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第31話 かなり複雑な家庭環境
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「──ほら、おいで」
クインは部屋の中央にお嬢様らしい格好で座ると、俺とアイリスを手招いた。
そんな彼女を見ていると、この部屋はより見窄らしく見えてくる。
そう思うのもおそらく、その彼女の一連の動きに、まだ高貴さが残っていたからであろう。
「にゃゃん」
「……にゃ」
アイリスはクインのすぐ近くに陣取った。
それを見た俺は遠慮なく、クインの太ももの上へと身を丸ませる。
するとアイリスから鋭い視線が向けられた。
「──変態っ」
「いや、変態じゃない。だって、今の俺は猫なんだ。クインに怪しまれない為にも、この1番自然なポジションを取る必要がある」
「ごちゃごちゃ言ってないで。……そこ、退きなさい」
アイリスはそう言った後、4足で立ち上がり、クインの太ももの上にピョンと乗った。
するとちょうど、俺を踏みつけるような状態になる。
「おいおい、その汚い足で踏むなよ」
「そこにいるのが悪いんでしょ? 嫌だったら退いてもらえる?」
「ほほーう? やる気だな? 俺の方が強いって事、分からせてやるよ」
アイリスは俺の一言に「ふんっ」と鼻を鳴らした後、得意げに続ける。
「猫ちゃんになったからって、私が弱くなったとでも思って──にゃん!?」
トントントントン……
俺とアイリスが猫語で、太ももの陣取り合戦をしていると、ついにその所有者からお叱りが下された。
そして運悪く、上に乗っていたアイリスが腰トントンの犠牲となる。
「にゃん! にゃん! にゃん!」
あーあ、ありゃハマっちゃってるな。
アイリス、人間なのに猫の喜びを知っちゃった。
彼女の表情は苦痛というよりも、寧ろ快楽でいっぱいだった……。
「もうっ、ケンカしない。ここはモルちゃんも君も、半分こ」
クインはアイリスを手籠にしつつ、そんなひと言を言い放つ。
そして案外、このクインの一言で、領土問題はあっさり解決した。
太陽はもっと傾き、山の麓から顔を覗かせている頃だと思う。
俺がそう断言できないのは、これまでの間、この薄暗くてジメついた空間にいるからである。
正直、朝も昼も夕方も、あまり変わらない。
「──おなか、空いたね」
クインはポロッと呟く。
先ほどまでは彼女、もう少し元気があった。
しかしながら、今日の晩御飯用に取り寄せてきたパンに、カビが生えている事が発覚してしまってから、ずっとこの調子である。
多少のカビくらい、気にしなくても良い……なんてのは、生まれてからずっとこの環境に居続けた人間にしか吐けないセリフだ。
クインは先日までは王族……食べる物には困らないでいただろうし、口にするものの全てが最高級でもあっただろう。
「──お母様、まだかな?」
また、ポロリと言葉が落ちる。
そしてそんな彼女の言葉は、この湿気でふやけてしまいそうな空間に消えてゆくのであった。
「──お母様」
あぁ、今度は大粒の涙が落ちてきた。
彼女の膝に丸まっている俺の背中に、水滴が染み渡る。
そして、何もできない無力感と共に、俺は目を閉じる。
すると横から、ちょんちょんと頬をつつかれた。
俺は嫌々ながら薄目を開けて、アイリスの方に顔を向けた。
「ねぇ、どうにかしましょ?」
「……どうにか、したいけどな」
「できないの?」
「……まぁ、考えが無いわけじゃない。……それでも現状、俺たちにできる事は限られてる」
「それで? どうにかできないの?」
アイリスの丸くて赤い瞳には、脅迫に似た圧があった。
だからこそ、彼女の放った言葉に内包されているのは、可か不可を問うようなシャバくさい内容ではなく、「可能だよな?」という確認のみ。
腐っても仲間だ、これくらいは読み取れる。
「──できるよ。どうにかしてみる」
「そう来なくっちゃ、アタシの仲間とは言えないわよ?」
「はははっ」
そりゃあ、可能に決まってる。
だって、俺たちのギルドカードには、キング・オブ・ヘヴィと、バクバク・バクの討伐記録があるんだぜ?
太陽は落ちて、夜が広がりきった頃。
昼間ですら薄暗いこの部屋は、真っ暗を超越した何かに包まれていた。
クイン曰く、「蝋燭は勿体無いし、もう寝よっか」とのこと。
彼女は宣言通り、俺とアイリスを包み込むように眠り浸っていた。
「──起きてる?」
「──あぁ」
その確認を皮切りに、二匹の猫はパッチリと眼を覚ました。
無論、俺とアイリスである。
俺たちはクインに悟られぬようにコッソリ、彼女の家から抜け出す。
すると案の定、狭っ苦しいこの路地に、2つの人影が見える事となった。
俺とアイリスは近くにある木の板の陰に隠れて、様子を伺う。
「おぉ……クイン……無事だったか……」
「しぃぃぃっ、寝てるわ。起こさないで」
その2人は紛れもなく、クインの両親……カケダーシ王と王女であった。
2人は闇夜を纏っていながらも分かるくらいの、高貴さを漂わせている。
が、実際は簡素な服装だ。
「──ほんとに来たわね、2人」
「──うん。俺の想像通りでは、ある」
俺の想像は、至極普遍的なモノだと思う。
クインは確かに「父とは縁を切った」と言った。
しかしながら、その発言から考えると一つだけ疑問が生まれる。
──なぜ、クイン達はこの街を出て行かなかったか。
おそらく彼女は、父を心の底から突き放したいとは思っていないのだろう。
だからこそ、こんなに王宮から近い場所で寝泊まりをする。
だからこそ、父のことを未だ父と呼ぶ。
……あとはなにか、きっかけさえあれば。
「もう、いいでしょ?」
そう突き放すように言ったのは、クインの母親だ。
冷徹さを孕んだその言葉には、関係のない俺でも腹を冷やした。
「……あとっ、あと少しだけ時間をくれないか?」
カケダーシ王は焦りながら、懐を漁る。
何かを取り出したいようだったが、コチラからはよく見えない。
「我が娘の誕生日を、祝わせてくれ──」
「分かってるでしょ?」
しかし、彼の願いは虚しく、王女によって止められるのだった。
「あなたにこの子を祝う権利なんて、これっぽっちも残ってないのよ」
「分かっている。……っ、私のした事の罪の重さもっ、報いの数もっ。だがっ、それでもこれくらいはっ、許してくれないか──」
「──だめよ。……あなたはもう、帰って」
2度目、またもやカケダーシ王は突き放された。
その向こう側には深く、大きな谷底があるというのに。
つまるところ彼は、深く項垂れて踵を返したということである。
俺は彼の、そして彼女の様子を見て、少々作戦に変更を加える必要を悟った。
「──今回のクエストもいつも通り、面倒くさい事になりそうだな」
「私は最初から知ってたわよ? 私たちって、そういうものでしょ?」
「……まぁ、そうか」
闇夜にギラつくアイリスの瞳は、一段と美しかった。
この薄暗くてジメジメとした空間にいるからだろうか。
それとも、俺が彼女のことを──
「とりあえず、私たちも寝ましょう? あっ、でも……魔法の効果、大丈夫?」
アイリスは木の板から体を出して、トコトコと歩いて行く。
それに釣られて、俺も飛び出た。
「……明日の昼までは大丈夫。今日はゆっくり寝れるよ」
「ん、わかった」
こうして、クインの母親があの部屋に入った後少し遅れて、2匹の猫も同様に部屋へと入っていった。
その後その部屋は、蝋燭の淡い光によって照らされるのであった。
もちろん、温かい食事と共に。
クインは部屋の中央にお嬢様らしい格好で座ると、俺とアイリスを手招いた。
そんな彼女を見ていると、この部屋はより見窄らしく見えてくる。
そう思うのもおそらく、その彼女の一連の動きに、まだ高貴さが残っていたからであろう。
「にゃゃん」
「……にゃ」
アイリスはクインのすぐ近くに陣取った。
それを見た俺は遠慮なく、クインの太ももの上へと身を丸ませる。
するとアイリスから鋭い視線が向けられた。
「──変態っ」
「いや、変態じゃない。だって、今の俺は猫なんだ。クインに怪しまれない為にも、この1番自然なポジションを取る必要がある」
「ごちゃごちゃ言ってないで。……そこ、退きなさい」
アイリスはそう言った後、4足で立ち上がり、クインの太ももの上にピョンと乗った。
するとちょうど、俺を踏みつけるような状態になる。
「おいおい、その汚い足で踏むなよ」
「そこにいるのが悪いんでしょ? 嫌だったら退いてもらえる?」
「ほほーう? やる気だな? 俺の方が強いって事、分からせてやるよ」
アイリスは俺の一言に「ふんっ」と鼻を鳴らした後、得意げに続ける。
「猫ちゃんになったからって、私が弱くなったとでも思って──にゃん!?」
トントントントン……
俺とアイリスが猫語で、太ももの陣取り合戦をしていると、ついにその所有者からお叱りが下された。
そして運悪く、上に乗っていたアイリスが腰トントンの犠牲となる。
「にゃん! にゃん! にゃん!」
あーあ、ありゃハマっちゃってるな。
アイリス、人間なのに猫の喜びを知っちゃった。
彼女の表情は苦痛というよりも、寧ろ快楽でいっぱいだった……。
「もうっ、ケンカしない。ここはモルちゃんも君も、半分こ」
クインはアイリスを手籠にしつつ、そんなひと言を言い放つ。
そして案外、このクインの一言で、領土問題はあっさり解決した。
太陽はもっと傾き、山の麓から顔を覗かせている頃だと思う。
俺がそう断言できないのは、これまでの間、この薄暗くてジメついた空間にいるからである。
正直、朝も昼も夕方も、あまり変わらない。
「──おなか、空いたね」
クインはポロッと呟く。
先ほどまでは彼女、もう少し元気があった。
しかしながら、今日の晩御飯用に取り寄せてきたパンに、カビが生えている事が発覚してしまってから、ずっとこの調子である。
多少のカビくらい、気にしなくても良い……なんてのは、生まれてからずっとこの環境に居続けた人間にしか吐けないセリフだ。
クインは先日までは王族……食べる物には困らないでいただろうし、口にするものの全てが最高級でもあっただろう。
「──お母様、まだかな?」
また、ポロリと言葉が落ちる。
そしてそんな彼女の言葉は、この湿気でふやけてしまいそうな空間に消えてゆくのであった。
「──お母様」
あぁ、今度は大粒の涙が落ちてきた。
彼女の膝に丸まっている俺の背中に、水滴が染み渡る。
そして、何もできない無力感と共に、俺は目を閉じる。
すると横から、ちょんちょんと頬をつつかれた。
俺は嫌々ながら薄目を開けて、アイリスの方に顔を向けた。
「ねぇ、どうにかしましょ?」
「……どうにか、したいけどな」
「できないの?」
「……まぁ、考えが無いわけじゃない。……それでも現状、俺たちにできる事は限られてる」
「それで? どうにかできないの?」
アイリスの丸くて赤い瞳には、脅迫に似た圧があった。
だからこそ、彼女の放った言葉に内包されているのは、可か不可を問うようなシャバくさい内容ではなく、「可能だよな?」という確認のみ。
腐っても仲間だ、これくらいは読み取れる。
「──できるよ。どうにかしてみる」
「そう来なくっちゃ、アタシの仲間とは言えないわよ?」
「はははっ」
そりゃあ、可能に決まってる。
だって、俺たちのギルドカードには、キング・オブ・ヘヴィと、バクバク・バクの討伐記録があるんだぜ?
太陽は落ちて、夜が広がりきった頃。
昼間ですら薄暗いこの部屋は、真っ暗を超越した何かに包まれていた。
クイン曰く、「蝋燭は勿体無いし、もう寝よっか」とのこと。
彼女は宣言通り、俺とアイリスを包み込むように眠り浸っていた。
「──起きてる?」
「──あぁ」
その確認を皮切りに、二匹の猫はパッチリと眼を覚ました。
無論、俺とアイリスである。
俺たちはクインに悟られぬようにコッソリ、彼女の家から抜け出す。
すると案の定、狭っ苦しいこの路地に、2つの人影が見える事となった。
俺とアイリスは近くにある木の板の陰に隠れて、様子を伺う。
「おぉ……クイン……無事だったか……」
「しぃぃぃっ、寝てるわ。起こさないで」
その2人は紛れもなく、クインの両親……カケダーシ王と王女であった。
2人は闇夜を纏っていながらも分かるくらいの、高貴さを漂わせている。
が、実際は簡素な服装だ。
「──ほんとに来たわね、2人」
「──うん。俺の想像通りでは、ある」
俺の想像は、至極普遍的なモノだと思う。
クインは確かに「父とは縁を切った」と言った。
しかしながら、その発言から考えると一つだけ疑問が生まれる。
──なぜ、クイン達はこの街を出て行かなかったか。
おそらく彼女は、父を心の底から突き放したいとは思っていないのだろう。
だからこそ、こんなに王宮から近い場所で寝泊まりをする。
だからこそ、父のことを未だ父と呼ぶ。
……あとはなにか、きっかけさえあれば。
「もう、いいでしょ?」
そう突き放すように言ったのは、クインの母親だ。
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「……あとっ、あと少しだけ時間をくれないか?」
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「分かっている。……っ、私のした事の罪の重さもっ、報いの数もっ。だがっ、それでもこれくらいはっ、許してくれないか──」
「──だめよ。……あなたはもう、帰って」
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つまるところ彼は、深く項垂れて踵を返したということである。
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「……まぁ、そうか」
闇夜にギラつくアイリスの瞳は、一段と美しかった。
この薄暗くてジメジメとした空間にいるからだろうか。
それとも、俺が彼女のことを──
「とりあえず、私たちも寝ましょう? あっ、でも……魔法の効果、大丈夫?」
アイリスは木の板から体を出して、トコトコと歩いて行く。
それに釣られて、俺も飛び出た。
「……明日の昼までは大丈夫。今日はゆっくり寝れるよ」
「ん、わかった」
こうして、クインの母親があの部屋に入った後少し遅れて、2匹の猫も同様に部屋へと入っていった。
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