源さん

小説たろう

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源さん

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  ぼくの名前は長田ながた靖夫やすお。つい先日18歳になった。お父さん、お母さん、ぼくの3人家族でペットに太郎と云う犬がいる。今日はとてもよく晴れていて気持ちが良い。今週は雨続きだったので、早朝からお母さんは溜め込んだ洗濯物の処理にいそしんでいる。せっかくだからとぼくの布団も取り上げられてしまった。全く余計なお節介せっかいだ。
  さ晴らしも兼ねて散歩に出掛けた。そこら中に水溜まりを作っていたので ピョンピョンと避けながら うちのすぐ隣の脇道を進んだ。ぼくの村は舗装ほそうされた道がないため 雨が降った後には道がぬかるんでしまう。ああ、下ろしたばかりのシューズがもう汚れてしまった。
  少し憂鬱ゆううつな心持ちで道をさらに進むと湖畔こはんにでた。ここはぼくのお気に入りなのだ。鳥のさえずり。 *ナンジャモンジャの木が立っている。葉の表面から湖面に水滴が落ちたのだろうか。ポチャンと音がする。鏡となった湖が太陽の光を受け、ぼくを照らす。先程までの事はこの一事いちじで忘れてしまった。とても素晴らしい場所だ。
  ここに家を構えている人がいる。げんさんだ。今日も朝から釣り竿を振っている。
『お早う。源さん』
『ああ。お早う。靖夫君。』
初老で白髪混じりの源さんはにこりと笑う。源さんという愛称で親しまれるその人はまだぼくが幼かった頃からの知り合いで、とてもよくしてもらっている。
『源さん。今日も釣りをしているんだねえ。』
『ああ。今日も釣りをしているよ。』
『なにか釣れたかい?』
『いいや。まだなんにも釣れないよ。』
『源さんは釣りが好きだねえ。』
『ああ。そうだねえ。』
  源さんはここで自給自足の生活を送っている。昔は相当腕の大工だったらしい。とても立派な人だよ この家も源さんに建ててもらったんだから とお母さんがよく云う。温厚で取っつきの良い人柄もあってか 源さんは人によく好かれる。
  今日は源さんに椅子作りを教えてもらいに来た。先日、長年愛用していた *カシの木の椅子が壊れてしまったからだ。源さんは器用な人で家から家具までなんでも作ってしまう。
『まずは木を伐りにいこうか。』
  ここにはカシの木がたくさん立っている。カシの木は堅くてるのも大変なのだが、ベテランの源さんは必要な分だけパパッと伐り揃えてしまった。
『源さん、椅子作りはぼくがやってもいいかい。』
『ああ。いいとも。』
源さんに釘と少しびたハンマーを手渡された。源さんにレクチャーを受けながら数刻、立派な椅子が出来上がった。木目がとても美しい。
『良い椅子が出来上がったねえ。たいしたもんだ。』
『ふふ。源さん、教えてくれてどうもありがとう。』
『ああ。礼には及ばないよ。』
『大切に使うとするよ。』
『ああ。大切に使うと良い。』
  日も暮れかかり、どこからかカラスの声が聞こえる。そろそろ帰るとしよう。とても良い一日を過ごした。源さんに別れの挨拶をして靖夫は帰途きとに着いた。


*ナンジャモンジャの木…珍しい木や大きい木を指していう言葉。
*カシの木の椅子…靖夫が生まれた時、生誕祝いとして源さんからプレゼントされた。
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