バイタルサイン

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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第5話 はっきりとしていてまろやかな

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 5月下旬なので夏に近づいてきている。だから時刻が17時を指そうとしても、窓からの夕日は朗らかで明るいものであった。
「あ~、疲れた~。もうむりだ~」
 好きなアニソンを聴きながら集中をしたおかげで、意外にも勉強がはかどった利里は、大きく伸びをしてから椅子を引き、数歩歩いて自販機へと向かう。そして自分へのご褒美にロゴが刻まれている缶のミルクティーを購入した。
 彼はこのミルクティーを勉強終わりに飲むのが、至福の時間である。脳を酷使していたから甘いものを摂取する為でもあるが、このまろやかな味わいの中に直接的ではっきりとしている甘さは、利里にとっては心地が良いのだ。
彼ははっきりとした、白黒とした味わいを持ち合わせているミルクティーに心底惚れこんでいる。
 携帯決済をしてミルクティーを購入し、自身が座っていた場所へ戻って席に着いた。力を込めてプルタブを「プシュリ」と開けて肌から感じる、程よく冷えている甘味を味わう。
(うまい。うますぎる)
 授業は16時過ぎに終わるので現在、学生ホールはまばらだが人が居座っていた。今の期間は実習をしている2年生以外は授業である。特に3年生は2年生の実習が終われば、2か月間の実習になる。また、それが終わったら今度は2年生で、次が1年生というのが、この区立藍坂看護専門学校の実習形態だ。まばらにいる生徒の中で、とんでもない分厚さを誇っている書籍に付箋を貼っている生徒がちらほら。……おそらくは。
 ……は、国試(国家試験)対策か。自分もうまくいっていたらその勉強をしていたんだよな~。
 ミルクティーを一気に飲み干して立ち上がり、空き缶入れに捨ててはなんとなく思いを走らせる。……自分がの話だ。もう、今の自分には縁もゆかりもない。そして立ち上がったついでに自販機のラインナップをなんとなく見つめていった。無糖茶やコーラやエナジードリンクやら……種類は様々だ。 
 ――そんな時であった。
「あの、すいません。乾先輩……でしたっけ。同じクラスの」
 高い場所から、低音だが透き通った声にかけられて利里は振り向く。目は鋭さを感じるが、今はやんわりとしていて好印象。鼻筋が通っていて、背も高くて、自分みたいな人間とは関わらなさそうな人間に話しかけられたので、平凡な顔つきをしている利里はたじろいだ。
「あ、はい。あ、えっと――」
(あ、この人……)
「蒼柳くん、だっけ? 俺、人の名前とか覚えるのが得意だから、合っている気がするけれど……」
 すると蒼柳は、目をぱちくりしては強く頷いていた。
「すげぇ……。俺、乾先輩と話したことなかったのに……?」
「背は高いし、ルックスいいし、女の子がちらほら居たから覚えていたんだ。あ、嫌みじゃないよ。俺はとんでもないほど、普通の顔をしているからさ」
 ……クラスに入ったときに女子の群れができていてうらやましすぎたけどな!
「そ、そうすか?」
「それで、俺になにか用事かな? 先生か誰かに伝言……とか」
 蒼柳は首を振って「違います」と言ってきた。男でも見惚れるイケメンが凡庸(ぼんよう)な自分に用事など持つわけなどない。…するとあることが頭によぎった。
 ――あぁ、それなら納得だな。
 言いづらそうな顔をしている蒼柳に、利里はその気持ちを解放させるような手助けをするのだ。
「当てようか。この学校のを聞きに来たんでしょ。年間の」
「どうしてそれが……?」
 驚いた表情を見せる蒼柳に利里は表面上では笑ったが、内心では冷たい表情を浮かべている。
(そんなのお見通しだよ。やっぱり俺はそういう…か)
 だが表情は、一言二言しか話していない、利用しようとしかしていない現役生を、傷つけぬように笑うのだ。
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