赤髪の免罪

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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《事件》

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 喫茶店へと出て今度はシギュンと燐が先頭になって雑貨を探していた。どうやら燐がシギュンと仲良くなりたいというのもあるが、雑貨に興味のないヨルにシギュンが呆れてものが言えないのもあったのである。
 二人でうさぎやクマの小物やぬいぐるみ、壁時計を見ながらきゃっきゃと話している姿を見た聖は「会ってから思ったんだけどさ~」少し言いづらそうな顔をしてから、様子を見ているヨルに向けて問いかける。
「シギュンさんって、見た目はかっこいいのに女性的だよね。好みとかしぐさとか……やっぱり、そういう経験があるのかな?」
「ある……だろうな。俺が焼き殺した人間にも尽くしていたらしいし。本人も経験はあるって言っていたし」
「兄さんはそういうのなさそうだよな~」
「余計なお世話だ、バカ」
 だが合っているのでそれ以上はなにも言えないでいるヨルに、聖は軽く笑ったかと思えば、今度は真剣な話を持ち掛けた。
「親父の件はどうする? 兄さんに触れられたのならば、シギュンさんは前世で俺たちの家族だったんだ。……しかも俺たちの母親じゃなくて、れっきとした親父の奥さんかもしれない。名前が一緒だからな。違うのは褐色肌で男なぐらいだろう」
 聖の言いたいことはわかっている。現在、行方不明の父親をシギュンに引き渡し、いずれ訪れる世界の終焉を止める手立てをどうするべきだと聞きたいのであろう。
 ヨルは手刀を聖の眼前に置いて長考した。初めはシギュンを引き渡せばそれで良いと思っていた。今も内心ではそう考えている自分も居る。
 ――だが、バルドルという父親が終焉へと向かわせた庭園の名前で愛を誓い、性行為まで至り、自分の毒に充てられて不自由になっても尽くしてくれる姿には、日が浅くとも心が奪われた。
 親戚関係の繋がりで金には不自由はないが、キョウダイと違って自分はそこまで金はないし、恋愛経験も少ない。……少ないどころか、人と触れただけで焼き殺す業を背負ったおかげで、人間同士で愛しあうのを捨てた自分も居た。――そんななかでシギュンという性欲に塗れてはいるが、健気で頑張り屋な彼と出会い、結婚の約束を交わしてしまった。
 世界が終焉に向かったら元も子もないが、シギュンを犠牲にしてまで父親の罪は晴らしたくはない。というより――自分の幸せを、親にはこれ以上奪われたくないのだ。
「……まだ親父の居場所も突き止めていないし、シギュンがたとえ前世で親父の正妻であったとしてもさ」
 ――俺はこれ以上、自分を犠牲にしたくはない。
 驚くほど素直な意見であった。自分でもこんなストレートな言葉を選ぶとは思いも依らなかった。だがそんなヨルに聖は少し納得をした様子を見せる。
「そりゃ兄さんの言うとおりだ。兄さんが親父の罪をすべて被ってくれたから、俺や燐は人と触れ合える。恋愛もできるし、深い関係だって築くことができる。……兄さんはいつも我慢して生きてきたんだから、親父の奥さんを奪ったって罰は当たらないさ」
「お前、さらりと昼ドラの悪人かのような言い草しただろ」
「まぁシギュンさんの件は一旦保留だ。親父だって浮気性だし、その不倫で俺たちが産まれたんだ。一途に愛してくれる人の方が、……誰だって幸せだよ」
 白い歯を見せてにかり笑う聖に、ヨルはそっぽを向いて「うるせぇ」と投げやりに呟く。相も変わらず、天邪鬼な兄には手を焼かせることが多いものだ。
 ――ゴロゴロ…………!!! ピカァッ!!!
「それにしてもすごい雷だな。近づいているんじゃないか?」
 話題を逸らすようにヨルが呟けば、聖はスマホを見て雷雲状況を確認し……当惑する。どうしたと声を掛けるヨルに、聖はこの付近の緊急事態警報を告げたのだ。
「周辺地域で見ると、この場所にしか雷が落ちていないんだ。雷雲が急接近しているのも、ここだけだし……」
「どういうことだ?」
「わからない。どういうことだろう」
 ヨルも不自然極まりない状況に首を傾げていると、雑貨類を見ていた二人が戻ってきた。手には大きな手提げ袋を携えたシギュンと、満足そうな顔をしている燐が駆け寄ってくる。
 二人……というより、シギュンの笑っている姿を見てヨルは心が安堵する気持ちになった。
「ヨル! 雑貨屋さんで、えっと……壁時計と、マグカップとそれと――」
 その瞬間、轟くような雷鳴と光が飛び込み包み込んだ。そしてパリィィッンという、亀裂から生じた大きな破片の音が鳴り響いたのである。
 ヨルは深い緑色を爛々とさせて開けてみると、ガラス片が自身に迫ってくるのを確認した。しかし自分のことよりも、目を開けられずに壁際へ逃げられないシギュンと燐の姿が目に入り、「シギュン!」と叫んで自分の小柄な背中を盾にして、二人を囲んで庇うようにガラス片から守った。――ガラス片はヨルを切り刻むことはなく、火の粉となって散った。
「……ヨル。ヨル、ヨル!!? 大丈夫ですか?」
「あぁ、俺は平気。シギュンは切り傷とかないか? シギュンの方がでかいから、庇いきれなかったかも」
 至って平気そうなヨルにシギュンは先ほどの地響きのような雷鳴も恐れた。しかも周囲はガラス片が飛び散っており、地面が微かに血しぶきを上げている。
 だが、自分や驚愕している燐はほとんど無傷に近いのだ。ヨルが守ってくれなかったら、自分も血だらけになっていたかもしれないと思うと絶句してしまう。
 ――二人がほぼ無傷にであったことに安心したヨルではあったが、事態はまだ続く。
「人間を守ったか、醜い毒蛇よ。……俺様との戦いを忘れ、なにをしている?」
 突如として現れたのは髭を蓄え、ハンマーのような武器を携えた大柄な男であった。彼は轟く雷を背にして、ヨルを見据えて睨んだ。
「決着の時だ、醜い巨蛇おろもよ。俺様との終焉を賭けての、戦いだ」
 その姿にヨルは目を見開いた。見覚えがあったのだ。
「……よりにもよって”トールしん”かよ」
 深く息を吐くヨルに雷鳴の神、トール神は無精ひげを触りながらニヤついた。
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