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第1章 奪う者と奪われた者
第3話 入学式までに終わらせて・・・。(後編)
しおりを挟むーいかにも富裕層が住んでいると確信できるほどの高層マンションを見上げた春夏冬 うらら(あきなし うらら)はおそるおそる自動ドアをくぐる。自分の直感が当たって欲しくも無かったが、マンションには厳重なセキュリティが備わっている様子だ。
(どうやって突破すれば・・・?)
頭を捻って長考しなければとなろうとした時、背後から幼馴染である琴平 音刃(ことひら おとは)が現れたのだ。突然現れた彼の姿に驚きと共に疑問符を浮かべれば、彼は暗証番号を打った後にカード―キーをスライドさせてエントランスを開錠させたのである。音刃がこのマンションの住人だという偶然に戸惑いさらに驚くうららではあったが、そんな彼女を見ずに中へと進んで行く彼の後ろ姿を急いで追いかける。
「開けてくれてサンキュー!ちょっと用事があったから助かったよ!!」
「・・・・・・。」
うららの礼も言葉がけにも無視し、そして彼女を見もせずにさっさとエレベーターの前へと進んでいく彼の後ろ姿に少しの憤りを感じながらも再び話し掛ける。
「??音刃・・・?何で返事してくれないの?なんか怒ってるの??」
「・・・・・・。」
「なにかしたんだったら謝るからさ~!ねぇ!!聞いてる!?」
「・・・・・・・。」
終始無言を貫く音刃の不愛想なさまにうららは痺れを切らし彼の進行を防ぐように前面へと躍り出るのだが・・・彼女は目を見張った。ー何故なら彼の瞳はうららでさえも映さずに漆黒の、まるで虚空を見つめるような瞳をしていたのだから。そして一瞬止まったかと思えば進行を妨げる彼女を突き飛ばしたのである。幸いにも軽く突き飛ばされただけだったのでうららは尻餅はついたが頭を打たずに済むのだが、そんな彼女に謝罪もせずに虚空を見つめる青年はエレベーターへと足を向ける。
「ー痛ったぁ・・・。何で突き飛ばし・・・て?」
うららは自分が突き飛ばされたことよりも何も写さない、冷酷で、まるで操り人形のような彼の態度と行動に不信感を抱いた。
(分かんないけど・・・。私のことを怒ってる訳ではない。普段から不器用だけどどこか優しくて、でも親しい人にはちょっとからかって接するいつもの音刃じゃない!こんなの音刃らしくないよ!!でも・・・どうして?なんでこうなったのだろう・・・?ーもしかして?)
頭を過らせたのは自分よりも幼いが何処か達観している姿を見せる不思議な少年、柊 燕(ひいらぎ つばめ)が作戦を実行へと移すために彼女へ向けた言葉と場面であった。
『おそらくだけど、あきなしさんの幼馴染は巻き込まれているね。ー今回の事件は普通のではなくて、いや、童話の世界の住人が絡んでる。』
『??どういう意味?』
とぼけた発言をするうららに燕は呆気に取られてしまった。
『・・・あきなしさんがどうして赤ずきんの時は危険を察して逃げ込んで、しかも利用されなかったのが俺にとって世界一の不思議だよ。』
盛大な嫌味と共に溜息を吐いてソファへと寄りかかる燕ではあったが言葉に鈍感すぎるうららは首を傾げるだけである。そんな彼女に燕は一枚の紙切れをクリアファイルから取り出し、彼女の目の前に突き出す。うららが突き出された紙に目を向ければ、英字が綴られている紙面ではあるものの、とある謎の空間が空いていた。英字はともかく彼女は黄ばんだ古い紙切れをよく見てみれば・・・とある題名が書かれていたのだ。
『SNOW WHITE・・・”白雪姫”??えっと・・・。つまり、また童話の世界の人が暴走していて、そこに音刃が巻き込まれているってこと?』
なぞらえながら持論を述べるうららに燕は深く頷く。そんなガラスのように美しく淀むことのない青い義眼を持った少年にうららは出会った時から思っていた言葉を投げかける。
『前から思っていたんだけど・・・。ーつばめ君のその青い綺麗な義眼?は何かを映しているの?私の思い過ごし・・・って思い過ごしか!あはは・・・。』
照れ臭そうに頭を掻くうららに彼は目を見開いた後に彼は小声で呟いた。
『ー鈍感なんだか鋭いのかよく分かんないな。<カギ>の正体が本人にバレる前にちょっと配慮をしておかないと・・・。』
『えっ?何か言った??』
『何でもない。ーまぁ、ようやく気付いてくれたあきなしさんに、今回の事件を終止符を打つための”ふせき”を置いておくよ。』
すると燕は自身の義眼である青く透明な左目を指さした。吸い込まれそうな、そして、何かを見透かすような瞳に息を呑むうららに彼は告げる。
『俺の左目は様々な”未来”が見える。俺はその”可能性”という名の未来から手繰り寄せて結果を導いているだけ。ーだから確実ではないけどね?』
この時点では燕が何を言っているのかをうららは分からなかった。・・・幸か不幸か?だがその後に起こる幼馴染の青年の普段とは違う行動で気付く羽目になるのだが・・・。
「音刃!待って!!!ー目を覚ましてよ!お願い!!」
燕の言葉を思い出したうららはエレベーターへと入り込む音刃の影を踏むように自身も飛び乗る。3階、4階・・・へと階数を重ねるごとにうららは何度も呼びかけるのだが、漆黒の瞳に光は灯ることもない。そんな状況下でうららは自分には何が出来るのかを足りない頭で必死に考える。
(つばめ君が言っていた・・・。”白雪姫”は人を人形のように操る・・・つまり人に対して暗示をかける能力を持った人物だって。ーそれは音刃の姿を見てちゃんと分かった。・・・だったら!)
最上階へと昇っていく短い時間の中でうららは息を大きく吸い込んでから吐き出し両目を閉ざし意識を集中させる。
(私は人形。・・・操られた人形。操るのは・・・<誰か>。でも、何処か心を閉ざした人形なんだ。ー私は冷たい孤独の中で感情を出すことを許されず、でも、何処か"感情"を欲している人形。)
エレベーターが最上階へと着き、自動ドアが開く。そこにはふらりふらりと危なげで瞳に何も見ることのできない人形・・・春夏冬 うららの姿であった。そんな彼女のことなど知りも分かっていない音刃は数歩進んだ後にとある一室の扉を開ける。どうやら家主が不用心にも開けていたようだ。扉を開けて入室する音刃の後を付けつつ、”人形”という演技を続けるうららに予期しないことが起こる。
「あら?金髪の子と・・・あんた誰?呼んだ覚えは無いんだけど?」
うららが見た光景は凄まじかった。褐色肌の女のような男・・・言い方を変えれば”オネエさん”と呼ばれる人種だろう。
しかしうららが驚いたのはそこではない。何故なら彼、いや、彼女の周囲には音刃のように瞳に光を映さない人形のような人間が佇んでいたのだから。自身が想像していた童話の人物よりも人物像がかなり違っていたのも少々驚いてもいるのだが・・・驚きを隠している”人形”を演じているうららはあることを決断する。
(この人が”白雪姫”。私の友達を・・・親友を意識さえも無い空っぽの人形のようにさせた。ー音刃をこんなことに巻き込ませるなんて・・・許せない!!!)
怒りや憤りが自身に込み上げてくる。だが彼女は親友である彼、音刃を目覚めさせて助けるため、敢えて自身が人形で、なおかつ、白雪姫に操られているかのような振る舞いを心がけようと深く意識する。
(心を、頭を。私はこの人に操られているだけ。ー何も感じさせない、いや、感情は無いけれど、感情を欲するように・・・踊れ!!!)
そして白雪姫の元へと近寄り切なげな表情を浮かべたのである。
「ワタシ・・・のコト。覚えていませンカ?」
「・・・えっ?」
突然近づいてから言葉を掛けられた虚空を見つめる人形の姿に呆気にとられた”白雪姫”ではあったがそんな彼女を気にせずに人形は自身の銀色に輝く髪を触ってから首を傾げる。
「アナタに髪の毛をホメられて、嬉しくて、カレと一緒に出ました。・・・オボエテ、いないのですか?」
演じている自分はまるで人に必要とされていない、孤独な"人形"のさまを彼女の前で披露した。上手いとか下手とかではなく、自分の思い描いた人形を。マリオネットを。・・・だが演じる中で何かを感じたうららは不思議と目元から自然と涙が出てしまった。心の中でかなり驚いているうららの心情とはつゆ知らず、”白雪姫”は彼女の演技など知らずに魅入ってしまう。
「そう・・・だったかしら?そうね!あなたのような綺麗な髪色になら、目を惹かれてはいるとは思うのだけれど・・・。」
「オボエて、いませンカ?・・・ソウ・・・ですヨネ。」
雫の粒が床に落ちたかと思えばマリオネットは項垂れて帰る素振りをする。そんな切なげで悲哀を感じるような人形に心を奪われた様子の”白雪姫”は慌てて声を掛けた。
「待って!大丈夫よ!!ーここはね、あなたが居て良い場所なの。・・・居たいわよね?」
悪い笑みを浮かべながら近寄り暗示を掛けるように囁く彼女ではあったが、手の平で転がされているように見えている"人形"・・・いや、うららには効かなかったようである。
”白雪姫”の言葉に彼女は振り向いて人形らしく首をぎこちなく傾げれば、美しい髪色を持つ人形の可愛らしさに彼女は満面笑みを見せた。
「さぁ!だったらいらっしゃい!!ーようこそ!私の城へ・・・。」
彼女に手を引かれ連れてかれる<誰か>の操り人形、春夏冬 うららであったのだ。
「・・・・・・。」
妹であるうららが厳重なセキュリティのエントランスを突破し犯人と思わしき人間と接触を果たす姿を見届けるが、何処か険しい顔つきを見せていた彼女の兄、春夏冬 麗永(あきなし うるえ)。そして飄々とした様子で彼女を見ていた燕の二人は彼女にバレぬようについて行き、一緒に行動を共にしていたのである。
再度通達をするが、うららの兄の職業は刑事・・・つまり<警察>だ。日本の<警察>とても有能だ。行方不明者リストから防犯カメラや被害者の家族、友人などといった聞き込みをしていたので、住居は判明していたのだが。・・・ただ、乗り込めなかったのは決定的な証拠ーつまり、被疑者の特定が割り出せなかったのだである。不思議なことに防犯カメラを注意深く見ても、人間関係を洗いざらい調べても犯人の浮上を出すのは困難極まりなかった。たとえそれが刑事きってのキレ者の麗永であっても、何処か確信を抱けず捜査は困窮と化したのである。そんな状態の中で妹を助けた不思議な少年・・・燕にと試しにとは言いつつも依頼をしてみたのだが、彼自身は少し後悔をしているようだ。
「どうしたの?刑事さん?ーあきなしさんが犯人と接触したのが不安・・・って当たり前だよね?ーだって大切で大事な妹さんだもんね~?」
顔が強張っている刑事の麗永の心情をなぞらえて理解はしているとは思いたいのだが・・・。そんな親しげではないとは承知の上でも、自身の助手として雇っているうららが危険な状況であっても平然と様子を伺って見つめている呑気な少年の様子に憤りを感じてしまう。ーだがそんな平然としている燕が逆に麗永を落ち着かせた。だから彼は怒るりをぶつけず、深く溜息を吐いてから少年の左目を見つめた。ー何も淀むことのない透き通る青いガラスのような瞳は一体何を映しているのかは、エリートかつキレ者の刑事でさえも分からない。・・・だが直感的に考えれば燕はうららが、自身が依頼したキッカケを作ったにしても、自分が頼まなくても最愛の妹がこのような騒動に巻き込まれるという<現実>、そして自分の・・・そう、麗永が隠している<事実>をこの何処か不思議で飄々としている少年が知っているかのように思えて仕方がないのである。
「・・・柊君。君はその青い瞳でどこまで見えているのですか?ー君はうららの何を知っている?」
麗永が動じていない燕に対し真剣な眼差しで尋ねると、青く深い義眼を持つ少年は軽く笑みを浮かべて言い放つ。
「俺が分かるのは数多(あまた)にある"可能性"という名の未来から、数を絞って、集約して自分で答えを導き出すことしか出来ないよ?この左目はその未来を予測する為の道具として俺が<何か>の代わりに買ったものだし。それに、あきなしさんに関しては刑事さんの方が分かるんじゃないの?・・・だって彼女が記憶を失くす以前からいたんだもんね。<ずっと>ね・・・?」
何かを伺うような試すような視線を向ける燕の態度に驚いた麗永は、もう一度深く溜息を吐いてから負けたように両手を上げた。
「君が何かを企んでいるのも、僕とうららさんの関係も何かしら知っているということが分かりましたよ・・・。ーそれで?君は今度はどのような作戦を立ててこの事件を、いえ、うららさんを救おうと考えているんですか?覚えていますよね?ーあの約束を。」
お返しにと厳しい視線を向けるエリート刑事に不思議で何処か達観した少年は口元に弧を描いた。
「ちゃんと覚えてるに決まってるじゃん。・・・あきなしさんが本当の危険に晒されないように守ってみせるって約束でしょ?大丈夫だよ。・・・だって今回は刑事さんがいるから動きやすいし。いや~助かるな~。」
「・・・外見はまるで小学生のようだけど、高見の見物をしていて、人を駒のように扱う君に使われるのは良い気分だとは言えませんけどね?」
「ははっ!それは悪かったね~?小学生に利用されるエリート刑事さんにとっては嫌だろうね~。」
双方向とも笑みを浮かべてはいるもの目は笑ってはいない。ーだが、そんな冷たくぎこちない雰囲気が永遠に続くことは無い。燕の透き通る青い義眼が突然光を宿した。すると何かを感じ取った燕は一緒に身を潜めていた刑事の麗永の手を引いて犯人と思わしき人物の玄関へと走っていく。いきなり手を引かれて走り出す少年に再び驚きつつ何事かと尋ねようとした矢先に、少年は慌てた様子で自分よりも背の高いインターフォンを指さした。
「刑事さん!早く押して!」
「・・・はい??」
「いいから早く!!!」
剣幕を捲し立てる燕に麗永は疑問を抱きながらインターフォンを押す。何回か押してみると今度はドタドタと音を立てていたので迫り来る何かを感じ扉から数歩離れると、ドアが思いっきり開いたのだ。・・・現れたのは顔を歪ませて泣き出している妹のうららと、妹の幼馴染である音刃であった。
彼女に手を引かれている音刃の瞳が何も映さない状態に驚くものの、それよりも自身に抱きついて泣いているうららの姿に驚愕してしまう。妹を怖い目に遭わせてしまったと兄は深く反省する。
(やっぱり犯人と接触させたのは怖かったですよね…。僕自身反省しないといけません。)
うららを優しく抱き止める麗永ではあるが、そんな二人の様子にもう一人玄関から現れた者が一人居た。その人物が恐らく犯人であるのは間違いはない。ただその女・・・いや、男はうららを抱きしめる麗永を見て呆気に取られたと思えば、とんでもない言葉を言い出したのである。
「見つけたわ!!この人が私の”王子”よ!!!」
「はい・・・?」
「ーやっぱりこうなったか~。」
瞳をハートマークにして感嘆の喜びを表す”白雪姫”に状況が掴めていない麗永と兄に離れないうらら。そして想定していた未来と同じになったことへ苦笑する燕ではあったのだが・・・。
一体なぜ、うららが泣きそうな顔つきになったのかは燕の未来視から回想へと入ろう。
「きゃーーー!!!銀髪の子なんて凄く珍しいし!こんな珍しい子を自分の人形にしていたなんてね~。私ってツイてる~!」
うららと音刃の手を引いて彼女が連れてきた先には複数の転がった人形・・・人間が横たわっていた。その衝撃は人形のフリをしているうららであっても演技に集中できないような異質な光景であった。
(この人たちも”白雪姫”に操られてここまで来た人たち・・・だよね?凄い・・・。みんなカッコいい人や美人な人・・・あのタレントさんも知ってる。ー音刃もこの人たちでさえも自分の身勝手で感情を失わせてこんな状態にさせたなんて・・・本当に許せない。)
憤りが募る中でそれでも心の無い人形を演じなければならないという苦痛にうららは顔を歪めそうになる衝動を必死に抑え込んだ。そんな彼女の様子など知らない白雪姫は何かを思い出したように笑みを浮かべる。
「そうだわ!!新しい人形には新しい服を着せないとね!」
嬉々として奥の部屋へと入っていく白雪姫の姿を見届けてから、大きく息を吸い込んで人形の演技を解いた。そして傍らで呆然と虚空を見つめている音刃に顔を向け小声で話し掛ける。
「音刃!・・・早くここから逃げ出そう。」
「・・・・・・。」
「他の人達はお兄ちゃんに任せよう。ー私がここに来て騙されたフリをしたのは音刃を助けたかったからだよ?」
「・・・・・・。」
「お願い。目を覚まして?ー早くここから逃げ出す為に・・・ね?」
それでも幼馴染の音刃は無言を貫くばかりではあったのでうららは彼の腕を強く引っ張り外へと連れ出そうと試みる。さすがに動かずに固まっている男子を女の子一人で引っ張るのは無理があったが、そんなのもお構いなしに玄関へと向かうのだが・・・予想も出来ない事態が発生したのだ。
「ーやっぱりあんた、演技をしてたのね。私の人形のフリをして。」
「ー・・・・!!?」
壁に寄りかかり嫌な笑みを浮かべる白雪姫の存在にうららは驚きと恐怖を抱く。
何も言えない銀髪の少女に彼女は突然拍手をしてから称賛を贈るのだ。
「いや~見事に騙されたわ!あんたの演技は天賦の・・・そう。神が存在するのなら<神>に選ばれた逸材って感じかしらね~?」
「・・・・・・。」
自分の大切な友人を、親友を、そしてここまでの多くの人々を何も映すことのない、喋ることのない人形へと変貌させた彼女に・・・白雪姫にうららは激しい嫌悪感を表した。先ほどの<誰か>に操られたマリオネットの姿と表情とは打って変わり憤りという名の感情を露わにするうららに彼女は優雅に微笑んだ。
「そんな険しい顔しないでくれる?大丈夫よ。ーあんたと出会えたからこの人形達を元に戻せられるわ。・・・処分するのが困っていたから助かっちゃった!」
喜ぶ表情と共に残酷すぎる彼女の言葉にうららは怒りを露わにするがそんな彼女を面白がるように白雪姫はとある言葉を口にした。
「あたしの暗示にもかからず、そして、あたしが関わらなくても認識することが出来る。ーあんたは、あたしが探してた<カギ>の正体かもしれない。だから利用させてもらうわよ?・・・あたしの王子を探す為の道具・・・”人形”としてね?」
”人形”という単語にうららは憤怒と恐怖を抱き彼女はついに<誰か>の人形から感情をぶつける人間となるのだ。
「ー私はあんたって名前でも、あんたの”人形”になんて絶対になりたくない!!!・・・私は春夏冬 うららっていう人間だ!!道具でも何でもない!<カギ>でもない!!!」
怒鳴った声を上げれば何故だか自然と涙が出ていた。”人形”という単語に自分の中で何かが引っ掛かってしまうからだろう。だがそんな激しく怒りをぶち撒ける彼女に呆気に取られてしまった白雪姫ではあるが逆に嘲笑うように言い放つ。
「それでもあんたは<カギ>の可能性が高い。<カギ>という道具の分際で何を言っているの?」
「だから!!!知らないし違うって言ってるでしょ!!!」
「それが違うのよ。ー事実なんて曲げられないのよ。あんたはね、一生、私の<カギ>として、道具として使われるの。ーたとえそれが私じゃなくても。あんたは利用されるだけ。」
「違う!!!違う!!!私は道具なんかじゃないっ!!!」
泣きながら否定をするが何処かで否定が出来ないでいる自分に。そして<記憶>を失っている自分だからこそ否定を断定することができない自分自身が悔しかった。悔しくて泣き出してしまううららに追い打ちをかけるように白雪姫は言葉を掛ける。
「そ・れ・に~?そこの髪が長いのがもったいない金髪の男の子をどうやって私の城から連れ出すつもり?ーいくら力任せで外へ出たとしても私の暗示を強めに掛けているから・・・あんたを捕えることなんて簡単なんだけど?」
勝ち誇った笑みを見せる彼女にうららは片手で涙を強く拭いてから音刃の片腕を強く握りしめて引っ張り出すのだが・・・やはりそう上手くはいかない。じりじりと外へと向かうが、うららの背後に彼女の進行を妨げる白雪姫が居た。
「無理よ。無理。お友達も他の人間達を解放してあげる代わりに・・・あんたを私の"人形"にしてあげる。」
耳元で冷たく囁く彼女にうららは再び恐怖を抱くのだがー突然、室内にインターフォンの音が鳴り響いた。舌打ちをする白雪姫とは裏腹にうららは動かず、灯ることのない瞳を宿す音刃に向けて叫んだ。
「音刃!!!お願い!!<動いて>!!!」
彼女の言葉に動かない人形の瞳に微かな明かりが灯る。
「・・・!う・・・らら?」
うららの必死の呼びかけは音刃の心に通じたようだ。強く引っ張り上げていた力がふと軽くなったのだ。その様子を見た白雪は驚愕するが彼女の反応とはお構いなしに鳴り響く音の中で、うららは彼を連れて玄関を飛び出し・・・驚いた表情をする最愛の兄を見て再び涙が零れるのであった。
泣きついて自身に飛びついてきた妹に、女性の格好をした美しくはあるが自分と同じ男の姿、そして無表情な妹の幼馴染という混沌という名のカオスが入り混じる空間にてエリート刑事の麗永であっても困惑を抱いた。だがそんなのをお構いなしに白雪姫は彼の姿と顔を見てはしゃいでいる様子である。
「やったわ!!!これが<カギ>の力ね!ーあなたと私は運命の相手!いえ!運命でしかあり得ない!!!」
「・・・えっと。はい?」
「今は分からなくて当然よね?でも、ここからよ!ー私たちは”愛”という名の運命の糸で繋がっているのだから!!!・・・だから私の”王子”になって下さらない???ーいえ、なるわよね!」
泣きじゃくる妹の背中をさすりつつ、そんな彼女とは対照的に、顔を近づけて話を強引に進ませる男に麗永は険しい表情を向けてから静観して見届けている燕に声を掛けた。
「あの・・・。見当も何もつきませんが、恐らく僕は容疑者にひとめぼれされた挙句、何故か"王子"になるという約束事を勝手に設けられているんですよね?・・・一応上司からは『勘が鋭い!』とは言われているので持論を言いますけど・・・この容疑者は柊君が言っていた童話の世界の住人で彼・・・彼女が僕のことなど考えずに進ませているだけ・・・という見解でよろしいのでしょうか?」
「うん。正解。やっぱりあきなしさんと違ってかなり鋭い勘を持っているから、話がスムーズに進んで凄く助かるよ。」
呆れた様子で話す燕の存在などにも気にせず白雪姫は満面の笑みで名前の通り麗しく美しい刑事に話し掛ける。
「あなたに出会えて良かったわ!!!・・・さすが<カギ>の力。伝説の通り”必ず願いを叶えられる”っていう代物!こんな素敵な方と出会えるなんて!!!」
「ー・・・・・・。」
「あら?私があまりにも美しすぎて照れていらっしゃるのかしら?やっぱり私たちは運命の相手だったのよ!あたしの"王子"なのよ!それもこれも<カギ>のおかげ!」
自分の思い描いていた"王子"候補の麗永に対しテンションが上がっている白雪姫ではあるがそんな彼女へ麗永は何処か冷たい笑みを零した。
「・・・あなたがおっしゃる<カギ>というのは何を、誰を指しているのですか?」
先ほどとは打って変わり、冷たい水のような麗永の声にビクつくいたものの白雪姫は負けじと笑顔で答える。
「あなたから離れないその銀髪の子よ!その<カギ>のお兄さんかしら?それはそれで」
「ーおい。」
言葉を続けようとした彼女に麗永はさらに怖いくらい爽やかな笑みを浮かべて言い放ったのだ。
「僕の大事な妹を泣かした挙句に道具扱いをしないでくれませんか?あまりにも鈍感で横暴なあなたに分かりやすくはっきり言いましょう。ー早く元の世界へ帰れ。クソ化け物女。」
饒舌に話していた白雪姫が言葉を失う姿を知っていたかのように燕は無礼にも深く欠伸をしたのであった。
冷たく言い放った麗永に何も言えずに口元を震わせる白雪姫は顔を伏せたかと思えば怒りの形相を露わにする。
「クソ化け物・・・???あたしが褒めたからって良い気になってるの・・・?ーこの私に歯向かうなんて。」
苦々しく、そして憤怒を込めて言い放った白雪姫のおぞましい形相。その姿に兄のおかげで泣き止み落ち着きを取り戻したうららは体を震わせてしまった。そんな彼女を安心させるように麗永は耳元で囁く。
「大丈夫ですよ。こんなことで僕は物怖じしませんし、それに、まあ、うららさんを守ってくれると誓ってくれた柊君もいますから。ーだから大丈夫。僕はうららさんを守れますから・・・ね?」
普段通りの優しく微笑みかける兄の笑顔にうららは安堵の溜息を吐く。しかしそんな二人が気に食わなかったのだろう。さらに表情を険しくさせた白雪姫が二人の元へ詰め寄り激しく怒鳴り込んできたのだ。
「あんたたち二人をあたしの"人形"にしてあげるわよ!!!そう!!!互いを思いあう感情なんて伝えられないほど冷たく暗い!・・・動くことさえできない。ー"人形"のようにね!!!」
大きく腕を振りかぶって狙う先はうららであった、だから麗永は彼女を守るように自分の背中へ回らせたのである。危険を予期し兄へと声を掛けようとしたその時、白雪姫は急に動かなくなってしまった。何事かとうららと麗永が彼女の視線を見つめた先には・・・先ほどまで白雪姫の背後に佇んでいた燕が真っ黒なリンゴを片手に澄ました顔を見せていたからだ。
「”白雪姫”。さっきからあんたの行動や態度を見せてもらっていたし、俺が見た数ある未来からあんたをどうやって救えば良いんだろう?って考えてはいたんだけどさ~。ー申し訳ないけど、あんたは<この世界>では救うことが出来ないや。ーいや、救えないね。」
「・・・何を言ってるの?というかその"毒リンゴ"をあたしに見せないでくれるかしら・・・?」
後退る白雪姫をよそに燕はリンゴ持つ手とは反対の手で自身の懐から古い紙切れを取り出し、人差し指に挟み込んで掲げてから言葉を続ける。
「あんたがもう一度眠りに落ち、自分以外の、他者に対して何かしらを考えられることを祈ってるよ。ーじゃあ!あとはよろしく!・・・悠久の魔女よ!かの者にもう一度深き眠りを!!!」
青く透き通る左目が輝き強い光が放ったかと思えば、緑を基調とさせた白のベールを纏わせる美しい女性が顕現した。大きな杖を携え、そして朗らかな笑みを見せる魔女の登場に彼女・・・いや、彼は唇を震わせて尻すぼみしてしまった。
「いやっ!!!せっかく目覚めることが出来たのに!!!もう一度眠るなんて!!嫌よ!!嫌よ!!!」
永遠の眠りを経験した恐怖から青ざめる彼に構わず魔女は携えている杖を大きく振ったのである。絶叫を上げたのと同時に深い眠りへと誘われた彼ではあるが・・・眠りに落ちる直前、冷たく凛とした少年の声が聞こえたそうだ。
「ごめんな。ーこんな醜い考えを押し付けてしまって・・・。また今度、会おうな?」
何処か自愛の満ちた少年の声と共に白雪姫は瞳を閉じて深い眠りへと誘われ、魔女と共に消えていく。事態が一段落したからか?うららは自身の兄に身体を預けるように深い眠りにつき寝息を立てるのであった。
「・・・うららさんは耐えられるのでしょうか?自分自身で奪った<過去>を。ーそして"存在"を。」
ぐっすりと眠りにつく最愛の人に哀しげに微笑む麗永の隣に先ほどの古い紙切れを見つめながら一人の少年が呟く。
「それは刑事さんでも、あきなしさん自身も、そして、俺にも分からないな・・・。ーおかしいなぁ?見えるはずの、確定された未来を見通す俺の左目を通しても負荷が多すぎて未来を見通せないんだよ?ー何の為に払ったんだか・・・?」
少年が見つめる紙切れの挿絵には眠りにつく白雪姫と共に彼に朗らかに笑いかける魔女の姿であった。
桜吹雪が舞い散る歩道にて。自身が購入した制服を身に纏わせた音刃は隣でふさぎ込んでいるうららに話し掛けている。
「いや~。ほんとに昨日は何も覚えてないんだよな~・・・。まさか俺自身も巻き込まれていたなんて・・・。」
「・・・・・・。」
「まあ、お前には心配掛けて悪かったな!ーでも、あのつばめ?っていう男の子にも、よく分かんないけど心配掛けられるとはなぁ・・・。」
「・・・・・・。」
「?おーい?聞イテますカ?うららさん?ーまだ怒ってんの?悪かったって!」
彼女の兄から自分が巻き込まれていた事件や事情を聞いていたので、そのことで怒っているのではないかと音刃は思い謝罪をするのだが・・・うららはそれに怒っている訳ではない。ー自身が兄の腕の中で眠っていた数分間の間に出てきた真っ黒な、顔の見えない小さな子供の姿を思い出していたのである。
(夢の中で出てきたあの子は”ノベシマ”と言っていた。ー誰だろう?音刃なら知っているのかな?)
機嫌を伺っている幼馴染に顔を見せたうららは尋ねてみる。
「あのさ!ー”ノベシマ”って人知ってる?私記憶無いでしょ?だから誰だろうって!」
何処か苦しそうに尋ねるうららを見たからか、音刃は何かを考えてから太陽のような笑みを浮かべこのように答えた。
「知らねぇなぁ~!って!俺を無視する気力があんなら、その気力を”勉強”に変えて欲しいぜ。」
柔らかく笑い掛ける幼馴染に何処か安堵をするが失礼な言葉に彼女もお返しにと反論をする。
「なんだと~!!?音刃の分際で!!」
「俺はお前よりも勉強も運動も出来るからな~。言えるに決まってるつ~の!・・・ほら!早く学校行くぞ!」
ふて腐れるうららの手を引いて二人は入学式がある学校へと走るのであった。
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4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
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※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
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