あなたの光を撮りたくて

幸桜

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蘇る翼

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2015年 日本 『戦後80年特別企画〝小林さん〟写真展』会場

 空は雲が多く、あたりは朝日が出ている時間にも関わらず、少し薄暗い。
 雲の隙間から差し込む光で、かろうじてその上に青い空が広がっているであろう事が伺われる。

 下界に差し込むその細い光は、ちょうど写真会場を照らしている。

「〝曹長〟が神になって降りていらしたのかな」

 会場に繋がる一本道で1人の男が呟いた。

────俺はただの小林だよ。

 びっくりした様子で、その男は後ろを振り向いた。
 もちろんそこには、何も無い。

 空耳か。そう理解して足を踏み出そうとした時。

「おーい!」

 声は前方から聞こえる。
 そのおじいちゃんは年を感じさせない、大きな声と腕のふりで存在をアピールする。

 まぁ、その人をおじいちゃん扱いしているこの俺も、実をいうと彼とそう年は変わらない。

 しかし、気持ちはまだ成人だった。あの青春を費やした、空の上を駆けたあの時代で止まっている。
 それはこちらに走ってくる彼も同じなのであろう。


 会場の最初の部屋に〝あの写真〟はあった。おそらく〝曹長〟が写る唯一の写真。

 大きな飛行機の前で6人の男達が笑ってこちらを見ていた。

 ────白黒の写真に色が着いた。背景の木が風に動いた。彼らの寄りかかる機体のプロペラが回り始めた。……彼らの息使いが聞こえた────そんな気がした。



1945年 大陸の端のとある飛行場

「小林曹長! 来ていらしたのですか!」

 カメラを首にぶら下げ、滑走路を静かに歩く影は声をかけられたのに気付くとこちらを振り返った。
 その顔は若干不服そうに私に応じる。

「私はもう前線から身を引いた身だよ。今は〝小林さん〟さ」

 それでも彼の言葉に角はなく、どころかそれは人を包み込む優しさを持っていた。

 この定番のやり取りも気づけば、半年間続いている。

 半年前のあの日、海軍一の戦闘機乗りとも謳われた彼は、地上銃撃によりその翼を折られた。
 運良く生命こそ取り留めたものの、彼は飛行機乗りの生命ともいえる目を失った。

 その後、彼は内地に戻るであろうという仲間の予想を裏切り、今は従軍のカメラマンとして前線に残り続けている。

「曹……小林さん、〝見えますか?〟」
「ああ、見えるよ。血気盛んな若者の〝光〟が」

 その目に嘘は感じられない。彼は本当にその光を見ていた。
 
 彼の第六感と言うべきその力はこの世で生命の認識のみを可能としている────と、いうが実際のところは視力を失ったことによる、聴力の異常発達によるものだと大部分の人間が認識していた。

 音が彼に世界を見せていたのだ。

 その時俺は、小林さんや周りの人間には〝光〟の存在を信じていると言っていた。
 しかし……
 今、それを思い返し、『本当に全てを信じていたか』と聞かれるとその答えは〝否〟。だったと思う。

「退けてください!」
 
 その声とともに滑走路に姿を表したのは3機の零戦であった。
 その腹には増槽という、投下可能な燃料タンクが吊られている。

 慌てて滑走路をどくと、それを確認した彼らはその愛機と共に陸へ、一時の別れを告げる。

 敵地偵察、及び銃撃の命令を受けた機体であった。

 風の動きを感じれる近さで滑走する零戦は地上でもその力を強く誇示している。
 零戦はよく、その形を〝女性のようだ〟と評されるが、実際その姿を目の当たりにするとそれはとても女性には見えない。
 敢えてそれを残して表現するのであれば、誇り高く荒野を駆ける〝雌ライオン〟といったところであろうか。
 
そんな〝雌ライオン〟を滑走路横の特等席で見るのだから言わずともそれは、最高の被写体となるだろう。滑走路を背にしたライオンは遠吠えを上げて空へと駆け出す。

 しかし、隣に立つ彼のカメラは首に下げられたまま、沈黙を保っている。

 今更その姿に疑問を持つものはこの場にはいない。
 彼が撮るのは本人曰く〝光〟のみだ。
 より、端的に言うのなら〝人の感情〟のみであった。



 その日の午後2時頃、朝出撃した偵察機から基地へ電文が送られてきた。

   【ワレ、テキチニテヒダン、キンキュウチャクリクニトモナイキュウエンヲモトム。バショハ……(我、敵地にて被弾、緊急着陸に伴い救援を求む。場所は……)】

 救援要請の電文であった。

 基地司令は直ちに搭乗員へ出撃を命じた。
 しかし、その時基地にいた搭乗員は2人。
 戦況の悪化は最前線である当基地に甚大な人員不足問題を与えていた。

 更に運の悪いことにその2人は戦闘機乗りである為、救助に必要な大型機の操縦────この基地では一式陸攻────の操縦ノウハウを持っていなかった。

 司令室に招集された俺たちはその事実に沈みこんだ。
 熟練搭乗員3名を失うことは〝戦術的〟にも、そしてなりより〝人道的〟にも大きな打撃を被ることとなる。

 〝見殺し〟その一言が部屋に重く、のしかかっていた。

 だからであろうか、俺たちは司令室の扉がいつの間にか開かれていたことに気づかなかった。
 扉の前には彼が立っていた。
 その手には飛行帽とゴーグルが 握られている。着ている服もそれに見合うものに着替えられていた。

「私がその任務、引き受けましょう」

 そう名乗りあげたのは、飛行服姿の〝曹長〟であった。
 
「しかし、お前視力は……!」

 動揺しているのか、咄嗟に答えた司令官の言葉は〝カメラマン〟に向けられるものではない。

「そこの2人が護衛について来てくれるのでしょう? それなら心配は無用です」

 彼の答えは司令官の求めるものとは違っている。

 そいうことじゃない!

 司令官の瞳はそう言いたげに彼を見つめた。しかし、それは言葉になることは無い。いや、正確には言葉にできなかった。

 口調は父親のように優しいながらも、〝曹長〟の瞳は軍人にさえも口答えをさせない強さがあった。
 それは、急遽護衛の申し出を受けた俺と同期の戦闘機乗りに対しても例外ではない。
 司令官と同じく、また俺たちも言葉を発することはできなかった。

……その無言は肯定とみなされる。


「偵察に出た搭乗員たちの場所は大まかにしか分からない。あの広大な荒野で彼らを見つけるのは難しい」

 ふと、司令官の言葉からある種の感情が内に隠され、その代わりにその感情は表面に現れた。

 司令の言葉は続く、しかしそれはこの場で最高指揮権を持つものとして〝曹長〟の覚悟を再度確かめるものであり────

「敵機との遭遇も十分想定される」

────戦友である彼の身を案じるものであった。

「それでも、行ってくれるか?」

 鋭く空気が動き、靴が床を叩く音が響いた。

「敬礼!」

 曹長に一拍遅れ、俺もその動作を行う。

 開け放たれていた扉から、溢れんばかりの光が差し込んだ。
 雲の隙間から太陽が覗く。
 小さな隙間から差し込むそれは1本の力強い帯となり、滑走路の飛行機を包み込んだ。

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