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第15話 せいこうをしたい

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 今日の目覚めはいつもと違った。
 ししおどしの音でスッと瞼を開けて、緩んだ浴衣の帯をキツく締める。
 外に顔を洗う用の水場があることは、昨日の夜に知らされていた。

 ひんやりとした空気を纏った縁側をゆっくり歩いてゆく。
 ししおどしの音が響く、静かな朝だった。

 冷たい石造りの水場には、木製の桶が置かれていた。
 竹の筒から水が供給されている。
 ゆっくりと桶に水を入れ、桶に手を突っ込んで水を掬う。

 パシャ、パシャ

 水面が揺れていた。

 眩しくも美しい朝日の麓にて、冷水を顔に浴びる。
 脳内の霧が晴れ、シャッキリとした思考に落ち着く。

「お見合いか……。あんまり現実味がねえことだよな……」

 ザッと足音が聞こえた。
 この水場に向かってきているようだった。

「朝、早いのね?」

 俺の隣に黒咲が訪れる。
 口調や雰囲気は、初対面のものを彷彿とさせた。
 大人びて落ち着いた様子は、控えめな胸部とのコントラストを生み出している。

「ああ。体が勝手に起きるんだよ」
「ふふっ。じゃあ、そのクマは一生治りそうにないわ」

 俺の頬はつつかれる。
 彼女の指もまた、ひんやりとしていた。

「お気遣いどーも」

 そう言って、この場を立ち去ろうとしたその時。
 黒咲の表情にほんのりと違和感を覚える。
 困惑しているような表情で、この場に似つかわしくないものだ。

「……ん? なんかあった?」
「いや、んー。ええっと、その」

 モジモジと、恥じらいを見せる黒咲。
 トイレか? などと躊躇なく言ってしまえば、ノンデリカシーであろう。
 コイツが原因を話してくれることに期待するしかないな。

「あっ、アンタってやっぱり。……同性愛者?」
「はぁ?」

 何言ってんだコイツ。
 てか、朝っぱらから聞くことじゃねえだろ。

「いや、普通だけども。……なぜ?」
「……葵とか四葉に、ぜんぜん手を出してないって聞いたから。で、試しにドキッとするシチュエーション作ってみても無関心だし」

 おいおい、最近の恋バナは最深部まで話すのか?
 もはやそれ拷問して聞く内容だろ。
 何でアイツらは普通に話しちゃうかな。

「ん? ドキッとするシチュエーション?」
「私が昨日気絶した時よ。全国の高校生男子からすれば、最高のシチュエーションだったでしょ?」
「……起きてたのか」

「ええ。ちゃんと記憶もあるわよ。アンタが私を犯そうとする直前なんか、いつ引っ叩いてやろうかと思ってたわよ?」

「だから、あれは布団に寝かせようと──」
「そうね。そう言ってたから、アンタがゲイかどうか聞いたのよ」

 お嬢様、お言葉を慎みくださいな。
 朝っぱらからする会話ではないでございます。
 お嬢様!? 止まって、口を慎んでー!

 黒咲は「昨日の夜、皆んなで考えたんだけど……」と、エグい作戦の数々を暴露してきた。

 夜這いを仕掛けるとどうなるかの検証。
 朝チュンの反応観察。
 ラッキースケベの下準備などなど……。

「ふふっ。全部深夜テンションで考えた、机上の空論だけどねー。あの子達との夜は楽しかったわ」

 黒咲は着物の袖で口を隠す。

 対する俺は、ホッと胸を撫で下した。
 深夜テンションだったにしろ、計画だけで終わって本当によかった。
 ノーマルな俺の理性が破壊されかねない。

「でも、ゲイじゃないんだったら……? アンタ、さすがに無関心すぎるわよ」
「普通……って言ったらあれだけど、俺はノンセクシャルでも、ゲイでもないからな、マジで」

 別に、性欲がないというわけではない。
 四葉や海野に湧かないだけで、エッチなお姉さんには散々なびく。

「ふーん? で、どうしてそうなったの?」

 まるで、昔あったことを知っているかの如く聞かれた。
 黒咲の目が物語っている。女の勘ってヤツは実在するらしい。
 黒咲は少し、俺の方に身を乗り出していた。

 案外、昔話をしてみるのも悪くないと思った俺は、過去に思いを馳せた。

「……あれはそうだな、中2の夏休みのことだ」


 ──────

 ──ミンミンミン

 蝉どもが鳴き声をかき鳴らす。

「キミも飲むか?」海野雫が、ラムネを傾けて聞いてきた。

「はっ、はい。喉が渇いているので……」

 好きな女性に見下ろされ、声が上ずってしまう。
 震える手つきでラムネを受け取り、喉に流し込む。
 喉にピリピリと痛みが広がっている間、間接キスという思考には至らなかった。

「今日も検査するから、その服は着たままでね」

 俺の白い服のことを言って、雫は立ち上がる。
 彼女は狭い待機室を颯爽と後にした。

 その後、少し遅れていつもの部屋へゆく。
 簡素な部屋には、ガスマスクをつけた2人の人間がいて、それ以外には椅子しかない。

「じゃあ、今日は少し踏み見込んだ質問からするよ」 

 俺が椅子に座るなり、さっそく検査が始まる。
 目の前にいる、女性の声をしたガスマスクに質問をされるという試験だ。
 簡単なものから、プライベートなことまで計10問。
 俺は淡々とそれに答えて、結果を記されるだけ。

 最後に雫さんが部屋の扉を開いて「お疲れ様」と言ってくれる。
 そんな一瞬の笑顔を見て、俺は浮ついた気持ちで家路につく。

 そんな日常。

 でも、人間って弱かった。

「ゴホッゴホッ! ゴホッ!」

「……え?」

 何で咳をする?
 どうしてそこで膝をついているんだ?
 いつもの、いつもの質問だったはずじゃあ──

「ゴホッゴホッ、ガハッ!」

 いや、声が、声が違う。男の声だ。
 コイツ、いつものガスマスクじゃない!

「どうした!? だからあれほどガスマスクをしっかりつけろと──。ゴホッゴホッ!」

 コイツもだ。違う人間、ガスマスクの下だったから分からなかった。
 なぜこのタイミングで踏み込んだ質問をする?
 そんなの、自殺行為になるだろうが!

「待ってて下さい!」

 ドアを、そこのドアを

 ガンッ、ガンッ!

 開かない!?
 何で!?
 押してダメなら……

 ガンッ!

 引いてもダメだ!
 コイツら、このままだと俺アレルギーで死んじまう。
 ……薬もない、ドアも開かない。ガスマクスも通用しない。

「あぶぶぶっ! ばがきゃあ、ぐるる」

 わけのわからない言葉を放って、倒れて、動かなくなった2人。
 ガスマスクをとってみると、泡を吹いて白目を剥いている。

「なんで……。なんで……」

 どうして今日だったんだ。
 どうしていつもの質問じゃいけなかったんだ。
 どうして、俺アレルギーで死ぬ人をまた見ないといけないんだ。

 カチャン、ガチャ

「……お疲れ様」

 雫さんの笑顔はいつも通り。
 屍2つの部屋の中、ただ淡々と俺を見つめる。
 分かっている。きっとこの人が命令したんだ。

「心配しなくて大丈夫だよ。コイツら、死刑囚だからね」

 雫さんの手渡した紙には、この男達の行った罪が綴られている。

 でも、だからなんだって話。
 人間を殺したことに変わりはないじゃんか。
 せめて、俺に許諾をとってから……

「じゃあ、今日は次の検査があるから、……服、全部脱いで?」
「え? は? 人殺して、全裸? 今、ここで?」

 なんで、どうして、早く教えて。
 雫さん、俺はあなたのマリオネットじゃないよ。
 だから、そんな小動物を見るような目をしないで。

「今日は精液の検査。……私のココで調べるから、さっさと脱いで?」
「……おへそ?」

 雫さんはおへそでなにを調べるんだ?
 いや、人を殺して検査もなにも、する必要がないだろう?

「あははっ、違うよ。ここは子宮、キミの精液で、ちゃんと妊娠できるか調べるの」
「いや、妊娠って。俺はあなたのことが……」
「好きなんでしょ? さっきの答え、そうだったもんね?」

 男2人に異変が現れた質問。

『キミの好きな人を教えてくれるかい?』

 あれに答えたから2人殺して、この人と性交するのか?
 子供も作って、プラマイで言うとプラス1?
 なんだ? なんか変な計算が……。

「好きな人とセッ○スするの嫌なの? それとも、嘘のこと言ったの?」
「俺は、俺は……」
「あー、でも。2人死んだってことはホントのことかぁー」

 やめろ、触るな人殺し。
 そこは、俺の貞操はテメェのためのもんじゃねぇ。
 脱がすな、脱ぐな。

「キミのここは正直。キミは嘘つきだけど、抵抗しない」
「触るな、見るな、この人殺し」
「そう言っても、腕に力は入らない。私に乱暴されて、気持ちよくなりたいんだねー。……ホントに可愛い子」

 ──────

「それでな。俺は結局、3人も殺したんだ」

 ……カコーン

 帰ってきた反応はししおどしの音だけ。
 ていうか、黒咲はいつの間にかいなくなってるし。
 足跡は縁側まで続いてて、千鳥足だった。

 逃げることないじゃないか。
 そもそも、お前が引き出した昔話だろ?

「……こんな話、聞きたくねぇよな」

 部屋に戻ると、まる眼鏡をかけた黒咲がいた。
 海野と四葉は関心している。

「やっぱ、女の子って凄いわ。ウチ感動した」
「ここまで変わると、もう誰か分かんないね。ちょうどいいくらいの地味さだし」

小さな拍手をしている2人。
とりあえずなんか言っとくか。

「まさにイリュージョン。この作戦、簡単だけど効果絶大だろ?」

シャッ

レスポンスが帰ってくる前だけど、襖が開いた。
つまり、お見合い開始の合図。

「明日香様、お相手の方がお外に……」
「分かったわ、すぐ行く」

大成功間違いなし。
あとは見守るだけの今日この頃。
お外は快晴、雲ひとつなかった。
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