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《見えない恐怖》
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最近、鏡梨は悩んでいることがある。――それは両親が、特に鏡史が鏡梨と双葉が一緒に居ることに不信感を抱いているからだ。
当たり前だ。客とはいえ何度も双葉と行動を繰り返し、帰りまで遅くなると不信感もあるが心配もあるのだろう。
「あのお客さん。……白淵さんとよく居るけれど、なんか一緒にやっているのか?」
鏡史に嗜めるような視線を向けられるが鏡梨は「なんでもないよ」そう告げることしかできない。父親に勇気を出して「ヒップホップの世界に入っている」とは言いづらかったのだ。
しかも女装をしてでなんてさらに言えないので、「あのお客さんとはなんも関係がないから」などと言った。嘘であるのに。
もしかしたら双葉専属リリストの夢はおしまいなのかもしれない。……胸がどうしてだが痛みを覚える。
金がもらえなくなるから嫌になるんだろうな、まぁ銭湯業務でも賄えているしなんて思いつつも、鋭利な刃物で貫かれたような痛みが、苦しみを伴ってしまう。
さてこれからをどうしようか。どう双葉に言えば専属のリリシストが下りられるのか。
呆然と考えてサウナマットを変えて、番台に出る。すると珍しく周さんがサウナに入らずに手招きをしてきたのだ。
無視を決め込みたいが何事かと思い周さんの元に行けば……にやりと畏怖を交えた笑みを零したのである。その手元には――自分が女装をして双葉とキスしている写真が収められていた。
「鏡梨。ちょいと面ぁ貸してくれるよな?」
悪い笑みを見せたやくざになにも言えない美青年は、客の相手をしている父親に「少し周さんと話してくる」青ざめた顔をして出て行った。鏡史は首を傾げたが客とたわいない話をしていたのだ。
周とは銭湯を抜けてすぐの場所で話し込んだ。これまたキツイ青白い煙を吐き出した周さんは写真をひらひらとさせている。
「いや~、まさかお前が男好きで女装趣味とは思わなかった。……若の影響でか?」
「……知りません」
「知らないってことはないだろう? 若には相当可愛がられていたもんな。女の格好させて、写真撮らせて、しまいには――」
「黙れ!!!」
急に怒鳴って威嚇する鏡梨に周は悪い笑みを零している。どうやら女装をしている鏡梨も昔と同じくらい似合っていて可愛らしく奇麗だからだろう。――男にするのはもったいないくらいだ。
「若はもう帰ってきている。鏡梨に会いたいってよ。……罪な嬢ちゃんだこと」
「俺は男だ」
「手切れ金なら払える。お前は若の右腕、いや、一生の遊び相手になる人間だ。若の傍で見守って癒しになれる存在になれるんだ」
「……俺はそれを望まない」
真剣な眼差しで拒否をする鏡梨にクツクツと周は喉元で笑い、煙草を捨てて踏みにじる。あとで回収しないとななどと思う鏡梨へ周は近寄って耳に寄せた。
「お前は特別だ。……あんな野郎に渡すぐらいならお前の場所さえも奪って見せる」
「なん……だと?」
「じゃ、返事期待しているからさ。――次、会う時は若も連れてお前の居場所を攫うよ」
背中を向けて手を振り、来た車に乗り込んだ周の姿に――鏡梨は行き場を失うように呆然と見つめた。
それから銭湯業務に励み、終えてから逃げるように部屋へと流れ込んだ。
自分の中でどうしたら良いのかわからない。リリックを書こうにも、周さんの言葉が恐怖でしかなくただ考えないように眠ることしかできない。
「うぅ……ひっぅ……ひぃっく…………!!!」
咽ぶように静かに泣く。普段からそうであった。
両親に心配を掛けぬようにいつも自分で解決をしてきた。音大に入ったのは、自分が昔から音楽が好きでそれを生かす仕事に就きたかったから。
だがあの人のせいで自分のセクシュアリティがわからなくなってしまった。男だろうが女だろうが、同性代の人間と触れ合うと興奮し、極端にときめいてしまう。
そのたびに自分は異端であることを再確認し苦しくなる。自分が女装を極めたのも、男性になびいて欲しいと欲する心から生まれた邪念であった。
自分は一体どんな存在なのかがわからない。自分がどんな存在であるのかを知りたい。
もう、心が辛かった。……一人にしてくれと、音楽の世界だけに浸りたいと願い許しを請うように咽ぶのだ。
ガチャリと音がして動揺し涙を拭こうとすれば――焦っている様子の双葉がそこに居た。
彼は涙を流している鏡梨を強く抱擁し「大丈夫か?」焦燥感を抱かせた声で現状を話してくる。
「マスターから聞いた。鏡梨がどうしてだが具合が悪そうだからって。……そしたら、すすり泣くような声がして、さ」
「ひぃっく……なんでも、ねぇよ」
「なんでもあるだろう。ほら、言ってみ? お兄さんが聞いてやるから――」
「なんでもないって言ってんだろ!!!」
鏡梨は逆上し泣き叫んだ。
「俺は、ただ……音楽が、すきな、だけ……なのに……うぅっ、みんな、俺の、邪魔を……する!」
「……そうか、そうなのか」
「お、まえも、そうだ! 俺は、フリーで……一人で孤独に過ごしていた方が、良いんだよ!!! お前なんかと出会ったから――」
その言葉で息を呑んだ。さすがに悪い言葉を使ってしまったなと、酷い言葉を言ってしまったなと思ったからだ。
だが双葉はそれでも強く抱擁した。苦しいぐらい強く抱き「それでもお前を傍に置きたい」告白するようなまっすぐな声で言い放ったのだ。
少し解放されると目線を向けられて涙を零している鏡梨の目元を拭きあげてニヒルに微笑んだ。
「俺がお前の世界を作ってやる。音楽の世界を作ってやる。だから――俺から離れるな」
そう言って触れるだけのバードキスを送ると、鏡梨は糸が切れたようにさらに泣き出した。その姿を懸命に宥めて、真っ赤に充血する鏡梨の瞳を癒すまで……双葉がずっと傍に居たのだ。
当たり前だ。客とはいえ何度も双葉と行動を繰り返し、帰りまで遅くなると不信感もあるが心配もあるのだろう。
「あのお客さん。……白淵さんとよく居るけれど、なんか一緒にやっているのか?」
鏡史に嗜めるような視線を向けられるが鏡梨は「なんでもないよ」そう告げることしかできない。父親に勇気を出して「ヒップホップの世界に入っている」とは言いづらかったのだ。
しかも女装をしてでなんてさらに言えないので、「あのお客さんとはなんも関係がないから」などと言った。嘘であるのに。
もしかしたら双葉専属リリストの夢はおしまいなのかもしれない。……胸がどうしてだが痛みを覚える。
金がもらえなくなるから嫌になるんだろうな、まぁ銭湯業務でも賄えているしなんて思いつつも、鋭利な刃物で貫かれたような痛みが、苦しみを伴ってしまう。
さてこれからをどうしようか。どう双葉に言えば専属のリリシストが下りられるのか。
呆然と考えてサウナマットを変えて、番台に出る。すると珍しく周さんがサウナに入らずに手招きをしてきたのだ。
無視を決め込みたいが何事かと思い周さんの元に行けば……にやりと畏怖を交えた笑みを零したのである。その手元には――自分が女装をして双葉とキスしている写真が収められていた。
「鏡梨。ちょいと面ぁ貸してくれるよな?」
悪い笑みを見せたやくざになにも言えない美青年は、客の相手をしている父親に「少し周さんと話してくる」青ざめた顔をして出て行った。鏡史は首を傾げたが客とたわいない話をしていたのだ。
周とは銭湯を抜けてすぐの場所で話し込んだ。これまたキツイ青白い煙を吐き出した周さんは写真をひらひらとさせている。
「いや~、まさかお前が男好きで女装趣味とは思わなかった。……若の影響でか?」
「……知りません」
「知らないってことはないだろう? 若には相当可愛がられていたもんな。女の格好させて、写真撮らせて、しまいには――」
「黙れ!!!」
急に怒鳴って威嚇する鏡梨に周は悪い笑みを零している。どうやら女装をしている鏡梨も昔と同じくらい似合っていて可愛らしく奇麗だからだろう。――男にするのはもったいないくらいだ。
「若はもう帰ってきている。鏡梨に会いたいってよ。……罪な嬢ちゃんだこと」
「俺は男だ」
「手切れ金なら払える。お前は若の右腕、いや、一生の遊び相手になる人間だ。若の傍で見守って癒しになれる存在になれるんだ」
「……俺はそれを望まない」
真剣な眼差しで拒否をする鏡梨にクツクツと周は喉元で笑い、煙草を捨てて踏みにじる。あとで回収しないとななどと思う鏡梨へ周は近寄って耳に寄せた。
「お前は特別だ。……あんな野郎に渡すぐらいならお前の場所さえも奪って見せる」
「なん……だと?」
「じゃ、返事期待しているからさ。――次、会う時は若も連れてお前の居場所を攫うよ」
背中を向けて手を振り、来た車に乗り込んだ周の姿に――鏡梨は行き場を失うように呆然と見つめた。
それから銭湯業務に励み、終えてから逃げるように部屋へと流れ込んだ。
自分の中でどうしたら良いのかわからない。リリックを書こうにも、周さんの言葉が恐怖でしかなくただ考えないように眠ることしかできない。
「うぅ……ひっぅ……ひぃっく…………!!!」
咽ぶように静かに泣く。普段からそうであった。
両親に心配を掛けぬようにいつも自分で解決をしてきた。音大に入ったのは、自分が昔から音楽が好きでそれを生かす仕事に就きたかったから。
だがあの人のせいで自分のセクシュアリティがわからなくなってしまった。男だろうが女だろうが、同性代の人間と触れ合うと興奮し、極端にときめいてしまう。
そのたびに自分は異端であることを再確認し苦しくなる。自分が女装を極めたのも、男性になびいて欲しいと欲する心から生まれた邪念であった。
自分は一体どんな存在なのかがわからない。自分がどんな存在であるのかを知りたい。
もう、心が辛かった。……一人にしてくれと、音楽の世界だけに浸りたいと願い許しを請うように咽ぶのだ。
ガチャリと音がして動揺し涙を拭こうとすれば――焦っている様子の双葉がそこに居た。
彼は涙を流している鏡梨を強く抱擁し「大丈夫か?」焦燥感を抱かせた声で現状を話してくる。
「マスターから聞いた。鏡梨がどうしてだが具合が悪そうだからって。……そしたら、すすり泣くような声がして、さ」
「ひぃっく……なんでも、ねぇよ」
「なんでもあるだろう。ほら、言ってみ? お兄さんが聞いてやるから――」
「なんでもないって言ってんだろ!!!」
鏡梨は逆上し泣き叫んだ。
「俺は、ただ……音楽が、すきな、だけ……なのに……うぅっ、みんな、俺の、邪魔を……する!」
「……そうか、そうなのか」
「お、まえも、そうだ! 俺は、フリーで……一人で孤独に過ごしていた方が、良いんだよ!!! お前なんかと出会ったから――」
その言葉で息を呑んだ。さすがに悪い言葉を使ってしまったなと、酷い言葉を言ってしまったなと思ったからだ。
だが双葉はそれでも強く抱擁した。苦しいぐらい強く抱き「それでもお前を傍に置きたい」告白するようなまっすぐな声で言い放ったのだ。
少し解放されると目線を向けられて涙を零している鏡梨の目元を拭きあげてニヒルに微笑んだ。
「俺がお前の世界を作ってやる。音楽の世界を作ってやる。だから――俺から離れるな」
そう言って触れるだけのバードキスを送ると、鏡梨は糸が切れたようにさらに泣き出した。その姿を懸命に宥めて、真っ赤に充血する鏡梨の瞳を癒すまで……双葉がずっと傍に居たのだ。
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