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1章 サバイバル
如月夜空
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────私の過去 ────
前方から見えない力が襲ってきた。その力は身体が前に出ることを許さない。
まずはゆっくりと、そして段々速く景色が後方に流れ出す。
一瞬、音が止まったように感じた────気づくと、私は空にいた。
あれは私が5歳の冬、おじいちゃんの家に遊びに行った時の事だった。
「いいものを見せてやる」
車で連れていかれたのは飛行場であった。飛行場はうっすりと雪化粧を施しており、光を放っている。
そこにはいつでも離陸出来るように準備された飛行機が1機だけ置いてあった。
黒っぽい緑に塗装されたその機体は元々訓練用に作られたものらしく、狭いながらも縦に2人が搭乗できる仕様のものであった。
幼かったためか、細部の記憶はモヤがかかっている。
次に記憶があるのはその機体が飛び立った後のことからである。
いつの間にか建物の姿が、小指程の大きさに見える。
翼の後ろについている切れ目が開いたり閉じたりしている。それがフラップというものだと分かったのは随分後のことである。
機体は雲に近い高度まで上がると翼をゆっくりとと左に傾け緩旋回を行い始めた。
飛行場といくつかの民家と……草原が見える。
幼い私にその景色は、不完全な綺麗さ、として記憶に刻まれている。
飛行場上空を一回りした機体は、しばらく直進し、その後、機首を思いっきり上へ上げて天へと駆け出した。
「きゃっ!」
思わず叫び声がもれた。雲に突入したため、周りは白一色。唐突な視界の制限は人の本能的な恐怖を呼び起こす。
それでも雲に動きはある為、スピードは感じ、それが幾らか恐怖をやわらげる。
長く、その時間は続いた。
いつの間にか自分がどの方向へ飛んでいるのかを忘れてしまいそうになる。
「目を開け!」
今まで黙っていたおじいちゃんが生まれて初めて聴く程の音量で叫んだ。
その声は若々しく、力強い。
ふと、後ろ姿しか見えないおじいちゃんが20歳の若者に思えた。
視界が開けた。機体は水平飛行へと移行する。
機体のお腹を撫でるように雲の絨毯が広がっている。空の色は青ではない。
その色を青と呼ぶにはおこがましい〝青〟である。
いつまでも見ていると吸い込まれそうで────一緒になれそうで
ずっと遠くにあるけれど、触ることはできないけれど……近くに感じる。
「おじいちゃん、この上には何があるの?」
「分からん!」
その声はさっぱりしている。いっそ清々しいその音は若い彼に良く似合う。
「私、行ってみたい」
「おう!」
「私、触りたい」
「おう!」
「私────あの空で飛びたい!」
「おう!」
その日、1人の少女が空を知った。
空を知った少女はその道を歩み出した。
やがて太陽が沈み始めた。その代わり、大きな満月がその存在を表す。
夜空の心臓が大きく鼓動した。
────〝あなたの〟空で飛びたい!
心の奥から、宿縁を感じさせる程に強い思いが心をうった。
7歳の春、私は初の単独飛行を行った。
あの日、私は〝死〟を感じた……
私はあの日、初めて空に上がった時のように雲に入った。
白一色の世界は、全てを飲み込む。
恐怖が……人の根底にある原始的な恐怖が。
視線を動かせなくなり、唇が震える。
震えは、脚へ、腕へ、指へと伝染する。
脚や手が思い通りに動かなくなる。
まるで頭からの命令系統に誰かが割り込んだようで、〝これは、自分の身体なのか?〟と、疑問があがる。
外の景色が黒く染まり始めた。暗闇は操縦席にも侵入してくる。
視界がボヤけ、計器を読み取ることが出来ない。
「しまった!? ブラッ……く、あ……」
────ブラックアウト。
その言葉が脳を過ぎるのを最後に、意識が途切れた。
「────ここは?」
夜空は空にいた。
しかし、その空はどこか不思議であった……。
プロペラは必要ないと言いたげに、その動きを止めている。
操縦席は慣れ親しんだ96艦戦より広い。
空には一つの光点があった。ただ一つの光。
そのただ一つの光が世界に明かりを与えているようだ。
機体は綿のような雲の上に乗っている。
赤子を寝かせるような優しい柔らかさが座席にまで伝わるようである。
はるか上空から届く青白い光は、下面の雲、そして────夜空を内から照らした。
そんな筈はないのだが、……それでも、何となくそうである事が分かる。
再度、視界が閉ざされた。闇に、夜の闇に閉ざされた。
────彼女の瞳は、淡く輝いていた。
目を開けるとそこは雲の中だった。
今度は少しの恐怖も感じない。
雲の中で道を作るように彼女の機体は泳ぐ。
如月 夜空 〝翼〟を持つ少女
────────?
突然、身体を襲った振動で反射的に目が開いた。
先ほどまで見えていた記憶は、脳の活性化に伴ってその存在を薄くしていく。
それは、脳の片隅に収まる程度まで小さくなると、そこが自分の定位置とでも言うように居座る。
久しぶりに見た……。
「おはよう、夜空さん!」
見下ろす顔が一つ。葵だ。
ついこの間。〝一昨日〟にもこの様な経験をした覚えがあるが、あの時とは見下ろしている人物が違う。
「おはよう。昨日はありがとうね」
昨日。つまり、5日目は、主に、体力的な面での回復、戦略の練り直しの為二人組での偵察任務のみが行われた。
そんな中、陽向の計らいによって、夜空の偵察任務は免除されていたのだ。
他に、時間交代の見張り番も免除されていた為、夜空は数日ぶりの安心した夜を過ごしたのである。
その安心感と人の温もりが、あの日の事を夢に見せたのだろうか。
「いやいや、気にしなくていいよ! 戦果に対する報酬とでも思っておけばいいじゃない!」
不器用ながら一生懸命、夜空をフォローしようとする葵の姿に、更なる温もりが身体を包む。
しかし、それにあまえてはいられない。
「明日────」
夜空の気配が変わった事を感じたのか。葵は最後までは言わせない。という様子で一言────
「────7日目 午前8時」
葵の答えに、夜空は軽い頷きを返す。
第二次攻撃決行時間。7日目 午前8時。
6日目も丸一日が偵察任務に当てられた。夜空も午後の任務からは参加している。
〝その報〟が届いたのは6日目 午後7時。
爪痕が、狼の残したそれは。
大きく、圧倒的存在感で通達者となる。
「作戦は?」
「派手にいって。そう、出来るだけ壮大に」
「時間変更は?」
「しない。〝彼〟の仕事を増やしたくない」
お日様の風が吹き荒れる。野原の風がそれに従う。
獰猛な風が風景を切り裂いた。
前方から見えない力が襲ってきた。その力は身体が前に出ることを許さない。
まずはゆっくりと、そして段々速く景色が後方に流れ出す。
一瞬、音が止まったように感じた────気づくと、私は空にいた。
あれは私が5歳の冬、おじいちゃんの家に遊びに行った時の事だった。
「いいものを見せてやる」
車で連れていかれたのは飛行場であった。飛行場はうっすりと雪化粧を施しており、光を放っている。
そこにはいつでも離陸出来るように準備された飛行機が1機だけ置いてあった。
黒っぽい緑に塗装されたその機体は元々訓練用に作られたものらしく、狭いながらも縦に2人が搭乗できる仕様のものであった。
幼かったためか、細部の記憶はモヤがかかっている。
次に記憶があるのはその機体が飛び立った後のことからである。
いつの間にか建物の姿が、小指程の大きさに見える。
翼の後ろについている切れ目が開いたり閉じたりしている。それがフラップというものだと分かったのは随分後のことである。
機体は雲に近い高度まで上がると翼をゆっくりとと左に傾け緩旋回を行い始めた。
飛行場といくつかの民家と……草原が見える。
幼い私にその景色は、不完全な綺麗さ、として記憶に刻まれている。
飛行場上空を一回りした機体は、しばらく直進し、その後、機首を思いっきり上へ上げて天へと駆け出した。
「きゃっ!」
思わず叫び声がもれた。雲に突入したため、周りは白一色。唐突な視界の制限は人の本能的な恐怖を呼び起こす。
それでも雲に動きはある為、スピードは感じ、それが幾らか恐怖をやわらげる。
長く、その時間は続いた。
いつの間にか自分がどの方向へ飛んでいるのかを忘れてしまいそうになる。
「目を開け!」
今まで黙っていたおじいちゃんが生まれて初めて聴く程の音量で叫んだ。
その声は若々しく、力強い。
ふと、後ろ姿しか見えないおじいちゃんが20歳の若者に思えた。
視界が開けた。機体は水平飛行へと移行する。
機体のお腹を撫でるように雲の絨毯が広がっている。空の色は青ではない。
その色を青と呼ぶにはおこがましい〝青〟である。
いつまでも見ていると吸い込まれそうで────一緒になれそうで
ずっと遠くにあるけれど、触ることはできないけれど……近くに感じる。
「おじいちゃん、この上には何があるの?」
「分からん!」
その声はさっぱりしている。いっそ清々しいその音は若い彼に良く似合う。
「私、行ってみたい」
「おう!」
「私、触りたい」
「おう!」
「私────あの空で飛びたい!」
「おう!」
その日、1人の少女が空を知った。
空を知った少女はその道を歩み出した。
やがて太陽が沈み始めた。その代わり、大きな満月がその存在を表す。
夜空の心臓が大きく鼓動した。
────〝あなたの〟空で飛びたい!
心の奥から、宿縁を感じさせる程に強い思いが心をうった。
7歳の春、私は初の単独飛行を行った。
あの日、私は〝死〟を感じた……
私はあの日、初めて空に上がった時のように雲に入った。
白一色の世界は、全てを飲み込む。
恐怖が……人の根底にある原始的な恐怖が。
視線を動かせなくなり、唇が震える。
震えは、脚へ、腕へ、指へと伝染する。
脚や手が思い通りに動かなくなる。
まるで頭からの命令系統に誰かが割り込んだようで、〝これは、自分の身体なのか?〟と、疑問があがる。
外の景色が黒く染まり始めた。暗闇は操縦席にも侵入してくる。
視界がボヤけ、計器を読み取ることが出来ない。
「しまった!? ブラッ……く、あ……」
────ブラックアウト。
その言葉が脳を過ぎるのを最後に、意識が途切れた。
「────ここは?」
夜空は空にいた。
しかし、その空はどこか不思議であった……。
プロペラは必要ないと言いたげに、その動きを止めている。
操縦席は慣れ親しんだ96艦戦より広い。
空には一つの光点があった。ただ一つの光。
そのただ一つの光が世界に明かりを与えているようだ。
機体は綿のような雲の上に乗っている。
赤子を寝かせるような優しい柔らかさが座席にまで伝わるようである。
はるか上空から届く青白い光は、下面の雲、そして────夜空を内から照らした。
そんな筈はないのだが、……それでも、何となくそうである事が分かる。
再度、視界が閉ざされた。闇に、夜の闇に閉ざされた。
────彼女の瞳は、淡く輝いていた。
目を開けるとそこは雲の中だった。
今度は少しの恐怖も感じない。
雲の中で道を作るように彼女の機体は泳ぐ。
如月 夜空 〝翼〟を持つ少女
────────?
突然、身体を襲った振動で反射的に目が開いた。
先ほどまで見えていた記憶は、脳の活性化に伴ってその存在を薄くしていく。
それは、脳の片隅に収まる程度まで小さくなると、そこが自分の定位置とでも言うように居座る。
久しぶりに見た……。
「おはよう、夜空さん!」
見下ろす顔が一つ。葵だ。
ついこの間。〝一昨日〟にもこの様な経験をした覚えがあるが、あの時とは見下ろしている人物が違う。
「おはよう。昨日はありがとうね」
昨日。つまり、5日目は、主に、体力的な面での回復、戦略の練り直しの為二人組での偵察任務のみが行われた。
そんな中、陽向の計らいによって、夜空の偵察任務は免除されていたのだ。
他に、時間交代の見張り番も免除されていた為、夜空は数日ぶりの安心した夜を過ごしたのである。
その安心感と人の温もりが、あの日の事を夢に見せたのだろうか。
「いやいや、気にしなくていいよ! 戦果に対する報酬とでも思っておけばいいじゃない!」
不器用ながら一生懸命、夜空をフォローしようとする葵の姿に、更なる温もりが身体を包む。
しかし、それにあまえてはいられない。
「明日────」
夜空の気配が変わった事を感じたのか。葵は最後までは言わせない。という様子で一言────
「────7日目 午前8時」
葵の答えに、夜空は軽い頷きを返す。
第二次攻撃決行時間。7日目 午前8時。
6日目も丸一日が偵察任務に当てられた。夜空も午後の任務からは参加している。
〝その報〟が届いたのは6日目 午後7時。
爪痕が、狼の残したそれは。
大きく、圧倒的存在感で通達者となる。
「作戦は?」
「派手にいって。そう、出来るだけ壮大に」
「時間変更は?」
「しない。〝彼〟の仕事を増やしたくない」
お日様の風が吹き荒れる。野原の風がそれに従う。
獰猛な風が風景を切り裂いた。
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