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*《ドキドキ》

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 辺鄙へんぴな場所であったが、ヨルの性質を踏まえたうえで二人は徒歩で逃走を図った。野宿することもあったが、シギュンはそれでも自分の傍に居てくれるヨルが好きだったし、ヨルも自分に付いてきているシギュンに次第に惹かれていった。
 だがヨルの性質によるものだからか、シギュンは倒れてしまう時があった。そういう時、ヨルは出来損ないなりにシギュンの厚い唇から毒を吸い出していた。
「ふぅ……ん、んぅ……」
 ヨルが顔を熟れたトマトのように赤らめて毒を吸い出す様子に、シギュンはいつも思う。――普段から毒に充てられるふりをしたら、こうやって可愛らしいキスを強請れるのかと。
 しかし嘘を吐いて倒れるふりをしてもヨルは「嘘コケ」と言うので、見破られてしまうようだ。自分に演技力があれば良かったなとシギュンはふて腐れた顔をした。
 
 長旅をしてわかったことがたくさんあった。まずヨルは人とは出会わぬように避けて通ることが多かった。だがそのおかげで悪漢に絡まれることがあったが……そういう時は走って逃げるものの掴まれてしまい、焼き殺してしまう運命を辿ってしまう。
 その時のヨルの表情は深い悲しみに苛まれ、「あぁ……またやってしまった」なんて告げる。――深い緑色の瞳が淀む姿を、シギュンは何度も見た。
 またヨルはシギュンと分かち合おうとしているのか、アニメの話を傾聴している節が見えた。特にグレーゾーンのBLアニメに関しての話をすることもあった。電波が通じるところであったら、互いのスマホで見ることもある。……それだけでシギュンは満たされるような気持ちになったのだ。
 だからシギュンはヨルが罪人だと思えない。ヨルが罪人だというのならば、自分が出会ってきた人間たちはなんだったのだろうかと疑問に思う節がある。
 ――性玩具として、人間として扱われなかった自分はいったいなんなのだろうかと思う自分がそこに居たのだ。
 そしてやっとの思いで空港にたどり着くことができた。野宿だったり宿に泊まったりもしたが、一週間強で着いたのにも関わらず追手が来なかったのが幸いであった。
 もしかしたら追手も、シギュンならば捕まえるけれども人間を焼き殺す自分を恐れて来なかったかも知れないなと考えると、ヨルは寂しい気持ちになった。
 空港に着いてチケット選択をすれば乗り継ぎを含めて日本まで17時間はかかることが判明した。ちなみにヨルが手早く操作をして、人間に触れぬように細心の注意を払ったようだ。
 そんなわけで今、ヨルとシギュンはちゃんとしたホテルに泊まったのである。明日の11時には出発だ。
 ホテルでもヨルが主体的になって受付を済ませていくなかで、シギュンは自分の世間の疎さを痛感し、部屋に入室した途端に泣き言を吐いていた。
「ヨルはすごいです。私はまったくわかりませんでした。自分がいかにおバカなのかよくわかりました……」
「急になに言っていんだ。ちゃんとできるから大丈夫さ。……あの教会、というかサンクチュアリから出たことは無かったのか?」
 ベッドに寝転んでいるシギュンにヨルは手を洗ってうがいをしてから部屋に戻って尋ねれば、彼は天井に視線を向けて「はい……」と情けなく答えた。
「産まれた時からサンクチュアリに居て、育ってきました。でも私は奇怪な存在ですから……今思えば、あまり楽しいというか、刺激的すぎてよくわからないというか」
「いや、俺を選んだ時点で刺激的なのは変わらないと思うけど」
「そんなことはありません!」
 するとシギュンは身を乗り出してヨルの腕を捕まえたかと思えば、ベッドに引き寄せて抱き締めた。大柄な男に抱かれて小柄な青年はなんとも言えない気持ちにはなるが、人間と触れ合えるのは嬉しさを募らせる。――でもそれは、シギュンも同じであった。
「私はあなたに出会えて幸せです。本当です! あなたは私を助けてくれたダークヒーローです!」
 ……ヒーローではないのか? ヨルは思ったりもしたが、シギュンは少し力を緩めたかと思えば、初めはヨルに触れるだけのキスをした。軽いリップ音がして呆気に取られるヨルに今度は舌をそっと入れて絡めるようなキスをする。
「んぅ……、シ、ギュン……?」
 拙く息をして吐き出すヨルにシギュンはにこりと笑ってから、トランクを漁っていく。「毒にでも充てられたか?」ヨルが尋ねると、シギュンは小瓶を手に取って、舞い戻って耳元で囁いたのだ。……ヨルの耳は赤く染まった。
「あなたは私にとっての婚約者でもあってかっこいいダークヒーローなんです。そんなあなたに……ヨルに惹かれて、好きになってここまで来ました」
 シギュンは小瓶をベッド脇に置いてから自身の黒と白に包まれた服を脱いでいく。シックスパックに分かれた腹筋と鍛え上げられた上腕二頭筋はまさに肉体美を表現している。
(す、すげぇ……)
 呆気に取られているヨルへシギュンは魅惑的な笑みを浮かべれば、こんなことを言いだしたのだ。
「ねぇ、ヨル。エッチしましょう?」
「……え?」
「でも、あなたは旦那様だから、もちろんウエですよ。私はシタです」
(ウエ、とシタ?)
 なにがなんだかわからない様子のヨルにシギュンは微笑みを絶やさずにヨルのジーパンのチャックを下げるのだ。
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