37 / 43
第36話《藪のなか》
しおりを挟む
俺は崖の上に立っていた。だって、慎さんが居なくなったから。亡くなってしまったら。……自殺なんて、そんな悲痛な状態であったから。
無慈悲な空に俺は嘆くように言葉を紡いでいく。
「慎さん、ひどいよ。辛かったのなら言ってよ? 俺たち、親友じゃん。……俺、慎さんのこと大好きなんだよ」
――どうして頼ってくれなかったの?
俺は慎さんが大好きだった。俺のことを差別しないで見ないでくれたから。
いつも優しくて冗談が通じて、たまに掛ける縁眼鏡がかっこよかった。同性だと分かっていても好きだった。
でも慎さんには彼女が居て、だから諦めた。いや嘘だ。……ずっと想いを隠していた。でも告げることは無かったと思う。
「慎さん。俺は、どうすればいいのかな? 慎さんが大切で大事で、俺の支えでもあったのに」
普段であれば俺は崖から落ちると思う。……でも今日は違っていた。
――乾さん……!!!
俺を呼んでくれる声がしたから。ほどよく低い声で、優しくて、でも今はしんどそうな声をしていて……。
だから俺は上に居るであろう慎さんに向けて言い放った。
「慎さんごめん。俺、まだ慎さんの所にはいけない。慎さんも大事だけれど、」
――もっと大事なヒトに巡り合えたから。
崖が次第に消えていく。消えたかと思えば……真っ白な天井が目に映っていた。
「あ、また、夢か……」
(ここは……?)
気づいたら俺は天井を見上げて呟いていた。少し固めのベッドは俺に安心感を与えてくれる。……でも1番は、俺がか細い声で話したかと思えば、ムカつくぐらい透き通った白潤の美青年が駆け寄ってきたのだ。
――蒼柳が起き上がる俺を見た途端に抱き締めていた。
「わぷっ」
「よかったすっ~! 倒れたときには本当に肝を冷やしったっすよ~!」
「わ、分かったから! とりあえず、苦しいし……!」
「嫌っす~」
引き剝がしたり、抱き着いてきたりの攻防をしていると盛大に息を吐いた白衣のカウンセラー、豊橋が苦く笑っているのだ。というか、疲弊した表情をしていた。
「はぁ~……。心配するのは良いけれど、乾はまだ病状が安定していないのだから、そこまでにしてやれ」
「え~! 豊橋先生の言い分が正しくても嫌です~」
「……蒼柳はともかく。乾、お前は奈々切と関わりがあったよな?」
もうどうにでもなっちまえとか言いたげな先生から問われた俺は、執拗に引っ付いてくる蒼柳を引き剥がすことに成功した。「……ひどいっす」なんて呟く蒼柳に目もくれず、俺は少し頷いてから「でも……」と続ける。
「俺はメッセージのやり取りぐらいでした。慎さんがまさか、その……そこまで追い詰められているとは思いもしなかったし、病気とも知りませんでした」
(そう思うと、俺は親友気取りのくせに……なにも知らなかったんだ)
――俺は慎さんに、認められていなかったんだ。
そう思うと切なさが募って、嫌になってきてしまいそうになるが……彼氏になってから俺に甘やかしてくる蒼柳がもっと悲痛な表情をするものだから、我慢をした。
なんとなく蒼柳を引き寄せて手を握ると、彼は花が咲いたように微笑む。やはり反応が返ってくると嬉しいものだ。堪らなく幸せで吹っ飛びそうになる。
――だから俺は、バカップルを見るような視線を向ける先生へ逆に尋ねた。
「慎さんはどうして自殺という行為をしてしまったんですか? 慎さんは彼女も居たし、実習中も大丈夫……」
(ちょっと待て、本当に大丈夫だったのか? 疲れた顔をしていて、身体も震えていて、少し汗も掻いていたような――)
「個人情報だから緊密なことは言えない。……ただ、内分泌系の病気は患っていたな。あとは――」
すると先生は俺と手を繋いでいる蒼柳を一瞥してから、悲痛な表情をするのだ。
「大事な彼女に裏切られた……なんていうのもあったかな。これ以上は個人情報だから、俺はなにも言えない」
吐き出された言葉には先生もやるせないというような感覚に陥る。もしかしたら先生も、慎さんを助けられなかったことに懺悔と後悔を抱いているのかもしれない。
――いや、先生だったらそうだ。先生は厳しいけど面倒見も良いし、優しいから。
「裏切られた……か」
ふと呟いて、俺は慎さんがどんな形で裏切られたのだろうと想像した。
普通に別れたか、病気を告白して嫌になって別れたか、「もうあなたと恋人になるのはやめよう。私、好きな人ができたの」とかだったら……。
想像してまた動悸がして泣き出しそうになってきた。それだったら、切なすぎて苦しいから。
それに自分ももしかしたらその可能性があるから。……かっこいいけれど、俺なんかよりかわいい彼女に絞殺されそうになって、それでも俺に告白をしてきた、頭が良いけれど変な奴に好かれてしまったから。
――怖かった。蒼柳に「もう好きじゃないんで」なんて言われたら、俺はどうなってしまうのだろう。
俺も慎さんと同じ目に遭うかもしれない。分からないけれど。
(慎さん……、俺も人のことが言えないね。俺も同じだから)
――俺も同じ、重たい気持ちを抱えているから。
だから俺は繋いでいた手を払おうとするが……蒼柳が強く繋いで離さなかった。
無慈悲な空に俺は嘆くように言葉を紡いでいく。
「慎さん、ひどいよ。辛かったのなら言ってよ? 俺たち、親友じゃん。……俺、慎さんのこと大好きなんだよ」
――どうして頼ってくれなかったの?
俺は慎さんが大好きだった。俺のことを差別しないで見ないでくれたから。
いつも優しくて冗談が通じて、たまに掛ける縁眼鏡がかっこよかった。同性だと分かっていても好きだった。
でも慎さんには彼女が居て、だから諦めた。いや嘘だ。……ずっと想いを隠していた。でも告げることは無かったと思う。
「慎さん。俺は、どうすればいいのかな? 慎さんが大切で大事で、俺の支えでもあったのに」
普段であれば俺は崖から落ちると思う。……でも今日は違っていた。
――乾さん……!!!
俺を呼んでくれる声がしたから。ほどよく低い声で、優しくて、でも今はしんどそうな声をしていて……。
だから俺は上に居るであろう慎さんに向けて言い放った。
「慎さんごめん。俺、まだ慎さんの所にはいけない。慎さんも大事だけれど、」
――もっと大事なヒトに巡り合えたから。
崖が次第に消えていく。消えたかと思えば……真っ白な天井が目に映っていた。
「あ、また、夢か……」
(ここは……?)
気づいたら俺は天井を見上げて呟いていた。少し固めのベッドは俺に安心感を与えてくれる。……でも1番は、俺がか細い声で話したかと思えば、ムカつくぐらい透き通った白潤の美青年が駆け寄ってきたのだ。
――蒼柳が起き上がる俺を見た途端に抱き締めていた。
「わぷっ」
「よかったすっ~! 倒れたときには本当に肝を冷やしったっすよ~!」
「わ、分かったから! とりあえず、苦しいし……!」
「嫌っす~」
引き剝がしたり、抱き着いてきたりの攻防をしていると盛大に息を吐いた白衣のカウンセラー、豊橋が苦く笑っているのだ。というか、疲弊した表情をしていた。
「はぁ~……。心配するのは良いけれど、乾はまだ病状が安定していないのだから、そこまでにしてやれ」
「え~! 豊橋先生の言い分が正しくても嫌です~」
「……蒼柳はともかく。乾、お前は奈々切と関わりがあったよな?」
もうどうにでもなっちまえとか言いたげな先生から問われた俺は、執拗に引っ付いてくる蒼柳を引き剥がすことに成功した。「……ひどいっす」なんて呟く蒼柳に目もくれず、俺は少し頷いてから「でも……」と続ける。
「俺はメッセージのやり取りぐらいでした。慎さんがまさか、その……そこまで追い詰められているとは思いもしなかったし、病気とも知りませんでした」
(そう思うと、俺は親友気取りのくせに……なにも知らなかったんだ)
――俺は慎さんに、認められていなかったんだ。
そう思うと切なさが募って、嫌になってきてしまいそうになるが……彼氏になってから俺に甘やかしてくる蒼柳がもっと悲痛な表情をするものだから、我慢をした。
なんとなく蒼柳を引き寄せて手を握ると、彼は花が咲いたように微笑む。やはり反応が返ってくると嬉しいものだ。堪らなく幸せで吹っ飛びそうになる。
――だから俺は、バカップルを見るような視線を向ける先生へ逆に尋ねた。
「慎さんはどうして自殺という行為をしてしまったんですか? 慎さんは彼女も居たし、実習中も大丈夫……」
(ちょっと待て、本当に大丈夫だったのか? 疲れた顔をしていて、身体も震えていて、少し汗も掻いていたような――)
「個人情報だから緊密なことは言えない。……ただ、内分泌系の病気は患っていたな。あとは――」
すると先生は俺と手を繋いでいる蒼柳を一瞥してから、悲痛な表情をするのだ。
「大事な彼女に裏切られた……なんていうのもあったかな。これ以上は個人情報だから、俺はなにも言えない」
吐き出された言葉には先生もやるせないというような感覚に陥る。もしかしたら先生も、慎さんを助けられなかったことに懺悔と後悔を抱いているのかもしれない。
――いや、先生だったらそうだ。先生は厳しいけど面倒見も良いし、優しいから。
「裏切られた……か」
ふと呟いて、俺は慎さんがどんな形で裏切られたのだろうと想像した。
普通に別れたか、病気を告白して嫌になって別れたか、「もうあなたと恋人になるのはやめよう。私、好きな人ができたの」とかだったら……。
想像してまた動悸がして泣き出しそうになってきた。それだったら、切なすぎて苦しいから。
それに自分ももしかしたらその可能性があるから。……かっこいいけれど、俺なんかよりかわいい彼女に絞殺されそうになって、それでも俺に告白をしてきた、頭が良いけれど変な奴に好かれてしまったから。
――怖かった。蒼柳に「もう好きじゃないんで」なんて言われたら、俺はどうなってしまうのだろう。
俺も慎さんと同じ目に遭うかもしれない。分からないけれど。
(慎さん……、俺も人のことが言えないね。俺も同じだから)
――俺も同じ、重たい気持ちを抱えているから。
だから俺は繋いでいた手を払おうとするが……蒼柳が強く繋いで離さなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる