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棘先の炎

動向を知れば動向を知る 1話

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初めは"喰楽(クイラ)"という苗字が大嫌いだった。周囲からは"周りの人も、そして、自分の楽しみでさえも食い尽くして奪うなんて…なんて恐ろしい苗字だ。"そういう風に言われたものだ。だから自分の苗字が大嫌いであった。…だが、名前も嫌いであった。"麗しくて良い人間になれ"との両親からの重圧が幼い頃から感じていたから。ーそんな時に兄が笑いながらこう言っていた。
「俺らの苗字ってさ。確かに人にとっては怖がる人は居るし、威圧感を与えているとは思う。…でもさ、俺は思うんだよ。人だって自分や周りの人の楽しみを奪っていて、ただ、みんなは顔を背けているだけなんじゃないかって。」
そう言って兄は笑い掛けた。
「俺は自分の名前よりも苗字である喰楽って名前が大好きさ!…でも、お前の名前も綺麗で美しいじゃないか!…だからお前は自分の名前に誇りを持って生きろ!」
そして自分とよく似ている顔で笑う兄に自身も笑った。自分は兄を慕っていたし、それからはどんな事を言われようと負けずに笑い飛ばしていた。…だが、事件は起きた。
兄が帰ってこないのだ。何処を探しても見つからず、そして、両親に尋ねても2人は顔を背けたままであった。そして、兄の行方を知る為に彼女は探し出した。すると、とんでもない事実が判明したのである。
「…私達、本当は極道の傘下の子供だったの?」
そう。自分達の親は組織の端くれだった。そして、幼い頃からありとあらゆる武道を叩き込まれた兄は、両親がやらかした騒動を返す代わりに…自分を売ったのだ。そして、兄はその組織において重要人物となり、その金は両親へと送り込まれていた。
「酷い…。あんた達は!あんた達は!兄さんを売ったんだ!私の大切な兄さんを…!」
そして泣きじゃくり彼女はいつの間にか得ていた他人の心の動きを読む力で、親戚中を周り…そして、育っていった。
とある叔母は彼女を頭が良く優しく、そして天使のようだと言っている。…しかしそれは、彼女が作り出したペテン師であった。ー彼女は今でも探している。たとえ自分がペテン師となり、変わり果てた姿になったとしても。自分の名前に誇りを持たせてくれた兄を探して。
そして彼女はとある情報を掴み、聖薔薇十字高等専門学校へと転入した。…誇りである名前の"喰楽 麗良"として。

いつもと違うのは、今日はスネークが"茨"の幹部会で遅くなるからと言ってフライとクイラに「先に昼食を食べててくれ!」そう言って薔薇姫の元へ行った事。そして…クイラから自身の苗字と名前の由来についてフライに教えていた事であった。
「まあ、麗良(レイラ)って名前は、私にしては重荷なんだよ。…私のその名前は私自身を苦しめる鎖の様なものだから。…だったら、人の楽しみを、そして自分の楽しみを喰らう喰楽(クイラ)の方が良い。…それが私には合ってる。」
そう言って彼女はサンドイッチを静かに食べる。ー何故、彼女が自分にその話をしたのかは分からない。だが、クイラという不思議な友達が出来て、そして、今まで友達が出来なかった孤独なフライにとっては自分を信用してくれたような気がして純粋に嬉しかった。そんな彼の様子に彼女は微笑む。
「ふーん?そんなに嬉しかった?私の話?」
相手の心を読める意地悪な彼女にフライは顔を背ける。
「べっ!別に!僕は君の事なんて知らなくても良いし!」
あからさまな反応を見せるフライにクイラは更に笑みを浮かべた。
「まあまあ。お友達が自分を信用してくれたのが嬉しかったって言えば良いのに~。…男のツンデレはキモいだけだよ。」
「ツンデレじゃ無いからって!」
しかし図星を突かれたフライにクイラはからかい、そして緑茶を口に含んだ。余裕そうな彼女の様子にフライはこの様な事を考えていた。
(でも…、本当に、どうして僕に話してくれたのかな?…なんか僕したっけ?)
そんな事を思っていると、突然、外から声が聞こえた。急いで来ているのだろう。走りながらフライとクイラに呼び掛けている。
「おーい!フライにクイラっ!…良かった…。まだお前ら此処に居て…。」
呼び掛けていたのは蛇谷 紗理(へびたに さり)ことスネークだ。息を切らしている彼に何があったのかを尋ねたい所であるが、取り敢えずフライは彼に口の付けていない自身の緑茶を差し出した。
「何があったかは分かりませんけど…。これ!僕はまだ口付けていませんから、良かったら飲んで下さい。」
そしてスネークにペットボトルの緑茶を差し出すフライに、彼は微笑んで礼を言う。
「…。さんきゅ。フライ。」
そして緑茶を頂戴した後、スネークは突飛な発言をした。
「2人に薔薇姫様の所へ至急、来て欲しいとの事だ。…お前らの担任には事情は説明してあるから授業は今回は免除扱いになる。…取り敢えず!来い!」
「えっ!?どうして?」
訳も分からないと言った様子のフライに何かを察しているクイラ。そんな2人に構わず、スネークはフライとクイラの手を引いたのだ。
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