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《ドレス》
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瞼を開けようにも重くて堪らない。身体を動かそうとしても力が入らない。
浮かぶのは赤く細い髪をなびかせ、猫のようなアーモンドアイに深緑の宝石をした、色白で自分より一回り小さなヒト。――人に触れたくても触れられない、寂しいヒト。
「ヨ、ル……。ヨル……」
なんとか口元を動かし何度も名前を呼んでみた。すると力がみなぎってきて重たい瞼を次第に開かせていく――。
「あら、ようやくお目覚めね、――囚われのお姫さま?」
目の前には麗しい金髪で深く青い瞳を持った美女が座っていた。胸の谷間が強調されたブルーを基調とした金色の蝶が瞬いたデザインはなんとも艶やかだ。
しかも首に施された黄金と宝石が散りばめられた飾りは、彼女をさらに美しくさせ魅惑的にさせる。――シギュンが心の底から美しいと感じてしまうほどだ。
「き……れい」
「あら、ありがとうシギュンさん。――でもあなたも素敵よ?」
「え、私……ですか?」
(……どうして私の名前を知っているのでしょう?)
目の前に美女をブリーシンガルとは分からなかったシギュンは、まずつま先を見た。足首を透明なリボンのように巻かれているが、白いヒールを履いている。
次第に視線を巡らせて……自分は手首にもリボンが巻かれているが、白い服を着させられていることに気が付く。
「これは……なんですか?」
「それは服のことについてかしら? そのリボンのことに関してかしら?」
「えっと、どちらも……です」
すぐにちぎれてしまいそうなリボンに力を入れて解こうとするが――解けない。どんなに力を入れてもびくともしない。「え、あれ、え……?」戸惑いの色を見せるシギュンに美女は軽やかに笑った。
その声で分かった。彼女は自分に飲み物を飲ませて眠らせた……ブリーシンガルだ。
「先生? どういうことですか、これは?」
どういうわけかわからないが、力を入れても解けない拘束にブリーシンガルは口端を上げる。
「ふふっ、あの巨大な狼かつ力の強い災厄のフェンリル。いえ、この世界では大狼司 聖と言ったかしら? あの災厄を封じた強靭なリボン――”グレイプニール”を解こうなんて無駄よ」
……ヒジリさんのことか。でもどうして、私を拘束して?
「ほら、あなたたち! 鏡を持ってきてちょうだい。――この人を映して」
手を軽く叩いたブリーシンガルに今度は複数の人間が鏡を持ってきて、シギュンの前に置いた。――シギュンは驚いた。自分は純白のドレスを着せられているからだ。
「これは……どういう?」
「囚われのお姫さまですもの。ドレスを着させてもらったわ」
あなたのサイズを探すのには苦労したのよ? 告げながら口元を緩めるブリーシンガルにシギュンはさらに困惑をする。
「先生! 私は、どうしてこのような服を? それに、ヨルは? ヒジリさんのことも――」
「その二人だけではないわ。……冥府の女王、ヘルにも用があるの」
「ヘル?」
英語で地獄を指す言葉にシギュンは首を傾げてしまう。だが、ブリーシンガルの企みには気がついた。
(先生はヨルたちに用事があるのですね。だから親しい私を、こんな格好にしてまで……)
正直言って、自分のこの姿は似合わないなと思った。女性的なしぐさをしてしまう癖はあるが、自分に女装癖などない。というか、似合わないことだとわかっていた。
(こんな姿をヨルに見せたら、恥ずかしすぎて死にそうです……。うぅ……)
「ふふっ、そんな赤い顔を見せられる余力があるとはね。――おめでたい頭だわ」
普段よりも冷酷な態度で接する美女に、シギュンは胸に棘が刺さったような気持ちになった。だが彼女は察したかのように、囚われて心細そうなシギュンへ淡々とした口調で話す。
「あなたがここで、あのキョウダイ。……災厄を抹殺させるエサになってもらわないと非常に困るわ。あの子たちは生きていても人間たちを不幸にさせる存在ですもの」
「……そんなことはありません。ヨルもヒジリさんも良い人です。話に出ていませんが、燐さんも」
否定をしたがブリーシンガルは首を傾けて鼻で笑う。
「それはあなたにとっては、でしょう? ――人間たちはあの災厄がいなければいいと願っている」
言葉が出なかった。どうしてそんなひどい言葉を言うのだろうと思った。特にヨルに関しては強く思った。
冷静で恥ずかしがり屋で、でも優しくて思いやりがあって――人間と触れたくても触れられない。寂しいヒト。だから、自分と出会うまで傷ついたような顔を見せていた彼を……シギュンは侮辱されたくはない。
「――あなたになにがわかるのですか。ヨルのなにがわかるのですか」
真剣みを帯びた海よりも深い瞳の輝きにさえ女神は屈しない。
「ヨルは私を助けてくれています。私が愛していると言ったら、恥ずかしそうに頷いてくれます。美味しい料理もできるし、頭もいいんです。――そんな魅力的なヒトなんです」
「随分と首ったけなことを……、ね。じゃあ、あなたがたとえ死んだしても」
そうね……そう言って彼女は大勢の人間を引き連れ、優雅に微笑んだ。
「あなたとヨルムンガンドを一緒に――海の底に沈めましょう」
静かに閉ざされた扉をシギュンは睨むことしかできなかった。
浮かぶのは赤く細い髪をなびかせ、猫のようなアーモンドアイに深緑の宝石をした、色白で自分より一回り小さなヒト。――人に触れたくても触れられない、寂しいヒト。
「ヨ、ル……。ヨル……」
なんとか口元を動かし何度も名前を呼んでみた。すると力がみなぎってきて重たい瞼を次第に開かせていく――。
「あら、ようやくお目覚めね、――囚われのお姫さま?」
目の前には麗しい金髪で深く青い瞳を持った美女が座っていた。胸の谷間が強調されたブルーを基調とした金色の蝶が瞬いたデザインはなんとも艶やかだ。
しかも首に施された黄金と宝石が散りばめられた飾りは、彼女をさらに美しくさせ魅惑的にさせる。――シギュンが心の底から美しいと感じてしまうほどだ。
「き……れい」
「あら、ありがとうシギュンさん。――でもあなたも素敵よ?」
「え、私……ですか?」
(……どうして私の名前を知っているのでしょう?)
目の前に美女をブリーシンガルとは分からなかったシギュンは、まずつま先を見た。足首を透明なリボンのように巻かれているが、白いヒールを履いている。
次第に視線を巡らせて……自分は手首にもリボンが巻かれているが、白い服を着させられていることに気が付く。
「これは……なんですか?」
「それは服のことについてかしら? そのリボンのことに関してかしら?」
「えっと、どちらも……です」
すぐにちぎれてしまいそうなリボンに力を入れて解こうとするが――解けない。どんなに力を入れてもびくともしない。「え、あれ、え……?」戸惑いの色を見せるシギュンに美女は軽やかに笑った。
その声で分かった。彼女は自分に飲み物を飲ませて眠らせた……ブリーシンガルだ。
「先生? どういうことですか、これは?」
どういうわけかわからないが、力を入れても解けない拘束にブリーシンガルは口端を上げる。
「ふふっ、あの巨大な狼かつ力の強い災厄のフェンリル。いえ、この世界では大狼司 聖と言ったかしら? あの災厄を封じた強靭なリボン――”グレイプニール”を解こうなんて無駄よ」
……ヒジリさんのことか。でもどうして、私を拘束して?
「ほら、あなたたち! 鏡を持ってきてちょうだい。――この人を映して」
手を軽く叩いたブリーシンガルに今度は複数の人間が鏡を持ってきて、シギュンの前に置いた。――シギュンは驚いた。自分は純白のドレスを着せられているからだ。
「これは……どういう?」
「囚われのお姫さまですもの。ドレスを着させてもらったわ」
あなたのサイズを探すのには苦労したのよ? 告げながら口元を緩めるブリーシンガルにシギュンはさらに困惑をする。
「先生! 私は、どうしてこのような服を? それに、ヨルは? ヒジリさんのことも――」
「その二人だけではないわ。……冥府の女王、ヘルにも用があるの」
「ヘル?」
英語で地獄を指す言葉にシギュンは首を傾げてしまう。だが、ブリーシンガルの企みには気がついた。
(先生はヨルたちに用事があるのですね。だから親しい私を、こんな格好にしてまで……)
正直言って、自分のこの姿は似合わないなと思った。女性的なしぐさをしてしまう癖はあるが、自分に女装癖などない。というか、似合わないことだとわかっていた。
(こんな姿をヨルに見せたら、恥ずかしすぎて死にそうです……。うぅ……)
「ふふっ、そんな赤い顔を見せられる余力があるとはね。――おめでたい頭だわ」
普段よりも冷酷な態度で接する美女に、シギュンは胸に棘が刺さったような気持ちになった。だが彼女は察したかのように、囚われて心細そうなシギュンへ淡々とした口調で話す。
「あなたがここで、あのキョウダイ。……災厄を抹殺させるエサになってもらわないと非常に困るわ。あの子たちは生きていても人間たちを不幸にさせる存在ですもの」
「……そんなことはありません。ヨルもヒジリさんも良い人です。話に出ていませんが、燐さんも」
否定をしたがブリーシンガルは首を傾けて鼻で笑う。
「それはあなたにとっては、でしょう? ――人間たちはあの災厄がいなければいいと願っている」
言葉が出なかった。どうしてそんなひどい言葉を言うのだろうと思った。特にヨルに関しては強く思った。
冷静で恥ずかしがり屋で、でも優しくて思いやりがあって――人間と触れたくても触れられない。寂しいヒト。だから、自分と出会うまで傷ついたような顔を見せていた彼を……シギュンは侮辱されたくはない。
「――あなたになにがわかるのですか。ヨルのなにがわかるのですか」
真剣みを帯びた海よりも深い瞳の輝きにさえ女神は屈しない。
「ヨルは私を助けてくれています。私が愛していると言ったら、恥ずかしそうに頷いてくれます。美味しい料理もできるし、頭もいいんです。――そんな魅力的なヒトなんです」
「随分と首ったけなことを……、ね。じゃあ、あなたがたとえ死んだしても」
そうね……そう言って彼女は大勢の人間を引き連れ、優雅に微笑んだ。
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