田舎で師匠にボコされ続けた結果、気づいたら世界最強になっていました

第37話 消したい過去ほど絡みつく

──コイツは仲間を殺しても、何も感じられない女だ



その言葉は、私の頭の中でグルグル回り続ける。
「違う、私はそんな子じゃない」って否定しようにも、……うまく説明できない。
あの日の状況、私の弱さ、心の中での葛藤……否定するための要素を並べれば並べるほど、私の理論は言い訳がましくなっていく。
結局「臆病な私が仲間を見捨てた」という、事実だけが残っただけ。

「……ぅぅ」

声とも言えない呻き声が、静かな部屋に響いた。

モルトに「過去に囚われるな」って言われて、この事実からも解放されたような気がしていた。
でも、やっぱり過去は消えないのかも知れない。



「──お腹、すいた」

今日も外に出られずに、みんなの帰りを待つ昼下がり。
人間である以上、食べたり飲んだりする事をやめられないので、私は1人でお昼ご飯を作ることにした。
……といっても、フロンの家に貯蓄してある食料はお米くらいしかない。


「──えっ？　……お米、ないの？」


だけど今日は運が悪い事に、それすらも無くなっていたのだ。



くぅぅぅぅぅぅ……



と虚しく鳴るお腹。
私は空になった壺の中を見て絶望し、そっと蓋を閉じた。






「──おぅ、アイリス。久しぶり」

「……ギルド長？」

私が食事を求めてギルドの大きな扉を開けると、なぜか真っ先にギルド長が挨拶をしてきた。
まるで私を待っていたかのように振る舞う彼女は、私の手を引き酒場の席へ。
その後私を、問答無用で座らせる。

「今日はお前に用があってな……」

いつもは業務のために、自室に引きこもっているギルド長。

そんな彼女が私に用がある？
それが意味することといえば例えば、緊急のモンスター討伐依頼とか？

……でも、あいにく今の私は戦えるような精神状態じゃない。
ギルド長を前にして私は俯き、ため息のように呟く。

「……すみません。……今の私はちょっと、戦える状態では──」

「──何を勘違いしてるいるんだ？　……ほら、残さず食べろよ」

「……？」

ギルド長の言葉に驚き、視線を上げる。
すると目の前にはホカホカのご飯とお肉とスープと……とにかく沢山の食事が並んでいた。
くぅぅぅぅぅとまた、お腹が鳴る。

「それと、お前のパーティメンバーからの伝言だ『お米は買って帰る』……だそうだ」

ギルド長は私に背を向けてそう言った。

……お米。
もしかして、家にお米がなかったのってわざと？
私が外に出るように仕向けたの？

……そういう事？

じんわり、胸の奥が暖かくなる。
いつの間にか忘れていた、仲間からの優しさ。

……こういうのが、今は1番効く。



「正直、伝言の意味は私にはサッパリ意味がわからんが……大丈夫か？」

「……大丈夫、……です。……いただきます」

お茶碗を手に取って、一口食べる。
ホカホカなご飯、でもそれ以上になにか、暖かいような気がする。

「なーにヘコんでんだよっ！」
「メソメソすんなって！　らしくねぇーなぁ！」
「アイリス！　私も隣で食べていい？」

今日は、孤独なお昼ご飯のはずだった。
明日も明後日も、その次の日もそのはずだった。
けど、いつの間にか周りにいた冒険者も加わって、飲み会みたいになっていた。
その活気は「私達、いつもこんなにうるさいの？」って思うくらい。

……私は以外と、1人じゃないらしい。

たしかに、嫌な過去は消えないのかもしれない。
だけど今みたいに、楽しい過去だって同じように消えない。
そういう積み重ねで私たちは生きてるから、もう、過去に囚われるのは──



──バァン！



ギルドの大扉は、勢いよく開け放たれる。
そして私を含めたみんなの視線がそこに向かったその時、私は目を疑った。

そこにいたのはプロテウス……そして彼に担がれているのは、……モルト。

「──止血と、応急回復魔法はしてある。後の処理は、回復が本職の魔法使いに頼みたい。……誰か、手の空いている者は？」

「……っ！　モルトっ！」

私は彼に駆け寄ろうとした。
でも、プロテウスの視線に制されて何もできなかった。
人生で2度目の体験だった。足がすくんだ。

「──お前は引っ込んでいてくれ」

「いやっ……でもっ……」

パニックになる思考と不安と現状、頭の中は既にぐちゃぐちゃ。
でもどうにか、何か出来ることだけを模索する。

回復魔法は……できない。そもそも、私は魔法全般が使えない。
……応急処置！　……は、もうしたって言ってた。
ええっと……ええっと……。

そんな中、私の隣に座っていた女の子が小さく手を上げる。

「……あっ、あのっ、私でよろしいでしょうか？　……その、回復魔法、できます」

「あぁ、大丈夫だ。……ありがとう」

そんな軽いやりとりの後、プロテウスと彼女はギルドを出て行った。
おそらく、ギルドの裏にある治療専門の宿へと赴くのだろう。

私は1人取り残されて、無力感を噛み締める事くらいしかできなかった。