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第1話 《夢》判断
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……どうやら”悪夢”を見ているらしい。なぜなら、よく見る夢のよく見る舞台に立っていたから。でもいつもと違うのは、今回の夢は複数人ではなくて、1人だということ。
「お前さ~、本当に自分が”看護師”に向いていると思っているの?」
……俺は崖の上に立っていた。目の前には男が立っていて、そいつは俺に詰め寄って来ている。そいつは口元がひどく歪んでいて、俺を責めるように迫ってくるのだ。
じりじりと少しずつ崖の先まで追い詰められていく俺に、そいつは淡々と告げていく。
「周りが優秀なくせに、自分がバカなくせに。なにもできない出来損ないがその場所に居るなよ。自分ができる人間だなんて思うな、クズ」
”バカ”だの”出来損ない”だの、そいつは罵って笑いながら近づいてくる。でも反論ができないのは、崩れ落ちていく崖の先端に自分の足が付いたから…よりも、そいつの言葉が覆せない己自身。でもそれでも俺は負けずに、傷つけてくる俺と背格好の似た人間へ小さな反撃をする。――それしか自分の反論が言えないから。
「俺は、クズじゃない」
俺の発言にそいつは分かり切っていたように肩を震わせ嘲った。
「あぁ、クズではないかもしれないな。でも、お前はね」
――欠陥品なの。
(俺は、欠陥品。そうか……俺は、学業にも実技演習にも、なんにもついていけない)
――ただの欠陥品で、看護師なんて向いていない。看護師なんて崇高でしなやかで図太い人間にはなれない。
俺は思い知った。自分の立ち位置を、無知さを、手に届こうとしても届かないと知る。そんなの自分でもわかっていたのだから。
「まぁそんなわけだからさ~、お前はイラナイ。イラナイ人間」
――処分しなきゃ。
するとそいつは、俺の肩を軽く押したのだ。突き飛ばされたという感覚はない。でも落ちていく感覚はあった。
でもそれよりも。ただそいつの顔が、ひどく歪んだ顔をして泣き出しそうな、
――自分自身だった。
「それで、気が付いていたら男のくせに泣きじゃくっていたわけ?」
「……はい」
医務室にて。椅子に座っている看護師かつスクールカウンセラーの豊橋は、目の前にいる生徒、乾 利里へ息を吐く。学校に来て早々「話したいことがある」と言われて医務室で聞いてやったら、また同じ話をされたからだ。この”崖から落ちる夢”も嫌になるほど聞いている。…だがそれでも、黙って傾聴をするのは、自分がスクールカウンセラーをしているからでもあるし、生徒の利里がまた泣き出しそうな顔を見せているからでもある。
(めんどくせぇけど、またあの話でもするか)
すると豊橋は普段から利里へ話している内容を示した。それは豊橋が精神看護に携わっているからの話である。
「お前さ、”夢分析”の話は知っているよな?」
――”夢分析”
かの有名な心理学者、フロイトという人物が提示した精神医学の話で、元祖とも提唱されている。スクールカウンセラーの豊橋が話を畳みかける際に使用する手法の1つである。だから利里は深く椅子に座り直したかと思えば、げんなりとした表情を見せた。
「……豊橋先生が大好きな、あの話ですか?」
「夢判断を知っているのなら話は早い。夢は自分の中で睡眠を満足させるのに自身の願望を夢に宿す。つまりだ。お前は自分の中で看護をやめたい気持ちを消化させるために、夢として表現をした。そして、心の”自傷行為”を夢が守ってもくれているわけだ」
……心の自傷行為か。
彼の言葉に昔の自分の大きなキズを、胸に…ではなく自身の手首に触れた。そこはドクドクと脈打つ橈骨と尺骨動脈が交わった場所である。すると彼はまた青い顔をして吐き出しそうな顔をした。
「さすがに“あの出来事”があったぐらいで、そうへこたれるな。さっ、話は聞いてやったし、アドバイスもしたから、お前はさっさと《学生ホール》へ行って自習してこい」
「え、でも、まだ話が――」
「俺にも仕事があるからな。それにお前、単位履修していない科目のテスト勉強があるだろ?」
その言葉に利里は唸るように顔をすぼめ、机に突っ伏す。豊橋の話はもっともだが、もっと話を聞いて欲しいようだ。
だが冷たいカウンセラーは、鍛え上げられた腕で、細くて小柄な利里を机から引っ張り上げてから立ち上がらせた。そして、バインダーに記載している利里の入力情報を手に取って読みこんでいる。今の彼は右手で彼を担ぎ上げているのにも関わらずにだ。
「うん。まぁ、この前よりかは夢の表現はひどくはない。ただ同じ場所と表現が続いているだけだ。希死念慮もなさそうだし」
「いや、あの――」
しどろもどろな様子の利里は、どうしても豊橋の次の言葉を聞かぬように耳を塞ごうとするが、その前に医務室の扉を開け放たれて放り出される。一応、加減をしてくれていたおかげで尻もちはついたが思ったよりかは痛くはなかった。
「だからとりあえず……」
豊橋はにこりとフレームメガネの奥底で笑った。
「さっさと勉強しなさい」
利里の検診は強制終了となった。
「お前さ~、本当に自分が”看護師”に向いていると思っているの?」
……俺は崖の上に立っていた。目の前には男が立っていて、そいつは俺に詰め寄って来ている。そいつは口元がひどく歪んでいて、俺を責めるように迫ってくるのだ。
じりじりと少しずつ崖の先まで追い詰められていく俺に、そいつは淡々と告げていく。
「周りが優秀なくせに、自分がバカなくせに。なにもできない出来損ないがその場所に居るなよ。自分ができる人間だなんて思うな、クズ」
”バカ”だの”出来損ない”だの、そいつは罵って笑いながら近づいてくる。でも反論ができないのは、崩れ落ちていく崖の先端に自分の足が付いたから…よりも、そいつの言葉が覆せない己自身。でもそれでも俺は負けずに、傷つけてくる俺と背格好の似た人間へ小さな反撃をする。――それしか自分の反論が言えないから。
「俺は、クズじゃない」
俺の発言にそいつは分かり切っていたように肩を震わせ嘲った。
「あぁ、クズではないかもしれないな。でも、お前はね」
――欠陥品なの。
(俺は、欠陥品。そうか……俺は、学業にも実技演習にも、なんにもついていけない)
――ただの欠陥品で、看護師なんて向いていない。看護師なんて崇高でしなやかで図太い人間にはなれない。
俺は思い知った。自分の立ち位置を、無知さを、手に届こうとしても届かないと知る。そんなの自分でもわかっていたのだから。
「まぁそんなわけだからさ~、お前はイラナイ。イラナイ人間」
――処分しなきゃ。
するとそいつは、俺の肩を軽く押したのだ。突き飛ばされたという感覚はない。でも落ちていく感覚はあった。
でもそれよりも。ただそいつの顔が、ひどく歪んだ顔をして泣き出しそうな、
――自分自身だった。
「それで、気が付いていたら男のくせに泣きじゃくっていたわけ?」
「……はい」
医務室にて。椅子に座っている看護師かつスクールカウンセラーの豊橋は、目の前にいる生徒、乾 利里へ息を吐く。学校に来て早々「話したいことがある」と言われて医務室で聞いてやったら、また同じ話をされたからだ。この”崖から落ちる夢”も嫌になるほど聞いている。…だがそれでも、黙って傾聴をするのは、自分がスクールカウンセラーをしているからでもあるし、生徒の利里がまた泣き出しそうな顔を見せているからでもある。
(めんどくせぇけど、またあの話でもするか)
すると豊橋は普段から利里へ話している内容を示した。それは豊橋が精神看護に携わっているからの話である。
「お前さ、”夢分析”の話は知っているよな?」
――”夢分析”
かの有名な心理学者、フロイトという人物が提示した精神医学の話で、元祖とも提唱されている。スクールカウンセラーの豊橋が話を畳みかける際に使用する手法の1つである。だから利里は深く椅子に座り直したかと思えば、げんなりとした表情を見せた。
「……豊橋先生が大好きな、あの話ですか?」
「夢判断を知っているのなら話は早い。夢は自分の中で睡眠を満足させるのに自身の願望を夢に宿す。つまりだ。お前は自分の中で看護をやめたい気持ちを消化させるために、夢として表現をした。そして、心の”自傷行為”を夢が守ってもくれているわけだ」
……心の自傷行為か。
彼の言葉に昔の自分の大きなキズを、胸に…ではなく自身の手首に触れた。そこはドクドクと脈打つ橈骨と尺骨動脈が交わった場所である。すると彼はまた青い顔をして吐き出しそうな顔をした。
「さすがに“あの出来事”があったぐらいで、そうへこたれるな。さっ、話は聞いてやったし、アドバイスもしたから、お前はさっさと《学生ホール》へ行って自習してこい」
「え、でも、まだ話が――」
「俺にも仕事があるからな。それにお前、単位履修していない科目のテスト勉強があるだろ?」
その言葉に利里は唸るように顔をすぼめ、机に突っ伏す。豊橋の話はもっともだが、もっと話を聞いて欲しいようだ。
だが冷たいカウンセラーは、鍛え上げられた腕で、細くて小柄な利里を机から引っ張り上げてから立ち上がらせた。そして、バインダーに記載している利里の入力情報を手に取って読みこんでいる。今の彼は右手で彼を担ぎ上げているのにも関わらずにだ。
「うん。まぁ、この前よりかは夢の表現はひどくはない。ただ同じ場所と表現が続いているだけだ。希死念慮もなさそうだし」
「いや、あの――」
しどろもどろな様子の利里は、どうしても豊橋の次の言葉を聞かぬように耳を塞ごうとするが、その前に医務室の扉を開け放たれて放り出される。一応、加減をしてくれていたおかげで尻もちはついたが思ったよりかは痛くはなかった。
「だからとりあえず……」
豊橋はにこりとフレームメガネの奥底で笑った。
「さっさと勉強しなさい」
利里の検診は強制終了となった。
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