田舎で師匠にボコされ続けた結果、気づいたら世界最強になっていました

七星点灯

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第34話 すれ違う者達

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「──最っ低! バカ! ヘンタイ!」

壊れたラジオのように罵倒を繰り返すアイリスは、俺の胸ぐらを掴む。
ついでに、俺の体を前後にぐわんぐわんと揺らす。
しかしながらそんな状況下において、俺の思考の中心にあったのはクインのことだった。



……アイリスには申し訳ないが、やはり引っかかるのだ。



俺は「クインを助けたい」と、そう考えているのだが、その思考にすら疑問を抱いてしまっているという現状。

無論、人助けはいいことだと思う。

だけど、もしもクインがそれを望んでいなかったら?
彼女がもし、このままこの世界を去るという選択に、疑問を抱いていなかったら?
俺の押し付けがましい理想が結果として、彼女を不幸にさせてしまったら?



果たしてその時、俺は責任を取れるのか?



……いや、これは愚問か。



「──こんなにアンタに辱められてっ! 私っ、お嫁に行けないじゃない! ねぇ、どうしてくれるわけ!?」

「……責任は、とる」

「──えっ?」

「それがたとえ、俺の生涯を注ぐものであったとしても」

そう、そこまで思考した上での、人助け。
大切なのはアフターケアだって、師匠から学んだじゃないか。

どんなに辛い修行でも、その後には美味い飯が食える。
単純だけど、俺たちはそういう小さな喜びの積み重ねを原動力にして生きている。
今回の一件もきっと、根本的な理念は変わらない。

「──俺には、そういう権利がある」

「そっ……そんな大袈裟に言わなくてもっ……。べっ、別に私は、結婚してほしいわけじゃ……ない……し……?」

そう、権利。
俺は今、スタートラインに立ったに過ぎない。
これでようやく、目の前にある哲学の壁に手をかける事となる。

……哲学と言うには、大袈裟か?

「いや、大袈裟じゃないな」

この営みこそ、哲学と呼ぶべきものだろう。

「……なっ、なによっ。……そんなカッコいい事言ったって、無駄だから。……このっ……へんたっ……もる……と……」



まず1つとして、殺人は大罪だ。

人の命をこの世から捨て去って、その人の生きる権利を侵害するから。
そして、残された遺族を悲しませ、社会的な損失も生む。
このようにありとあらゆる理由が付属して、殺人という大罪が出来上がる。

では、その逆はどうだろうか。
というのはつまり、人から死ぬ権利を奪うということ。
例えば、自殺しようとしている人間を見つけて、それを阻止すること。



……それも罪ではあると思うのだ。



人から死ぬ権利を奪って、その人物に更に苦痛を与える。
それは果たして、善の行いと言えるのだろうか。
我々の……命を救いたい側の、エゴではないだろうか?

「…………私の顔に、何かついてる?」

断言できる。それはエゴだ。
生きている人間が、誰1人として死んでほしくないって言うエゴを、押し付けているんだよ。

「……それともなに? 私が可愛すぎて、見惚れちゃってるとか? ……なーんちゃって──」

「──俺は、つくづくそう思うよ」

「ぴゃっ!?」

でもそうやって思考を巡らせると、よく分からなくなってくる。

じゃあ俺は、クインに死んで欲しいのか?

いや、そんなわけはない。
生きてほしい。

じゃあ、クインにこのまま、苦痛を与え続けたいのか?

それも違う。
彼女には、幸せになってほしい。



じゃあ、じゃあ、じゃあ……………………。



じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ。



あぁ、結局、何も分からないままだ。



俺の思考と視界は、ようやく現実に巻き戻った。

アイリスは依然として俺の前に立っていて、顔を赤くしている。
差している夕焼けも、そんな彼女を引き立てているのだった。

「ねぇ! モルトっ──」

「──アイリス、ごめん! 続きは後で、好きなだけ聞くからっ!」

「あっ! ちょっと……っ、服がっ……」

アイリスはどうやら、走れないらしい。
もしも走ってしまうと、一枚しか着ていない服は忽ち空気によって捲られて、彼女の全てが露わになってしまうのだから。



……はたして、裸の女の子1人を置き去りにして走り去るという行為は、善の行いだろうか。




でも、ごめん。

俺はもう、振り返れない。




「──クイン様がいない!?」「どこに行ったんだっ!?」「おいっ! コッチには居なかったぞっ!」

街に出ると兵隊どもが慌てていて、クインを探しているようだった。
彼らの声色、血走った目は、この国に於ける彼女の存在の大きさを、ひしひしと感じさせる。
クインがいないという事は、この国の将来が揺らぐという事。

……俺はそんな彼らの間を縫って、この王国の中心にある鐘へと向かっていた。



その鐘は下の扉から中に入ることができ、中には螺旋階段がある。
そしてソレをクルクルと登って行き着く頂上では、このカケダーシの街を一望することができる。

つまり……死に場所にはピッタリなんだ。

知っている。

自殺をするとき、真っ先に思い浮かべるのは加害者の顔。
それをどうやって歪めてやろうかって、考える。
例えば、街で1番目立つ場所から、街で1番目立つような人間が飛び降りたら?

……まぁ、そういうことだ。

鐘の下までやってきた。
迷わず目の前にある扉に手をかけて、蹴破るように中に入る。
中は真っ暗だったが、かろうじて螺旋階段の始まりは見えた。



──頼む、間に合ってくれ



そう願うことしかできないもどかしさを抱きつつ、俺は階段を駆け上がった。

そして終着点。
目の前にある扉を開けると、視界が開ける。

まず飛び込んできたのは、いつも俺たちが暮らしている街の景色だった。




「──クインっ!」

そこはバルコニーのようになっていて、後方には大きな鐘がある。
目の前に広がるカケダーシの街の景色とこの空間とを隔てる境は、木製の簡易的な柵のみ。

「──よかった! 間に合った!」

柵に両手をかけるクインを後ろから抱きしめて、彼女を柵から離す。
その瞬間、どっと濁流のように安堵が押し寄せてきた。

生きてる。

暖かくて、柔らかくて、命を感じる。
じいちゃんが死んだ時の、あの冷たさは微塵もありゃしない。

ここには、クインがいる。



「……ええっと、離していただけます? ……私、その、男性恐怖症でして」

「離さない」

「……それは、……困ります」

彼女の声は震えていた。
でも、俺は彼女を離したくはなかった。

「だって離したら、もう2度と会えないと思うから」

「……初対面ですよね?」

あぁ、エゴだ。
俺は今、クインにエゴを押し付けているだけなんだ。
君にとっては地獄とも思えるこの世界でもっと、生きて欲しいって。

……分かってる。

そんな事は分かってるけど、この手は離せない。

「……その、何か勘違いしていると思うのですが──」

クインが俺の抱擁の中で半回転し、俺たちは向かい合うような体勢になった。
そんな状況下において、彼女は続ける。

「私は別に、この世から居なくなったりはしませんよ?」

「──へ?」

「ですから、ご心配なさらず。……その、離れて下さい。近いです」

「あっ、はい。……すみません」

自然と、俺の両手の力が抜ける。
そこからクインはするりと抜け出し、またもや柵に手をかけた。
俺の方を振り返らずに、彼女は言の葉をはく。



「──私、悩み事がある時には、ここに来るって決めてるんです」

「……どうして?」

「いつでも死ねるからです」

クインはスッとそう言った後、こちらを向く。
彼女の柔らかい笑顔は、これから死のうとする人間の顔では全くなかった。

「ここに来て、飛び降りて仕舞えばいつでも死ねるんですよ? ……だから、嫌な事があってもへっちゃらなんです」

「……ははっ」

「まぁですから。……アナタの勘違いも、あながち間違ってはないですね」

「……いつでも、か」

そうだよな、確かにそうなんだよ。
嫌なことがあっても、良いことがあっても、普通なことがあっても、いつでも、俺たちは死ねるのか。

「でも……なんだか不思議ですね」

クインは、俺の方に近寄ってきた。
そして俺の前でかがみ込むと、先ほどから変わらない笑顔で俺に語りかける。

「アナタとは、もう少し前から会っている様な、そんな気がします」

うっとりとそう語るクイン。
「ふっ」と、俺の方から軽い笑みがこぼれた。

「──それもあながち、間違ってはないよ」

「ふふっ」と、俺の一言に笑みを浮かべるクイン。
男性恐怖症だとは思えないほど、柔らかい雰囲気を纏っていた。

「私のマネですか?」

「……そうかも」



いつの間にか、俺も、クインも、柵に両手を添えて街を眺めていた。
夕焼けでオレンジ色に染まっているカケダーシ街も、やはり美しかった。

「──クイン」

「はい、モルト。どうしましたか?」

そう、俺の名前を呼ぶクイン。
どうやらいつの間にか、自己紹介も終わっていたようだ。

いや、そんなことはどうでもいい。
俺は次のセリフをはく。
別に、誰かから用意されたわけでもなく、事前に考えていたわけでもないセリフを。

「悩み事、あるって言ってたじゃん」

「はい」

「俺なら、解決できると思うんだ」

「そうですか? ……そうだったら、嬉しいですね」

「明日、もう一回ここで会えるか?」

「──いいですよ」

……俺が思っている以上に、クインは強い人間だった。
そして、俺が思っている以上に、「今、死ねる」という事は心強い事だった。

──俺の哲学の壁は、思わぬ方向から崩される事となった。
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