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第23話 同じ道を辿っても
しおりを挟む「──思ったより、稼げなかったな」
そう呟き、足を止めた。
クインをそっと、近くの大きめの岩に寝かせる。
そして不可探知と不可視の古代魔法が解け、俺の姿は顕になった。
この魔法の重ねがけによって“アイツ”から稼ぐことができた距離は、ほんの数百メートルくらいだろうか。
遥か……とも言えないくらいの後方に、『魔王が1番信頼している筈の』ヤツがいる。
アイツの殺気はここに居てもジリジリと伝わってくるし、この場所が戦場になるのも時間の問題だった。
「──今日あったことは、忘れてくれていいんだ……」
俺は誰に言うわけでもなくそう言って、クインの方を一瞥する。
彼女は規則的な寝息を、スゥスゥと立てているだけだった。
それでいい。
いや、むしろ、そうあって欲しい。
今日あったことなんて、彼女の記憶になんか残しておきたくない。
たった1人と1匹で変な所に飛ばされて、牢屋に入れられ。
ガイコツが話しかけてきたと思ったら、嫁に入る話を聞かされて。
その話はあまつさえ、自身の父親も認める形の政略結婚……。
くだらない。
彼女が体験するにはあまりにも、くだらないことなんだ。
そして、俺は冒険者。
依頼主の命令は、彼女の身柄を確実に、トナリーノの街まで送り届けること。
政略結婚だとか、世界の命運だとか、魔物と人間の戦いだとか、そんなことを引き受けたわけじゃない。
「──俺はアイツを倒すだけ」
これが答えだ。
今日の朝、魔王……いや、師匠に問われたことの答え。
俺の導き出した、絶対に間違っていない信念。
政略結婚を阻止するだとか、世界の運命を変えるだとか、魔物と人間の戦いに終止符を打つだとか、そんな難しいことはしない。
ただ、目の前の相手と戦って、倒す。
倒す。
……倒す。
「──だから、もう少しだけ、寝てていいよ」
クインから視線を外し、遠方のアイツを見つめる。
暗くて暗くて仕方がない夜なのに、アイツはどうしても輝いて見えるのだった。
────視点・カゲトラ────
……アレは、魔王様じゃない?
数百メートル先に現れた人影は、青年の形をしていた。
僕の予想とは全く違っていて、混乱状態に陥りはしたが、すぐに立て直す。
大丈夫。
やることは変わっていない。
あの女の子を殺して、魔王様の時代を終わらせる。
たったそれだけ。
彼は、その道中に現れた小さな小さな段差に過ぎない。
僕が本気を出したらすぐに終わる。
だって今の僕なら、魔王様ですら倒せるんだから。
……多分。
そうやって考えながら僕は、地面に影を伸ばして、彼のところまで──
「──っ!?」
突如、背後から、僕の腹は貫かれた。
ゴボッと出てきた呼吸には血液が混じっていて、何が起きたのかすら理解に及ばない。
……?
……あぁ、刺されたのか。
なんだ。
そんなことか。
グルンと首を180度回して背後を確認する。
すると僕の背中に剣を突き立てる、少女が1人。
あと、彼女の後方に、駆け寄ってくる仲間らしき2人。
……と、雑魚が一匹。
「──お前のせいでっ! 2人はっ!」
僕の背中を刺した少女はどうやら怒っている。
親の仇を見る目……それは今までに、何度か向けられた感情。
「……キミは、取り残されたのか」
「っ!?」
どうやら、僕の一言は彼女の琴線に触れてしまったらしい。
彼女は僕に突き刺したその剣を引き抜き、もう一度差し込もうと動く。
「このっ──」
「じゃあ、送ってあげるよ」
影を地面に広げる。
目の前にいる少女がすっぽり入るくらいの。
きっとこの子は、両親を僕に殺されてしまったのだ。
かわいそうに。
「ほら、おいで」
そのまま地面に伸ばした影を流動化させ、沼のようにする。
あとはこの子を飲み込んであげれば終わり。
「ヤミィ!」
この時、後方からようやく追いついた仲間。
だけど、もう遅いよね。
「やめろぉっ!」
そうやって叫んでも、意味はないよね。
「……おやすみ」
──影の棺桶
少女を飲み込もうとする影の波は渦巻き、彼女の跡形を塗りつぶすように覆い被さる。
暗くて暗くて仕方のない夜だから、こんな事も静かに行われるのだ。
さぁ、キミを両親の元へ連れて行ってあげよう。
……って、絶望すべき状況なんだけどね。
彼女の瞳は輝いて、未来を見ている。
まるで明日がある事を疑っていない子供のような、純真無垢な。
それが恐ろしくて恐ろしくて、恐ろしいほどに虚しくて。
あぁ、こうやって君の両親も……。
死んでいったんだ……。
「……もるとっ」
「──魔力装填」
僕の背後から声がした。
妙に腹の立つ、心の底から嫌いな声がした。
ソイツはおそらく、僕の腹を貫通した剣に触れると魔力を流し込んだのだ。
魔力装填……エンチャントを行う為に。
僕の目の前の少女を救って尚且つ、僕に致命傷を与える為に。
……結局、彼女が見ていたのは未来でもなんでもなかった。
「そう、だね。懸命な、判断だ」
僕の長所は物理・魔法攻撃への異常な耐性。
魔法の使えないヤツとなら、何千回戦っても負ける気がしない。
これは、僕のクソみたいな生みの親が残した、唯一の救いの道。
これがあるから僕は、魔王様の幹部にまで。
逆に、短所は──
「いけっ! ヤミィ! そのままぶった斬れっ!」
「……うんっ」
彼女の視線が僕を貫いた。
その時に感じたのは、生まれて初めての死の恐怖。
僕は生まれてから一度も、体の内部に攻撃を与えられたことがない。
全部の攻撃は、外側が全部無効化してくれて、内部には傷一つつかないのだ。
僕の短所としてありうるのは、きっと……。
ブシッ!
……内部破壊しか、考えられない。
「──あ゛!」
もしかして、あの雑魚、僕の弱点を……知って……。
それで、アイツらに話して──痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しいクソがクソがクソが……!
クソがっ!
「クソがっ! 中身を切られたくらいでっ! 僕が死ぬわけねえだろっ!」
僕はずっっっと前から計画してたんだっ!
魔王様が衰えても、死んでも、何があってもっ!
この魔王軍を終わらせないようにっ!
でもアイツだけは違ったっ!
何が政略結婚だっ!
人間の血が入った時点で、魔王軍じゃなくなるんだっ!
なんで分かってくれないんだっ!
……でも、あの人に拾われてから、僕の世界は変わったんだ。
あの人は、僕を捨てたクソ野郎共とは違って、僕の能力を肯定してくれた。
そして正しい能力の使い方、生み出し方、喰らい方、何から何まで教えてくれた。
仲間をたくさん紹介してくれて、共存することの素晴らしさを教えてくれた。
でも僕は最初、仲間と紹介されたみんなに対しても恐怖を抱いてて……。
親に捨てられたから、周りの奴はみんなそうなんだって思ってた。
みんな僕を嫌って、僕の能力を恐れて、僕に石を投げつけるんだって。
だから、最初は怖かった。
でも、それでも、あの人はこう言ったんだ。
『過去に引きづられて、素敵な出会いを逃すなんて勿体無い』って。
その時、その言葉を聞いたその時に、僕はようやく、前を向くことができたんだ。
だから、そんな魔王軍を失いたくなかった。
ずっと、永遠に、僕は魔王軍として生きていたかった。
もし、こんな僕のささやかな夢が叶わないのなら。
それなら。
……それなら!
「……それなら、僕が終わらせて、新しく作り直しますよ。……魔王軍を」
「──ヤミィ! 掴まれっ!」
青年が少女に手を伸ばす。
少女は青年の手に捕まり、そのまま引っ張りあげられる。
その光景が目の前を通過した途端、僕の中の影が溢れ出した。
雲が月を丸々隠して、ようやく、光の差さない世界が訪れたのだ。
────視点・モルト────
「……あれを影と呼ぶには、大きすぎるわね」
「あぁ」
「……うん」
「はい」
アイリスの絶望混じりの声を聞いて、脱力した返事が三つ並んだ。
俺たちは今、クインの眠っている岩場のところまで引き返し、アイツ……カゲトラの動向を探っているのみだ。
もはやアイツは、影に取り込まれた異形。
これまでに影が喰らってきたのであろう者たちの姿を、ぐちゃぐちゃに混ぜた闇鍋状態。
そして、ひたすらに大きく隙がない。
ずるっ、ずるっと地面を這うその姿は、控えめに言っても最悪だ。
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