【完結】優しき世界にゼロ点を 〜Sランクヒーラーだった俺、美少女を蘇生した代償に回復能力を失いました〜

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第二章 オーバーヒールの代償

第三十五話 イズムは残してキミを犯す

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──ガルァァァ!!

「ファイア!!」

 山道に二つの爆音が響き渡る。空から降る大火球と、俺の手から放たれる火球。俺の火球は速度重視。

爆心をできるだけ、アマテラスのいる上空に固定するためだ。

 ヒュンと飛んでゆく俺の火球は矢の如く。ズッシリと落ちてくるアマテラスの大火球は太陽の如く。

 俺は相殺が不可能であることを悟り、防御学のプロフェッショナルに頼る。

「アカツキ先輩! なんでもいいので、皆んなの防御を固めてください!」

 危険に晒されている総勢七名の少女達の方を振り返り、俺はその中の一人と目を合わせた。そう、黒髪ロングの、白い瞳をした少女。モノクロの視界といえども、ある程度変わらぬ色合いのアカツキ先輩だ。

「分かった! キミもほら、早くボク達の方へ!」彼女は俺に手を伸ばす。

 俺も手を伸ばすが届かない。絶妙にあと一歩、されど一歩の絶望的な距離。アカツキ先輩はすでに詠唱を終えており、後は俺が飛び込むだけ。

──どうして足が動かない!!

 焦る気持ちを胸に、俺は足に視線を落とす。そこには、大量のトカゲが纏わり付いていた。彼らは不快な笑みを覗かせ、圧倒的な重力で俺の動きを封じている。

「キュルルル? キュルルル?」発する鳴き声も不快だ。

「クソ! 離れろ……。離れろよ!!」

 背中の冷や汗もすぐに蒸発する。本格的な爆発まで、あと少しと言ったところだろうか。このままでは全員丸焼きだ。

──アストは唯一、天照大神に殺されない。

 記憶の中のカトレア先輩はそう語った。そして、その言葉は俺の脳裏を駆け回り、ぐわんぐわんと反響する。

 俺は女の子の集団にもう一度視線を移す。俺と目があったカトレア先輩はニッコリと笑っていた。彼女の稀に見る感情表現。その女神の如く表情は、いとも容易く俺の中の覚悟を固めた。

「……ああ、俺はもう、大丈夫です。足、動かないんで」俺は足を指差す。

「足を怪我したのか!? ならボクの方から──」

そう言ったアカツキ先輩が俺の方に歩き出す直前、彼女の肩を叩く者が一人。

「アカツキ、早くしろ……」カトレア先輩だ。

 「カトレア待ってくれ! 彼がまだ範囲外なんだ!」それでもアカツキ先輩は動こうとしている。

 あの口も塞がないといけない。もうすぐ着弾する大火球に備えて、防御魔法の詠唱を開始しなければ全滅。当の本人に自覚がない現状はかなり危険だ。

「俺のことはいいから! 早く詠唱してください!」俺の心が揺らぐ前に──

「いや、でも……」アカツキ先輩は困惑している。

「手遅れになる前に! 先輩にかかってるんです!」

「ほら、まだ時間は……」尻すぼみになる声、彼女はやっと空を見上げた。

 太陽はすぐそこ。俺の火球も到達する寸前。威力を減衰したところで、超即死級が即死級になるだけ。

視覚だけの情報でも十分な絶望。

「分かった……。皆んな、集まって……」アカツキ先輩はゆっくり顔を下ろすと、半泣きでそう言った。

「ボクの全力魔法だ、もっと寄ってくれ」

 アカツキ先輩の指示で、女の子達は一箇所に密集する。その後、俺はすぐに聞こえ始めた詠唱に対して、ホッと一息つく。

「さて、あとは神様の一撃を享受しますか……」

 光り輝く太陽と、俺の火球はぶつかり合う。直後、極限にまで膨張したエネルギーの流星群。形のない殺意が地面に刺さり、俺を貫かんとする。

「ゔぐぁぁ。これは、マズイ……」俺の意識が塗り替えられる。

 ──火球じゃない、ヒールだ

アマテラスは回復を統べる王。

 暴力的な回復量は、人間に出せるヒールの理論値を遥かに超える。しかし許容量を上回った後でも、俺の体はヒールを受け入れてしまう。

 本質はヒールだから俺の中に入ってくる。いくら拒否しても体に擦り込まれる。まるでヒーラーが娘をレイプする時みたい。本能に直接注入されて、拒むことのできない自身を恨む。

「あああっ、あっ、あっ……」俺の脳が焼き切れた音がした。


──私のヒールはどうだ?

 意識が戻ると、目の前には魅力的な雌が群がっていた。合計七人、全員食べ応えがありそうな面をしている。自然と呼吸は乱雑に、腹の底から空腹に。

「ふしゅる、はあっ、はぁっ」大丈夫、意識は正常だ。

──そうか、お前も気に入ったか。

 この空間、女臭くてクラクラする。モノクロだった視覚は鮮やかに。トカゲの歩く音も、彼女達の吐息も手に取るように聞こえる。全身の細部まで神経を理解している感覚もあった。

『そして意識は正常だ』

──アストよ、その娘達を殺してくれ。……目障りだ。

「承知いたしました、アマテラス様」俺は冷静に受け応える。

 俺の状態は絶好調。ありとあらゆる角度から敵を捉え、万策を一瞬で創り出し、溢れ出る魔力で詠唱すら不必要。

最強、無敵、一騎当千。

「あっ、アストくん、誰と話してるの?」緑髪の女がなんか言っている。

「別に、お前は知らなくていい」

 怯えた瞳は弱者の証、まるで小動物。攻撃の巻き添えで死ぬ未来が視える。あの女は警戒するに値しない。

「アスト君、さすがにその言い草は良くないなぁ。マリオンちゃんだって先輩だよ?」今度は黄色い髪の女だった。

 変な指摘。出しゃばって来たくせに、アイツはどうでもいい事を口にする。

「先輩? 俺とお前達にそんな関係は無いだろ、人間じゃあるまいし……」

「ええー? そこから否定するのー?」女は口に手を当て、大袈裟な反応を示す。

「事実じゃないか。ほら、俺のココを見てみろよ」

 俺は上半身の邪魔な布を破り捨てた後、背面を女に分かるよう見せる。ゆっくり翼を伸ばし、コリコリと関節を鳴らす快楽に浸りつつ。

「羽が、付いてる? 本物だ、どうなってるの?」女は愚かにも近づいてきた。

「動くな……」ほんのお遊びで翼の鱗を飛ばす。

ヒュン、と意外にも命中せず。あらら残念、眼球を狙ったのに。

「あっぶなぁ……。もう、アスト君はやんちゃな男の子だなぁ」

 俺が振り返ると、彼女の頬には素敵な血液がトク、トクと流れ出ている。健康的で、魔力もたっぷりと内包されている。あれは価値が高い。

「夕飯は決まっ……。ははっ、見えてるよ」俺に踏み込むバカが一人。赤髪でツインテールの女。

 背後を狙ったつもりだろうが、所詮は人間の浅知恵。音と匂いで人物すら特定できてしまう。

「おらぁぁぁ!」叫び声にも近い打ち込み。隠すつもりなど毛頭ないらしい。

──ガキンッ!

 空中に魔法を発動し、剣の軌道に沿って氷の層を重ねる。二、三枚割れたところで女の攻撃は威力を失う。少しヒヤリとした。

「えっ?」阿呆みたいな気の抜けた声が鼓膜を揺らした。

「こんにちは……」俺は挨拶と同時に振り向く。

俺は手刀を繰り出した。女の両腕を根元から切り落とす。

「ゔぁぁぁぁ!」汚い断末魔が耳をつんざく。

 落ちる腕と自由落下する剣。俺にかかった血液はかなりの高品質。しかしながら、ここで女を殺してはいけない。

「これでは俺のイズムに傷がつく……。はぁ、仕方ない」

──ヒール

 俺は理不尽な死を与えぬよう、女に渋々ヒールを行う。流れた血が女の傷口に戻り、落ちた腕と胴体がピッタリ結合する。悲しきかな、これで元通り。

「はあっ、はあっ」女は地面に両手つくと、涙目で見上げてきた。

「いきなりゴメンな、俺も反省しているから、もう一回殺しに来てくれ」

 俺は女と目線を合わせる。コイツの瞳にも怯えが現れているが、正直望んでいないこと。だから優しく励ましてあげる。

「最初の一撃はかなり良かった。たった一つ、俺を信用しなかったのが問題だ。筋はよかったぞエレナ」

なぜか出てきた女の名前。頭に靄がかかる。

なぜコイツを知っている? 俺は確かにコイツを知っている。

相反する思考パターン。考えれば考えるほど螺旋状に絡まる思考。

──アストやめろ、それ以上考えるな。お前は殺すことに集中しろ。

「承知致しました。ふぅぅ、殺すことに集中、集中。『エレナ、助け……』」

ダメだ、これはダメだ。開けるな、考えるな。

バカな思考に走る俺を制御するため、俺は自身の腹部に右手を当てる。

「──ヒール」

アマテラス様は上空で見守っていらっしゃる。敵は七人、王の命令は皆殺し。

「仰せのままに、抜かりなく……」
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