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第四章 銀河団を超えるトラブルバスター

第28話 死の銀河

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これは遥かな過去に起きた出来事である。
その星は急速に発展した。
星に生まれた生命体は様々な進化を試行錯誤し、太陽光のみで生きる平和主義者から肉食の捕食者まで様々な生命体と、その派生種が生まれた。
その中に、ついに知性と思考を生きる武器とする種が出現する。
その特殊な生命体は、あっと言う間(数百万年程度)に、その惑星にはびこり、増殖し、陸だけでなく海にも進出して海底都市を築くことも可能とする。
しかし、そこから宇宙への進出は、まだまだ時間を必要とする。
惑星の陸も海も征服し、その人口を増やせるだけ増やした生命体は、まず空へと、その生活場を広げる。
プロペラ、ジェット、そしてロケット推進技術を獲得した生命体は、最初は小さな空中空母、そして小規模な空中都市を建設する。
ただし、この初期の空中都市は空中に留まるためのエネルギーが大きく、実用的なものではなかった。
空中都市が実用的なものとなったのはロケット技術が発達して成層圏及び、その上に静止衛星や中規模の実験用ステーションが作られるようになってから。
その静止衛星技術を利用し、地上からの建築物と合わさって軌道エレベータを造り出すと、その派生技術として、いくつもの軌道エレベータと軌道エレベータを繋ぐ中継都市としての空中都市が建設されるようになる。
空中都市と軌道エレベータが現実となってからの宇宙進出は当然ではあるが画期的に安価で安全性の高いものとなる。
惑星に付属する衛星は真っ先に開拓の目標とされ数10年後には衛星地下に開拓基地と、そこからの他惑星開拓用宇宙船を開発・造船する工廠も造られる。

そこから星系内の探索と開拓が始まり、大宇宙航海時代が始まる。
惑星や衛星の探索と開拓を行うグループと小惑星を主とする資源探査グループに分かれることになり、それぞれが時には失敗し時に大成功を収める事になる……

そこで、この生命体は2つに分かれることとなった。
宇宙で暮らす民と惑星上で暮らす民。
空中都市や海底都市に住む民も惑星上の民と呼ばれることになるのだが、最初は宇宙の民と惑星上の民は互いに助け合い、仲が良かった。
しかし宇宙開拓が進むにつれ、この2グループの立場の違いが明確になっていく。
片や惑星や衛星への移住と開拓に情熱を傾け、1つでも居住可能な惑星や衛星を造ろうとする一派。
片や居住空間など関係なく、それこそ金があれば宇宙ステーションへ宿泊し、豪遊。
そして金がなくなれば資源小惑星を求めてアチラコチラと渡りあるく、いわば宇宙のトレジャーハンター達。
宇宙開発初期の頃は、まだまだ惑星や衛星開拓派が多かったが居住可能な惑星や衛星が増えると、それに伴ってトレジャーハンター達の数も増えていった……
一攫千金の夢が実現した者も両手の数ではきかない程になると若者を中心に宇宙で一旗揚げようという者達が増える。
夢破れてもトレージャーハンター達は非情に見えて仲間には優しい奴らが多く、借金だらけの宇宙船持ちを雇う成功者という形で採掘を企業化するものも出てくる。
そして、いつしか……

「星に棲むもの」

と、

「宇宙に棲むもの」

という2つの種族に分裂する事となる。
元は同じ生命体だが惑星や衛星の大気(あるいは地下に棲むなら地殻)の障壁により遺伝子に変革を起こしにくい者達と、宇宙空間に暮らすのが当たり前であり、遺伝子に変革を起こしやすい者達の見た目の差異は数百年で出てくる。
しかし、見た目は違っていても考え方の根本が同じなら、まだしも平和は維持できる。
決定的だったのは故郷の太陽の不安定化という自然界のイタズラだった……

「避難するための宇宙船団が、どうしても必要なのだ!いくら高くとも構わんから、そちらの宇宙船団を雇いたい!」

という必死の願いを、聞いたものもいた……
しかし、同胞という気持ちから離れかけている大半の宇宙に棲むもの達は自分たちの大事な船に異人を乗せることに否定的だった……
そのため、ごく小数(1割もない)は宇宙へ逃げ、その他の大半は設備として大量の人員を抱えることなど出来ない地下都市や海底都市へ雪崩れ込んだ……

結果、ご想像のごとく。
地下都市は定員の数10倍の人数が入り込み、海底都市も同様。
太陽の活動が不安定になると、地上で逃げられなかった者達が、まず犠牲になる。
太陽フレアが通常の100倍以上となる大きさで膨れ上がり、数秒間だが、地表へ摂氏400度を超える灼熱をもたらす。
瞬時に大規模火災が発生、鎮火など間に合わず。
最初の数秒間で数億人が死亡、その後の大規模火災で更に倍の人数が死亡。
しかし、それで亡くなった人たちは、まだ幸いだった。
太陽の不安定さは、そのエネルギーをマイナスに振る。
数カ月、太陽からのエネルギーが30%以下となる日々が続き、地表が完全に雪と氷に閉ざされる。
スノーボールとなった惑星には更なるエネルギー低下が待つ。
最終的に太陽の不安定さは10年で解消されたが、それで惑星上の7割の生命が失われることとなった。

怒り心頭に達した、星に棲むものたち。
抗議というか罵倒を宇宙に棲む者達に浴びせ、死んだ者達の補償をせよと詰め寄る。

そんな事、知ったこっちゃないとばかりの、宇宙に棲む者達。
いつまでも惑星にしがみついているから、そんなことになるんだ、自業自得だ!
ここまで言われては、もう売り言葉に買い言葉。
分裂どころか対立、戦争一歩手前の状態となる。
しかし、お互いに、まだ理性は残っていた。
戦争ともなれば互いに殺しあう世界が目に浮かぶ。
勝ったとしても何も得るものはない。
虚しい勝利と、語らぬ死者の山だけが後に残るだけ……
そんな冷戦状態のような数10年が過ぎ、決定的な出来事が起きる。

貿易のために小惑星のレアメタルを運んできた輸送船が宇宙空港に着陸後、こともあろうに疫病に侵されていることが判明!
惑星政府としては隔離後、宇宙空間へ飛ばしたいところだが、ところがどっこい、宇宙ステーションにて疫病宇宙船のニュースを知った宇宙に棲む者達の一人である輸送船団の船長。
惑星政府が何もせずに疫病船を隔離後に宇宙へ出すという予定を知ったから、さあ大変!
すぐに宇宙に棲む者達の最高会議に報告し、あまりの非道さに怒りの涙を流す。

「惑星に棲む者達とは血も通っていないアンドロイドの集団だ!」

最終的には宇宙に棲む者達の最高会議が最高の緊急度で飛ばした病院船のドクターにより疫病は沈静化されて騒動は収まった……かに見えた。

「宇宙船の疫病は星を1つ滅ぼしかねん!生ぬるいことをやってないで宇宙港を閉鎖し、ステーションでの取引までに制限しろ!」

と息巻く、惑星政府議会での一人の議員の発言。
同じ頃、宇宙政府代表者会議では、

「惑星政府とは人非人の集まりだ!あんな奴らとは金輪際、付き合うべきじゃない!」

互いに罵り合い、罵倒の応酬。
最後に待つのは絶縁状……

「今後、互いに絶縁状態となり、一部の貿易専用輸送船を残して完全なる相互不干渉を貫くものとする」

まあ言ってみれば互いに鎖国し合うようなものだ。
理性的に少し考えてみても、こんなバカなことは続かないと分かりそうなもの……
10年も経たぬうちに密輸船の横行が頻繁となる。
制限されればされるほど生命体の欲は増大する。
躍起になって取り締まりを強化し、捕まえても捕まえても相互の密輸は増えることはあれど減らない……

先に理性をなくしたのは惑星側。
密輸品を満載していた輸送船を爆破するという荒業を、とうとう使ってしまう。
宇宙側からの抗議は密輸船に権利もクソもないと無視。
これに怒った宇宙側も惑星側の密輸船を拿捕して、乗員を見せしめのため公開処刑……
あとは坂道を滑り落ちるがごとく戦争へと突き進んでいく……

ついに、宇宙(そら)に棲むものVS星に棲むものの全面戦争が勃発する。
悲しいことに、この全面戦争が起きた時代は宇宙開拓も全盛期に近い頃だったこと。
星系の様々な惑星や衛星が探査され開拓され、また、それより小さな小惑星は宇宙のトレジャーハンター達の獲物となっていた。
星に棲む者達にとって幸いだったのは相手に大型宇宙船が無かったこと。
それでなくとも宇宙側にアドバンテージがあるのだから、惑星や衛星側は最初、守勢に立つ。
宇宙戦は静かながらも悲惨である。
あっちで光が見えれば、それは死を運ぶレーザー砲の光。
あちらでまばゆい光が一瞬、それは宇宙艇や宇宙船の爆発や爆縮の光。
大型宇宙船は改装によって攻撃用の小型宇宙艇の母艦となり、小型の宇宙船はミサイル駆逐艦と化す。
あまりの武器の速さに人間の判断では遅すぎると戦時シミュレータで判断され、初期の宇宙戦より双方ともに人工頭脳による攻撃と回避を組み合わせて戦術を実行する。
この点で宇宙側のほうが操船プログラムにアドバンテージがあることが分かり、初期戦闘ではエースを大量に生み出す。
星側も徐々に経験と事例を重ねて行き、宇宙側のアドバンテージは無くなり、がっぷり4つになる。

ここで面白い事が分かる。
惑星生まれのほうが宇宙生まれよりも高Gに耐えられることが分かった。
このニュースは宇宙側に絶望をもたらす事になる。
正面からの殴り合いならともかく、ドッグファイトにならざるを得ない宇宙艇同士の戦いでは高Gに耐えれば耐えるほど相手に勝つ可能性が高いから。
じわじわと、宇宙側は押されていった。
宇宙側の指揮官は、禁じ手を使いたいと宇宙評議会に打診する。
もう、この手を使わなければ我々は惨敗して、宇宙は星に棲む者達の天下となるだろう。
しかし、私、評議会議長は、個人的には、これをよしとしない。
最前線は押し込まれている。
もう数時間で、戦線の維持も不可能になるだろう。
そうすれば、後は評議会のある宙域まで障害らしい障害はない。
宇宙評議会は紛糾した。
禁じ手ではあるが使わなければ我々が滅ぶ。
いや、それでも人の心があるなら、これはあまりに残酷で非情、使うべきではない。
議長の一言。
使わなければ我々の敗北と滅びは目前だ。
どのみち、どちらかが滅びるのならば……
それなら禁じ手だろうが使って構わんだろう。
前線の指揮官に禁じ手の使用許可が出る。
指揮官は、それでも事前通告を行うことにする。

「惑星・衛星連合軍の者達よ。数分で良い、この放送を聞け。今、宇宙評議会議長より通達があった。我々は、これより人の居住する惑星と衛星に対し、小惑星を落とす手段を解禁した。お前たちは、やりすぎた。その報い、受けるが良い!」

この放送より数分、衛星や惑星に比較的近い小惑星の軌道が変化する。
大きなものでは巨大彗星の軌道も変えられ、惑星直撃コースへ乗る。
小さなものは半分以上燃え尽きるが、それでも500kgの燃え残りが小都市近郊へ落ちると……
その都市は、さながらソドムとゴモラ。
爆風で建物の大半はなぎ倒され、衝撃で高熱になった空気が住民の肺を焼く。
数分で舞い上がった土砂は半分以上が落ちるが、その量も想像以上。
道路も航空機も使い物にならず、住民は、ただ死んでゆくだけ。
小さな物でさえ、この威力。
数時間後に落ちる、目の前の楕円形、直径は200m以上もあろうか……
この小惑星の軌道を変えることは、もう不可能……

「星の民たちよ、神の怒りを喰らえ!」

その言葉を発した宇宙の民は、怒り狂った星の民の船からの大出力レーザーにより、宇宙服ごと真っ二つになる。
この小惑星ミサイルを食い止めるため、星の民側は核ミサイルに大口径レーザー等、何でも使った。
しかし、手慣れた宇宙の民とは違い、星の民は大質量物体の移動に関するノウハウなど持っていなかった……
今更、小さな岩塊で練習などしている暇はない。
どうやってもコースを変更することが出来ず、超特大サイズの小惑星ミサイルが惑星に突っ込んでいくのを、ただ見守ることしか出来ない星の民……

「ちくしょう!こうなりゃ、ヤケだ!目の前の敵だけでも殲滅してやる!」

誰が叫んだか、それはもう知る人もいない。
超小型艇を小惑星ミサイル作戦に使ってしまった宇宙の民は、星の民の怒りに任せた攻撃に耐え切れず、前線は崩壊する。
それから数時間後……
宇宙の民が評議会用に使っていた宇宙ステーションが怒り狂った星の民に急襲され、そこに居る全ての者が亡き者とされる……
勝者となったはずの星の民も、その生き残りは、全盛期から比べると、ほんの0.1%もいない。
これにて、数100年後には、栄えに栄えた生命体は滅び、その文明は跡形もなく焦土と化した惑星と衛星の残る星系となる……
はずだった。
ここで終わっていれば、後の銀河全体を覆う死の影とも言える生命など生まれるはずもなかった……
歴史というのは、通常なら歴史に華々しく登場するはずの人物すら死と恐怖と絶望の父に変える……

宇宙に棲むもの達と星に棲むもの達の全面戦争から、はや数世紀……
惑星や衛星に住む人口は、ほとんどが老衰で亡くなり、今では一番大きな街や都市でも数100人ほど。
住むものもいなくなり、放棄された惑星や衛星、宇宙コロニーやステーションも多かった。
あれほど宇宙にあふれていた宇宙船も、今では老境に達した船長達の一部が、食料や生活必需品を届けるために月に一隻、飛ぶか飛ばないか……
そんな、もう絶滅まで時を数えるしか無いような星系に一隻の中型宇宙船がやってくる。
ちなみに、この文明に光速を超えるテクノロジーは芽生えなかった。
星系を開拓して、さあ次は隣の星系へ探検船を送ろう!
と計画している時に戦争が勃発したのだ。
では?
この宇宙船は?
宇宙船の乗員は、ほとんどが有機アンドロイド、つまり有機生命体のような外見ではあるがロボットだ。
では、船長は?
こちらは本当の有機生命体である。
彼は、この星系から、はるか昔に出発して、光速以下のスピードしか出ない宇宙船を駆使して近傍星系へ数10年かけて到着した後、極秘の開発と実験を行っていた。
その極秘開発及び実験とは?
ナノマシン医療の実現化である。

開発主任として彼が行かないとスケジュールもこなせないため、彼は宇宙評議会より、宇宙に棲む者達の未来を開くテクノロジーを開発するために、絶対に邪魔されない、そして、悲惨な結果になっても故郷の星系に被害が及ばないように、星系すら越えていったのだ。
成果は?
一応の成功をみた。
彼自身が、これほどの長い期間、生存しているのを見ても医療用ナノマシンは成功しているのだろう。
しかし、このナノマシンには致命的な欠陥というか、欠点があるのも確認した。
それは、生殖機能が失われること。
とりあえず実用化の目処は立ったので、今まで連絡すら控えていた故郷へ戻ってきたのである。
彼は、故郷の星系に対し何回も帰還の連絡をするために通信を送った。
しかし、何度送信すれど、応答なし。
しかし、彼は楽観視していた。
彼が秘密裏に故郷を旅立った時、まだ星に棲む者と宇宙に棲む者の対立は起きていなかったためだ。
あまりに長い年月が経ったため、私のことも忘れられているのだろう……
彼はそう思っていた。
この福音を、早く故郷のみんなに届けてあげたい。
我々は、まだまだ生きられるんだ!
次第に近づいてくる故郷の星を見ながら、彼は、久々に逢えるだろう自分の従兄弟や親戚の子孫、評議会の新顔の面々を思い、顔がニヤついていた……
画期的な医療技術なんだ、誰でも長生きできるんだ!
評議会の宇宙ステーションは、旅だった時と変わっていなかった……
無人だったことを除いて、その位置も、その設備も。
多少は破損していたが、それは微小隕石でも衝突したのだろうと彼は考えた……
有機アンドロイドの部下を駆使して、誰か残っているものはいないか、何か手がかりになるようなものはないかと探させると……
数時間後、有機アンドロイドの一体がビデオファイルを残したらしいデータチップを持ってくる。
戦争の作戦記録と、最後に誰かが残したビデオファイルが残っていた。

ファイルは、データチップが長年の宇宙線に曝されていたようで、ところどころ再生不能となっている箇所はあるが、全体的には修復可能だと見られるため、彼は有機アンドロイドに命じて、そのデータチップのファイルを修復して再生するように命じる。
ちなみに作戦記録の方はテキストだったため、そこまで酷く壊れていない。
数日かかったが、ようやくノイズにまみれながらもファイルの修復は完了。
再生にもノイズがかかった状態だったが、うまく解除できたようで、顔はボヤケながらも、音声ははっきり聞こえるようになる。

「……これ……見るものは、もう、いないかも知れない。しかし……残す。我々、宇宙に棲むものは、星に棲むものにより、絶滅させられようとしている。……心あるなら、我々のために祈ってくれ……もう、奴らが入ってきた……銃を構えている、そして(ブツッ!)」

最後の最後まで録画できなかったようだ。

「これだけか……これだけしか残っていなかったのか、私達の種族が生きた証は!?」

自分たちの使っていた可能性のある周波数帯を、全て網羅して生き残りに呼びかけるが全て応答なし。
宇宙に生きるということは通信手段がないのは致命的だと彼も知っているため、ここでようやく自分の種族が殲滅させられてしまったことに納得する。

「遅かった……遅かったのか?!せっかく、望めば不死にもなれるテクノロジーを持ってきたというのに……」

ちなみに、自分たちの種族を殲滅した相手方は?
と、様々な所へスパイ用のドローン(超小型の情報収集用ロケット)を飛ばす。
自分の知っている限りの衛星や惑星へとドローンを飛ばして、情報集めること数週間……
判明したのは総数で数万人が生き残っていること。
確かに作戦記録で見た限りで、小惑星ミサイル作戦で酷い痛手を被ったものの、元々の生存者数が違いすぎた。
こちらは数百万人単位、あちらは数億人を数えるのだ。
彼の心は天使と悪魔の2つに分かれた。

俺たちゃ、生き残りもいないほどに全滅させられたんだぞ?
それでも、あいつらを許すのか?
いいか、俺達は一人残らず殺されたんだ!

許すも許さないもないだろう、元は同じ種族だ。
自分の持ってきた医療技術を使えば彼らだけは助かる。
さあ、今すぐに星に棲む者達に通信回線を開け!

助ける?
我が種族を絶滅させた大犯罪者をか?
そこまで大きな心なら俺は何も言うまい……
相手を皆殺しにしても良いと考えるような者達を不死の恩恵にあずかれるようにしてやるとはな。
さぞかし地獄で同胞が怨嗟の声を上げているだろうよ。

彼の開発した技術が不死にも通じるものだったことが悪い方に作用した。
彼は考える。

「この技術で生き残った者達を不死に近くした場合、この宇宙に争いの種を蒔くことにならないか?それなら、ここで見放して死んでいくのを眺めるほうが良いのではないか?」

相互扶助の精神も助けあうという意識すらも持たなかった文明の行き着くところ……
彼も唯我独尊の罠にはまった……

「我々は互いに殺しあった。そして滅びるのは必然。出来得るなら争いのない宇宙にしたいものだ……この星系は禁断の星系として誰も侵入できないようにする必要があるな……」

絶望から更に暗い望みが生まれた……
彼は宇宙船と有機アンドロイド、そして付近の小惑星を材料として自分の身体を構成するナノマシンを増強することにした。
命令は単純である。
1、自分を増やせ
2、自分を攻撃するものあれば、相手を抹殺せよ
3、戦争を目撃したら、どちらも攻撃し、抹殺せよ
4、この銀河宇宙に戦争が無くなった場合、活動を休止して、体を維持するのみにせよ
実は、これに勝る0項があるのだが、それは彼自身(つまり、ナノマシンたちの核となるもの)が消滅したら、そこで命令は全て取り消す、というもの。
彼自身、不死の神となって、この銀河に争いをなくすと決心した。

しかし、これには恐ろしい欠落がある。
生命体は生存のために戦う。
争いを無くすということは、つまり……

これより、はるか未来……
1つの星系より発生した雲か霞のような生命体群が他の星系に数百年かけて到着した。
そこには若い文明が、互いに衝突を繰り返しながら成長しつつあった。
争い行動を発見したナノマシン達は早速、命令を実行する。
その星の生命体が気づかないうちに彼らは死んでいった。
星系の太陽エネルギーを取り込みながら、そして宇宙に漂うデブリや小惑星を分解しながら、ナノマシンは増えていく、際限なしに……
光速を超えるテクノロジーが開発されなかったことだけが救いだった。
ともかく、いくら増えようともナノマシン達が銀河を越えることは無い。
主人たる「彼」が超光速のテクノロジーを発見できなかったこともあり、宇宙を覆う死の雲は、ゆっくりと銀河宇宙全体に広がっていく。

銀河の縁にある小さな星間文明は運良く跳躍航法を発見していた。
銀河の中心方向に探検船を出したところ数隻が戻ってこない……
そのうち別の探検船が、とんでもない不幸なニュースを運んできた。
この銀河の半分以上が宇宙空間に漂う雲あるいは霞のようなものに覆われつつあるのだという……
そこからタッチの差で逃れた異文明の救難船にコンタクトすると、その不幸の詳細が分かる。

「その雲みたいなものに星が包まれると、あっという間に生命体が死んじゃうんだよ!わけも分からずに死んでいくんだ!」

ナノマシンはバカである。
バカではあるが忠実である。
争いの行動を発見すると例え子供の喧嘩であろうとも、そこの生命体を危険な生命体とみなして皆殺しにする……
そして主人の命令通り平和な宇宙を作っていると、自分たちは解釈する。
いつしか時は過ぎ、逃げられる者達は逃げ、そうでないものは皆殺しにされ、星に残るものは植物のような光合成で生きる種の生命体のみ……
動物も虫も魚も、当然知性体など存在できるわけがない。
ある意味、全くと言って良い「争いのない銀河」が誕生する。
そして、ナノマシン達は休眠状態になる。
未来に活躍するために……

ガルガンチュアは、次の目標となる銀河へ向けて跳んでいる。
ただし、前の銀河にて気になる情報を入手したため、先頭はフロンティア。
センサーを最大感度、搭載艇群は少しでも先の情報を集めようと全て解き放つ。

「フロンティア、このガルガンチュアに害をなせる存在があるとは思えないが?」

真剣に情報を集めて検討しながら、そろそろと進んでいく(比較の話。実際には跳躍航法で一回につき数10万光年は進む)フロンティアに対して疑問を述べるガレリア。
無理もない。
予定では、とっくの昔に目標銀河に到着し、搭載艇群を使って情報収集しているところだから。
フロンティアは情報収集と検討に忙しいようなので俺が答えてやるか。

「ガレリア、俺が回答する。前の銀河の縁で気になる情報を聞いた。そのために充分なまでに注意をはらいつつ、今度の銀河への情報を潜入前に得たいんだ」

「どんな情報です?主。このガルガンチュアに匹敵するような宇宙船は他にないでしょうに。単体なら他に8隻存在するはずですが、それでも今のガルガンチュアにはエネルギー量で勝てないでしょう」

自慢しているようで、的確に判断してるな、ガレリア。
しかし、俺の予想じゃ、そんな生易しいもんじゃ無さそうなんだが……

「もしかすると、単純攻撃力という点ではガルガンチュアよりも強いかも知れないぞ、今度の銀河にいるだろう生命体は……でも、生命体と言えるんだろうか?」

「聞き捨てならんな、その言葉。主だから信用するが、他のやつなら頭から否定するところだ」

「いや、とりあえず、これを見てくれ。前の銀河の住人じゃなくて今度の目標銀河から逃げてきた者が情報提供者だ」

俺はビデオチップを再生し、プロジェクターで目の前の空間へ映す。

「……。ともかく、あの銀河へ行くのは、やめたほうがいい。死神の鎌の中へ自分から飛び込んでいくようなもんだ。俺達は跳躍エンジンがあったから何とか逃げ切れたが、あの銀河は今頃、死神のような雲、というか霞というか……まあ、そういう物の中にあるようなもんだ。あの雲の中に入ってしまうと、植物は大丈夫だったようだが他の生命体で生きていられるものは存在しないんだ。一瞬で冷たい死体となっちまう……何で死んだのか原因もわからないんだぜ?俺達は故郷の星系が雲に包まれたのを見て、もう何もかも捨てて跳躍エンジンも擦り切れる寸前まで使って、この銀河へ逃げてきたんだよ」

ここで映像は終了。

「さて、感想は?ガレリア」

「下らないな。そんな雲のような、多分エネルギー体だろうが、そんなものは私かフロンティアの主砲で吹き飛ばせば良い」

いやいや、そりゃダメでしょうが、ガレリアさん。

「ガレリア、俺の仕事、というか、俺が宇宙船のマスター権限を握るにあたって宣言したことがあったよな……」

はい、復唱。

「トラブル解決が主たる任務であり、攻撃は最後の手段。原因を解決すれば、トラブルや戦いは必ず解消する!だっけ?」

「分かってるじゃないの、ガレリア。万が一の為に攻撃力があるんであって、通常はバリアシステムと搭載艇群だけで解決できるでしょうが。要らぬ戦いは、しないほうが良いんだよ」

若干、落ち込むような顔を見せるガレリア。
しかし、俺は騙されないよ。

「表情を作れるようなったからと言って同情を引くような顔するなよ。フロンティアの頭脳と違い、お前の頭脳は冷静な判断力が売り物なんだろ?」

「ちぇっ、ばれたか」

表情を笑顔にするガレリア。
そうだ、そのほうが良い。

「ということで、とりあえず、この時点からバリアシステムの増強だけはしておきたい。ガレリア、今のバリアに、お前のバリアを重ねて展開してくれ。これで、それこそ細菌クラスでも侵入不可能となるからな。今度の相手の素性も攻撃手段も分からん状態では、とりあえず、相手を侵入させない鉄壁の鎧で近づくしか無いだろう」

「ご主人様、目的の銀河からは、どのような思考波も検知されません。知的生命体と呼べるものは全て死に絶えたか、それともいなくなったか、ですね。思考波の点で言いますと、あの銀河は全くの静寂です。おそらく死の静寂でしょうが……」

エッタの思考波チェックの結果が発表される。
と、ここでフロンティアが顔を上げる。

「マスター、この銀河間空間に宇宙船が存在します。それも、ずいぶん古いタイプですね。速度は光速の約50%で燃料の尽きるまで加速を続けた結果のようです。この船には跳躍航法が使われていないのでは?」

何?!
超光速が使えない宇宙船で銀河を渡ろうとしてるだと?!

「フロンティア、とりあえず、その船と連絡を取り、救助しろ。こんな銀河間空間でFTL(超光速のこと)システムがないのは致命的だ」

数時間後、互いの言語解析も終了し、トランスレーターが作動し始める。

「ありがたい!我々は迫り来る悪魔の見えぬ手から必死に逃げて来た。もう50年以上も飛び続けたのでエンジンも分解寸前だ。出来得るなら隣の銀河まで乗せて貰いたいのだが……もしかして、貴方達は我々が逃げてきた銀河へ向かっているのか?」

まあ、嘘をつくのもなんだ。
俺は正直に、

「我々は宇宙のトラブルバスターだ。どんなトラブルも解消し、今まで通ってきた銀河や銀河団は平和で安全な宇宙となっている。今度は、あの銀河だ」

相手は俺達がトラブルがあると知っていて向かうと知り、驚いている。

「なぜ?何故に行く?もう、あの銀河に生きているものは植物のみ。知性体どころか動物すらいないんだぞ?」

なぜって、俺の信条だ。

「そこにトラブルがあり、トラブルがあるなら原因も必ず存在する。その原因を解消してやるのが、俺達の仕事であり、生きがいなんだ」

全く理解できない!
死にに行くようなもんだぞ!
と、うるさいので彼らを大型搭載艇に乗せて俺達の来た方向へと送ってやる。
今まで乗ってきた宇宙船は?
と聞いたら、

「手間がかかるだろうが処分してもらってかまわない。どのみち、もう長くはない船体寿命だったろう」

ということで資源として貰っておくことにする。
大型搭載艇は前の銀河の首都星へでも送っておいてくれとフロンティアに命令しておく。
ちなみに搭載艇なので、お客と荷物を下ろしたら、こちらと合流する予定。
緊急事態だから乗せてあげるけど本来は跳躍航法を使える船に、その航法を開発してない生命体は乗せないんだ。
さて……

「フロンティア、ガレリア。今度の相手のトラブルは根が深そうだ。ちょいと気を引き締めてかかろうぜ」

軽口はいつものことだが、さすがの俺も今度ばかりは……
そろそろ、目標銀河の縁へ到着する。
ここが、いわゆる「死の銀河」か……
到着したら早速仕掛けてくるかと思いきや、何の攻撃も通信連絡もない。
はぁ?
どういうことだ?
今まで聞いてきた話だと突然に死んでいった者達という情報ばかりで、不意の攻撃を受けたとしか考えられない。
もう、けっこう銀河内へ入ってきてるぞ。
まあ跳躍航法は使ってないんだけど。
試してみるか。

「フロンティア、ガレリア。一番近い星系まで跳ぶぞ。バリアの強度は最高にして、搭載艇のバリアシステムもできる限り最高強度で。ガッチガチのアルマジロ状態で行くぞ」

「了解です、マスター。ところで、攻撃も、その前段階の警告もありませんね?どういうことなんでしょうか?」

「さあな、俺にも分からない、今の段階じゃ。とりあえず、このままの状態で手近な星系へ行って、そこの星の生命体がどうなったのか、改めて確認だ」

「分かった、主。行くぞ、フロンティア!」

目標銀河に到着できて安心して、はっちゃけてんだろうな、ガレリアは。
ただし、エッタの言う通り、ここに俺達以外の思考波を出せる存在がいない。
まさに、死の静寂に包まれた楽園、とでも言うか。
数光年跳んで、最初の星系だ。
太陽に異常なし。
雲、あるいは霞がかったような宇宙空間でもない。
こうやって見る限りは平安そのものだ。
これが、どうやったら銀河の中で全ての星が植物を除いて全て絶滅などという、とんでもない事態になるんだ?

と、ここで俺は閃いた!
そうだよ、一般には知られていないが俺達が持ってる情報の中に、普通の星じゃない状況で生きている生命体があるじゃないか!
さっそく、その星系の太陽に住んでいるだろう、エネルギー生命体(またはプラズマ生命体とも)にテレパシーで連絡を取る。
案の定、返事が返ってくる。
それによると彼らの中で変死したような仲間はいない、とのこと。
ふむ、極端な高熱状況では、その雲あるいは霞は燃え尽きるのかな?
あるいは太陽に生命体がいるということを分かっていない可能性が高いか。
エネルギー生命体には情報のお礼を伝えておく。

そうすると……
宇宙空間や星系の惑星、衛星では生存できるが、太陽に近い、あるいは太陽表面では活動不可となる、という事かな?
好奇心で活動限界まで近づくという事もやってないようだし、どういう形態の生命体だ?
そもそも、あらゆる知的生命体をはじめとして、動物、魚、虫までが全滅しているな、この星では。
搭載艇群の調査では文明の痕跡(建造物やら、初期の宇宙船やら)は、そのまま残っているらしい。
ただ、植物が異常繁殖していて、道も機器も構造物も全てが森に覆われつつあるという。

侵略者ではないのか?
生命体を全滅させておいて、後から植民という手を使う種族を過去に見たことがあるが、そのようにも見えない。
だいたい、自分の所属する銀河をまるまる死の銀河にするなら自分たちも犠牲になるということだ。
全ての生命を奪うということじゃないのも、おかしな点だ。
植物には、なんら攻撃を仕掛けていないのは何故?
動物、植物には、どんな違いがある?
動き?
いや、植物にだって食虫植物ってのがある。
素早く動く植物や、地球にだってあった風に吹かれて転がりながら定着先を探すという変な植物もいる。
そうじゃない、植物と、その他。
動物、魚類や昆虫も含めて、何処が決定的に違う?
わからない……
生命を維持するエネルギーの摂取方法?
いいや、葉緑素を持たない植物だってあるぞ。
それに俺達は明らかに、この銀河へ侵入してきたんだぞ?!
知的生命体に間違い無いだろうに、何故、攻撃されないんだ?
わからない……
攻撃されるものと攻撃対象ではないものの違い……
なんだろうか?

只今、フロンティア、ガレリア、プロフェッサーとの3人組で惑星各部を調査中。
地中や海中に生き残った知的生命体がいないかどうか、いないなら、せめて植物以外の生命体が本当に全滅しているのかどうかを調べてもらっている。
本当は俺も現地調査へ参加したかったんだよ?
でも、

「マスター、残念ですが。この場合は参加を諦めて下さい。現実にマスターの生命が危ない可能性が高いので、私達の最優先命令としてマスターの船外活動は許可できません」

と、フロンティア。
ガレリアもプロフェッサーさえも同意しやがって、おかげで俺はガルガンチュアに軟禁状態。
まあ、気持ちは分からないでもないけど。
今までのトラブル状況とは明らかに危険性が違うから。
ちょいと直感が働いて、フロンティアに連絡。

「フロンティア、大気サンプルを少しで良いので採取してくれ。突然に死んでしまう状況がガスに関するものなのか、それとも違う要素によるものか分析したい。ただし、採取に当たっては充分に注意しろよ。その原因が大気にあるなら下手に船内に持ち込むと、えらいことになるからな」

了解!
と返事が返る。
数時間後、惑星の調査が完了したとの事で、3人組が帰ってくる。

「我が主、調査は完了しましたが、陸上、海上、海中に地中、空中に植物以外の存在を認められませんでした。恐ろしいことに地中の動物まで全滅してますね。一部の粘菌類とか細菌、そのくらいですな、現存しているのは」

予想はしていたが酷いものだ。
こいつを仕組んだ奴は何を考えていたのだろうか?
植物やキノコ類、カビ、地衣類以外は生存の資格がないとでも?

「無事の帰還だな、良かったよ。早速で悪いが、サンプルの大気を分子単位まで調査してくれ。ガスだとしたら、分解しても素材の元素は残っているだろう」

数分で大気の精細分析が完了する。
ホントに高性能ですな、ガルガンチュア。

「マスター、調査の結果ですが、気になる事が1つ」

ん?
何か普通じゃない物が検出されたか?

「報告してくれ、フロンティア」

「はい、マスター。通常の大気成分に、少量の一酸化炭素や一酸化窒素が検出されました。ただし、この場合は」

「ああ、古代式の内燃機関だろうな、原因は。で、気になることとは?」

「はい、この星系の文明では、とても造れないと思われる物を発見しました」

「何?!オーバーテクノロジーの産物?!それも大気中って、どういう事だ?」

「はい。まずは、この拡大映像を、ご覧ください」

プロジェクターが目の前の空間に、サンプル大気の中にあったものの数千倍の拡大図を示す。

「何かあるな。これ、二千倍だろ?それでも、こんなに小さいのか?」

黒い点が数個、確認できる。
煤煙ではないかと思うところだが、煤煙にしては何かおかしい。

「マスター、これは人工物です。十万倍に拡大した映像が、こちらです」

ぐん、と拡大した映像に切り替わる……
こいつは……

「こいつは何だ?生物か?それとも分子機械?」

フロンティアが回答してくるが、俺の予想を上回っていた。

「これは医療用のナノマシンですね。少々改造されてはいますが、機能的には医療用で間違いないでしょう」

はい?
医療用のナノマシンが暴走して、生命体を虐殺したってのか?

「フロンティア、こいつが原因だとすると理由が分からんよ。基本プログラムの暴走?それにしては、植物が攻撃対象じゃないよな」

「我が主、それについては私に参考意見が」

「珍しいな、プロフェッサー。地球に似たものなんてあったっけ?」

「地球じゃありません、我が主。火星です。火星では、このようなナノマシンを医療用に用いていました。ただ、一般には告知されていなかったようですが」

あ、俺も聞いたことがあるぞ。
火星の風土病で厄介な物があって、それを根本的に遺伝子段階で治療や予防しているとか。
ただし、噂段階であって一般告知されたものじゃない。

「ちょっと待てよ、プロフェッサー。俺も火星で半年、フォボスとダイモスでは一年以上、働いてるぞ。もしかして俺の中にもナノマシンがあると?」

「いいえ、ナノマシンの寿命は短いですから、もう動作は停止して全て汗や体液と共に排出されているはずです」

良かった。
ちょいと想像すると怖いものがある。

「フロンティア、そうすると……このナノマシンを操ってる奴が居ると言うのか?」

そんなのがいるなら、ちょいと厄介だぞ。
トラブル解消のためには、そいつの所へ行かなきゃいけないが、そこにはナノマシン群の壁というか雲というか、霞というか、が待ち受けているわけか。
でも、変だな?

「フロンティア、一つ疑問がある。こいつが、この銀河に住む知性体や動物を殲滅した原因だとしよう。じゃあ、なぜ、俺達は襲われないんだ?」

「さあ?それが私にも疑問です。知性体や動物、魚類、昆虫まで絶滅させているのに、我々に攻撃してくる様子もないというのは、ちょっと理由が思いつきません」

うーむ……
その理由がわからないと、迂闊に行動も出来ないな。
どうやって、その理由を解明すればいいんだろうか……
少しは謎が解明されたが、おかげで動けなくなってしまった……

少し時間を巻き戻して、ガルガンチュアが死の銀河に到着する前の時間に。
そして、こちらは、ナノマシン群を操って、この銀河を死の銀河と化した張本人。
現在はナノマシン群により相対的不死となって、遥か過去から生き続けている生命体の「彼」
もう、自分の名前すら過去においてきてしまった「彼」にあるのは、この銀河を平和で争いのない宇宙にする、ただそれのみ。
もはや、妄執と言い換えても良いほどの執着だ。

「ん?この銀河に巨大な物体が近づいている、だと?平和的な生命体であるなら歓迎しよう。そうでなければ……滅びが待っているだけだ……」

彼の唇が、わずかに動いて独り言のように呟く。
ナノマシン群は、それを命令と受け取り、いままさに銀河へ侵入しようとする巨大宇宙船を、今回は観察対象とすることにした。
ただし、この観察対象が攻撃対象と変わるのは、いとも簡単。
宇宙船、あるいは中に居る生命体が攻撃行動、あるいは攻撃の意思を示したら……
という、まさに自分の行動そのものがナノマシン群の攻撃スイッチとなる危険な観察。
それも、変わる瞬間の条件を知っているのは観察対象の当人ではなく、観察しているものたちだけ、という目隠しジャンケンのような危ない綱渡り……
しかし、この巨大宇宙船の行動は敵対的とか攻撃的とかいうものとは縁遠いものだと、しばらく観察していて、ナノマシン群の集合知性(の、ようなもの)は判断する。
大気サンプル採集時に仲間のナノマシンが数個、採取されてしまったが、これら採取された物は短時間で機能停止してしまう。
エネルギーの補充、あるいは交代用の次世代ナノマシンがあればこそ、一個あたり数分間の寿命であっても群れは不滅なのだ。
ナノマシン達の最大関心事は、核である「彼」の生命と命令。
それ以外は各個の生命など問題ではない。
本当なら、自分たちがいるべきは「彼」の肉体細胞の中。
医療用のナノマシンとしては、主人の体の中に居ることが最大の喜びとなるのだが、改造されたナノマシン達は体外に出ても不満など無い。
ご主人である「彼」の願いを叶えることが、ナノマシン達には無常の喜びとなる。
言い換えると「彼」は一種の神。
ナノマシン達は神の下僕である天使の役目と考えれば良いのではないだろうか。

ただし、この「神」は根本的なところで狂っている。
天使たちは純粋、思考回路的には愚かな、しかし強力な死の天使だ。
巨大宇宙船は一度は手近な星系に近づいて乗員の一部が降りたようだが、医療用ナノマシンには降りてきた乗員たちが、いわゆる機械体であることが一目で理解できる。
自分たちとは違い、より高度な思考力と判断力を持つようだが、それでも仲間であり、このものたちは観察対象から外れることはないと認識する。
自分たちの観察対象の主たるものは、この機械体達の主人だ。
有機生命体が最終的な主人である場合が多いが、例外的には上位の機械体が主人種族であった例が過去にもある。
ただ、そういう種族には、こちらと敵対しないように敵味方の識別信号を覚えてもらい、平和的に交渉できうる状況にはしている。
まあ、こちらの銀河に知的生命体どころか動物、昆虫もいないと告げると2度と来なくなる者達ばかりだったが……
今度の巨大宇宙船の主人たる異種族は、おそらく有機生命体、それも高度な知的種族に違いない。
ナノマシンの潜在的攻撃力に対して、あらかじめ鉄壁ともいえるシールドバリアが張り巡らされている。
もしも、攻撃対象と認識されても、こちら方面のナノマシン群では到底破れる強度ではない、それほどのバリア強度だ。
現在は観察対象なので問題はないが、このまま観察対象がナノマシン達の故郷たる星系(中央部より少し奥まった位置にある)、つまり「彼」のいる星系に行こうとすれば、観察するナノマシン群の数を大幅に増やすことも計画する。
ナノマシン群にとり「彼」は神であり、そして唯一の急所でもあるのだから。
ナノマシン群にとり、この巨大宇宙船は、どう扱って良いのか判断に困るものだった。
最初は侵略の尖兵かと疑われたが、その行動は穏やかで、とても侵略者とは判断しかねる。
しかし問題なのは、その宇宙船のサイズ。
平和的意図があるにせよ、このサイズは脅威。
3つのパーツ部分に分かれるようだが、一つ一つのパーツにおいても、星系の月・衛星クラスのもの。
そいつが1つに合体しているので、全長は通常の岩石型惑星と同等である。
さすがにガス型惑星の大きさではないが、その保有するエネルギー量は、軽く1つの星系を吹き飛ばすに充分以上のものと推定される。

相手が攻撃的行動を見せない限りナノマシン群が攻撃を加えることはないのが、双方にとって事態を膠着させる事となる。
ナノマシン群は、攻撃にうつった場合には現状で勝てないことがおぼろげながら推察できており、相手方もナノマシン群の攻撃条件が分からずに戸惑っている。
巨大宇宙船は、さらにサンプル採取と状況確認のために、あちこちの星系を巡っている。
ナノマシン達にFTL(超光速)テクノロジーはないが、相手が何処へ跳ぼうとも、そこのナノマシン群が監視を引き継ぐので逃げられはしない。
「彼」は、また呟く。

「敵対的行動は一切とらずに調査で跳び回っているだけというのは今までになかったパターンの生命体だな。興味が湧いてきた。もし、この秘匿星系へ万が一でも来ることがあれば、その生命体と会ってみよう。その行動原理を知りたい」

そのつぶやきは即座にナノマシン達により命令と受け取られ、観察対象から目を離さないよう、しかし攻撃は控えろと通達される。
そしてガルガンチュアは、あっちへこっちへと余分な回り道をしながらも、ゆっくりと「彼」のいる星系へと近づいていく……

ガルガンチュアは、あちこちの星系を周り、サンプル採取と現状確認を行う。
どの星系も同様な状況だ。
植物や粘菌、地衣類以外は動くものとて見当たらない。
大気サンプルも同様で、数個から数十個のナノマシンが確認されるが、全て機能停止している「死んだ細胞」部分だ。
このままでは、埒が明かない。
何か、打開策はないのか?
最初から考えなおしてみようか。
この生命体(ナノマシンを自由自在に操っている存在)がいるところには、それこそ守護者としてのナノマシンが膨大な数で存在するだろう。
とすれば群体として1つの生命体のように動くこともできるだろうし、星系ごとに小さな群体としての動きも可能だろう。
ナノマシン群の動きに統一性があることも考えると、こいつら(ナノマシン)の主人たる存在は多人数ではないだろう……
というか多分だが、たった一人の生命体の可能性が高い。
こいつらが、なぜ俺達を攻撃しないのか疑問だが、とりあえずは今の行動を続けている限りは安全だろう。
しかし、このまま各星系を巡っていっても、目指す相手にたどり着くのは可能性の問題となる。
相手もこちらも、時間に縛られる生命体じゃないのは幸いだが、できれば早めに対処したいね。

さて、状況を打開するには、何が必要なのか?
今まで、何を行い、何を行ってこなかったのか?

「フロンティア、ガレリア。この銀河にいるはずのナノマシン達の主人に対して、連絡をとってみたのか?」

フロンティアが代表で答える。

「マスター、電波と光では呼びかけてみましたが応答はありませんでした」

そうか……
じゃあ、こいつは?

「テレパシー波での呼びかけは?」

「電波、光での呼びかけに対して反応がないのですから、テレパシーは使っていませんよ」

やはり……

「では、提案だ。俺が船外へ出て、テレパシーで呼びかけてみる。有機生命体でも、余程のことでもなければテレパシーの受信くらいは可能だろうから何らかの反応はあるだろう」

これには簡単にOKが出なかった。
分かってたことだけど。
しかし、ここは俺も引けない。
必死になって説得したかいがあり、一時間後にはOKが出る。
ということで、俺は単独で小型搭載艇に乗り、ガルガンチュアから出ている。
少し離れてバリアの外へ出て、テレパシーでの呼びかけを開始する。

《この銀河にいる、ナノマシンの主人たる存在へ。こちらは、地球という、こことは違う銀河団出身の生命体だ。この銀河を死の静寂が支配する宇宙にした理由が知りたい!》

少しばかり長い時間がかかるかと思ったが、意外と早く返事が返ってくる。

〈地球という惑星の出身者へ。私は、この銀河から争いを無くそうと思ったのであって、死の銀河にした覚えなどないぞ〉

こりゃ驚いた。
闇の元締かと思ったが、そうじゃなくて平和な宇宙にしたかったんだな。
これは、話が通じるかも知れない……
テレパシーで少しばかり話し合いをして、互いに会って話をしようという事になる。
「彼」(もう名前も忘れて久しいらしい)は、もう百万年を越えて生きているらしいのだが、どうやらナノマシンの能力で後天的にテレパシー能力を得たようだ。
彼のいるポイントを教えてもらい、そこへ向かうように俺の搭載艇とガルガンチュア本体を設定する。
ようやくトラブル解決の糸口が見えたな。
ただし、これで話がこじれたら俺達も危険かも知れないが……
まあ、光が見えただけでもよしとしよう。
トラブルの根本原因が分からなきゃ、解決にはつながらないんだから。
ガルガンチュアに戻って打ち合わせたポイントを調べてみると、意外と近い星系だった。

「まあ、この銀河の中枢部より反対側へ来てますからね。場当たり的にやっても、そのうち目的星系に到着したでしょうね、マスター」

うん、そうだな。
何も知らずに禁断とされた星系に来て、問答無用で襲撃された可能性も高いわけだ。
改めて、テレパシー連絡がつかなかった時にビンゴだった可能性に思い当たる。
助かったぁ……
俺達の積層バリアシステムを、そうそう力押しで破ることは出来ないと思うけど、それでも、やらなくて良い戦いは避けたほうが良い。
巨大合体宇宙船を構成する2人(二隻?)は、どちらかというと主砲のテストを兼ねて、全力の主砲を撃ってみたいと思っているようだが。
俺がこいつらのマスターである限り、それこそナノマシン達が暴走状態にでもならない限り、そんなことは許可しないからな……

え?
フラグだろうって?
バカな、そんなことはない!
そんな、そんなことは……

「マスター、起床時間です、目覚めて下さい」

はっ!?
夢だったか……
嫌な汗かいたな。
ガレリアとフロンティアの主砲を全力撃ちなどというのは、悪夢以外の何物でもないぞ。
このところ、いつ攻撃されるかと不安で緊張してたから、ナノマシンの主と話して、安心して気が緩んだんだな。
近距離跳躍を繰り返すしか無いが(星系が密集してる宙域だから)それでも手当たり次第に探ってた時とは大違い。
この指定ポイントにいけば、探す相手と会えるんだから。
それにしても、この相手は理解不能だな。
いくら独善とは言え、自分以外の知性体や動物、魚類や昆虫まで、銀河規模で絶滅させようと思うか?
いや、コンタクトを取った時に、言ってたな。
争いのない銀河を作ろうと思っただけなんだ、と。
ということは、だ。
俺達の考える平和と「彼」の考える平和とは全く理想とするものが違うということになる。
争いがないということは、たしかに平和と言えるだろう。
ただし、それは全き孤独の平和。
他者との関わりを拒否する、自分が外へと出ない引きこもりの想像する平和だな。

俺達の実行してる平和は、現実の平和。
争うこともトラブルと考えて、それを解決することによる平和の実現が俺達の理想だ。
こいつのほうが現実的であり、すでに実績がある分、俺達のほうが正解に近いだろう。
俺達の方法が絶対的に良い方法だと、そこまで自惚れちゃいない。
より良い手段と方法があるなら教えて欲しいもんだ。
「彼」に会ったら聞いてみよう。
何故、こんな方法での平和を求めた?
争いはコミュニケーションの1つの手段でもある。
それを否定して争いという現象、行為だけを強制的に無くすと言うのは、あまりに稚拙、あまりに酷い思考放棄。
それとも、ナノマシンが命令を勘違いして実行したか?
あり得るから怖いな。
地球の医療技術史でも、そんなバイオハザード一歩手前の医療事故なんて両手で数えられないほど起きていたという。
内臓や血管、脳神経関係の疾患まで治せるという、まさに夢の医療技術と呼ばれていたらしいが、根本的な欠陥が見つかって以来、地球でのナノマシン研究は封印されたはずだ。

ナノマシンの欠陥?
簡単なことだよ。
単体では簡単な命令を実行することしか出来ないが、ある程度以上の数になるとアリやハチのように群体としての知性を持つ存在になることが分かったからだ。
厄介なことに、ナノマシンの単体性能は低い。
稼働時間も短い。
しかし、自分と同じものを複製する能力、つまり増えることができるのがナノマシンの絶対的な利点。
こいつが欠点にもなりうると分かった時の地球の医師会・医療技術会の対応は素早かったそうで。
一切のナノマシン研究に封印。
それまで試作されたものについてはサンプルを残す以外は全て廃棄・焼却。
火星では、そこまでマンパワーが足りなかったようで一部の病気についてのみナノマシン治療を認めたようだが。
こんなことを思っていたら、ポイントに到着したようだ。
さて、と。
どんな生命体で何を考えてこんな大規模虐殺をやらかしたのか、問いただしてやる。

とりあえず、ガルガンチュアは星系外へ置いておく。
こんな巨大質量を星系内へ入れようものなら、小さな惑星の軌道が狂いかねないから。
俺は今度も必死で説得して、俺一人での会見にこぎつけることができた。
まあ今回ばかりはマジで生命の危険があるのは確実だから、俺以外が必死で止めるのは当たり前っちゃ当たり前なんだが。
確かに、ここが「彼」のいる、または、おわすところなんだろうな。
搭載艇の窓から外を見ても分かる。
ここのナノマシン密度は他の宙域と段違いだ。
大気成分にすら煤煙のごとく黒いものが混じっているように見えるってことは、極端にナノマシンの密度が濃いのだろう。
さて、俺も個人用バリアとサイコキネシスでナノマシンを体内に入れないようにしておかないと。
まかり間違って話し合いが決裂したら、ナノマシン群が襲い掛かってくるのは確実だからな。

惑星上の、どのポイントに行けば良いのか分からないので再度連絡をとると古い宇宙港のポイントを指定される。
そこへ向かうと、この惑星だけは植物たちに侵略されることも無いままに各施設が保存されていた。

〈ようこそ、この銀河の統治中心へ。遠き異銀河からの使者よ〉

お迎えは丁寧だね。

《初めまして、俺が宇宙船ガルガンチュアの責任者にして船長権限を持つ、クスミだ。君が、この銀河の唯一の知的生命体ということか?》

お互いの言葉が全く違うと分かっている以上、テレパシーにての会話が一番手っ取り早いだろう。

〈現状は、そうなるな。生命体としては充分に多いと思うが〉

はあ?
何を言ってるんだ?

《たった一人で膨大な広さの銀河を支配できる事が現実的に可能だと君が示してくれた。ただし絶対的な孤独の銀河だろうに》

〈それがどうした?生命というものは一人だけのものじゃない。他に生命体がいる限り、我々は孤独とは縁遠いものだ〉

《何か会話が噛み合ってないような気がする。君がナノマシンに命令して、君以外の生命体、植物類を除いて大規模に絶滅させたのだろうが?》

〈生命体を絶滅?そんな命令は出していないぞ。争いを無くせ、そのために、争いをしている生命体を抹殺しろとは命令したが〉

《ナノマシンに命令したのは確実なんだな。そうすると原因はナノマシンの暴走か?現に、この銀河宇宙内には君を除いて知的生命体と名付けられるものは、他には俺達しかいない。いいか?君を入れても有機知的生命体は4人だけなんだぞ》

〈たった4人ということはないだろう。一人は全て、全ては一人。私が生きているということは全てが生きているということだ。君らも含めて知的生命体は絶滅などしてないぞ〉

ん?
こいつの思考形態、理解できないんだが……
しかし、どこかで、こんな思考を聞いたような気がするのは、どういうことだ?
どこだ?
どこで聞いた?
それが突破口となるかも知れない、このトラブルの……

《君に問いたい。君の存在とは個人なのか?それとも集合意識体のような全体としての存在なのか?》

そうだ、この質問に対する回答がヒントになる。

《個人?その概念には該当するものが無いのだが。私は個にして全。今は小さな枠にあるが、この枠を取り払ってしまえば全にもなれる》

分かった!
俺はライムに連絡を取る。

「ライム、お前がこのトラブル解決には最適任者のようだ。今すぐに、俺のポイントまで小型搭載艇で来てくれ!」

「彼」が間違った理由が分かったが、こいつは種族特性というか言語の成り立ちそのものの違いというか……
「彼」に全責任を負わせるというのは、ちょいと酷だろう。

「キャプテン、お呼びですか?」

やっと来たか。

「ああ、ライム。お久しぶりだよ、君と同種族の不定形生命体の「彼」だ。君にも紹介しよう、我が宇宙船のクルーの一人、ライム。君と同じ不定形生命体だよ。ただし、ライムには個人という概念もあれば固有の名前もあるが」

そう。
「彼」は俺達の銀河でも珍しい種族であった「不定形生命体」の最後の生き残り。
どうりでナノマシンを短期間で自由自在に操れるようになるはずだ。
だって「彼」の言語の概念に個なんてものは無いんだから。
全体としての思考が基準となる大いなる存在(不定形生命体が融合して巨大な1個の生命体になる事)状態になることは頻繁にあると以前にライムから聞いてはいた。
しかしライムの種族は個の概念を他種族との付き合いで導入していたため「彼」のような間違いは起きなかったようだ。
しかし、厄介だな、これ。
本人も理解してない言語の構造的欠陥からの銀河規模の生命体大虐殺か……

ライムが同種族と分かってからの「彼」の理解は速かった。
ライムと「彼」が不定形生命体の基本形に戻り、融合して知識を共有していく。
まあ、個の概念のない言語を使う奴に個の概念が重要だと教えこむんだから、生半なことで済むはずがない。

「ライム、どのくらいかかりそうかな?彼に個の概念を教えるのに」

融合体から、にゅっと一本の触手が伸びて、口の形になる。

「あー……ちょっと難しいようですね。でも、不可能じゃありませんので。およそ一週間ほど欲しいです」

「そうか……頑張ってくれ。これしか言えないのが残念だ」

「大丈夫です、キャプテン。何と言っても、この私でも個の概念の理解は難しかったんですが理解できたんですから。彼にも絶対に理解させてみせます!」

と言うと触手が引っ込んで、灰色の有機体の塊が内部で微光を発する。
一週間か……
その間に、やるべきことはやっとくかな……
とりあえず、ナノマシンからの攻撃は、もう中止されたと考えて良いだろう。
死の銀河は今日で終わりだ。
これからは生命体であふれた昔のような銀河にしてやらねばならない。
遺伝子コードが、どこかに残されていれば良かったんだが、あいにく、急激に襲ってきた死の雲により絶滅させられた種族がほとんどのため、遺伝子バンクなどという物を残すことは不可能だったようだ。
フロンティアとガレリアに連絡を取り、隣の銀河へ避難した生き残り種族へ知らせてくれるよう頼む。
1つは、もう問題は解決したから死の銀河では無くなっていること。
もう1つは虐殺の原因だったものが逆に寿命を伸ばす助けになり得ることが判明したと。
詳細はデータチップに入れておけば良いだろう。
この朗報を搭載艇群によって広めて欲しい。

まあ、どれだけの種族が銀河間空間を征服して避難できたかどうかは、あまり俺も期待していない。
「彼」がやったことは、それほど徹底的な生命体の絶滅行為だった。
搭載艇の中でも中型クラスまでの加速力のあるやつは全て連絡に出したと連絡がある。
まあ、どれだけの数の生命体が戻ってくるか、戻ってきてやり直しが可能か、それも考えると難しいところだろう。
まあ、後は時間が解決してくれるか。
とりあえず「彼」が個の概念を理解するまで、待ちだ。

本当に、ぴったり一週間後。
ライムと「彼」は分離する。

「お待たせしました。彼、固有名ジェシーと私が名づけましたが、ジェシーはもう、個の概念を理解しています。そのせいで自分の行ったことと、その結果について充分に悔み、反省しています」

ライムが説明してくれる。
全体から不良品の一部を除外したのなら罪の意識もないのだろうが、その不良品が不良品でなかったと認識を改めた今、大量の生命体を虐殺してしまった事にようやく気付いたわけだ。

「クスミ、今更悔やんでもどうしようもないのは分かっているんだが……私は、どうしようもなく償えない大きな間違いを犯してしまった。どうすれば良いのだろう?私がナノマシンごと消滅したほうが良いのなら、そうしよう。クスミ、教えて欲しい。私は、これからどうすれば良いのだろうか?」

ようやく話が通じるようになったな。
しかし、これはジェシーに罪を償わせることができるのか?
知らなくて犯した罪に、どんな罰があると?
犯してしまった結果は銀河規模の災害クラスに当たるかも知れない、確かに。
しかし、自然災害そのものに対して罪を問えないのと同様、俺もジェシーに罪は問えないと思う。
これは、最悪のタイミングで最悪の状況が起きてしまい最悪の結果に繋がってしまったという事。
個の概念を知らない異種族があったとしても、その種族間で絶滅戦争が起きる可能性など小さい。
ましてや絶滅から逃れ出た一人が相手を滅ぼすつもりで他の種族まで滅ぼしてしまうなんて……
個の概念を知った事により孤独というものまで知ってしまったジェシーは、もはや孤独と罪の意識に押しつぶされそうになっている。

「なあ、ジェシー。ナノマシンの欠陥、子孫を残せなくなるってのは君ら不定形生命体の分裂増殖まで否定されるのか?」

ぴく。
嘆いていたジェシーの肉体(融合を解除後、俺達に合わせて人間形をとっている)が、こちらを向く。

「い、いいえ。分裂増殖は可能です。ただし、これではクローンに近いので仮に私が分裂したとしても、分裂後に育った肉体は私そのものですよ。生殖能力はもちろん、ありますが」

ふむ、そういう事か。
じゃあ、自分で自分の罪を、ある程度は償ってもらおう。
こういう時、不定形生命体ってのは便利だね。

さーて、銀河規模の文明修復作業だ。
ジェシーに頼んで分裂増殖してもらう。
限界数は?
と聞いたら、

「100体ほどで分裂は止まる。それ以上は、また時間を経ないとダメだ。こればかりはナノマシンでも修復不可能だな。細胞そのものの力が弱まるのは時間をかけることでしか修復できない」

では、とりあえず、50体ほど分裂してもらう事にしよう。
で、分裂してもらったところ……

「ライム、お前たちの種族と同じなんだな、これ」

「そうですね。私も、これほど似ている種族だとは思いませんでしたが」

以前、銀河系でライムが俺達の仲間に加わる前、自分の分身を故郷の星へ残した事がある。
自分の体の一部を小さく切り取り、それを残していったんだが、それがジェシーも同じような分裂だったとは……
小さな不定形生命体が、あっちこっちでピチピチしてる。
俺とライムだけじゃ手に負えないので、残りのクルーも手助けに来てもらった。
なんだか、養殖場で小さな魚達の世話をしてるような気になる。
ピチピチしてる一体をつまみ上げて、栄養素のつまったミルクが入ったカップに入れてやる。

「だいたい、2年位で幼体から成体になる。記憶は私そのものだが、各自の個人的な意識はあるだろう。まずは、ここから始めるということだな」

ジェシーが発言する。

「ああ、そうだ。この50体で壊滅した星系をできるだけ修復していく。あ、ナノマシンの制御権は50体全てに渡しておけよ。各自が、ジェシーのような管理者となって、一人が1つの星系を担当するんだ。もう間違えることはないと思うが、間違えそうになったら今の銀河を思いだせよ。最悪、ここまでの状況になるってことを忘れなきゃ、後は何とかなるだろう」

俺が忠告する。
この惨状を忘れなきゃ、なんとかなるわな。

「この分裂して育てて星系を任せて……ってのを繰り返せば良いのか?クスミ、私はこれで赦されるとは思わないのだが……」

まあ、それはそうなんだが。

「ジェシー、君がこの分身達に固有名をつけるんだ。全体概念を知りながら、それでも個の概念を忘れないように。でもって、その星に生まれるであろう生命体や文明を保護してやるんだ。ま、言ってみれば銀河を守護する「神」になれってことだよ。期間は長いぞ……多分、数億年単位になる星もあるだろう」

「そうか、そういう事か。良いだろう、私は生命体と文明を守る、銀河の守護者となろう。この光景と、死の静寂に包まれた今の銀河の状態を忘れずに、少しでも生命と文明を見守る者となろう」

うん、それで良い。
少しづつ、失った生命と文明を増やしていけばいい。
とりあえず、搭載艇を100隻ほどジェシーに引き渡す。
こいつで成体となった不定形生命体50人を担当星系へ送るため。
搭載艇のデータは渡さない。
跳躍航法が可能な宇宙船は、その成熟した精神がないと危険な武器になりかねないから。
この星で、とりあえず100年間、様々な修復作業を行うことにする。
この星だけじゃない、もちろん、他の星系にも行って可能な限りの文明と生命の修復作業を行う。
100年の間に、ずいぶんと戻ってきた種族も増えた。
まあ、最盛期の頃から言うと0.1%も無いんだが。

あまりに少人数の生命体種族の場合、文明を発達させることも不可能となるので、他の種族の生命体との共存をもちかける。
人口が増えたら元の星系へ戻れば良いじゃないかという事で、まあ納得はさせる。
その間にも、ナノマシンの分隊と、その統括者を乗せた搭載艇は、数年ごとに担当星系目指して飛び立っていく。
先輩の統括者たちも、定期報告では順調に守護者任務を全うしているらしい。
植物や粘菌、カビ類が残っていたのは幸運だったようで、初期の動物性プランクトンが小数発生した星もあると聞く。
惑星誕生からの進化じゃないので、けっこう早目に知的生命体も出現しそうだな、これは……

とある銀河には、それを守護する神がいるという……
いつの間にか、宇宙を旅するもの達から、そんな噂が流れるようになった。
その銀河へ行けば、どんな重病も治してくれるのだという話だ。
跳躍航法に優れた種族たちは、無理をしてでも、その噂の銀河を探す。
ただし、銀河と銀河の深淵を超える事は普通に考えても可能だと思えない。
あっちこっちで遭難したり、燃料切れで漂流したり。
それでも、その銀河の近くまで来ることが出来た宇宙船は、不思議な救難船に救われる事になる。

無人のロボット船が、救援を求める声に応じて、どこからか出現し、乗員を救出して回る。
救出された人々は、ある程度の人口のある星へとランダムに運ばれて、そこに降ろされる。
その星では、病気も怪我もすぐに治癒し、通常に生きていても種族の寿命の上限まで生きられる。
ここか!
ここが天国の星なのか?!
その疑問には誰も答えず、それでも、ゆっくりと、その銀河の知的生命体人口と生命体の数は増えていくのだった……

「かみさま、きょうも、みめぐみと、けんこうをいただき、ありがとうございました。これからも、ぼくらをみまもっていて、ください」

とある星では今日も眠る前に少年の祈りがささげられる……


おまけ 銀河のプロムナードの一話

お久しぶりの銀河間空間。
ガルガンチュアは、周辺銀河の様子も見ながら跳んでいた。
結局、ジェシーに貸した搭載艇100隻は、そのまま救難用に使ってもらうことになった。
ガルガンチュアのテクノロジーで造られた宇宙艇なので、1000年程度は人工知能による自己メンテナンスで使用できるそうだ。
まあ壊れたら、その時には分解可能になるよう、各設備のロックを外すようにフロンティアやガレリアに指示しておいた。
武器?
そのへんは、あらかじめ全て搭載艇から降ろしてあるから大丈夫。
ガレリアのプラズマ砲やらフロンティアの絶対零度砲など、比較的若い文明には危なくてテクノロジーを渡せないから。

「さて、ガレリアが今回は前になってるのか。まあ、前回の銀河のような危険性は少ないだろうから、通常の航宙プランで大丈夫だろうが」

「おや、主。この頃は、以前に手に入れたガジェットの使い方の訓練に注力しているんじゃなかったのか?」

「ああ、日常の訓練は今さっき終わったところだ。ずいぶんと慣れてきたぞ、あの超重合分子ヘルメットにも。アシスト最大にして、重力1G状況での落下加速度利用したキックや手刀なんか、下手すると大木も一撃で真っ二つだ。俺の体力じゃ、34分ちょいしか装着出来ないけどな」

「主、それは、ほぼ無敵というのではないか?大体、主のサイコキネシスのレベルなら、もう戦闘用宇宙艦の装甲なら破れるんじゃなかったか?」

まあね。
そのくらいのレベルでサイコキネシスを使えるようにはなっている。
サイキックシールドも、中型の戦闘艦なら主砲一斉射でも跳ね返せるくらいだ。

「サイコキネシスは確かに強化されてるんだが、テレパシーがなぁ……強力にはなってるんだろうが、エッタのように細かい心理技術が使えないんだよ。思考波の強さと次元、いわゆる周波数のようなものはずいぶんとチューニング範囲が広がったようだが」

「主の得意項目は、エッタのそれとは根本的に違うのではないか?テレパシーと一口に言うが、細かい点での差異はあると思うぞ。サイコキネシスだって、主のは防衛に特化してるようなものだろう?エッタは言ってみれば周波数はあまり変えられないが、様々なモードを持っているという事かな。それに比べて主は、モードの種類は少ないが、変化できる周波数が幅広いという事では?」

ふむ、そういうのが種族的な違いなのかも知れないな。
異次元生命体とのコンタクトにしても、エッタは彼ら異次元生命体の思考波のレベルまで達することが出来なかったし。
ガレリアの操船の邪魔をするのも何なので早々に会話を切り上げて公共の広場となっている、ひときわ広い船室へ。

「おや、マスター、久々のご登場で。例のヘルメットにも慣れましたか?」

「ああ、フロンティア。コツは掴んできたよ。後は動きに古武術を取り入れてだな……」

「ご主人様、どこまで突っ走る気です?ご自分一人で悪の組織と対決する予定でもあるんですか?!」

「キャプテン、こだわりも限度がありますよ。大体、生身でもキャプテンの身体に傷つけるのは大艦隊でも持ってこなきゃダメでしょうが。どこまで行くつもりです?」

「我が主、私も賛成です。そのうち、ご自分一人だけで銀河に平和をもたらすとか言いかねませんな。我が主が目指しているのが銀河の勇者だったら理解できますが、そこまでやるつもりないんでしょ?」

「そこまで行くつもりはないよ。ただ前回のように危険を承知で俺が船外へ出ることがあるなら危険性を極力減らせるようにしないといけないからな。そのための特製ヘルメットでもあるんだから」

「それを聞けてよかったですよ、マスター。何処までも強さを追求して行かれるようなら、そのうちマスター専用の肉体強化ロボットでも用意して宇宙艦隊でも容易に殲滅できるようなシステムでも造らなければと思っていたところです」

おいおい。

「それで強化された肉体は超弩級艦でも一撃で破壊できるビームやエネルギー弾を打ち出せるようになるんじゃないか?そこまで非人間的になるつもりはないよ。そんなもの強化サイボーグも真っ青の戦闘力じゃないか」

「最大の欠点は、そんな強化システムを造った場合、時間制限があるということですね」

「時間がくれば強制解除とか?」

「いえ、解除も専用ロボットの中に入ることになりますので時間オーバーとなると生命の危険が……」

そんな物騒なシステム、止めてくれよ。

「ま、まあ造ることにならなくて良かったな。宇宙での時間制限は、なるべくなら御免被りたい」

必殺技放って、その後に死ぬのも一興ではあるが……
俺はまだ死にたくないよ。
うん?
このアイデア、死蔵するには惜しいな。
幸運なことに前の銀河でナノマシン絡みのテクノロジーは入手した。
肉体強化システムの開発は、とりあえず続けていくようにフロンティアには言い置く。
ナノマシンシステムとの組み合わせで面白いものができるかも知れない……
このアイデア、後に画期的で奇妙なシステムとして現実化するのだが、それはまた別の話となる…
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