男装の騎士は異世界転移主人公を翻弄する

こる

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第七章

□父との勝負

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 寮に戻って服を訓練用のものに着替え、すぐに二人の待つ訓練場に向かう。父上も着替えを終えて、模擬剣を振っていた。

 シュラが父の周囲を灯りの魔法で明るくしてくれている。

「お待たせいたしました。私も軽く剣を振ってもよろしいですか」

「ああ、構わん」


 手と足を回し軽く体を解してから、模擬剣を手にして剣技の型を数回繰り返し、体が温まったところで剣を止める。この程度ならば、付与魔法を使うまでもない。

 付与魔法自体、今回はあまり使わないようにしよう。だから、無理の利く、シュラからもらった服はやめて、こちらの訓練着を着てきたのだ。

「随分と、剣の腕が上がったようだな」

「そうしないと、騎士でいられませんでしたからね、回復魔法も上達しましたよ。さて、体も温まりましたからはじめましょう」

 手を掲げて灯りを増やして……なぜ、ジェンド団長がいらっしゃるのだ。離れた場所で、ドルトスと共に片手にジョッキを持ちながらベンチに座って談笑している。

 私の視線に気付いたのか軽く手を上げてくるが、呼び寄せるとかこちらに来るということはない。

「先程ジェンド団長がきて、この場所の使用許可をくださいました。ついでに、あそこで酔い覚ましをしていくそうです」

 シュラがそう教えてくれた。

 使用許可はありがたいが……。

「見物なさるとは、物好きなことだ」

「でも、そのお陰で、余計な観客は帰っていきましたよ」

 シュラが言うには、私が着替えに戻っている間に、何名も騎士が野次馬に来たそうなのだが、ジェンド団長がすべて追い払ってくれたらしい。あまり人が居ないと思っていたが、門の前での口論は見られていたらしい。

「どうした、バルザクト、まだ準備が足りぬのか」

「父上、バルザクトではなく、今はファーネを名乗っております。バルザクト・ファーネ・アーバイツ、それが今の私の名です」

「なにを勝手なっ!」

「ファーネの名は、生前の母よりいただいておりました。きっと、父上は改名することを忘れるからと」

「うぐぅ……っ」

 押し黙る父に、本当に忘れていたのだなと呆れてしまう。

「わ、忘れてはいなかったぞっ、お前が戻ってから、ちゃんと決めようと。だが、そうだな、母からもらったのならば、それが一番いいだろう、それを名乗るがいい」

 なんとか体裁を取り繕おうとする父に、こんな人だっただろうかと思う。もっと大人で、何事もしっかりと判断し、堂々としていた人だと思っていたのに。

「名乗るがいいもなにも。王妃殿下がご配慮くださいまして、もう名乗っております」

「なにっ、王妃殿下が。そ、それはありがたいことだっ、うむ、誉れだぞ」

 自分のことのように喜ぶ父に頷いて同意する。

「そうですね、ありがたいことです。我が身命を賭して、お仕えしたく思っております」

「うむ、その心意気やよし! だが、結婚相手については、この父に従ってもらう」

 模擬剣を構えた父に、私も剣先を上げる。

「お断りいたします。言うことを聞かせたいのなら、私を倒してからにしてもらいましょう」

「ぬかせっ!」

 力任せの大振り。

 瞬発力もなく、闇雲に剣を振り回す。破壊力はあるかも知れないが、当てることができねば意味がないだろうに。

「ちょこまかとっ! 男らしく、剣を交え――」

 付与も掛けていない剣で、打ち下ろされた父の剣を跳ね飛ばした。その上で、足払いをして無様に転んだその胸を膝で押さえつけて喉元に剣を突きつける。

「誰が、男ですか? あなたの、かわいい、むすめ、でしょう? 男として育てるのは、風習ゆえ仕方のないことだったかも知れませんが、まさか、本気で私を息子だと? ならば、私に爵位を継承なさればいい、領地の運営も託せばいい。女だという、たったそれだけの理由で、私は、私が、私がどれ程の苦難を耐えたか! 苦痛を耐えたか! 空腹を耐えたか! あなたには想像もできないでしょうね。――弟は、きちんと学ばせなさい。剣だけではなく、知識で民を守ることを、教えなさい」

「お前に、指図など――」

 言いかけた喉に剣を強く当て、微笑む。

「あなたの、かわいい、むすめの、お願いですよ? まだ、理解できませんか、仕方ありませんね」

 剣を引き、父の上から退いて、先程跳ね飛ばした剣を拾う。

 そして、立ち上がった父に、その剣を渡した。

「素直に頷きたくなるまで、続けましょうか。ほら、柄をしっかり握ってください。剣を跳ね飛ばさるなんて無様なことは、もうやめてくださいね、父上」

「な、んだとぉっ」

 頭に血を上らせ、剣を振り回すだけの単調な攻撃。なにも考えずに攻撃しているから、隙だらけでいくらでも打ち込める。

「ぐっ、くそっ」

 刃を潰してあるとはいえ、鈍器で殴られればかなりの痛手になる。
 痛みになのか、疲労のためか、地面に突いた剣を頼りに片膝を折り、ぜぇはぁと呼吸を荒げる父に手を翳す。

「『完全回復』」

 わざと言葉にして魔法を掛ければ、みるみるうちに血色が戻り父の怪我が治ったことがわかる。何本か骨を折った感触があったから、かなり痛かったのだろう。

「さぁ、まだまだ続けましょう。安心してください、私の魔力は半ば無尽蔵ですから、いくらでも治してさしあげます。存分に戦いましょう」

 立ち上がった父に芝居がかった調子で両手を広げてみせると、父は顔を引き攣らせながら数歩後退った。

「騎士ファーネ、そこまでだ」

 いつの間にか近くまできていたジェンド団長が、間に入る。

「それ以上はやめておけ。だが、そうだな、まだ体力が有り余っているだろう、少し発散させて頭を冷やすといい。シュラ、相手をしてやれ」

「は、はいっ」

 ドルトスに伴われ、がっくりと肩を落とした父が訓練場の隅に歩いて行く。それと入れ違いにシュラが私の前に立った。

「すまないなシュラ。すこし、頭を冷やすのを手伝ってくれるか?」

「はい、よろこんで!」

 シュラの元気のいい返事に笑い、剣を構えて表情を引き締める。彼も同じように表情を引き締め、剣を構えた。



 私と彼の剣の質は近い。

 二人共、体格に恵まれた方ではないので、素早さと手数の多さが持ち味となる。

 シュラと戦うならば、あっちの服を着てくるのだったな。服の耐久性を考慮しながらの付与は繊細で、集中力を裂かなければならないのがもどかしい。

 とはいえ、まだまだシュラに負けるわけにはいかない。

 繰り出された剣をすれすれに躱し、懐に入るふりで身を翻して後ろから逆胴を剣で薙ぐ。

「くっ、器用ですねっ」

「よく凌いだな、いい反応だ」

 剣を盾に私の剣を受けた彼に、嬉しくなる。素早く剣から力を抜き、後方に大きく跳びその勢いで後方回転をして距離を取る。

 着地して身を低くして構たところに、彼が迫るのを感じて地面を蹴り飛び上がった瞬間、付与に耐えきれずに靴が破損した。

 シュラもそれに気がついたのか剣を引いたので、私もこれ以上は諦めて着地と同時に剣への付与もやめた。

「大丈夫ですかっ」

 駆け寄ったシュラが、私を横抱きに抱き上げた。

「うわっ、ちょっ」

「靴が壊れたんですね、やっぱり支給品だと耐久値が低いですよね」

 当たり前のように私を抱き上げたまま、ジェンド団長たちの居る方へと歩いて行く。は、恥ずかしいのだがっ!

「どうした? 負傷したようには見えなかったが。ああ、靴が付与に耐えられなかったのか。責任を持って部屋まで送れよ」

「はいっ!」

 団長公認で部屋に行けるとあって、大変嬉しそうに返事をするシュラが可愛い。

「それが、お前が望む相手か……」

「ええ、いい男でしょう? 最速で従騎士から騎士になったばかりか、功績が認められ、つい先程男爵になった人です」

「男爵……」

 まさか、自分よりも爵位が下だからと、なにか言うだろうかと身構えたがそんなことはなかった。

「それで、父上。私はこの人と結婚――」
「もういい、勝手にしろっ」

 言葉を遮るように、ぶっきらぼうに言われた言葉に面食らう。

「お前が勝ったんだ、お前の好きにすればいいっ。だが、一度くらいは、そいつを弟に会わせてやれっ! 俺はもう領地に帰るっ、長く空けるわけにもいかんからなっ」

 大股で帰って行く父の背を呆然と見送った。

「ええと、結婚を許してもらった、ってことですよね?」

 おずおずとシュラが確認してくる。

「たぶんそうだろうが――言い方ってものがっ」


「騎士ファーネよ、アレは男親の精一杯だ。矜持をポッキポキに折られて、それでもちゃんと認めてくれたのだから、それ以上を求めるのは酷というものだ」

 二児の父であるドルトスがしんみりと言った言葉に、私はまだ納得できない。

「弟に会わせてやれというのも。結婚したら二人で領地に顔を出しにきてほしいということだろう。なんだかんだ、しっかり認めているのだろう」

 ジェンド団長の言葉に、なるほどあれはそういう意味だったのかと納得した。



「ですが、まったくもって、わかりにくいっ!」

 思わず出た言葉に苦笑いする二人に促されて、シュラに抱き上げられたまま部屋へと運ばれた。




 シュラの服の隠密効果のお陰で、人目に付かずに部屋まで届けられ安堵する。

「すまなかったな、気を悪くしただろう……」

 部屋に入り、抱き上げてくれている彼の首に手を回して、その首筋に顔を伏せる。

 頑固で脳筋な父の悪いところばかりを見てしまって、きっと嫌な気分になっただろう。

「そんなことないですよ、っと」

 ソファに下ろされるかと思えば、私を横抱きにしたまま、彼はソファに座った。

「どちらかというと、娘にボッコボコにされて、ちょっと可愛そうかなと思っちゃいました」

「……やりすぎだっただろうか」

 頭に血が上っていたのは否めない。今までの怒りもあったし、それを理解してくれないことも嫌だったのだ。

 背を撫でてくれる彼の手の優しさに甘え、彼の膝に乗ったまま彼に抱きついて離れられない。

「――父は、昔からああいう人で。子供の頃はわからなかったが、随分と短慮だったのだな。娘を男しか入れぬ騎士団に入れるくらいだから、間違いなく短慮だったのだが……」

 ため息が出てしまう。

「母が生きていた頃は、母が何かとフォローしていたのだと、今になって思い出したよ」

「お母さんは、亡くなって……?」

「ああ、私が騎士団に入る前の年に弟を生んだのだが、産後の肥立ちが悪くてな。だから、弟は母の顔を知らぬ。いや私の顔も覚えていないな、あの子が一歳になる年に騎士になって以降、家に戻っていないからな」

 だから余計に、父は弟に会いに来いと言ったのかも知れない。

「じゃぁ会うのが楽しみですね」

 柔らかな声音が、そうやって慰めてくれる。

「うん、楽しみだ」

「お土産もたくさん持っていきましょう。物量作戦です」

「ふふっ、それはいいな。お土産で、懐柔しよう」

 彼に抱きしめられていると安堵するのに、彼のにおいを嗅いでいると、そわそわと胸がざわめいてくる。

 体を離し、膝の上に座っているから僅かに高い位置から彼を見つめ、そっとその唇に唇を重ねた私を、彼は強く抱きしめて口付けを深くする。

 吐息をすべて食らいつくすような激しさにクラクラしながらも、求められる喜びと多幸感に心が熱くなる。

 しばらくそうして溶け合うような口付けを交わしてから、名残惜しげに触れるだけの口付けを繰り返した。


「明日、神様に報告に行きましょう」

「――うん」

 我が身に宿った熱に浮かされるように頷けば、彼は嬉しそうに笑い、朝一番に迎えに来ることを宣言して部屋を出ていった。

「これ以上ここにいたら、我慢できませんからっ。折角ここまで我慢したのでっ! 明日まで、耐え抜きますっ」





 シュラを見送り一人になった寂しさは一瞬で、疲れに負けてぐっすりと眠ってしまった。
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