ジャラジャラと俺に追随する鎖もまだ余裕がありそうだ。ドアを開けると後は簡単。少し先の正面に位置している玄関まで進めば良い。

「はあっ、はあっ、はあっ……」ほんの少しの移動、それでも息は切れる。

 息を整えつつ、ゆっくり、音を立てぬように玄関まで一歩ずつ踏み出す。外にさえ出れれば、大声で助けを求めることが容易にできる。

「ふーう、ふーうっ」深く息を吸い、呼吸も整う。

あと少し、あと一歩。俺が玄関のドアに手をかけ、勝利を確信した時。

──キィィ

 心臓が躍動し、反射的に振り返る。この現象は単純に、暗闇の中ドアが少し開いただけ。エレナはそこにいなかった。

──コンコン

 今度は後ろから、すなわちドアから音がした。単調なノック音の後、俺はまた振り返り黙り込む。

 すると外から「あっ、アストくんいますかー?」とマリオン先輩のオドオドとした声が聞こえてきた。俺はホッと胸を撫で下ろし、「助けてください!」と宣言してからドアを開ける。

「だっ、大丈夫? ずいぶん顔色が悪いけど……」

 マリオン先輩は、俺を下から覗き込んでくる。この以前から変わらぬ彼女、蘇生してから唯一変化しない少女。

「……その首輪、綺麗だね。エレナちゃんに付けてもらったの?」

「多分そうです。あの、これ外してくれますか?」

 俺は鎖の部分を手に持つ。『ここをどうにかして切ってくれ』とそういったメッセージを含ませる。

ボソッ「一週間で交代って約束だけど……。もういいよね?」

 マリオン先輩の言葉は聞き取れない。顔を下に向けているため、口の動きで内容を推測することも封じられている。ただ、俺は何か物騒な雰囲気だけは感じ取った。

「じゃあアストくん、それ外しますね……」マリオン先輩は手に魔力を込める。

 淡い赤色が辺りに発散し、それを確認したのち、マリオン先輩は顔を上げて俺の首元を見るのであった。彼女はそしてゆっくりと手を伸ばす。

俺はその手よりも早く思考を巡らせる。

──形状記憶合金

 それは昔、とある推理小説にてトリックとして使われた合金。普段は金属として硬く振る舞うが、ある一定の条件下においては特別な反応を示す。

 その条件とは高温。温められると、その期間だけは過去に記憶した形へと変化する。もし、首輪に応用したらどうだろう。俺が出力できない高温を変化する温度にしてしまえばあら不思議、簡単に犬として扱うことが可能になる。

 俺はマリオン先輩の手が首輪に触れるまでの間にこう結論を出す。

 『マリオン先輩もグルだ』事実でも、思い込みでも構わない。誰も信用できない今は安全を確保しなくては死ぬ。

「アストくん、熱いので、動くと危ないですよ。そーっと、そーっと」

 ジュウ、と金属は音を出し、案の定首輪が緩くなる。そしてガチャ、と思い首輪が外れた。

その瞬間……

ドンッ!

 マリオン先輩を突き飛ばし、俺は隣の家に駆け出した。数メートル先にある安息地を目指す。一歩の足取りが異常に重たい。
 そしてやっとドアの前についた時、まだマリオン先輩はまだ尻もちをついていた。それを確認して、ドアの取手に手をかける。

「頼む、どうか開いてくれ」そこは俺の部屋、過去の俺に願う。

 取手にグッと力を込める。抵抗は皆無。そのまま滑り込むように部屋に入り、ドアを閉め……ガンッ!!

「はあっ、はあっ、はあっ……」息を吸う、吐く、目を擦る。

 ドアに鎖が挟まっている。急いで首を触る。冷たい、冷たい、冷たい。俺が絶望していると、グイッと鎖が引っ張られる。

 抵抗虚しく俺は部屋から外に出た。グイッ、グイッ、エレナの寮から伸びている鎖。俺を簡単に彼女の部屋の前まで連れ戻す。いとも容易く、俺の抵抗を無視して。

「良かったね、アストくん。エレナちゃんが起きたって。ほら、早く帰ろ?」

そこに立っていたマリオン先輩の瞳に、光なんて無かった。

俺の手を握るとエレナの部屋のドアを開ける。

──そこには暗黒が広がっていた
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