24 / 43
第23話 《キズモノ》
しおりを挟む
利里が受けるテストの科目が迫ってきた。テストまであと1週間というところである。
――そんな彼は今日、午前中はテスト勉強をしていたのだが、ずっとではない。午前中の1年生の空き時間の時、利里は名残惜しむように席を離れた。
「はぁ……」
陰で嫌な息を吐いてから、教員室へノックをする。「失礼します……」情けない声で言い放つと、先生方が利里の方へ一斉に向いた。その視線にさえも嫌な動悸を覚える。しかし負けじと利里は少し声を張り上げた。
「牧先生はいらっしゃいますか? 御用があると今日伝えられて――」
「あぁ、乾さんね。待ってて。牧先生~! 御用ですよ~!」
ほかの先生が呼びかけると、長い髪を結わいた茶髪の先生が振り返って俺に視線を向ける。美人だがその鋭い視線に、俺は畏怖を感じた。
「乾くんね。ちょうど話をしておきたかったの。空き教室で話してもいいかしら?」
……嫌です!!!
などと言えるわけない。
「はい。分かりました」
俺はトラウマを植え付けられた美女になにを話されるのか、説教を受けるのかと思うと冷や汗を掻いた。
――空き教室はひんやりとしていて、寒気を催した。だがそれでも、牧先生は対面でおとなしく座る俺に視線を向ける。厳しげで射抜くような視線に、俺は蛇に睨まれた蛙のような気持ちになった。
「出席記録を拝見しているわ。……たまに来ていない日があるけれど、どういうことかしら?」
「えっと、その日は具合が悪かったというか……」
「体調管理を今のうちにしないと、看護師になるなんて夢のまた夢のよ? これは社会でも同じことだからね」
「はい。すみません……」
(すみません……)
内心でも謝罪をする利里ではあるが、それでも彼女の射抜くような視線を向けてくる。まるで利里が本当に心底思っているかを試しているようだ。
――だがそれだけではなかった。
「でも、勉強記録を拝見してみると真剣に取り組んでいる様子は見られるわね」
「あ、えっと、ありがとうございま――」
「ただ! 履修できていない授業が始まると、ちゃんと勉強時間の確保が難しくなるから、覚悟しておくこと」
「は、はい!」
(褒めるか、説教するかどっちかにしてよ!)
だが利里の今の立ち位置は、食われかけている小鳥なので身震えることしかできない。なにも声が発せない。言えない。
そんな彼に牧は「はぁ……」そう息を吐いてから次のことを話し出す。
「今回、私がテスト担当をする《基礎看護》だけど、乾くんには特別問題を用意したわ」
「えっ、なんで、ですか……?」
「簡単な話よ。あなたはほかの人よりも勉強時間があるもの。だったらそれ以上の勉強量もしないといけないわ」
……そんな無茶を。とか思ってしまうが、構わずに牧は話し出す。
「大丈夫よ。範囲はあなたが苦手としている《内分泌系》の看護に関してだけは教えるわ。苦手なのだったら、今のうちに克服をして、次の内分泌系の解剖生理で生かせばいいのよ」
利里は自分でも分かった。この先生の作る問題は最難関だと。単位を落としてしまう可能性がかなりあると。
だから利里は最初で最後の抗議をしたのである。
「あの、いきなり言われても困るというか、なんというか……」
すると牧は鋭い視線を逸らさずに断言をする。
「臨機応変な対応をするのも大事だから。その問題だって記述問題だし、あなたの考えを書いて私が納得をすれば、それでいいの。完璧ではなくていいのだから、そんなに震えないでよ、ね?」
恐怖で震えていたのを悟られていたので、利里は背筋を伸ばして謝罪をする。すると牧は優しげな顔をしたのだ。
「無理なことなのは分かっているけれど、これはあなたにとってのことだから。あなただけを贔屓をするわけにはいかないから」
牧の発言を反芻するように利里は心に秘めている想いを言おうとして……言えなかった。
――牧の厳しいが優しい言葉に、利里はトラウマを抱えてしまったのだから。
(牧先生。あなたに問いかけます。俺に心の”刺傷”を植え付けたのは、それが疼くのは)
――優しさからなのですか?
だが聞けずに、利里は手短に空き教室から離れて医務室へと向かうのであった。
勉強しなければならないが、やる気にならなかったのだ。
――そんな彼は今日、午前中はテスト勉強をしていたのだが、ずっとではない。午前中の1年生の空き時間の時、利里は名残惜しむように席を離れた。
「はぁ……」
陰で嫌な息を吐いてから、教員室へノックをする。「失礼します……」情けない声で言い放つと、先生方が利里の方へ一斉に向いた。その視線にさえも嫌な動悸を覚える。しかし負けじと利里は少し声を張り上げた。
「牧先生はいらっしゃいますか? 御用があると今日伝えられて――」
「あぁ、乾さんね。待ってて。牧先生~! 御用ですよ~!」
ほかの先生が呼びかけると、長い髪を結わいた茶髪の先生が振り返って俺に視線を向ける。美人だがその鋭い視線に、俺は畏怖を感じた。
「乾くんね。ちょうど話をしておきたかったの。空き教室で話してもいいかしら?」
……嫌です!!!
などと言えるわけない。
「はい。分かりました」
俺はトラウマを植え付けられた美女になにを話されるのか、説教を受けるのかと思うと冷や汗を掻いた。
――空き教室はひんやりとしていて、寒気を催した。だがそれでも、牧先生は対面でおとなしく座る俺に視線を向ける。厳しげで射抜くような視線に、俺は蛇に睨まれた蛙のような気持ちになった。
「出席記録を拝見しているわ。……たまに来ていない日があるけれど、どういうことかしら?」
「えっと、その日は具合が悪かったというか……」
「体調管理を今のうちにしないと、看護師になるなんて夢のまた夢のよ? これは社会でも同じことだからね」
「はい。すみません……」
(すみません……)
内心でも謝罪をする利里ではあるが、それでも彼女の射抜くような視線を向けてくる。まるで利里が本当に心底思っているかを試しているようだ。
――だがそれだけではなかった。
「でも、勉強記録を拝見してみると真剣に取り組んでいる様子は見られるわね」
「あ、えっと、ありがとうございま――」
「ただ! 履修できていない授業が始まると、ちゃんと勉強時間の確保が難しくなるから、覚悟しておくこと」
「は、はい!」
(褒めるか、説教するかどっちかにしてよ!)
だが利里の今の立ち位置は、食われかけている小鳥なので身震えることしかできない。なにも声が発せない。言えない。
そんな彼に牧は「はぁ……」そう息を吐いてから次のことを話し出す。
「今回、私がテスト担当をする《基礎看護》だけど、乾くんには特別問題を用意したわ」
「えっ、なんで、ですか……?」
「簡単な話よ。あなたはほかの人よりも勉強時間があるもの。だったらそれ以上の勉強量もしないといけないわ」
……そんな無茶を。とか思ってしまうが、構わずに牧は話し出す。
「大丈夫よ。範囲はあなたが苦手としている《内分泌系》の看護に関してだけは教えるわ。苦手なのだったら、今のうちに克服をして、次の内分泌系の解剖生理で生かせばいいのよ」
利里は自分でも分かった。この先生の作る問題は最難関だと。単位を落としてしまう可能性がかなりあると。
だから利里は最初で最後の抗議をしたのである。
「あの、いきなり言われても困るというか、なんというか……」
すると牧は鋭い視線を逸らさずに断言をする。
「臨機応変な対応をするのも大事だから。その問題だって記述問題だし、あなたの考えを書いて私が納得をすれば、それでいいの。完璧ではなくていいのだから、そんなに震えないでよ、ね?」
恐怖で震えていたのを悟られていたので、利里は背筋を伸ばして謝罪をする。すると牧は優しげな顔をしたのだ。
「無理なことなのは分かっているけれど、これはあなたにとってのことだから。あなただけを贔屓をするわけにはいかないから」
牧の発言を反芻するように利里は心に秘めている想いを言おうとして……言えなかった。
――牧の厳しいが優しい言葉に、利里はトラウマを抱えてしまったのだから。
(牧先生。あなたに問いかけます。俺に心の”刺傷”を植え付けたのは、それが疼くのは)
――優しさからなのですか?
だが聞けずに、利里は手短に空き教室から離れて医務室へと向かうのであった。
勉強しなければならないが、やる気にならなかったのだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる