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”狼”の存在意義

不幸ヤンキー、”狼”とすれ違う。【3】

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時刻は午前11時。…特別講習であるというのに幸は来ないでいる。
「…さすがに遅いよね?…なんかあったのかな?」
「そうだよね…。さっちゃんに連絡しても既読もつかないし…。電話した方が良いかな…?」
ジュジュとフライが心配をしているとイラついている今日の講師である担任は大きな溜息を吐いてからフライへ呼びかける。
「今回は欠席扱いだな…。ったく!どこで道草喰ってんだか。…久遠。電話出来るならしてくれ。連絡つき次第で今日は講習は終わりにするから。」
「分かりました…。」
フライが電話を掛けようとしたその時、ドアが開いたかと思えば青いカーディガンを着た赤髪の青年がゆっくりと開けて入室してきた。青年は顔をうつむかせているが目が腫れて充血しており身体もどこかふらついている。あまりの姿にフライは声を上げる。
「さっちゃん!…ってどうしたの?その顔?…確実になんかあった…よね?」
今まで見たことのない幸にフライは駆け寄り尋ね、さらには心配をしたジュジュが幸の額に手を乗せてから自分の額にも手を乗せて熱を測る仕草をする。今までの幸であれば飛び上がるほど嬉しがるアクションであってもこの時の幸はなにも言葉が浮かばなかった。自分の額と幸の額の温度の差にジュジュは驚いた。
「!!!幸君。熱があるよ!明らかに熱いもん!!!先生!講習は無しにして彼岸花君を一緒に保健室まで運んで頂けませんか?」
「そうなのか!??珍しいな…?彼岸花が風邪をひくとは。よし!久遠。お前も手伝え!保健室まで運ぶぞ!」
「はい!!!」
今にも倒れそうな幸の身体を支え3人は彼を保健室へと連れて行くのであった。

鉛のように重い自分に幸は頭の中で問い掛ける。
…俺は大切な人を裏切ってしまったのだろうか?…
頭の中で反響する自分の声に返してくれる人など自分にしかいないと幸は分かっていた。
「大切な人って…、幸君の大切な人って誰のこと?」
「…えっ?」
可愛らしい声に幸が驚いて目を見開けばジュジュがまるで聖母のような微笑みで幸に問い掛けていた。自分の好きな人に恥ずかしい言葉を聞かれてしまい幸は顔を背けようとするが再びジュジュは彼に笑う。
「恥ずかしいことじゃないよ。…大切な人がいることってすっごく大事だし。それに、その人の為に何かをして喜んでもらえたら…私は嬉しいなって思う。」
「…ジュジュちゃん。」
「やっと私の名前呼んでくれた。…嬉しい。」
「…うっせ。」
微笑むジュジュに恥じらいで顔を背けようとする幸に軽やかに笑いながらジュジュは言葉を続ける。
「大切な人ってフライ君のこと?フライ君はまた銀髪の刑事さんに呼ばれて今はいないけど…。喧嘩したって感じしなかったし。…その人は幸君にとってどんな人なの?」
ジュジュの言葉に幸は容量の少ない頭で考え哉太のことを思い起こした。
「…変態でずるくて強引で、顔良いくせになんか隠していて…。」
「幸君。…それを聞いただけだと幸君が面食いってことになってしまうのだけれど?…他にはないのかな?」
すると幸は考え込んでから補足するように言い放つ。
「…どこか寂しそうな人。本当は言えないのにプライドが邪魔をして言えない…みたいな。…なんか意地を張ってるというか。俺よりも拗らせてる(こじらせてる)人。…なんであの人が好きなんだろ?俺。」
なぜ哉太のことが好きなのかよく分かっていない幸にジュジュは少し笑った。
「多分、幸君はその人のそういう性格や行動が好きなんじゃないかな?好きな人って2つパターンがあってね。1つは自分の理想を描いてる人。もう1つは…その人の人間性を好きになってしまった人。…私は幸君が2つ目の方に当てはまってるかな~って思ったよ。」
振り向けばにっこりと笑っているジュジュに幸は見惚れてしまう。そんな彼に彼女は再び言葉を紡いだ。
「どんな恋愛でも間違うことってあるよ。…嫌かもしれないけど、幸君がその人とよりを戻したいのなら自分が動くしかないって思う。…私は幸君のことを応援してるから!…だから私の恋も応援してね?」
「えっ?恋って…?」
衝撃の発言に身体を起そうとする幸にジュジュは唇に人差し指を乗せた。
「それは…内緒。2人だけの秘密だよ?…じゃあ私、担任の先生を呼んでくるから!幸君起き上がるの無理そうだから刑事さんに頼んで車に乗せてもらえるか頼んでみるね!」
「お…おう?」
この時点で幸の恋は終了であったが幸の心は少し晴れ間が広がっていたのであった。

ジュジュの交渉の結果、麗永の車で送ってもらえることになった幸は家に着いた途端に礼をしてから車内から降りようとすればフライが呼び止める。
「これから春夏冬さんと話すから今は無理だけど…。話が終わったらさっちゃんの家に行くから!」
「いいよそんなの…。ガキじゃねんだから…。」
「僕は心配なの!それに…僕たちはまだガキです!!!」
自信満々に宣言をするフライに幸は呆れた表情を見せてから軽く笑う。
「まあ…ありがたいっちゃありがたいけど。…あんがとな。フライ。」
するとフライは嬉しそうな顔を見せて頷いた。笑みを見せてドアを閉めた立ち去ろうとする幸に今度はドアを開けた麗永は一つ咳き込んでから幸に話をする。
「病状が悪いのにも関わらずに申し訳ないのですが…彼岸花君。君宛てに伝言があります。」
「…?伝言?誰から?」
すると麗永は深い溜息を吐いてから言い放った。
「『こんな俺でごめんね。』っていう臆病者からの伝言です。全く。どうして僕から言わなきゃいけないのか理解不能ですよ?…本人も反省してるようなので機会があれば会って下さい。…きっと犬のように喜びますから。…では。」
ドアを閉めて立ち去る麗永の車を見送り幸は疑問を浮かべてから家に入ろうとカギを出そうとした時にとある光景がフラシュバックした。…それは初めて哉太と出会い訳も分からずカードキーで室内に入ろうとした光景であった。
「…哉太さん、なのかな?さっきの臆病者って。…ウケる。」
家に入ってから手洗いうがいをして、周囲の皆からもらったゼリーやらヨーグルトを冷蔵庫へしまい込む。それから家に保管してある薬箱の中から風邪薬と軟膏を取り出した。水を汲んで風邪薬を飲んでから浴室へと向かい、暑かったが脱げずにいた青いカーディガンを脱いで身体を見れば…昨日、哉太に付けられた歯形やキスマークが色濃く浮き出ていた。
「マジですげぇな…これ。…本当に呪いだな。」
引き気味になりながらも汗をかいてしまったカーディガンは綺麗に折りたたんでネットに入れて専用の液体洗剤で洗濯をする。その間に汗ばんでいた服を脱いでシャワーで身体を洗い流してからタオルで水滴を拭きとって一応で軟膏を付けていった。首元や腕にも付けていくのだが塗っていくうちに幸は難所を見つけてしまう。
「やっぱり乳首の所が痛てぇな…。強く噛まれたからかな?…あとで絆創膏貼っておくか~。」
自室へと入り乳首に絆創膏を貼ってから寝間着に着替えて布団へと入る。熱だからかそのまま眠ろうとしたのだが、ジュジュから借りていた小説の存在を思い出し最後の数ページを読み込んでいった。
結局ヒロインは幼馴染の青年とは結ばれず、逆に幼馴染から背中を押されて王子の元へ行ったらしい。本を読み置いてから幸は再び小説を机に置いてふらつきながらカーディガンを室内で干すことにした。丁寧にシワを伸ばしていくうちに幸はぼんやりと頭の中で思い出した言葉を口に出す。
「『どんな恋愛でも間違うことってあるよ。…嫌かもしれないけど、幸君がその人とよりを戻したいのなら自分が動くしかないって思う。』…まるでジュジュちゃんが小説に出てくる幼馴染みたいだな…。…よし。」
きっちりとシワを伸ばしてから自室へと戻り布団で眠る幸はとある決意をするのであった。

それから3日経ち、幸は全回復をした。呪いかどうかは知らないが深く付けられた歯形やキスマークは薄くはなってきたが念のため半袖に夏用のパーカーを羽織って特別講義に出席をしたのだ。ジュジュは不審に思ってはいたが適当な理由を付けて誤魔化し授業を終えて帰ろうとすればフライが声を掛けてきたのである。
「さっちゃん!一緒に帰ろうよ~!病み上がりでしょ?…ひっそりと能力使ってさっちゃんの家まで送ってあげるから。」
小声で話し掛けるフライに幸は少し考え込んでからなんと断ったのである。
「ごめんな、フライ。…ちょっと寄りたいところあるからさ。…俺は頑丈だから1人でも帰れるし。」
「…?どこか寄るところでもあるの?僕もそしたらついて行くし!」
「いや!大丈夫だから!!!ちょっと人ん家に行って借りた服返しに行くだけだからさ。」
「…服?」
目線を下に下ろし見てみれば丁寧に畳まれた青いカーディガンが紙袋に入っていた。それは幸が熱を出していた時に羽織っていた物であり、幸がこの夏、フライやジュジュ以外に親しくしていた同級生などいないはず…。そして天邪鬼な性格と見た目で人など寄り付かない幸が返すほど親しくしている人物…勘の鋭いフライはとある答えを導いた。
「…場磁石さんのところに行くの?」
「!!!なん…っで?分かって??」
「それぐらい分かるよ。…あいつのどこがいいの?さっちゃんを追い詰めて熱まで出させた人なんだよ?僕はさっちゃんのジュジュさんとの恋路は応援するけど…アイツとの恋路は絶対に応援しない。いや、出来ない。…さっちゃんはなんであいつがいいの?どうして?」
問い掛けるフライに幸は周囲に誰が居ないことを確認してから彼に顔を向けて真剣な表情を見せた。
「確かにあの人とは…哉太さんとの出会いは最悪だった。今でも俺はジュジュちゃんは好きだけど…。…でも哉太さんとは違う好きなんだよ。俺はお前のことも…好きだけど、でもそれは友達として、ダチとして好きだ。ジュジュちゃんの好きは尊敬とかそういう意味の好き。…でも哉太さんは…本当に…本当に、人として、たとえ同じ男だとしても、好きなんだよ。…恋愛としての好きだ。」
「…。なんでそんなこと言うの?さっちゃんは後で後悔するよ!!!だから僕は友達として!!!」
「お前がたとえ嫌でも認めなくてもそれでもいい。…俺は哉太さんが好きだから。」
はっきりと物を言う幸の態度にフライは呆然としてから深い溜息を吐いてしまった。
「はあ…。さっちゃんは意志が固いだろうから今回は認めてはいないけど折れてあげる。…じゃあその代わり、僕の約束を一つ聞いてくれる?友達として。」
「???なんだよ。約束って?」
するとフライは苦い笑いをしてから幸に言い放つのだ。
「…もしも場磁石さんよりも好きな人に出会ったら僕に言うこと!!!…まっ!あの人性格がクソだから、さっちゃんには悪いけれどそっちを願ってるけどね~。僕は。」
「…親友の恋路を応援するって言ってなかったか?」
「親友が悪い道に入る前に僕は救おうとしてんの!…全く!じゃっ。突然だけど僕も場磁石さんの家について行くから!」
「はあ?…なんで?」
するとフライは人差し指を幸の眼前に立てて言い張るのだ。
「さっちゃんが心配だからです!!さっ!行こっか!!」
含みのある笑いをするフライに幸が苦笑するのであった。

校門を出てフライと共に哉太の家に行こうと歩みだそうとすれば赤髪の巨漢の男がフライに近寄り肩を掴まれた。突然の行動にフライは最小限の力で能力を発動させ風を生み出し、その反動で距離を取る。
「!!!なんなんですか?!!…って、小柳さん?…と泉…さん?なんでここに…?」
幸を守るように2人と離れるフライに泉はしどろもどろといった様子で話し出した。
「えっと…。色々理由はあるのですが…、その…、一番は力也君が最後にあなたに、久遠君に会いたいと言っておりまして…。」
「最後?どういう意味ですか?それって?」
不思議がるフライと隣で聞いていた幸が顔を傾ければ小柳が声を上げて苦しみだしたのだ。突然のことに驚く幸とフライに泉はカバンの中から薬を取り出し飲ませようとして触れるが彼は飲まずにうめき声を上げ続けていた。…一瞬、幸は泉の手が透けて見えたのだが、見間違いなのだろうと幸は気に留めずにいた。
大きな巨漢の男が白目を向いて音を立てて倒れれば周囲の皆は悲鳴を上げて立ち去っていく。逃げる者や動画を撮る者、様々な人種が居るがその中で異様な人間…チャイナ服を着たポニーテールの青年が一人居た。
「…一番厄介な能力者が死んだぜ。次はそこに居る貧弱な”銀髪”。…てめぇを殺してやるよ。」
”銀髪”という言葉に幸はフライを見て叫び前へ出ようとすれば、その青年…いや、あやめはとてつもない速さで泉へと近づき頬を殴りつけていたのである。白目を向いて失神する泉にトドメを刺そうと懐からナイフを取り出そうとすれば静かな声が聞こえた。
「-翼よ。風よ。我に従い、かの者を打ち払い、捕えよ。」
フライが呪文を唱えればあやめの背中に翼が生え彼を纏わりつかせた。さらに小さな風の竜巻であやめを拘束したのである。身動きの取れないあやめに対し呆気に取られる幸にフライは深呼吸したから言い放つ。
「これでいいですか?…春夏冬さん?…に、そこでさっちゃんに会えてめちゃくちゃ気持ち悪い反応をしている、グラサン狼…いや、場磁石さん?」
フライが声を掛ければ突如として現れた車から降りる麗永が拍手をし、隣にいる哉太は目を逸らした反応を見せている。何も状況が掴めていない幸が麗永が笑って説明をする。
「驚かせて申し訳ありません。この前久遠君と相談をしてですね、容疑者の方々を自然に、そして、どうにかして集められないか?って話になった時に作戦を練りまして。…ああ。場磁石君と君を会わせたかったのも、偶然じゃないんですよ?…この臆病者で意固地な彼の性格おかげで『本職の執筆活動があまりにも酷いからなんとかしてくれ!』というクレームが僕にも来てうんざりしていたので利用させて頂きました。…作戦では場磁石君があなたにカッコいいところを見せようと意気込んで待機していたんですがね~?…久遠君に美味しいところを取られて怒りたい反面、君に会えたことが嬉しくて堪らないという感じでしょうか?…場磁石君?」
「…全部言うなよ。ったく!」
ふて腐れた哉太に幸は嬉しさと共にぎこちなさを感じるが、その前にこの計画が仕組まれていた事実にも驚いた。怒りたい気持ちもあるが麗永の作戦力に驚く幸にフライは申し訳なさそうな表情を見せる。
「さっちゃんもごめんね?巻き込ませちゃって…。このお返しはちゃんとするから!!」
すると幸は今にも苦しそうにしているあやめと死んだふりをしている力也と泉を見てから言い放つ。
「…だったらそこの3人をなんとかしてくれ。そこの長髪も苦しそうだし、死んだふりしてる2人もさっさと解放してやれよ…。お返しはこの前、俺が熱出した時に十分看病してもらったから、それでいいし。」
「えっ!???花ちゃん。熱出てたの?なんで俺に」
「あんたはうるさい。黙って。」
「…はい。スイマセン。」
しょげている哉太を傍目にフライはあやめの拘束を解き、幸は泉を起そうとしたが彼は頭を抱えながら苦笑を浮かべていた。
「いやいや。演技なんてしたことが無かったものだから参りましたよ~…。でもさすがに殺されるかとは思ったのでヒヤヒヤしていましたが…。」
すると麗永が泉に駆け寄り自前のハンカチを差し出してから礼を述べる。
「泉さんも小柳さんもご協力頂きありがとうございました。こちらの不注意で怪我をさせてしまって申し訳ありません…。ちゃんとしたお礼をさせて頂きたいので病院へ付き添わさせて下さい。」
「いえいえ!そんな大した怪我でもないので!!」
にこやかに笑っている泉であるが彼の殴られた頬は青く染まりしかも血も少し出ていたので麗永はその血を拭きとってから心配をする。
「こんな酷い怪我じゃ駄目ですよ。こちらの不注意です。本当に申し訳ありませんでした。…小柳さん?起きていますか?…起きているなら返事を…?小柳さん?」
麗永が小柳を揺するが反応がない。すると麗永は首の総頚動脈の脈を触知し…とんでもない発言をしたのだ。
「死んでます。…本当に。彼は…亡くなっています。」
麗永の言葉で和やかだった周囲の雰囲気が凍り付いてしまった。
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