13 / 37
第13話 百鰐夜行すら喰らう獏
しおりを挟むドドドドドドッ!
「くそっ! こういう時、師匠ならっ……」
俺はそうやって思考を巡らせつつ、後方へと視線を移す。
迫り来るクロコダイル達の速度は、衰えることを知らない。
何か手を打たない限り、この状況が好転するような見込みはなさそうだった。
「──モルト、疲れた」
隣を走るヤミィも、もうそろそろ限界なようである。
ヘロヘロと前へ進んではいるが、いつ倒れてもおかしくない。
俺は再び、こういう時に師匠なら……と考える。
「足止め……そうだ。足止めだ」
それは一瞬に垣間見えた、記憶の断片であった──。
『いいかモルト? 複数人に追われている時は、こうするんじゃ!』
師匠はそう言って、地面をブン殴る。
するとそこを中心に地面に亀裂が入り、やがて土が溢れ出すように飛び出てくる。
激しい砂埃が立ちこみ視界を遮断し、それがようやく収まったと思っても地面は抉れてデコボコで、とても歩けるような状況ではなかった。
『な? 簡単じゃろ?』
『流石にそれは無理だろ……』
師匠がニコッと笑いかける中、俺はドン引きしていた。
──この記憶はたしか、俺が4歳の時の記憶だ。
あれから何年経った?
あぁ、そう言えば……10年と3年の月日が流れている。
あの時の俺にはできなかった事かもだけど、挑戦しない理由もない。
まぁ失敗したとしても、ヤミィを守りきるくらいの事はできる。
……俺の命の保証はないけど。
走っている途中、ちょうど良いところに合図になりそうな木が見えた。
合図……と言っても、ヤミィが何かするわけではない。
俺はゆっくりと、そして確実にヤミィへ話しかける。
「ヤミィ聞いて。あの木を過ぎたら俺、立ち止まる。だけどお前は、そのまま走り去ってくれ」
ヤミィの返答はすぐだった。
「……やだ。私も止まる」
「大丈夫。絶対追いつくから」
「──ほんと?」
ヤミィの瞳は揺れた。
それが俺への信頼ではなく、裏切られる事への恐怖であることは一目で分かった。
「……約束。だよ?」
ヤミィのその発言には未だに、不安がこびりついている。
だから俺は、心を込めて返答する必要があった。
「もちろん」
俺がそう言った直後、木の前に到達。
ヤミィは振り向くことなく、走り去っていった。
ドドドドドドッ!
相変わらず、クロコダイル達の猛追に翳りはなかった。
俺は息を大きく吸って、右手に意識を集中させる。
「──せいっ!」
そして思いっきり、地面をブン殴った。
……パキパキ…………ボコッ! ボコッ…………ブシィィィィ!
俺の放ったパンチによって地面に亀裂が入り、静かになって、そして間欠泉のように土が噴き出す。
砂埃と共に視界が悪くなって──ジュル、ジュルルル。
……?
なんの音だ?
焦り、訝しむ俺の思考はあるのだが、いかんせん視界が不自由であった。
なんとも言えない気分のまま砂埃が消え失せるのを待っている間、何やら大きな影が俺の目の前に飛んできた。
ドゴッッッ!
後方へ吹っ飛ばされ、俺の頬を掠めた何かしらの正体を掴むため、俺は振り向く。
すると、後方の木に、クロコダイルの体が叩きつけられていた。
「──食われた?」
クロコダイルの腹には、まん丸の穴が、ポッカリと空いていた。
しかも、その穴から見えるのは内臓などではなく、暗黒。
血液すら流れ出ていない。
──俺はこういうモンスターの死体を、師匠の家の周辺でよく目にしていた。
『バクバク・バク』
ヤツの姿は、大きくなったアリクイ。またの名をバク。
そのほかに特筆すべき点はない。
しかしながら、主食とする生物に大きな違いが生じていて、奴らは大型モンスターを好んで食べる。
腹に口先を突き刺して、そこから全てを啜って食す。
「──遂に来たわねっ! 私の『バクバク・バクソード』の出番がっ!」
突如、俺の目の前にアイリスが出現。
彼女は『ドラゴンソード』改め『バクバク・バクソード』を正面に構え、嬉々として前に出る。
シュルルルルル……
「モルトっ! 私が来たからには──」
「馬鹿っ! よそ見すんなっ!」
「してないっ! それよりも感謝でしょ!?」
サッと一歩分左に動くアイリスは、迫り来るバクの口を避けた。
かのように見えたが、最初からヤツの狙いはアイリスではなかった。
シュルシュルと伸びるその口はゆっくり……俺の方へと伸びている。
「なんでだよっ!? 」
俺は再び、バクから背を向けて駆け出した。
「──モルトっ! ソイツ、さっさと私に譲りなさいよ!」
アイリスはバクに狙われている俺が羨ましいらしく、俺と並走してずっと文句を言っている。
「譲れるならなっ! 最初っから譲って──あぶねっ!」
時折、ヒュンと後方からバクの口先が伸びてくる。
もちろんコレに当たった時点で、俺の内蔵と血液は無くなってしまう。
この鬼ごっこに関してはさっきと違って、常に神経を張り巡らせなければ、死んでしまうのだ。
「──火炎球っ!」
「ナイスタイミング! ヤミィ!」
と、アイリスは賞賛する。
そう、どこからかヤミィの火炎魔法が飛んできた。
俺は今走っているから後方こそ見えないが、命中したことくらいは分かる。
この、腹の底に響く重低音が、その事を知らせてくれているから。
……しかし突然、バクの気配は後方から消えた。
「きゃぁぁぁ!」
ヤミィの悲鳴。
それは俺の後方、5時の方向から聞こえてきた。
咄嗟に振り向くとそこには、バクがヤミィの…………杖を、啜っている姿が。
なぜ?
ヤミィ本体の捕食よりも、杖を優先した?
魔力含有量?
いや、杖はあくまで触媒だから、魔力もクソもないか。
単純に間違えた?
いや、あのバクの獲物を捉える技術は本物だ。
だったら……なぜ?
なぜさっき、近くにいるアイリスよりも俺を狙った?
なぜ今、ヤミィではなくヤミィの杖を狙った?
なぜ奴は、獲物を一瞬で啜って食す?
「──熱だ」
ヤツは熱に反応して、餌を探している。
それも熱ければ熱いほど良いらしくて、その優先順位はその都度入れ替わる。
そして、最高に熱い獲物を、冷めないうちにいただく。
……なら、ヤツが最も嫌っているものはその逆、か。
俺はひとつ、アイリスに尋ねることにした。
「なぁアイリス。バクバク・バクの討伐ってどれくらいの金になる?」
「──そんなの分からないわよ。だってカケダーシのギルドで、誰も倒してないんだから」
「……じゃあ1000万ゴールドとかか? 俺らの借金の三分の一くらい?」
「まぁ、それくらいが相場だとは思うわ」
「燃えるな……」
俺の心の炎はメラメラと燃え上がり、頭も支配する。
ただ、それだけではバクは追ってこないので、小細工をする事にした。
「──至極上・火炎球」
俺は掌を上に向けて、最上級魔法を放つ。
が、青いブレスレットの作用でその威力は激減。
ちょうど手のひらサイズの、かわいい火球が出来上がった。
俺はそれをしっかりと握り込む。
「じゃあなアイリス。俺、先帰っとく」
「──はぁ? それを持って? 何言ってるの? そんなことしたら……」
「あぁ! アイツも追ってくるだろうなっ!」
俺はカケダーシ王国へと走った。
無論、後方にはバクバク・バクを一匹連れて。
やつも俺の想定通り、火球に釣られて俺を追いかけてくれている。
あとはこのまま、カケダーシの門を飛び越して街の中に入り、ギルドに直行して、フロンさんにこのブレスレットを外してもらう。
そのあとは簡単だ。
ドッ、ドッ、ドッ……
一定のリズムで追いかけてくるアイツ。
目の前にはカケダーシ王国の門が聳え立っていたが、無視して飛び越す。
門の上に到達した時に一瞬下を見たが、アイツも駆け上がってきていた。
俺はそれを確認した上でギルドに走る。
「フロンさんっ! これ外して下さいっ! 早く! 早く!」
「えっ!? 今ですか!?」
「そうです今です! 今すぐです!」
カンカンカンカンッ!
そうやって鐘が鳴り響くのは、ゲリラクエストの合図。
フロンさんはその音を聞いて、ビクッと、体を跳ねさせた。
「すみませんモルトさん。それは後で──」
「あぁもう! これで外れるんですよねっ!?」
流石の俺も痺れを切らして、フロンさんの服の胸ポケットに刺さっている鍵らしき物を勝手に取り上げた。
そしてブレスレットに当てるが、はまらない。
「ちょっと! それは私の家の鍵ですっ! いくら同棲してるとは言え……もぅ、ブレスレットはこっちの──」
ドゴォォォォオン!
ギルドの扉をぶち抜いてきたのは、バクの口先。
その光景はまさしく、巣の中のアリを食うアリクイそのものであった。
俺を目掛けて、口先をゆっくりと伸ばしてきている。
「すみません。説教は……後でたっぷり聞きます」
「えっ!? ちょっ!? 何をして──」
「とりあえず、ここから離れます」
俺はフロンさんを通称『お姫様抱っこ』の状態で抱えて、ギルドの裏口から外に出た。
フロンさんは借りてきた猫のように静かになったが、状況は好転せず。
──後方から迫り来るバクの気配は未だに、近くに感じられるのであった。
58
お気に入りに追加
549
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる
まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。
そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる