赤髪の免罪

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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《災厄》

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 雷を引き連れて現れた大柄で髭を蓄えた男に、シギュンが呆気に取られれば「シギュンさん、ここは兄さまたちに任せましょう!」と燐が彼の腕を強く引っ張る。燐のボディガードの黒服たちも、シギュンと燐を安全な場所へ避難させようとしているが、シギュンは首を振った。今すぐヨルの元へ駆け出したかったが、それを燐が許すはずなどない。
「いい加減になさい!! 私はともかく、あなたはなにもできることはありません。ヨル兄さまと聖兄さまなら大丈夫ですから!」
「で、でも! ヨルは――」
「さぁ早く!」
 黒服と燐に連れられて離れ離れになったシギュンは、もしも神が居るのならばヨルを救って欲しいことを祈る。……しかし今、対峙しているのが前世では神だった人物であることを、シギュンは知らない。
 トール神と向き合うヨルではあったが、聖の姿が居ないことに焦燥感を抱いた。あの時気づかなかったが、もしかしたら怪我をしたかもしれないという不安に駆られる。……しかし、頭上から遠吠えのような声が聞こえたかと思えば、一回り大きな狼がヨルの前に歩み寄る。
 巨大な身体に白銀の毛並みが艶やかで、自身と同じ翡翠色の瞳を見て……ヨルは心強さを覚えた。
「聖……。無事でよかった。怪我はないか?」
 すると狼の姿になっている聖は首を振って言語を操る。
「大丈夫。今の俺は最高に怒っているから、トール神なんかに殺されるなんてヘマはしないよ」
「それは心強いな。期待しているよ、――聖」
 一人と一匹は尊大な態度を取る神に反撃を企てた。――そして、戦いは始まった。
 まずは俊敏な動きで駆け抜けた聖がトール神の喉元を狙って接近をする。だがトール神の持つ武器、”ミョルニル”と呼称されたハンマーで大きく振り回されたおかげで容易に近づけない。しかし、隙だらけの動きを突いたようにヨルが全力で走り出し、トール神の腕に掴みかかった。
 ボォッと腕から炎が取り巻いて驚いたトール神は、ミョルニルでヨルの腹部に柄を伸ばし、距離を空ける。……ミョルニルは伸縮自在に操ることができるハンマーなのだ。
「ぅうっ!??」
 腹部に命中し倒れ込もうとするヨルを、聖が素早い反応で背後に回り抱き留める。ふわふわな毛皮のおかげで幾分、軽症で済むことができた。
 ヨルは腹部を抑えて息を荒げ、聖はグルルルルゥと唸り上げれば、トール神はにたりと笑ってミョルニルを肩に担いだ。
「さすが、前世が罪人なだけに自分の業でさえも扱えるとはな。巨狼のフェンリルに巨蛇のヨルムンガンドよ。……いや、毒蛇は親の業まで授かったか」
「……話はなんだ、トール神。俺たちになんの用がある。人々を巻き込んでまで、俺たちにどういう用件で来た?」
 深い緑色の瞳でヨルはトール神を睨むと、彼はふと笑ってから「災厄を排除しにきた」と告げたのだ。
「災厄だと?」
「なに。お前らキョウダイが揃った今、また世界は終焉に向かおうとしている。その災厄を、俺様が払おうとしたわけだ」
 あくどい笑みを浮かべたトール神に、聖はまだ唸り声を上げている。そんな彼の憤りを払拭させるように、ヨルは聖の頭と顎を撫でた。すると次第に唸り声は収まり、すぅすぅと静かな呼吸になって穏やかな様になったので、ヨルは少し微笑んではトール神に向けて言い放つ。
「俺たちはその災厄から、どうにかして切り離せないか対策を練っている。だからどこかに居る親父の怒りを鎮めようと、――親父の罪が許されるのを待っているんだ」
 腹部に触れていない片手を強く握りしめ、悲痛に訴えかけるヨルではあるが、神は毛ほども興味がないらしい。ふんっと軽く鼻息を鳴らし、彼らに背を向けたのだ。
「罪人は罪人。災厄は災厄らしくくたばっていろ。……終焉の借りをこれで果たすと思うなよ」
 トール神は歩き出したかと思えば瞬時に消えてしまうが、売り言葉に買い言葉で聖がさらに唸りだし暴れだそうとしたので、ヨルは必死に慰めた。 
 たくさん撫でて、顔を擦りつけ、「大丈夫だから。俺たちは昔みたいにならないから」そう唱え続けたおかげで、聖は大人しくなった。
 人々が逃げて居なくなった惨状に一人と一匹が寂しく残る姿は、前世に記憶されている終焉に向けて自分たちが葬られた最期と酷似している気がして……ヨルは自身の胸に手を置いたのだ。
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