【完結】優しき世界にゼロ点を 〜Sランクヒーラーだった俺、美少女を蘇生した代償に回復能力を失いました〜

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第二章 オーバーヒールの代償

第二十一話 息を潜めて

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数秒? 数分? 数時間? 俺の頭から時間を測る機能がなくなった頃。

彼女達の静かなる宴は終焉した。

 腹を満たして俺の胸を枕の如く占領するユイナと、俺の右腕に手と足を絡ませているマリオン先輩。二人とも無防備な寝顔を向けている。

「危なかったけど、どうやら俺の勝ちみたいだな」

 仰向けでカッコなんてつかないが、それでも勝利宣言だけはしておく。

 結論から言えば、俺の貞操は守られた。奪われたのはファーストキスだけ。それと俺の首に噛み跡が残っている。

たったそれだけ。

俺はあの絶望的状況からは想像できないほどの大勝利を挙げた。

──ガラガラ

 しかしその勝利に浸るのも束の間、生物室の扉がスライドされる音が聞こえてきた。

 この時間、わざわざ生物室へと足を運んでくる人間なんて教師か優等生。もし見つかったら変な噂が囁かれる。いや、噂程度ならラッキーな方で、教師に見つかればそれなりの処罰を受けるかも。

「まずい」と口の中で呟く。

 俺は仰向けのままユイナとマリオン先輩をズルズルと引っ張り、机の下へと入り込んだ。二人はまだ目を覚さないが、状況を説明する必要がないので好都合。

 さらに運がいいことに部屋の電気を消していたし、俺たちが最初寝そべっていた所は死角。この条件では、生物室に誰かがいるなんて想像できない筈だ。

「──はい、はい。承知いたしました、クルス会長」

 ピッと電話を切ってその人物は生物室に入ってくる。風貌は分からないが、腹をくすぐるような低い声だけを聞き、性別と年齢を予測する。

 入ってきたのはおそらく五十代の男。コツコツと足音を鳴らしている。革靴を履いているようだ。声の調子はいかにも中間管理職。『クルス』という上司に頼まれて来たらしい。

俺は長机の下、息を殺して考察した。

「こんな所に例のブツがあるのか?」

男のため息に似た一言には、疑念と呆れが含まれている。

 コツ、コツと部屋に響き渡る足音は部屋の奥へと進む。音源はくぐもっているから、まだ向こうの長机に沿っている様子。このまま男が去るまで待つ。

 ゴソゴソと部屋の奥から音がする。俺が机の下から顔を出して見てみると、男はマリオン先輩の水槽が設置されている所にいた。

 スーツ姿と所々に白髪が生えている短髪は薄暗くとも分かった。そんな男が背中を向けて右往左往している。

「おかしい。ここにあるって聞いたんだが……」

 マリオン先輩の水槽を中心に右往左往。探し物をしている筈だが、なぜか男は部屋の照明をつけない。薄暗闇で何かを探している。その姿に安堵すべきか、違和感を抱くべきか。

 どちらにせよ例のブツとやらをさっさと見つけて退散していただきたい状況。俺もさっさとこのクソ暑苦しい空間から抜け出したい。長机の下は通気性が悪く、湿り気が充満している。

──カラン

「誰だ!」

俺は急いで顔を引っ込める。

 落ちたのは杖。マリオン先輩から俺が取り上げて、机の上に放置したもの。おそらく自然に転がって落ちた。俺の目の前に転がっている。

まずい。コツ、コツと足音が近づいてくる。

 さらに気になるのは男の反応。かなり警戒していた。まるで後ろめたいことをしているような反応から、男は少なくとも教師ではないと確信する。

ではどこの誰なのか。いい組織に属していないことだけはよく分かる。

「ああ、あるじゃねぇか」

 男はそう呟いた。コツリ、コツリ、もっと大きくなる足音。しかしここからは抜け出せない。ネズミが見つかるのも時間の問題。

「おいおい、とんでもねぇな」

 足音が止まり、聞こえる声。振り下ろされる言葉。もはや声を殺そうとも意味のない距離だった。

「ったく、とんでもねぇ魔力だ」

 しかし男はヒョイと杖を拾うだけ。その隣で息を殺す俺達には見向きもしなかった。逆に俺は一瞬、男の顔が見えたというのに。拾い上げる瞬間に少し視線を動かせば分かる筈だ。

不自然な状況に命拾い。

 そのまま男はガラガラとスライドドアをあけ、生物室を後にする。何事もなかったように静寂が訪れた。

「アスト、大丈夫だった?」

 俺が机の下から這い出た次の瞬間、カトレア先輩と目が合った。

 彼女は窓の外を眺めていた。彼女は敷き詰められたカーテンを一部開けている。そこから光が差し込み、白衣は風になびいているのだ。

カトレア・アズラエル

 俺がピンチの時駆けつける謎の少女、カトレア先輩は今日も現れた。前回はエレナに殺されそうになった時。彼女はエレベーターから颯爽と現れて事態を有耶無耶に。あれは偶然だったが。

「……先輩、なんでここにいるんですか?」

「理由はないよ。なんとなく、アストが困ってそうだったから」

 彼女は外を眺め話す。風になびいているのは美しい白髪も同様だった。絵画のような雰囲気。

「もしかして、先輩が助けてくれたんですか?」

「そう。でも感謝はしなくていい。私にとっては当たり前のことだから」

「そうは言っても助けてもらったんです。言葉だけでも受け取って下さい。カトレア先輩、ありがとうございました」

 俺は深々と頭を下げる。本当は、まだ寝ているユイナとマリオン先輩にもお礼をさせたかった。代わりに俺が三倍お礼をしておいた。

「今はいらない。それよりもこっちきて」

 カトレア先輩は窓の外を見ながら手招きをしている。

「どうかしましたか──」

 俺は彼女に近づく。するとそのまま肩を組まれる。この体制的に窓の外しか見えない。

「あそこの小屋に、男が向かってる」

「本当ですね。……もしかしてアイツ、さっきここに来た奴か?」

 カトレア先輩は下の道を歩く人を指差していた。この生物室は二階。つまり誰を指しているのかはすぐに分かる。

 スーツに白髪混じりの短髪。革靴を履いて急足でファイアーバードの小屋へと入ってゆく男。右手には杖を持っており、それが決定的な証拠でもあった。

「これからどうなると思う?」

「いえ、全く、見当もつきません」

 男が小屋の中へ入った直後、小屋が光った。その光はヒールの光。それも尋常じゃないほどの大きさと輝きだった。

「待って下さい、もしかして!」

 俺が気づいた時には遅かった。すでに小屋から数匹のファイアーバードが脱走。腹には黒く大きな穴。

「あの鳥は正の領域。アスト、大惨事だよ」

 放たれたファイアーバードは正気を失っている。典型的なヒール中毒。そしてその向こう側『正の領域』へと変貌していた。

「あの男、とんでもない事を始める気だ」
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