赤髪の免罪

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

文字の大きさ
上 下
27 / 38

《事件2》

しおりを挟む
『今日はヨルとごはんを買いに行きました。ヨルは赤いかみをキラキラさせて、わたしと買いものをしました。とても嬉しかったです。また明日もいきたいです。』
 
 土日を挟んで提出をしたシギュンの三行日記は、ブリーシンガルとクラスメートに賞賛の嵐を巻き起こした。
 文章の主語、助動詞、動詞の使い方もさることながら、敬語もしっかりと使用されている。だからブリーシンガルも高評価して、クラスに発表をしたのだ。――もちろん、クラスの皆も拍手を送るさなかで、シギュンの頬を赤らめるようないじり方もされた。
「ヨルって子が彼女の名前だったんだ~。へぇ~!」
「日本語の”夜”、”night”って意味だな。変わった名前だな~」
 シェリーやレイフロが率直な感想を述べると、シギュンはカっと熱くなり「う……ん」などと口籠ってしまった。
 ヨル相手であれば、口説きたいがあまり情熱を並べて、ヨルを熟れた果実のようにさせて――頂かせてもらう、というのが通例だ。
 だがクラスメートはクラスメート。ヨルとは立場が違うので反応しても、身悶えることしかできない。
 そんな彼にブリーシンガルは便底眼鏡の奥でにこりと微笑み、シギュンの背中を叩いてこんなことを言い出した。
「シギュンさん。そのヨルって子の話も聞きたいし、素敵な文章の奨励もさせていただきたいわ。……あとで職員室に来てね」
「え、あ……アリガトウ、ゴザイマス」
「えぇ。――待っているから」
 見え透いた瞳は瞳が自分と同じ青く澄んでいて、でも瞳が潤って反射をしてきらめいているような印象を受けた。
(ブリーシンガル先生の素顔って、どんな美人さんなのでしょう?)
 シギュンは背中を押された延長で歩いていき、席に座ってから考え込む。シギュンのリュックには、ヨルからもらったお守りが付けられていた。
 放課後となり、シギュンは職員室へ足を向けて「失礼します!」と一生懸命練習した挨拶の言葉で入室をすれば、席にはブリーシンガルしか居なかった。
 ――さすがにシギュンでさえも不自然に感じた様子だ。
「あれ? ほかの先生方は……?」
「ほかの先生方はクラスの面談で別室にいるわ。諸事情もあるみたい」
「先生は大丈夫なのですか?」
「私は後からでも構わないと伝えているから、――さぁ、座って」
 簡単な席とテーブルが用意されており、テーブルには茶色の液体が注がれていた。少しぱちぱちするような音もする。「それはなんですか?」一礼をして席に座ると、ブリーシンガルは「茶葉をソーダで割ったものよ」と口元に笑みを浮かべた。
 不思議な飲み物にシギュンは戸惑いを抱くと、ふふっと口端を綻ばせ、自身にも置いていた飲み物にも指さす。
「アイスティーソーダっていう飲み物なの。ガムシロップは入っているのだけれど、お好みでミルクを入れても美味しいわ。まぁ飲んでみて?」
「はい、えっと……いただきます」
 手を合わせ口に付けると、なんとも不思議な味わいがした。紅茶なのに紅茶ではない。でもお酒なわけでもないのにカクテルを飲んでいるような、大人で甘みのある味わいだ。ほのかに茶葉の苦みも感じるが、炭酸とガムシロップのおかげで相殺されている。
(おいしい……! ヨルにも作って欲しい!)
 驚きと美味しさのあまりどんどん飲んでいくと、お代わりもあるからなんて言うブリーシンガルは容器に入れた液体を注いでいく。だからシギュンは口に運ぶのをやめて「アリガトウございます!」そうにこやかに笑った。
「いえいえ。最近はめきめき日本語が上手になったわね。それも、恋人のため? いえ、――将来の夫のためかしら?」
 夫発言にシギュンは噴き出して気管に入ってしまった。ゲホゲホとむせて吐き出しては、ふぅと息を吐いて、にこやかに微笑みブリーシンガルを見つめる。
 ――彼女の青い瞳は見えない。
「なんで、そのことを知っているのですか。私はクラスメートにも言っていませんよ」
 不思議なのは当然だ。本当に伝えていないのだから。
 だがブリーシンガルは一旦、企んだように首肯しては便底眼鏡を外した。……白い肌に整った骨格と潤った肌、そして輝きを秘めた青い瞳にシギュンは吸い込まれ、魅了されてしまう。
 ブリーシンガルの美貌にうっとりしてしまうシギュンへ、彼女は微笑みを絶やさない。――まるで女神のように聡明でしたたかな輝きを放っていた。
「あなたを調べたからよ。あなたの旦那の雫石 ヨル……前世の名前は、ヨルムンガンド。――私たち、”神”の敵だもの」
 ……神? 神ってどういう意味?
「あの! 神ってどういう意味」
 ――なん、ですか?
 尋ねようとした途端、身体の力が入らなくなって崩れ落ち、急激に眠くなってしまった。そのおかげで声を出そうにも出せない。
 意識を保とう、床に手を伸ばして……愛しいヒトの名前をなぞる。
「ヨ、ル……」
 シギュンは急激な眠りで倒れてしまった。その姿を見届けたブリーシンガルは自身のバック漁り、宝石が散りばめられた金の首飾り――ブリーシンガルを首元に巻く。
「さて、シギュンの後世は拘束するとして。……あとはあの災厄たちを、この子がおびき寄せられるエサになるかどうか、か」
 ……まぁこの子は私のが使えなさそうだし、この方法で正解ね。
 眠ったシギュンを置いて、つかつかヒールを鳴らし別室を開ければ――大勢の人間が人形のようになにも見ない瞳をして、佇んでいた。
 ブリーシンガルは悪女のようなひどい笑みをした。
「さぁ、……パーティの始まりよ」
 シギュンは気づかずに眠ったままであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...