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第二章 オーバーヒールの代償
第二十七話 記憶のない過去
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エレナに首を落とされた直後、俺は気がついたらエレナの記憶の中にいた。
そこはエレナの実家、日光は正直な軌道で注がれる。余すとこなく陽が照っている庭では、エレナとエレナの父親が剣術の訓練をしている。庭の広さはサイクロプス二人分が寝そべると埋まる程度。エレナと父親とでの訓練なら余裕を持って行える。
「どうした、動きが鈍くなっているぞ。訓練と言えども対人戦闘、常に命をかけて戦え」
エレナの父親は一言をゆったりと話す。一言一句の発音を濁さず、明瞭な物言いには父親としての威厳があった。
「はぁい!」と、エレナのいい返事が遅れて聞こえる。
このやりとりを彼らは延々と繰り返す。記憶の世界は何度か飛躍して、日を跨いだのにも関わらず、二人の様子は一向に変わらない。
ジュジュっと世界にノイズが入り、また場面の飛躍。
「おっ、今度は違う場面になった」
「退屈な記憶だなぁ」と内心気が弱まっていた時、ついに場面が庭以外へと切り替わる。
花畑に一本の木。その木陰に二人の幼子。片方はエレナで、もう片方の男の子の顔はピンとこない。見た目からして十歳前後で、エレナとはそう歳の離れていない男の子。
しかし右手に持っている杖と、身に合わない魔術師ハット、ブカブカのローブという服装の彼に対して妙な既視感があった。
「おいおい、あの姿、もしかして俺?」
俺の内心では「嘘だよな?」と怯えていた。抱えている恐怖の根源は、一切存在しない記憶だったからというもの。
──俺は幼少期にエレナと出会った記憶などない。
花畑の木陰に俺はそっと入る。二人には俺の姿が見えていないにも関わらず、俺は息を潜めていた。
恐る恐る聞こえて来る会話に耳を傾ける。
「アストくん見て見て! このど根性ガエル、私がヒールしたんだよー!」
そう言ってエレナはアストに蛙を手渡した。
「ほんとだ、ここの裏とかまで完璧に治ってる。すげぇ、エレナ天才じゃん! まだ一ヶ月しか経ってないよ?」
「そうじゃないでしょ、アストくんの教え方がじょーずなの」
そしてエレナの体はアストに近づく。
「だから先生、もっと教えて?」
エレナのコロンとしたおねだり声。どんな無理難題でも二つ返事で「いいよ」と言ってしまいたくなるほどの魅力が詰まっている。しかし、まさにおねだりを食らっているアスト自身はいい表情でなかった。
「その、それが……」
歯切れの悪い言葉尻、何か言いたいことを隠している風な表情。もはや、いい返事を聞けそうにないエレナの表情すら曇っていた。
アストは重苦しい唇を震わせて話す。
「実は俺、とあるパーティに、スカウトされたんだ。それもけっこう有名なとこ。その、だから──」
「だから、もうお別れ? 私を置いてそのパーティについて行くの?」
「そう、だね。本当にごめん」アストは頭を深々と下げている。
たっぷり流れる沈黙。サワサワと花畑に微風が通り過ぎるまでの間、二人は一言も話さなかった。
「うぅ」とほのかな音で静寂は破られる
エレナは空気が出ていっただけのような声を発した。まるで肺まで押しつぶされているような声。側から見ている『現在の俺』にも伝染する苦しい心情。
またエレナの声が聞こえる。
「いや、いやだ。あすとまだ一緒にいたいよぉ」
エレナの両手はアストに縋り付く。彼女の瞳には一筋の涙。空から降って来る日光が、葉っぱの間を抜けてエレナに到達、これ見よがしに乱反射する。
俺の表情はどうだろう。閉じた両目をこじ開けるように涙がポロリ。ポロリが少しずつ増えてスゥーって、そして瞬く間に決壊した瞳からユラユラと流れ出てゆく涙。
「俺も、もっとエレナと、一緒にいたい。だけど、エレナのいる街とか、世界とか、もっといろんな人を助けたい」
「やだ、あすとと一緒がいい。平和とかそんなの、あすと以外の人がやったらいいじゃん」
「俺も、みんなを守りたい、うぅ、どうしようもないよぉ」
もはやこの話し合い、踏ん切りがつかなくなっていた。両者共に未熟だから妥協を知らない。互いに互いを尊重するから強引な行動に移れない。
そうやってアストとエレナが悲観しているところ、俺の耳には他の音が聞こえた。シャクシャクと、花畑を踏み締める音が近づいてくる。
「アスト、こんなところにいた。早く来て」
聞き覚えのある声色。淡々と言葉を紡ぐ少女の声。
カトレア・アズラエルがそこに立っていた。現在の彼女よりも幼い容姿ながら、纏っている雰囲気はいつもと変わらなかった。
アストもカトレアの声を聞いて、エレナから視線を外す。ウルウルとした子供らしい瞳を向けていた。
「うぅ、リーダー、お願いだからエレナも連れてって」
そんなアストの願望をカトレアは「ダメ」とたった一言で切り捨てる。その後ゆっくりとアストに近づいて手を握る。
「アスト、もう馬車に乗る時間」
そう言ってアストを勢いよく引き抜くように立たせた。その速度に耐えられなかったエレナはアストから剥がれ落ち、ペタンと地面に尻餅をつく。アストはそのまま、カトレアに引っ張られて歩き出すが、エレナは俯いたままだった。
しかし、ここでエレナは予想外の行動を起こす。
「あすと、また今度だよ?」意外にもエレナは笑顔で手を振った。
今生の別ではない。さすれば『また今度』と言えばいい。エレナはそんな気高い精神の垣間見える少女だ。
「うん、また今度。いつかまた会いに行くから、その時まで」
とアストも笑顔で手を振った。カトレアが登場してほんの数十秒、エレナとアストは笑顔でお互いを見送るという、心温まる別れをしたのだった。
ジュジュとまた世界にノイズが入る。
場面は切り替わり、また庭に戻ってきた。今度は前回よりも少し時間が経っているようで、エレナが十四歳ほどの見た目に成長している。エレナの父は相変わらず。
二人は剣術の訓練に励んでいた。
そこはエレナの実家、日光は正直な軌道で注がれる。余すとこなく陽が照っている庭では、エレナとエレナの父親が剣術の訓練をしている。庭の広さはサイクロプス二人分が寝そべると埋まる程度。エレナと父親とでの訓練なら余裕を持って行える。
「どうした、動きが鈍くなっているぞ。訓練と言えども対人戦闘、常に命をかけて戦え」
エレナの父親は一言をゆったりと話す。一言一句の発音を濁さず、明瞭な物言いには父親としての威厳があった。
「はぁい!」と、エレナのいい返事が遅れて聞こえる。
このやりとりを彼らは延々と繰り返す。記憶の世界は何度か飛躍して、日を跨いだのにも関わらず、二人の様子は一向に変わらない。
ジュジュっと世界にノイズが入り、また場面の飛躍。
「おっ、今度は違う場面になった」
「退屈な記憶だなぁ」と内心気が弱まっていた時、ついに場面が庭以外へと切り替わる。
花畑に一本の木。その木陰に二人の幼子。片方はエレナで、もう片方の男の子の顔はピンとこない。見た目からして十歳前後で、エレナとはそう歳の離れていない男の子。
しかし右手に持っている杖と、身に合わない魔術師ハット、ブカブカのローブという服装の彼に対して妙な既視感があった。
「おいおい、あの姿、もしかして俺?」
俺の内心では「嘘だよな?」と怯えていた。抱えている恐怖の根源は、一切存在しない記憶だったからというもの。
──俺は幼少期にエレナと出会った記憶などない。
花畑の木陰に俺はそっと入る。二人には俺の姿が見えていないにも関わらず、俺は息を潜めていた。
恐る恐る聞こえて来る会話に耳を傾ける。
「アストくん見て見て! このど根性ガエル、私がヒールしたんだよー!」
そう言ってエレナはアストに蛙を手渡した。
「ほんとだ、ここの裏とかまで完璧に治ってる。すげぇ、エレナ天才じゃん! まだ一ヶ月しか経ってないよ?」
「そうじゃないでしょ、アストくんの教え方がじょーずなの」
そしてエレナの体はアストに近づく。
「だから先生、もっと教えて?」
エレナのコロンとしたおねだり声。どんな無理難題でも二つ返事で「いいよ」と言ってしまいたくなるほどの魅力が詰まっている。しかし、まさにおねだりを食らっているアスト自身はいい表情でなかった。
「その、それが……」
歯切れの悪い言葉尻、何か言いたいことを隠している風な表情。もはや、いい返事を聞けそうにないエレナの表情すら曇っていた。
アストは重苦しい唇を震わせて話す。
「実は俺、とあるパーティに、スカウトされたんだ。それもけっこう有名なとこ。その、だから──」
「だから、もうお別れ? 私を置いてそのパーティについて行くの?」
「そう、だね。本当にごめん」アストは頭を深々と下げている。
たっぷり流れる沈黙。サワサワと花畑に微風が通り過ぎるまでの間、二人は一言も話さなかった。
「うぅ」とほのかな音で静寂は破られる
エレナは空気が出ていっただけのような声を発した。まるで肺まで押しつぶされているような声。側から見ている『現在の俺』にも伝染する苦しい心情。
またエレナの声が聞こえる。
「いや、いやだ。あすとまだ一緒にいたいよぉ」
エレナの両手はアストに縋り付く。彼女の瞳には一筋の涙。空から降って来る日光が、葉っぱの間を抜けてエレナに到達、これ見よがしに乱反射する。
俺の表情はどうだろう。閉じた両目をこじ開けるように涙がポロリ。ポロリが少しずつ増えてスゥーって、そして瞬く間に決壊した瞳からユラユラと流れ出てゆく涙。
「俺も、もっとエレナと、一緒にいたい。だけど、エレナのいる街とか、世界とか、もっといろんな人を助けたい」
「やだ、あすとと一緒がいい。平和とかそんなの、あすと以外の人がやったらいいじゃん」
「俺も、みんなを守りたい、うぅ、どうしようもないよぉ」
もはやこの話し合い、踏ん切りがつかなくなっていた。両者共に未熟だから妥協を知らない。互いに互いを尊重するから強引な行動に移れない。
そうやってアストとエレナが悲観しているところ、俺の耳には他の音が聞こえた。シャクシャクと、花畑を踏み締める音が近づいてくる。
「アスト、こんなところにいた。早く来て」
聞き覚えのある声色。淡々と言葉を紡ぐ少女の声。
カトレア・アズラエルがそこに立っていた。現在の彼女よりも幼い容姿ながら、纏っている雰囲気はいつもと変わらなかった。
アストもカトレアの声を聞いて、エレナから視線を外す。ウルウルとした子供らしい瞳を向けていた。
「うぅ、リーダー、お願いだからエレナも連れてって」
そんなアストの願望をカトレアは「ダメ」とたった一言で切り捨てる。その後ゆっくりとアストに近づいて手を握る。
「アスト、もう馬車に乗る時間」
そう言ってアストを勢いよく引き抜くように立たせた。その速度に耐えられなかったエレナはアストから剥がれ落ち、ペタンと地面に尻餅をつく。アストはそのまま、カトレアに引っ張られて歩き出すが、エレナは俯いたままだった。
しかし、ここでエレナは予想外の行動を起こす。
「あすと、また今度だよ?」意外にもエレナは笑顔で手を振った。
今生の別ではない。さすれば『また今度』と言えばいい。エレナはそんな気高い精神の垣間見える少女だ。
「うん、また今度。いつかまた会いに行くから、その時まで」
とアストも笑顔で手を振った。カトレアが登場してほんの数十秒、エレナとアストは笑顔でお互いを見送るという、心温まる別れをしたのだった。
ジュジュとまた世界にノイズが入る。
場面は切り替わり、また庭に戻ってきた。今度は前回よりも少し時間が経っているようで、エレナが十四歳ほどの見た目に成長している。エレナの父は相変わらず。
二人は剣術の訓練に励んでいた。
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