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やり返すぜ、後ろで見てな!
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750メートルの通過
最終準備開始。後は来るべきタイミングを待ってそれを行う。
肩の力を抜き、腕の振りの幅を小さくする。
足の回転を勢いに任せ、その意識をタイミングの一点へと移行させていく。
780メートル通過
江川との距離を拳二個分ほど縮め、敢えて俺の存在を意識させる。
795メートル通過
ややアウトコースに身体をだす。
最終局面においては、進路妨害は行われない。
それよりも有益な行動へと体力を使う必要がある。
800メートル通過
トラック残り半周分。
世界が変わる
スタート後に踏む二度目のライン。
その上に置かれる一瞬の質量。
その決定的な一瞬に身体が今までの命令を全て塗り替える。
命令が行き届く時間は、足の踏みかえ1回分。
世界を変える
文字通り眼の色が変わる。
堪らない高揚感。心臓の鼓動が大きく波打つ。
ドクンッ
俺の 俺だけの 俺だけのための
スタート音
足の遠心力を破壊し、その中心を撃ち抜く左足。
振り子の安定性をぶち破る右手。
破壊後の空間に新たな流れを創る右足。
更に前後への稼働域を広げる左手。
世界は創られる
風が────右に左に上に下に、ズレたタイミングで生まれる原石。
しかし、その端は心臓へと続いている。
その全てが循環し、パズルのピースの様に所定の場所へと配置される。
世界が始まる
★
750メートルを通過した。
後ろの気配は変わらず、いや、若干小さくなるのを感じる。
(疲れたのであろうか?)
否、先輩がここで落ちるはずはない。
どれだけ厳しく走ろうともその本質は先輩だ。
純先輩の事は知っている。
先輩と出会い、走った日々。
多くを学んだのは私だ。
おそらく彼は気づいていない。
────私は彼ほどに一時、一走を大切にする人を知らない!
急速に増大する気配。
圧倒的な威圧感が刻刻と迫り来る。
全身の毛が立ち、心が震える。
(怖い?)
否、武者震いだ。
強がりでも、自己暗示でもない。
(ワクワクする)
徐々に距離を詰める気配。
それを隣に感じたのは、残り200メートル地点。
長くは無い髪が右側から勢いよく持ち上がった。
(これは!?)
予期していながらも、いや、予期していたからこそ。
それを遥かに超える衝撃に身体が硬直する。
しかし、それも一瞬。
荒れ狂う風を全身で受け止め、その中を突き進む。
一瞬で数歩前に出た彼。
追いかける私を嘲笑うかのようにその距離は広がっていく。
一歩、一歩。その時間でない。
ストライドはやや負ける程度の差でしかない。
それより、一秒、一秒。
足の回転数がその距離を広げていく。
(これが先輩の走り……)
諦めではない。素直な感嘆が私の心を落ち着かせる。
激しく乱暴な走り始め。
中盤はやや大人しくも、それは嵐の前の静かさ。
最後は技術抜きに一直線、そんな素直さのラストラン。
これが彼の陸上への気持ち、魂であるのだろう。
────はぁはぁ、
激しい息遣い。頭が内側で鐘が鳴り響くようだ。
だが、まだ一本残っている。
顔を上げる。そこにあるのは自信だけを映したような先輩の顔。
「……純先輩」
やっと出せたのはそれだけ。
でも、伝えたい事はそれだけで伝わる。
「俺も1勝」
隠しているのか、それとも本当に平気なのか。その言葉につっかえはない。
「なら、決着は次、……ですね」
2人の間に一陣の風が吹く。
2人の視線が最終目標に向けられる。
1組の男女は一本のゴールラインを見つめていた。
最終準備開始。後は来るべきタイミングを待ってそれを行う。
肩の力を抜き、腕の振りの幅を小さくする。
足の回転を勢いに任せ、その意識をタイミングの一点へと移行させていく。
780メートル通過
江川との距離を拳二個分ほど縮め、敢えて俺の存在を意識させる。
795メートル通過
ややアウトコースに身体をだす。
最終局面においては、進路妨害は行われない。
それよりも有益な行動へと体力を使う必要がある。
800メートル通過
トラック残り半周分。
世界が変わる
スタート後に踏む二度目のライン。
その上に置かれる一瞬の質量。
その決定的な一瞬に身体が今までの命令を全て塗り替える。
命令が行き届く時間は、足の踏みかえ1回分。
世界を変える
文字通り眼の色が変わる。
堪らない高揚感。心臓の鼓動が大きく波打つ。
ドクンッ
俺の 俺だけの 俺だけのための
スタート音
足の遠心力を破壊し、その中心を撃ち抜く左足。
振り子の安定性をぶち破る右手。
破壊後の空間に新たな流れを創る右足。
更に前後への稼働域を広げる左手。
世界は創られる
風が────右に左に上に下に、ズレたタイミングで生まれる原石。
しかし、その端は心臓へと続いている。
その全てが循環し、パズルのピースの様に所定の場所へと配置される。
世界が始まる
★
750メートルを通過した。
後ろの気配は変わらず、いや、若干小さくなるのを感じる。
(疲れたのであろうか?)
否、先輩がここで落ちるはずはない。
どれだけ厳しく走ろうともその本質は先輩だ。
純先輩の事は知っている。
先輩と出会い、走った日々。
多くを学んだのは私だ。
おそらく彼は気づいていない。
────私は彼ほどに一時、一走を大切にする人を知らない!
急速に増大する気配。
圧倒的な威圧感が刻刻と迫り来る。
全身の毛が立ち、心が震える。
(怖い?)
否、武者震いだ。
強がりでも、自己暗示でもない。
(ワクワクする)
徐々に距離を詰める気配。
それを隣に感じたのは、残り200メートル地点。
長くは無い髪が右側から勢いよく持ち上がった。
(これは!?)
予期していながらも、いや、予期していたからこそ。
それを遥かに超える衝撃に身体が硬直する。
しかし、それも一瞬。
荒れ狂う風を全身で受け止め、その中を突き進む。
一瞬で数歩前に出た彼。
追いかける私を嘲笑うかのようにその距離は広がっていく。
一歩、一歩。その時間でない。
ストライドはやや負ける程度の差でしかない。
それより、一秒、一秒。
足の回転数がその距離を広げていく。
(これが先輩の走り……)
諦めではない。素直な感嘆が私の心を落ち着かせる。
激しく乱暴な走り始め。
中盤はやや大人しくも、それは嵐の前の静かさ。
最後は技術抜きに一直線、そんな素直さのラストラン。
これが彼の陸上への気持ち、魂であるのだろう。
────はぁはぁ、
激しい息遣い。頭が内側で鐘が鳴り響くようだ。
だが、まだ一本残っている。
顔を上げる。そこにあるのは自信だけを映したような先輩の顔。
「……純先輩」
やっと出せたのはそれだけ。
でも、伝えたい事はそれだけで伝わる。
「俺も1勝」
隠しているのか、それとも本当に平気なのか。その言葉につっかえはない。
「なら、決着は次、……ですね」
2人の間に一陣の風が吹く。
2人の視線が最終目標に向けられる。
1組の男女は一本のゴールラインを見つめていた。
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