上 下
10 / 18

第10話 トランスシス兄妹【3】

しおりを挟む
 ルルの都合により、平和的な形で”魔王ソエゴン”の元からルルを家に戻らせることを誓うハイドとランジアであった。
 ―なんてあり得るはずなどない。特にルルに心底惚れてしまったハイドはソエゴンを抹殺する気満々である。だがランジアは大好きな兄に危害を加えたものの、優しさを垣間見た”魔王ソエゴン”を殺すのを躊躇ためらっている様子であった。
 …こんな気持ち変だよね。でも…あのひとはそんな悪いひとなのかな?
 この気持ちがおかしいとは分かりつつも、どこか否定をしたくないランジアに対し、兄のハイドは説教をするのだ。
「ランジア。お前はあんな悪人面している奴の肩を持つのか。…おかしいだろ」
「そんなにおかしいのかな。ハイドはおかしいと思うの?」
 するとハイドは決まったように宣言をする。
「あぁ。おかしいに決まっている。…ランジアはあの見目麗しいお嬢様を模倣して造られたから、優しすぎるんだ」
「そう…なのかな?」
「そうに決まっている。お嬢様も慈悲か魔術かなにかで洗脳されてあんなことを言ってしまったんだろう。…
 …可愛そう、なのかな。私はおじょーさまがに見えた気がしたんだけどな~。
「どうした、ランジア。なにかあったか?」
 ハイドに問われたランジアではあるが、彼女は自身の胸にその考えを仕舞い込み…そして首を振った。そんな彼女の様子に不審を抱くもハイドは”ソエゴン抹殺計画”を立ち上げるのだ。

 ―プラン① 料理中に射殺。
「ふふ~ん。今日はデリアラ豚の~ワイン角煮と~、スパゲティサラダにカボチャのポタージュと~それと~」
 鼻歌と共に歌いながらキッチンに現れるソエゴンを傍目に、ハイドは目を鋭くさせテーブルに隠れた。手元にはランジアをトランス変化させた黒い小型銃を構えて。しかし一旦、ソエゴンが鼻歌交じりの歌を止めたかと思えば、豚の調理と自家製農園のカボチャを隣に置いたのだ。
 …よし、ターゲット魔王ソエゴンは油断している様子だな…。
 調理に夢中のソエゴンにハイドはにたりと笑う。だが携えられている銃にトランス変化しているランジアはあまり良い気分を感じなかった。…というよりかは。
 …あの大きいカボチャ、どうやって切るのかな。豚のワイン角煮っていうのも…なんだろう?
「おい、ランジア。…行くぞ」
『あ…うん。ハイド』
 反応が遅いランジアに違和感もあったが…彼は気にせずに術を唱えるのだ。
ターゲット魔王ソエゴン。補足-ロード-発射」
 すると弾が調理中のソエゴン命中した…はずであった。しかし命中をしたのは、ソエゴンの隣にあった大きなカボチャが粉砕する光景であったのだ。
「なっ!??」
 驚いて目を見張るもののそれからのソエゴンは早い。防御魔術防御プロテッジャ―-proteggereを自分と、射殺しようとしたハイドに掛けたのである。どういうことか分からず困惑をするハイドとランジアではあったが理由が判明した。
 ―なんと圧力鍋に入れていたデリアラ豚から火が吹き上がったのだ。その光景に驚く2体に広範囲で防御魔術を掛けていたソエゴンは、吹き上がるデリアラ豚にワインを注ぎ込んでから蓋を閉めた。
 そして驚いている様子のハイドにソエゴンは申し訳なさそうな表情を見せる。
「あの…デリアラ豚って美味しいんだけど、周りに付いている脂肪は過熱性が高いから…さ」
「あ…そうなの…か」
 驚愕して髪色を紫色に染めたハイドと、衝撃でトランス変化を解いて唖然としたランジア。こちらも驚いて髪色を兄と同じくさせた。そんな彼らにソエゴンは敵であるにも関わらず優しい忠告をする。
「うん。だから、その…僕が邪魔だったら、ここでは…キッチンではしないでくれないかな。…今回は切ろうと思っていたカボチャも木端微塵こっぱみじんに出来たから助かったけれど…その…危ないから」
「あ…はい」
 申し訳なさそうに、そして自信なさげな声のトーンにハイドは驚きつつも承諾をした。
 …やっぱりこの人は、優しくて…良いひとなんじゃないのかな?
 ランジアが内心でそのことを考えているさなか、轟音に驚いたルルが飛び出して来たのである。
「なにかあったの…って、良かった~なんともなくて…」
「うん。なんともなかったよ」
 少し苦笑を見せるソエゴンにルルは違和感を感じて髪色を水色に戻りつつある2体へ話し掛ける。
「でも…なにかあったのかしら?」
 不思議な表情を見せるルルにハイドとランジアは顔を背けてなにも無かったかのような顔を見せた。だが勘の鋭いルルはなんとなく察しつつも、ソエゴンが倒されるはずは無いと信じているので話題を転換するように2体にお誘いをしたのである。
「そうだわ! あなた達もソエゴンの料理食べてみたらどうかしら?」
「えっ…それは、ちょっと―」
「ダメかしら?」
 ―――ドキッン!
「い…いえ、お嬢様が仰るのであれば…」
 ルルの小悪魔的な笑みにノックアウトされたハイドとなにも言わずに侮蔑をするランジアの両者を見て、ソエゴンも密かに微笑んだ。
 …喜んでくれるかな。ちょっとドキドキしちゃうな…。
 そんなことを思いつつも、テーブル席に乗せられた料理を見てランジアは嬉々として呑気に笑い、逆にハイドは毒を盛られていないか心配になった。
 ―だがルルの誘いで疑心感を抱くハイドとなにも考えていないランジアはソエゴンが作ってくれた料理を食べると…。
「この豚…ホロホロで、おいしい…」
 ハイドが驚きで目を見張れば、カボチャのポタージュを食すランジアも感嘆に息を吐く。
「かぼちゃ…甘くて、おいしい…」
 人間では無いが、人間に近い彼らに褒められたソエゴンは嬉しさのあまり肩を震わせてしまう。そんな彼にルルは微笑んだ。
「良かったわね~。ねぇ~、ソエゴン?」
「あ…うん…、そう…だねぇ~」
「ふふっ!」
 2体に褒められ、そしてルルに茶化されるソエゴンはかなり照れた様子だ。だからランジアは再び思考を巡らせるのだ。
 …やっぱりこのひとはいい人なんじゃないのかな。お父様が過敏すぎるんじゃないのかな。このひとは悪いひとには見えない…気がする。
 ―だがハイドは違った様子であった。
 …こうやって俺達を油断させて壊すんだ。お嬢様だってこうやって洗脳されていったんだ。…絶対にこいつの化けの皮を剥いでやる。
 そう心に誓い、次の作戦を企画するのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...