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棘先の炎

深淵を覗くと深淵は覗いている 2話

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クイラという少女はフライに向けて笑みを浮かべる。すると、周りはざわついた。
"おい、あの子!あのグラサン不良野郎に声掛けたぜ?"
"幹部のスネークさんに気に入られてるからって…。
"ヤンキーの癖になんか生意気~。"
(…すみません。聞こえてるんですけど…。あと!俺の髪質とサングラスだけで不良扱いしないで欲しいんですけど…。)
だがそんな日常はフライ…いや、久遠勇翔にとっては普通であった。真っ白な髪に長めの前髪に緑色のサングラス。そんな彼を異質の目で見て、挙げ句の果てには不良扱いをされて…。そして、緑髪で染めてるはずなのにイケメンという理由でもてはやされている蛇谷…いや、スネークに気に入られているフライが気に食わないのだろう。ー何故ならスネークは茨の幹部であるから。
そんな自身の陰口に溜息を吐くフライに隣の席に座ったクイラは彼に小声で話し掛ける。
「ーコイツらは普通って感じだな。お前に対して妬みやら憎しみやら怯えやら…。これが普通の感情って奴だな!」
「はぁ…。ソウデスヨネ。」
クイラの言葉に疲弊を吐露するフライに、彼女は何かを決意したように言い放った。
「でも!お前は面白いな!感情が2つもある。…仕方ないから、友達になっても良い。」
「…はい?」
彼女の突然の告白にフライは呆気に取られた。

昼休み。薔薇庭園へと行くと、普段通りスネークがフライに向けて手を振っていた。
「おお~!来たか!って誰だその女?」
首を傾げるスネークにクイラは丁寧に自己紹介をする。
「初めまして。今日、この学校に転校しました。喰楽麗良と言います。クイラで大丈夫です。フライ君のお友達としてここに参りました。…よろしくお願いします。」
そして上品に一礼するクイラにスネークは驚いた後、フライに駆け寄って、彼の肩を抱いてにんまりとしていた。
「おいおい。お前も隅に置けねぇな~。こーんなかわいこちゃんが友達とはな~。ーお前、同じ学年に1人も友達作ってねぇのに。」
スネークの言葉にフライはこのように返す。
「俺が面白いから…らしいですよ。よく分かんない理由ですけど。あと、あの子、猫被ってますからね。」
そしてフライは自身を面白がっているスネークから離れる。そんな彼にスネークも彼女に向けて自己紹介をする。
「俺は蛇谷紗里。コードネームはスネークだ。…まっ!コイツとは違って"茨"の幹部の1人だが…。フライの友達なら歓迎するぜ?」
そう言って端正な顔立ちで微笑むスネークにクイラは笑みを浮かべた。そして、3人は談笑をしつつ昼食を取ったのである。

帰り道。フライがさっさと教室から離れ帰ろうとすると、誰かに腕を掴まれた。そして振り向くと…そこにはクイラが上品に微笑んでいた。
「勇翔君!私と一緒に帰りませんか?私…転校したばかりで、道順が分からなくて…。」
そして哀しげな素振りを敢えてする、猫を被った少女のせいでフライはクラスメートからの視線が痛かったという。
一緒に歩いて帰るとクイラは面白がってフライに言い放つ。
「面白かったな~。お前に対しての皆の反応がさ。…"なんでコイツが?"って感じの心の声が一致してて、最高に笑いそうになった。」
そして笑い掛けるクイラにフライは訝しげな目を向ける。
「なんで君ってそんなに僕の事が気になるの?そんなに俺の容姿が面白い?…君だって似たような髪質じゃないか。」
拗ねている彼にクイラはこのような発言をした。
「容姿じゃない。お前の心が面白いんだ。…私は普通の人間よりもお前みたいな面白い感情を持ち合わせている奴の方が好きなんだよ。」
そう言って笑うクイラに訳の分からないといったフライは疑問符を浮かべる。しかし、その時、事件が起こった。
「そこのポンチョ着てる奴!…てめぇ、"茨"だな?」
背後から声を掛けられたのはガタイの良い青年。だが、彼は青筋を立てて怒っている様子である。…そして彼の周りにいる他の青年達も同様であった。
「あの…。何ですか?突然。」
フライが問い掛けると青年は持っていた缶をグシャリと潰し、大声を上げる。
「しらばっくてんじゃねよ!…俺のダチが"茨"にいる、"ラビット"って奴に怪我させられたんだよ!ー俺はな、そいつをダチに謝らせた後に…殴り殺そうとしてんだよ…。」
"ラビット"という発言にフライは頭を痛める。会った事は無いが、"茨"という組織の幹部ではあるものの、問題行動が目立つ青年だと言われているのだ。
(その人のせいなのに俺に当たり散らさないでくれよ…。)
そう思いながら、フライはぎこちない笑みを浮かべ、彼に歩み寄る。
「えっと…。その、ラビットさんに関しては申し訳なかった…と言いますか。一応幹部にも報告させて、行動を慎むようにと言っておきますので…。謝礼金も添えておきますから。」
フライ的には穏便に解決をしようと目論んでいたのだが…飛んできたのは彼の頬を殴る青年の姿であった。
「ふざけんじゃねぇっ!俺はラビットに会わせろって言ってんだよ!…てめぇみたいなもやしのやり口には興味はねぇ!!!」
フライの掛けていた緑色のサングラスが地面へと転がる。すると、殴られた彼はザクロのような真っ赤な瞳をして青年を見上げた。
「…痛ってぇなぁ。」
その時、フライの側で観察をしていたクイラは彼の心の動きを察知した。先程のゆったりとした、そして流れるような川のような心の動きではない。ー叫ぶような轟音を立てて唸る、激流のような心の動きへと変わったのだ。
真っ赤な血を表すような鋭い視線でフライに見つめられた青年は何故かたじろいでしまう。
「なんだよその目は!俺に歯向かおうってのかよ!」
そして拳を上げる青年に、今度はクイラが動いた。青年の腕を掴み、屈曲させてから正中線を確認して技を掛ける。すると、技に掛かった青年は何故か腰を下ろしてしまう。不思議な感覚へと陥る青年の姿に、クイラは言い放つ。
「幹部の人から聞いたよ。…お兄さん達、早く逃げないと、"茨"に見つかって裁判沙汰になると思うから。だって、殴ったのは"茨"の組織の人なんだから。」
そう言って悪戯に微笑むクイラの姿に、青年達は舌打ちをした後、足早に逃げた。そして、地面に座り込み頬をさすっているフライに、クイラは彼のサングラスを拾い上げて手渡した。そして、彼に問い掛ける。
「そんで?どうするの?あいつら、君を殴ったんだよ。…裁判でも起こすつもり?」
激しい激流から静まる川辺のような心の動きへと変貌する彼の心のにクイラは安心する。そんな彼女を他所に、フライは言い放った。
「あの人達は裁判沙汰にさせない。…でも、ラビットを裁判に掛ける。そう直談判するよ。」
そして自重気味に微笑むフライにクイラも笑った。
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