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47.”書物”の決意と知ってしまった青年。

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 アリディルの魔術は突如として解除され、監視していたアドは驚きで目を見張る。…まさかの事態が起こってしまったのだと察知してしまう。

「…もしかして、ディルが? いや、それはあり得ない。…枢要の罪きっての術使いだぞ。…まさかあの弟子に―」

 しかし解き放たれた世界から現れたのは…ディルによく似た人間が涙を零してはある”書物”を抱いていた。そのくすんだ蒼の書物…アリディルが”書物”になってしまったのだと判明してしたのだ。
 アドはディルと特に仲が良かった。そして仲間でもあり、自分にも術を教えてくれた恩師のような存在であった。…だから彼は怒りのあまり突進しようとするのだが…倒した張本人であろうルークは嗚咽しながら泣き出していたのである。

「せんせぃっっっ!!! せん…せいぃ…。なんで…どうぢて…?」

「…何がどうなっているんだ?」

 アリディルが必ず勝利すると思い込んでいたし、マリーと意思疎通リンクしている豊を注視していたせいで状況が把握出来ていない。呆気に取られているアドに今度は険悪な中であるリッチがしきりに笑いだしては拘束していたリィナを離してしまったのだ。仲間が”書物”になっても笑い転げている”傲慢”の罪の姿にアドはブチ切れてしまった。

「おい…、何てめぇ、仲間が封印されたのに笑い転げてんだよ? …仲間を何だと―」

「っふ、あっははははっ~!!! ざまぁねぇな~、”憂鬱”の罪。…”強欲”の罪のアリディルは、自ら封印されたんだぜ? …自分の愛弟子を”絶望”させた顔を見たいが為に…な」

「…は?」

「何だ、そのふ抜けた顔はよぉ~? ”強欲”に相応しい様じゃねぇか。…そのおかげでお前が入り込みやすいように、自らを生贄にしたんだぜ?」

「…俺を、か?」

「そうだとも!!!」

 するとリッチは咽びながらも泣き叫ぶルークとそんな彼の対応が出来ずにしどろもどろになっている”書物”のレジーナ”拘泥”の書、そして何かしら考えている様子のリィナ”反魂”の書に向けて高らかにわらうのだ。

「はっははっ! …お前らの負けだ。そこの使いモノにならねぇ偽の”強欲”もどきは、たとえ使えたとしても”憂鬱”の罪の”憂鬱”に取り込まれて…一生、絶望の淵をさまようだろうな~」

「…ルークを何だと―」

「うるせぇ”拘泥”の書。…お前が枢要の罪の力に単体でかなうと思うんなら相手してやるぜ? ダークフォースで跡形も無く焼却してやるからさ?」

「……あなた、”書物”のくせになんて身勝手な―」

「レジーナ。もうは取れた。私の今までの情報データから…この事態に対して私の見解で導かせてもらおう」

「…リィナ?」

 突如リィナはニタニタと嗤っているリッチに歩み寄っては右手を差し出した。降参の合図かと思い勝機を感じたリッチは手を取ろうとしたが…。

 ―――バッチィィィンッッッ!!!!

「グェッ……!???」

 ―かと思えば、強烈なビンタを浴びせたのである。とんでもないほどの力で壁へぶっ飛んだリッチを書物やルークが唖然としていると、リィナは肩を回しながら呟いた。

「まったく。…豊の声で相手に対して罵るような発言をされると、はらわたが煮えくり返るんだ。…そこの”憂鬱”の罪、お前もこいつの仲間だったらちゃんと言ってやれ。『他者を大切にしない奴は罰が当たる』って言うの伝えてくれ。…あ~、すっきりした」

「あぁ…伝えてはおくよ」

「まぁそんなことよりもだ。話を続けようか」

 ぶっ飛ばされて意識を失っているリッチはさておきリィナは唖然としている様子のアドへ、このような交渉を持ち掛けた。それは同じく唖然としているレジーナと涙が引っ込んでいたルークが…予想もしなかった展開へとなる。

「…であれば、私が”指数”になっても良い」

「えっ…?」

「なっ…何言ってるのよ、リィナ!」

 展開について行けないアドと怒りだそうとするレジーナ。…そして泣き疲れて瞼を腫らすルークに向けて、彼女は気にせず話を進めていくのだ。

「1つ。豊とその妹を今すぐ解放させること。2つ。”指数”になる際に、私が経験した…まぁ情報データを枢要の罪や他の”書物”に注ぎ込むのを承諾すること。…そして最後―」

 するとリィナは朗らかに笑ってから目を見張るアドと、彼が抱え込んでいる”暴食”の罪であるライグンを一瞥した。そして意を決したように告げるのだ。

「…豊と、もう1度だけ会わせてくれ。…これで最後だろうから。…その条件を飲んでくれれば、私はお前らの”指数”としてなっても良い」

 リィナのその優しげに笑う姿に皆は見惚れてしまった。今までとは違う、憎悪に満ち溢れたような表情ばかりしていた彼女が…こんなにも聖女のように微笑むなんて。
 ―だから彼らは時が止まったように静かになってしまう。…だが淑女のような笑みではあるが偉そうな態度は相変わらずだ。

「早くしろ。とりあえず豊…じゃないな。志郎に会わせろ。…そうしなきゃこの交渉は破棄だ」

「…あっあぁ。…待ってくれ。マリーに呼びかけるから」

 するとアドは自身が持っている手鏡でマリーへ豊に掛けた術を停止させることを伝えた。するとマリーは簡単に応じてから小さな手鏡から這い上がるように手がにょきりと伸びては…豊を連れて飛び出した。…一見、どこかの有名なホラー映画ではないかと疑いたくなるほどの脱出方法だとはおいて置こう。
 しかし豊にも何かがあったらしい。出てきたと思えば俯いている様子の彼に、リィナが声を掛けたのだ。

「おい、バカ志郎。…何かされて―」

「ごめん。俺、みんなの…”書物”やリィナの気持ちが…まるで分かっていなかった」

「…志郎?」

 すると豊は枢要の罪であるアドとマリーに向けて…深く礼をしたのだ。そしてリィナにも。レジーナにも。
 ―彼は見てしまったのだ。ディルが…”強欲”の罪のアリディルが言っていた言葉の意味を知ってしまったから。
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