風呂してフローしながらパンチライン!

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

文字の大きさ
上 下
9 / 27

《女装》

しおりを挟む
 鏡梨は納得せずにいた。
 専属のリリシスト件楽曲の提供として双葉の協力者という話になったということにだ。ほとんど強制的かつ脅し文句を告げられて怒りを感じてはいるものの、反故しなかったのには理由がある。――金に釣られたのだ。
「はぁ~……。やっぱり楽曲作るだけで十万は良いよな~。しかも売れたら上乗せだし」
 これで新しい機器が買えると思うと鼻が膨らんでしまうものだ。それぐらい美味しい話に釘付けになってしまった。
 確定申告しないとな……とか思いつつも銭湯の様子をうかがえば、周さんが入ってきた。「おう、鏡梨久しぶりだな」そう告げられて先ほどの胸の鼓動を抑え込み冷静な対応をする。
 この男の前では弱みを見せてはならないと反射的に思ったのだ。
「俺の愚息が鏡梨に会いたいって言っててな。またサウナに寄って行こうと思ってな」
「そうですか」
 またつまらない下ネタをかましてくるので遮断し、サウナタオルを渡す鏡梨ではあったが「そういえば若がもうちょっとで帰ってくんだよ。大変になるな~」そうぼやかれて一瞬だけ顔が強張った。
 周はにたりと笑った。
「おや、若が帰ってくんのが嬉しいのか? 昔から仲良かったもんな」
「……そんなこと、ないです」
「若が帰ってきたら言っておくよ。――鏡梨が寂しそうな顔してたってよ」
 湯船に浸かるか~と言い放つ周さんに鏡梨は震えが止まらないのを抑えて接客をした。
 ――あの男のことは忘れよう。
 そう思いながら番台で接客をしていたのだ。
 『湯花』の閉店時間になり、風呂場の掃除をしようと父親の鏡史に声を掛けようとすれば、引き戸が開いた。そこにはデビューしたばかりの双葉がニヒルに微笑んでいた。鏡梨はむっとした顔になる。
「なんの用事ですか、お客様? もう店じまいなんだけど」
「そう固く言うなって。マスター、俺ここの風呂に入る約束してたよな?」
 すると眠たげな鏡史は「お客さんも都合が悪い時に入りに来たね~」毒を吐いている。そうだ、もっと言ってやれなどと思っていると、双葉はわざと鏡梨に近寄り「こいつに用事があるから入らせてくれよ」などと言ってくるではないか。
 なにが用事だと言おうとすれば鏡史は「じゃあ風呂場の掃除してくれよ」そう言って目を擦って寝床へ行ってしまうのだ。
 残された鏡梨は「用事ってなんだよ?」尋ねるとニヒルな顔つきのままの双葉が「まぁまぁ風呂に入ってからな」片目を閉じて風呂場へ誘い込んだ。
 シャワーで髪と身体を洗い流し、露天風呂へと浸かると話を切り出される。
「俺のマネージャーとプロデューサーに会って欲しいんだ」
「……はぁ?」
 突然なんだと思っている鏡梨に双葉は視線をさまよう。
「いや~、俺のマネージャーもプロデューサーもお前が気に入ったらしいんだよ。やっぱり見てくれも大事だよな」
「……女装した俺を、かよ?」
「奇麗で可愛らしい子だね、だってよ」
 ニヒルに笑いながらビールを煽る双葉に鏡梨は断固拒否しようとするが……できない。――この男には弱みを握られている。
「おっと忘れんなよ。会ってくれなきゃマスターにバラすし金の件は打ち切りな」
 この野郎……なんて思いつつも自分の父親である鏡史や母親が泣くような顔はさせたくはないと思い、この話は呑み込んだ。……これ以上、自分が異端であるのは忍びない。
 押し黙っている鏡梨に双葉はそういえばというような口ぶりになる。
「なぁお前さ。――性的な相手は男なのか?」
 鏡梨は少し考えこんだ。
「別に……男だろうが女だろうが、わからない」
「わかんねぇってことはないだろう。じゃあ女装は趣味か?」
「――お人形さんごっこの名残だ」
 どういう意味だと顔に書いてある双葉に鏡梨は虚ろげな瞳で上に向ける。
「初めは内緒で着せ替え人形をすることになった。でもそれがだんだんとエスカレートして、触れられるようになったんだ。触れられて、俺は欲情を覚えた。……馬鹿だろう?」
 哀愁を帯びた鏡梨の顔は切なげな顔をしていた。だがこれだけは言える。
 ――鏡梨はそいつに傷つけられたのだ。
「どんな奴だが知らねぇが、許せねぇな。――ぶっ飛ばしてぇ」
「あんたがやっても無駄だよ。どうせまた帰ってくるし、しかも奥さん居るらしいし」
 とんでもない発言をした鏡梨に驚く双葉ではあったが、それでも鏡梨はぼんやりしながら自分は一体何者なのだろうと呟いた。
「お前はお前だよ」
 身体を引き寄せて咽び泣く鏡梨の身体を抱いて肩を貸した。涙が幾度もなく流れ落ちた。
 その後、双葉も強制的に風呂掃除をさせて一仕事終えたら公園で鏡梨はコーヒー牛乳を飲んでいた。だが双葉は牛乳を飲んでいた。
「やっぱり牛乳だろ。コーヒー牛乳なんか飲みやがって」
「うっさい。飲みたかったんだから良いだろう」
 そう言って一気に飲み干した二人ではあったが双葉が煙草に火を付けて吹かしていると、なんなくその紫煙を見て思った。
「煙草ってうまいの? そう見えないんだけど」
 すると双葉はすました顔をしたかと思えば、一度付けた煙草を鏡梨の唇に放り投げた。ゲホゲホッと咽ぶ鏡梨に双葉は笑っている。
「初々しい反応だな。ははっ」
「てめぇ……、こんなまずいもんがうまいわけないだろ」
 騙したなという視線を向ける鏡梨に双葉は顔をずいっと見つめてにやけた。何事かと思う鏡梨に、双葉は顔を近づけて……キスをする。
 顔を真っ赤に染め上げる鏡梨に双葉は喉の奥で笑う。
「同じ煙草の味がすんな、嬢ちゃん?」
 鏡梨は睨みつけるように「変態」なんて言い返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ふれて、とける。

花波橘果(はななみきっか)
BL
わけありイケメンバーテンダー×接触恐怖症の公務員。居場所探し系です。 【あらすじ】  軽い接触恐怖症がある比野和希(ひびのかずき)は、ある日、不良少年に襲われて倒れていたところを、通りかかったバーテンダー沢村慎一(さわむらしんいち)に助けられる。彼の店に連れていかれ、出された酒に酔って眠り込んでしまったことから、和希と慎一との間に不思議な縁が生まれ……。  慎一になら触られても怖くない。酒でもなんでも、少しずつ慣れていけばいいのだと言われ、ゆっくりと距離を縮めてゆく二人。  小さな縁をきっかけに、自分の居場所に出会うお話です。

超絶美麗な美丈夫のグリンプス ─見るだけで推定一億円の男娼でしたが、五倍の金を払ったら溺愛されて逃げられません─

藜-LAI-
BL
ヤスナの国に住む造り酒屋の三男坊で放蕩者のシグレは、友人からある日、なんでもその姿を見るだけで一億円に相当する『一千万ゼラ』が必要だという、昔話に準えて『一目千両』と呼ばれる高級娼婦の噂を聞く。 そんな中、シグレの元に想定外の莫大な遺産が入り込んだことで、『一目千両』を拝んでやろうと高級娼館〈マグノリア〉に乗り込んだシグレだったが、一瞬だけ相見えた『一目千両』ことビャクは、いけ好かない高慢ちきな美貌のオトコだった!? あまりの態度の悪さに、なんとかして見る以外のことをさせようと、シグレは破格の『五千万ゼラ』を用意して再び〈マグノリア〉に乗り込んだのだが… 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 シグレ(26) 造り酒屋〈龍海酒造〉の三男坊 喧嘩と玄人遊びが大好きな放蕩者 ビャク(30〜32?) 高級娼館〈マグノリア〉の『一目千両』 ヤスナでは見かけない金髪と翠眼を持つ美丈夫 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 Rシーンは※をつけときます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら

夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。 テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。 Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。 執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)

処理中です...