【完結】優しき世界にゼロ点を 〜Sランクヒーラーだった俺、美少女を蘇生した代償に回復能力を失いました〜

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第二章 オーバーヒールの代償

第二十二話 オーバー:ワンの遥か向こう

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ヒーラーでも、ヒール中毒の先は『正の領域』と知っている者は数少ない。

 考えたら分かることで、並のヒーラーはそもそも『正の領域』にまで至らない。よく知られているヒール中毒も、ゼロからほんの少しプラスされただけ。

しかし正の領域は遥か先。

「アスト、あれ見えた? 私が言いたいこと分かる?」

「ばっちり見えました。かなりの確率で人が死にますね……」

 生物室の窓辺。彼女は俺に後ろから抱きつき、その体制のまま外の小屋を指差す。

──ギャァ、ギャァ

ここまで聞こえて来る甲高い鳴き声。二人して見ているのは、小屋から脱走したファイアーバード。

 奴らは腹に黒い穴が空き、そこから魔力が漏れ出ている。そしてグラウンドを全力疾走。もしあそこに生徒がいたら大惨事だった。

「でもあのファイアーバード、まだ意識が残ってる」

カトレア先輩はこんな状況でも落ち着いて話す。優しく透き通った声。

「俺も、そう見えます。まだ浅い方かと」

「うん、浅いね。ワンかな? オーバーワン」


 『オーバー』とは正の領域へと踏み込んだ生物につく指標。『ワン』から数が増えるほどに危険度は高まってゆく。

 つまり『オーバー:ワン』は正の領域でも最低値。俺たちがここまで落ち着いていられるのもそのためだ。

──ガッシャーン

 窓が割れる音と共に、下の階から女子生徒が飛び出した。キラキラと光を反射するガラス。燃えるように赤いツインテール。右手には馬鹿でかい剣を携え、ファイアーバードへと視線を向けている。

「オーバーワンなら余裕だね。エレナちゃんでも倒せそう」

と口で言いつつも、カトレア先輩の抱擁は強くなる。

「カトレア先輩、心配してます? さっきよりも抱きしめ方がキツイんですけど」

「ううん、心配はしてないかな。アストがいるから、実質エレナちゃんに攻撃は当たらないし」

「俺を含めて評価してたんですか!?」

 俺はエレナに視線を落とす。エレナはファイアーバード一羽を重点的に狙っている。しかし脱走したファイアーバードは三羽。エレナは自然と囲まれてゆく。

 ん? ちょっと待て。なんでカトレア先輩が俺の制約を知ってるんだ? ユイナには一部始終を話したが、カトレア先輩には覚えがない。

「カトレア先輩、なんで俺の制約のこと──」

質問も出来なかった。ブシュゥと俺の背中が裂かれた。

「があっ、ごっ、ゔぁぁぁ」

痛みより熱さが巡る。脳が遅れて、エレナの状況すら見えない。

「ヒール……」

 耳元で優しく呟かれる。その瞬間、背中の痛みが嘘のよう。俺の背中は完全に修復されていた。

「え? ああ、すっげぇすね。こんなに早い回復、初めてされました」

 俺のヒールよりも早く痛みが引く。しかもこの回復速度でヒール中毒にならない。速度、精度、目分量、どこを見ても完璧なヒール。

カトレア先輩は俺の遥か上を行くヒーラーだった。

「うわぁ、すげぇ……」

俺は感嘆符しか言えない。それほどに革命的、回復の概念が覆る。

「ふふっ、びっくりした? アスのこと、何回もヒールしてるから、体の隅々まで覚えてるよ……。いっぱい傷ついても心配ないよ……」

「言い方ちょっと怖いですけど、これなら本当に安心です」

 「ムフフ」とカトレア先輩は満足そうだった。後ろから抱擁されている体制。彼女の顔は見えないが、いい笑顔に違いない。

「このフライドチキン! 私に楯突こうなんて百年早いのよ!」

窓の外からエレナの声が聞こえる。しまった、彼女が戦闘中であることを忘れていた。

「グキャア!」 「グキャア!」

 エレナは完全に囲まれている。ジリジリと時間が経つ。エレナも鳥も動かない。間合いを見極め、睨み合い、ゆっくりと戦況が動く。

「グギャア、ガアッ!」

エレナの背後を陣取った鳥が先制攻撃。燃える羽をバタつかせて、間合いに踏み込む。

「おっそい!」

「ガキャァー!」

 振り向きざまに一閃。ファイアーバードの腹部に命中。エレナが黒い穴を切り裂くと、ファイアーバードは小さくなり、雛鳥に戻った。

 正の領域の生物は『過剰回復』による弊害。攻撃を当てれば傷がつき、その分ゼロへと近づく。ただ、攻撃はお腹の黒い穴に当てるに限る。

「そういう仕組みね! だいたい分かったわ!」

 エレナも理解したらしい。さっきと打って変わって意気揚々。過剰なまでに大きな動きで突撃して、二羽を一気に片付ける。その様は一騎当千。俺は圧倒的な強さを目の当たりにした。

「きゅうん」 「きゅう、きゅう」

 戦闘開始からものの数秒にして『オーバーワン』を三羽撃破。雛鳥とはいえ凄まじいスピードだ。

「アストくん、ふわぁ。なにしてるんですかー?」

戦闘終了後、室内からマリオン先輩の声。寝起きを象徴する柔らかい発音だった。

「マリオン先輩、おはようございます」

 俺は首だけを動かして室内を見る。案の定マリオン先輩は目を擦って、こちらに向かってきていた。たとり、たとり、とおぼつかない足取り。マリオン先輩はまだ寝ぼけ半分のようだ。

「二人で窓の外を見てたんですか? ……二人とも、仲良さそうですね」

「別に、アストと面白いのを見つけたから。じゃあ、マリオンちゃんも見る?」

 カトレア先輩の抱擁がまた強くなった。それもさっきよりキツく、ギュッと。明らかにマリオン先輩を意識している。

 マリオン先輩はというと、目が覚めたようだった。いつも顔を伏せ気味の彼女。しかし今は俺とカトレア先輩を直視していた。

「わっ、私も見ます。 どこに、どこにあるんですか?」

 本日二回目の高速移動。マリオン先輩は長机の上を通って直進してきた。そして彼女は俺の前にちょこんと収まる。

 側から見ると仲良し列車。俺の内心はドッキドキ。ようやく女の子に抱きつかれているという状況の稀有さを理解した。

「マリオンちゃん、あれ見える?」

カトレア先輩はいつも通りの調子。むしろ上機嫌なくらい。

「えっと、エレナちゃんがいますね。それと、『あーこ』と『ふーこ』、『みーこ』もいますよ。また逃げ出したんですね、ふふっ」

 マリオン先輩とは思えない受け答え。好きなもののことは饒舌になるらしい。

「『あーこ』って誰のことですか?」

俺は自然にマリオン先輩の耳元で呟いてしまった。

「それは、わっ、私がお世話している子達で、可愛いですよ? あっ、あそこにいるファイアーバードのことです」

 マリオン先輩はかなり動揺していた。いつも通りの彼女。もしこの状況が原因なら、俺に抱擁させたのは貴方ですよと言ってやりたい。

「あー、ファイアーバードのことなんですね。ありがとうございます」

 俺が話すたび、マリオン先輩はビクビクと体を震わせる。いや、にしても振動し過ぎてないか? 軽くバイブレーションみたいになってますよ。

──グギャァァァァ!

耳をつん裂く鳴き声。

「アスト、あれ見て。めっちゃヤバいかも」

「あっ、あっ、『ちーたん』が、『ちーたん』が……」

 俺の前後が騒がしい。カトレア先輩もさすがに焦っているようだが、問題はマリオン先輩。

「うっ、えぐっ、うわぁぁん!」

 絶望、戦慄、懇願。現実が突き刺さった人間にありがちな反応。マリオン先輩の心中はもうボロボロだった。

──グギャァァァァ!

苦痛で歪んだ鳴き声が校舎を包む。

 ファイアーバードとは思えない大きさ。軽く校舎の二階まである体長。お腹に空いている穴もドス黒い。深く、深く、深淵が広がっている。

『オーバー:ワン』の遥か向こう『オーバー:ツー』
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