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まわってまわって 還ってくる
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『200メートル予選────』
からりと乾いた冷たい朝。
競技開始のアナウンスは、起き始めの足にムチを打つ。
二日目が始まった
俺が今居るのは、サブグラウンド。
競技を行うメインの会場から50メートル程離れて隣接している。
時間は午前8時。
競技開始1時間半前である。
「いっちにっ……さんしっ!」
何となく気合い入れに声を上げる。
身体を前に、後ろに、左に、右に。
全体をほぐすように丁寧に筋肉を伸ばしていく。
立って、座って、前かがみになって。
余すところなくほぐれるように。
心の臓がゆっくりと脈をうっている。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……
その間隔は変わらない、でも一回あたりの血液量は増えていく。
一歩、一歩、俺の源は大きくなっていく。
パアンッ!
今日最初の競技が始まった。
もうそろそろか。
〝俺、3組目だから!〟
和也────佐藤和也────とはそう言って、朝の別れを告げた。
俺のもう一人の親友である。
見に行きたい。
一瞬登った気持ちは、絶えず流れる血流によって遠くへと流されていく。
確たる意思が持つ重い感情。
いわゆる、男の友情。それを押し流すのに朝の弱い血流ではいささか力不足。
だから、新たに思いを乗せて、それを無理やり押し流す。
パアンッ!
2組目がスタートした。
集中。身体の内へ語りかけていたものを、ベクトルを代えて外へと放出する。
朝の風が頭上の枝を揺らす。
ほれっ
気楽な声を上げて俺の感覚は風に乗る。木を超え、道を超え、スタンドを超えて、競技場へとたどり着く。
どくんどくんどくんどくん!
とても速い。
誰かの心の臓が聴こえる。
否、誰かではない。
俺が聴けるのは一人だけだ。
どくんどくんどくんどくん!
スタート位置に着いてもそれは変わらない。
まだ間に合う。
感覚の手を伸ばす。
風が、気まぐれな朝風がまたそれを運ぶ。
『一緒に』
遠い記憶が彼を巻いた。
「すごいな」
「絶対、勝とうな!」
「当たり前だろ」
3人の少年達がそこに居た。
あれは三年前、中3の頃。
予習と称して総体を見に行った時のことだ。
「「「一緒に!!!」」」
どくんっ!…………ドクンッ!
彼の源が動き出した。
パアンッ!
男が地を蹴った
★
還ってきた。
和也がスタートする前、無理やり流した思い。
見に行けないのを納得させたあの新たな思いが。
身体を一周した血液は無事心臓へと、源へと還ってきた。
〝おめでとう〟
信頼し、勝利を確信した思いは確かに。
男達の思いを繋げていた。
────佐藤和也 100メートル予選 通過────
からりと乾いた冷たい朝。
競技開始のアナウンスは、起き始めの足にムチを打つ。
二日目が始まった
俺が今居るのは、サブグラウンド。
競技を行うメインの会場から50メートル程離れて隣接している。
時間は午前8時。
競技開始1時間半前である。
「いっちにっ……さんしっ!」
何となく気合い入れに声を上げる。
身体を前に、後ろに、左に、右に。
全体をほぐすように丁寧に筋肉を伸ばしていく。
立って、座って、前かがみになって。
余すところなくほぐれるように。
心の臓がゆっくりと脈をうっている。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……
その間隔は変わらない、でも一回あたりの血液量は増えていく。
一歩、一歩、俺の源は大きくなっていく。
パアンッ!
今日最初の競技が始まった。
もうそろそろか。
〝俺、3組目だから!〟
和也────佐藤和也────とはそう言って、朝の別れを告げた。
俺のもう一人の親友である。
見に行きたい。
一瞬登った気持ちは、絶えず流れる血流によって遠くへと流されていく。
確たる意思が持つ重い感情。
いわゆる、男の友情。それを押し流すのに朝の弱い血流ではいささか力不足。
だから、新たに思いを乗せて、それを無理やり押し流す。
パアンッ!
2組目がスタートした。
集中。身体の内へ語りかけていたものを、ベクトルを代えて外へと放出する。
朝の風が頭上の枝を揺らす。
ほれっ
気楽な声を上げて俺の感覚は風に乗る。木を超え、道を超え、スタンドを超えて、競技場へとたどり着く。
どくんどくんどくんどくん!
とても速い。
誰かの心の臓が聴こえる。
否、誰かではない。
俺が聴けるのは一人だけだ。
どくんどくんどくんどくん!
スタート位置に着いてもそれは変わらない。
まだ間に合う。
感覚の手を伸ばす。
風が、気まぐれな朝風がまたそれを運ぶ。
『一緒に』
遠い記憶が彼を巻いた。
「すごいな」
「絶対、勝とうな!」
「当たり前だろ」
3人の少年達がそこに居た。
あれは三年前、中3の頃。
予習と称して総体を見に行った時のことだ。
「「「一緒に!!!」」」
どくんっ!…………ドクンッ!
彼の源が動き出した。
パアンッ!
男が地を蹴った
★
還ってきた。
和也がスタートする前、無理やり流した思い。
見に行けないのを納得させたあの新たな思いが。
身体を一周した血液は無事心臓へと、源へと還ってきた。
〝おめでとう〟
信頼し、勝利を確信した思いは確かに。
男達の思いを繋げていた。
────佐藤和也 100メートル予選 通過────
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