【完結】優しき世界にゼロ点を 〜Sランクヒーラーだった俺、美少女を蘇生した代償に回復能力を失いました〜

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第一章 美少女、蘇生しました

第五話 究極の天秤

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 スタジアムの天井に開いた穴には男が右手で掴まっていた。
俺たちが男を認識した時には、男は既にスタジアムの芝生に着地していた。
スーツを着て丸眼鏡をかけた男の風貌には、狂気を感じることはない。
凡庸な二十代後半の男にしか見えない。

ただ男が左手で掴んでる『者』が、俺を絶望に突き落とすだけだった。

──エレナ

 掴まれている彼女の体には下半身がついていない。そして俺たちは落ちてきた下半身のそばに立っている。
状況が繋がってできたストーリーは、どれもこれも考えたくないようなものだ。 

「あのー、アスト・ユージニアさんですか?ふふっ、これはほんの手土産です。このお嬢さんのことなら心配なさらず」

そう言って男はエレナを俺たちにドシャリと投げた。

「・・・エレナ!」

 俺は走って駆け寄った。ビチャビチャと踏みつけた血液が俺の足元を汚す。
地面に転がった彼女の目に光はなく、赤い髪よりも赤黒い血液に囲まれているだけだった。
俺は彼女の胸に手を置いて魔力を流し込む。

──ヒール・二人称

 よかった。なんとか上半身と下半身は結合した。
あとは祈るだけ。このヒールがギリギリ間に合っていることに賭けるだけ。

 血液はまだ新鮮だった、男がコッチに投げてくるまで血液が体外へ流れ出ていた。

よし、よし。きっともうすぐ目を覚ます。

瞳に光はない、ピクリとも動かない。

違う、間に合った。

呼吸もしていない、握っている手は冷たいまま。

違う、違う。それは俺が見ている幻覚だ。

 じゃあ何で動かない?俺は最強のヒーラーだろ?怪我人を何百人も救ってきたよな?その経験から分かるだろ?

 『手遅れになった人間』って。表面だけ綺麗な死体をつくったことだってあっただろう?その時と何が違うんだよ。
ほら、早く確認しなよ。

 そこにある手首の付け根に指を当ててみなよ。
脈なんてないんだからさ。

「・・・ねぇよな、そりゃそうか・・・」ハハッと乾いた笑いが止まらない。

ただ目の前で、エレナだったものが横たわっているだけだった。

──ドシャリ

 俺の周りで聞き覚えのある音が聞こえた。
何かが芝生に倒れる音。ただ明確に鼓膜を揺らしてくる。

──ドサリ

 今度は左の方から聞こえた。
さっきとは違って何かが落ちた音も遅れて聞こえる。
何が起きているのかは知りたくない。

 俺はただエレナの死体を見つめているだけだ。周りの景色や惨状は俺にとっては関係・・・。
女のうめき声も聞こえてきた。

──ズッ、ズルッ

 何かが地を這っている。その音は次第に大きくなり、俺の方に近づいてきているのだと確信した。
現実が這ってくる。誰だ?

俺は意を決してエレナから視線を外し、音の鳴る方向を見る。いや、受け入れる。

 そこには両手でどうにか俺の方へ向かう少女。
髪の毛は青色だったはずだが、今は赤く染まっている。
見える光景はそれだけでなく、周りには胴体と下半身が散乱していた。
まだ少女は生きているがしかし、当然と言うべきか下半身は無く、触れただけで死んでしまいそうなほど弱っていた。

「ア、おゔっ・・スト・・・ゔえっ、たすけ・・・」

掠れた嗚咽混じりの声は長く続かなかった。すぐに少女は絶命した。

「いやぁ、すみませんね」俺の背後から声がした。

 振り返って目に入るは件の男。
頬についた血をポケットから取り出したハンカチで拭い、それが日常であるかの如くゆっくりとハンカチをしまう。

「これはね」と男は言って続ける。

「ワタシの趣味・・・いや、性癖なんです。こう、何でしょうね・・・人間が半分に割られて、必死に這っている姿は美しいんです」

 穏やかに、淡々と。昼下がり、自分で作ったサンドイッチを誰かに振舞っているいるような口調。
だがそれは時に狂気的で、彼の覗いてはいけない事実を知ってしまったような。

「お前が全員・・・殺したのか?」

 あたりに広がる水溜まり。そこに溜まるは誰かの命。
散乱する体、ピクリとも動かない。

「はい。ですがご心配なく。禁忌を犯すのはキミですから」

「・・・禁忌」俺はその言葉にピクリと反応する。

 禁忌とは、最後の最後に使う術。ヒーラーでもごく一部の人間しか知らないことだ。
ヒーラーの力を代償に蘇生をして、さらに制約もつくという術、禁忌。

「キミが彼女たちを助けるんですよ。方法なら分かるはずです。過去に一度試したことだって・・・おっと、これは言わない方が自然ですね」

男はわざとらしく口を覆う。

「なんでそんな事知ってんだよ・・・」

 俺はあの日、ドラゴンに全て奪われた日に禁忌の術を一度試した。
しかし成功せず、俺は孤独となったのだ。何度も何度も試した、期限まで何度も試したが、一度も成功しなかった。

──血液が足りなかったのだ

あの日は、ドラゴンのブレスで血液が蒸発してしまったから。

「アストくん、今日は十分血液がありますよ。そうなるように殺したので」

「そうやって理不尽に殺す人間が1番嫌いだよ」

 「ふふっ」と男は笑い、演説を始める。
男は手を大きく広げる。何かを崇拝しているのか、顔は天を向いている。目を見開き、全てを享受している。

「ワタシたちのような弱者は孤独に耐えられない!徒党を組まねばならない人間など淘汰されるべきなんだ!」

教徒と化した男は笑い狂う。

「何言ってんだ?」

 スタジアムの天井に開いた穴から光が差し込み男を照らす。
異常に眩い光は彼を包み込み、俺は薄めを開けて見守る。

「さぁ、禁忌を犯せ!『あの方』はそれを望んでいる!キミも本望だろう!?彼女たちとひとつになれるのだから!」

 男はそのまま地面を蹴り上げて、天井から出て行った。
するとさっきまで眩かった光もなくなり、スタジアムには静寂が訪れる。

──ヒール・三人称

 俺は少女たちの胴体と足を結合させる。これが最後の回復だ。
芝生の上には大量の血液と、綺麗な少女たちの遺体。
俺は遺体を並べて、素早く準備に取り掛かる。

シュッ、グチャリ

 その辺に落ちていた剣を拾い、それぞれの少女の心臓に突き刺す。
一人一人丁寧に心臓まで貫けば、後の手順は簡単だ。

俺は血に塗れた剣を自身の心臓部にあてがい、魔力をありったけ込める。

さらば、ヒーラー人生。




──目が覚めると、ベッドの上だった。



 ドクンドクンと心臓が鳴っている。どうやら成功したようだ。
しかしながら、もう回復能力が使えない事実もどこか本能的に理解する。

「病院か・・・。成功したんだな」

 周りを見渡すと、白いカーテンで仕切られたベッドに俺は寝ていたようだ。
この景色は数時間ぶり。ここが病院であることは容易に理解できる。

「目、覚めた?」

 シャーっと勢いよく開かれたカーテン。その向こうには白衣を着て、腰まで伸びた白髪の女子生徒が立っていた。
メガネをかけて物静かな雰囲気を纏う彼女はそう。
数時間前にも見てもらった、ヒーラーの女子生徒だ。

「私、ビックリした。あなたが運ばれてきて」

女子生徒は近くの丸椅子に座る。俺も「よいしょ」と体を起こした。

「心配をおかけしてすみません」

「あなたが無事ならいい。変な気を使わないでいいから」彼女はフリフリと首を横に振る。

「ありがとうございます?」

こういう時ってどう返事したらいいか分からない。

すると、病室のドアをスライドする音が聞こえた。

「皆んなお見舞いだよー!」オリヴィアさんの快活な声が病室を包み込む。

 ふと気づいたが、この部屋にはオリヴィアさん以外の4名も寝ているらしい。
向かい側のカーテンがオリヴィアさんによってシャーっと開けられ、エレナが中から顔を出した。

「エレナちゃん大丈夫?頭とか痛くない?お腹空いてない?」

「大丈夫ですよオリヴィア先輩。私ももうそろそろ退院出来そうなので」

「そう?ならよかった!」

 顔は見えないが、オリヴィアさんはいい笑顔をしているに違いない。
こんな調子で、オリヴィアさんは俺以外に声をかけて行った。

そして。

「あ!『キミ』も目が覚めたの!?よかったぁ、1番傷ついてたから心配したんだよ?はい、このリンゴ後で食べてねー」

 快活なオリヴィアさんを見るのは少し辛かった。
無条件の優しさは、彼女にとって俺は有象無象にしか見えていない証拠だ。

「ありがとうございます。それじゃあ」

「うん!体調には気をつけてね!」

──「オリヴィアさん」と言いかけたが自重した。

「リンゴ、よかったね」白髪の少女は優しく見つめてくる。

「はい。本当に暖かい人ですね」俺はリンゴを掌上で遊ばせて言った。

「知り合い?」

「・・・いえ、彼女は俺のことを知りません」

「ふーん」と少女は窓の外を見る。
窓の外では、ファイアーバードの親子が羽ばたいていた。

禁忌の術の制約 そのひとつ

蘇生された者は、蘇生をした者に関する記憶が無くなる。


──同日同刻

「はあっ、はあっ…。これで私にも救いが…。うぐっ、あがぅ」

 丸眼鏡をかけた男はアミューズメントエリアの路地裏にて、独り苦痛に悶えていた。薄暗い店と店の隙間、周りに人影はない。

「ゔぐぅ、コヒュー。だが、あの悪魔、との契約も果たした。私は、自由だ…」

男は路地の闇に向かって、ズルズルと体を壁に擦るように進む。
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